1.異世界訪問
よろしくお願いします。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
「すごーい!魔法使いってこうやって現れるんだ!」
目の前の机の上には湯気の出ているおいしそうな料理が置いてあるから、ここはレストランなのだろうか。
「大丈夫か?」
左に座る男の人が心配そうに聞いてきた。薄茶色の短髪で、いかにも体育会系。ラガーマンっぽい体格で、でも着ている服は……簡素な服と革製の胸当て。よく見ると女の人も同じような格好だった。まるで弓道部員のようだ。
「ここは…」
窓から入る光がさんさんと輝く。まだ昼のようだ。おかしい。私は模試を終えて夕方帰宅しているところだった。塾近くの商店街を歩いていたのだ。
来年のこの時期はもっと大学受験で切羽詰まってるんだろうなと思いながら、冷えてきた夕方の空気に鼻が刺激されたのか、くしゃみをしたところだった。
で、くしゃみの後に目を開けたらレストラン。なぜだ。
私の座る席は窓際の隅の方の机だった。4人掛けの机で私は奥の窓側にいた。隣には女の人、その向かいに男の人。周りをよく見ると同じように胸当てを当てた人たちが他の机に座って楽しそうに食事をしている。ここは弓道部員が食事をとる学食だろうか。
「あんた多分異世界から来たんだよ」
イセカイ。
頭の中で漢字に変換できない。私が理解できずに黙っているとそれを察したのか、「ここはあんたのいたところと違う世界だよ」と女の人が付け足した。
「大丈夫。私たちはあんたに危害を加える気はないから。むしろ大歓迎!」
私が固まっているのを見て、間を置きながら話してくれる。まるで理解するのに時間がかかるとわかっているかのように。
「お腹すいちゃった。とりあえず一緒に食べない?」
大皿から女の人が料理を取り分けてくれる。そうだ、お腹はすいていた。塾の模試は朝からだった。昼は簡単にコンビニのおにぎりで済ませたから結構お腹がすいていたのだ。
いやいや、それどころじゃないのではないだろうか。
はいどうぞ、と目の前に置かれたお皿には魚のフライとポテトフライのようなものが置いてある。結構スパイシーでいい香りだ。前に家族で行ったインド料理店のチキンのように少し赤い。ひょっとしたらだいぶ辛いのかもしれない。横にパンの乗ったお皿も置いてくれる。
「お腹すいてない?」
「いえ、すいてます!」
体は正直だ。さっきからお腹はぐーぐー言っている。
とりあえず食べるか。お腹がすいていると思考回路も冴えないだろうし。友達にもよく「あんたって色気より食い気ね」と言われていた。私を動かすには食べ物でつればいいらしい。今の状況を理解するのを早々にあきらめて食べ始めた。横で女の人も「素直でよろしい」と笑いながら食べ始めた。男の人はすでに黙々と食べている。
食べながら周りを見ると、なんだか違和感がある。学食にしても質素な作りだ。昭和テイストとでもいうのだろうか。祖父母の家によく行っていておじいちゃん子だった私は古いものが好きだ。平成生まれだから昭和を肌で感じたことがないのにぼんやりそう思った。食堂のウエイトレスのお姉さんが笑顔で料理を運んでいる。
だが、どこか服が変だ。
ワンピースだけどとにかく裾が長い。靴がかろうじて見えるくらいの長さ。マキシワンピースだろうか。でもこんなに動くような職場でそれは不適切ではないだろうか。なんだろう、昭和のアニメ、スイスの方の少女に出てくる、クララに付いている厳しい女性教師みたいだ。いや彼女よりだいぶ若くて笑顔は素敵なのだけど。
「どう、おいしい?少し落ち着いた?」
ぼーっとフライを食べていたら隣の女の人が話しかけてきた。
「はい、結構スパイシーですね。でもおいしいです」
「少しずつ今の状況を説明してもいい?でも私もそれほどよく知らないんだけどさ」
そう言って女の人、アデルは説明を始めてくれた。もう一人の男の人はリカルドと言って二人は幼馴染。二人とも騎士見習いという身分らしい。18歳というから私より1つ年上だ。私もアヤという名前だと伝えた。
さっきも言っていた通りここは異世界らしい。異世界というのは多分普通の状態では行き来のできないパラレルワールドのようなものだろうか。友達がはまっていた「異世界もの」の小説ではそんな感じだった。
私は「結界の魔法使い」としてこの世界に呼ばれたみたいだ。この世界には時々異世界の人間が来るらしい。だからこの人たちは私が突然現れてもそれほど慌てることなく対応できるのかと納得した。
結界の魔法使いたちは結界が弱ると出現し始め、結界を強化して去っていく。ということは私も仕事をやり終えたら帰れるのだろう。よかった。一生このままこの世界かと思った。お父さんもお母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんもきっと心配しているだろう。いやいや来年受験だから勉強はどうなるのだ。できたら早めに帰してもらわないと!
