魔機哭プレシー
[きゅぉぉぉぉ]
聞きなれた声がする。
[きゅぉぉぉぉ……]
聞きなれるもんじゃないって旦那に怒られた『音』だったけれど、この響きは声だ。
「……プレシー?」
[きゅぉぉ!]
私の声に再びその声は反応した。
そう、聞き間違えるはずもない。この音……もとい声は私がプレシーを引き取った時から聞こえていた音。
ブレーキパットが傷つく音だった。そんな事になっているとは何も知らなかった私は「何か君ブレーキ踏むと恐竜みたいな鳴き声あげるねぇ……私恐竜だったらプレシオサウルスが好きだから、君の事プレシーって呼ぶねぇ」とのん気に名前を付けていた。その後あまりにも音が続くものだから修理屋さんに診てもらうとブレーキパッドが傷ついていたのが解った。その節はごめんよプレシー。
廃車寸前の車を引き取るからだと周りには言われたけれど、運転しやすく可愛らしい私の大事な愛車だし、動かなくなるまで乗るつもりだ。
で、そのプレシーからそんな音がするのは何故?となるのは仕方のない事だと思う。
だって車は停まっているし、ブレーキも踏んでいないから。
窓から外を確認する。街道は少し離れた所にみえるものの、森の中だ。
森の中に軽自動車をぽんと放りだすなんて……と思うもののプレシーに異常があるのは困る為そっと車外へでる。
プレシーに傷でもついたのかと思ったがそうではなかった。
私が降りるとプレシーだったものは軽自動車では無かった。
アルマジロのような姿をした機械だ。
なんだっけ、これに近い雰囲気のものを私は知ってるぞ。ゾ●ドだ。
私が乗っていた運転席部分はプレシーの頭部分だったらしい。
「プレシー?どうしたの?大丈夫?」
[きゅぉぉぉ……]
私の声に聞き覚えがあるのか、プレシーはちらりと私を見た。しかし驚いたように目を泳がせると怯えるような鳴き声をあげる。
機械に見えるけれど生き物のようにも見える。恐らく今のプレシーには心があるのだろう。心がある、ということは感情も。
見慣れているはずなのにどうして……?と思い、ミラー部分の残っていたプレシーの耳で自分の姿を確認する。
若くなっている。この見目は17歳位か。まぁ、小柄だし童顔なのも相まって第3者から見ればもっと若く見られるかもしれないけれど。
「プレシー、大丈夫だよ。アイミだよ。キキも一緒だから怖くないよ」
プレシーを撫で、未だ助手席で眠るキキに声をかける。
[え?!誰ぇ!?]
酷くないかい。背丈だって変わってないし、ただ顔付が今よりも多少若くなって、体重だって20キロ痩せたくらいで……変わるか。20キロって小柄な小学1年生ぶんだもんね。幸せ太りってこわいわー。
とりあえず私だと2匹?に説明をし、私は運転席の扉に手をかけようとした。が、体部分にも扉がある。
「プレシー、この扉は開けても大丈夫?」
[きゅお]
大丈夫らしい。[私も見たい!]との事でキキを抱き、扉を開ける。
「おぉ、これって……!!」
なんということでしょう。
外見はホ●ダのラ●フに荷台ぶんの長さをプラスしたアルマジロボディ。
しかし体部分の扉を開ければ広々とした部屋が広がっているではありませんか。
広々とは語弊があるかな。元のプレシーが2列に並んで6台停められるくらいの広さ。平屋のお家より少し狭いけれどタイニーハウスよりだいぶ広いみたいな。そんなかんじ。
開いてまず目に入るのは左側のキッチンとダイニング。ダイニングの向こう側はカーテンがあり、カーテンを開ければ運転席にそのまま行ける事が解った。
右側には1つ目の扉。開けると洗面所、お手洗い、お風呂場、洗濯機が装備されている。給水タンクや排水タンクが見当たらないということは……え?プレシーからお水が出るの?排水はプレシーの中って事?と疑問が浮かぶが現在のプレシー自体私の常識では理解できないので「なるほどねぇ、すごいねプレシー!」という言葉で受け止める。その隣にも扉があり、開けるとダブルベッドの置いてある寝室があった。おそらくこれは私の私室になるのかな。寝ぞうが悪いからこれくらい広いと落ちる心配もないね、あんしんだね。
ダイニングテーブルの上にタブレットが置いてあり、スクリーンには「プレシーの説明書」と書かれていた。元神様が書いたのかな。
―ひょっほ、お主がこれを見ているという事は生まれ変わった愛車に出会ったという事。お主の手持ちのものを世界へ運ぶ際自動車という形で運ぶ事は無理だったのじゃ。申し訳ない。
そこで、お主の愛車を魔機哭として再生することにした。魔機哭とは魔物や魔獣同様モンスターの一種とされておる。彼らの核には魂や記憶感情などの心が宿っており、その核が破壊されぬ限りは姿や形を変え生き続ける事が可能な種族なのじゃ。
内装の広さに驚いておる頃じゃと思う。これらは魔機哭の懐の深さにより広くなるものじゃ。元の世界の記憶がある故にそのような広さを得る事が出来たのであろうな。
この先様々な町や村を訪れる事があるじゃろう。その際はこの中に入れてやると良い。
タブレットの中から水晶玉のペンダントが飛び出してくる。
―おまえの『まものつかいの才』により仲間になる魔機哭や魔物はその玉へ入る事が可能じゃ。
この森の先に結界に覆われた一画がある。その土地をやるから拠点とするがよい。
かくして私、キキ、プレシーはうっそうと木の生い茂る森をさまよい歩き、与えられた一画へたどり着いた。
日の差し込む暖かい場所だ。
家すらも建ってはいないけれど、この世界のこの場所だけは安心できる場所