もともと楽観的な性格をした私はなんとなくこの状況を受け入れてしまった。どうやら危なくなさそうだし、ご飯もおいしい。アデルとリカルドもいい人そうだし。ミッションを達成したら帰れるのかー、できたら同じ時間同じ場所に帰してほしいなー。なんてのんきなことを考えていたら、食事が終わった。リカルドは仲間に何かを告げ、私はアデルとリカルドと共に食堂を後にした。
今から私たちはお城に行く。ここは王都で王城は近くにあるらしい。結界は王様が管理をしているからまずは王様にあいさつに行き、そのあと私は彼の指示に従う。
二人は王都の見回りの研修中だ。隊長に事情を手短に話すと私をすぐに王城に連れていくよう言われたようだ。私が突然空席に現れて驚いていたのに、隊長に報告して指示を仰ぐのではなく先に私と一緒に食事を済ませた二人は大物だと思った。
「不安じゃないの?前に来た人はずっと泣いていたって話だったけど」
アデルが一応聞いてくれる。
私も自分が不思議でならない。もっと泣いて取り乱してもよさそうなものだけど。
あ、そうか。私はテレビで見たことのある、突然芸人さんが目隠しされて知らないところに旅に出され、ミッションを課される番組が好きだった。芸人さんは実は知っていて驚いた反応をしていたのかもしれないけれど、あたふたしながらも色々とこなしていくのが私は好きだった。
想定範囲外のことが起こっても対応できるのがかっこいい!
小さいころの私はそう感じて、よく一人で急に旅に出される自分を想像していた。地球防衛戦隊に入ることになって一緒に悪い宇宙人と戦ってみたり、黄色い小人になってバナナを食べながらたくさんの仲間と一緒に逃げていたり、フック船長と一緒に時計ワニと戦ったりもした。
今までのイメージトレーニングが活かされているのかもしれない!
本来なら不安で泣くような状況かもしれないのに、私はむしろワクワクしてきていた。積年の夢がかなったような気持ちだ。そう夢がかなったのだ!突然に知らないところに連れていかれた今、私は自分が想定範囲外のことに対応できるか試されているのだ!
「やる気満々です!」
テニスで鍛えた右腕の力こぶを見せつけるかのように、鼻息荒く右腕を曲げて力をこめた。長袖を着ているから見えないのだけど。
変な奴が来てしまったと思ったのか、一緒に歩いていた2人は一瞬顔を見合わせて歩みを止めた。
うっ、引かれちゃったかな。
そう、お調子者で変わっているといわれる私は、よくこんな状況に面していた。
飛ばしすぎたかも、もっとしんみりしている方がよかったのかなと悩んでいたら、二人とも同時に大笑いし始めた。
「あははっ、アヤ強いね!」
「頼りにしてるぜ」
2人が左右から同時に私の頭をくしゃくしゃっとなでる。背中まである私の黒髪はあっという間にぼさぼさになった。2人とも私より身長が高くてまるで子供扱いだ。わあっ、と私も怒りながら髪を直す。自慢の日本人形風の髪なのに。呪っちゃうよ?
そんな風に私は楽しく異世界生活を始めたのだった。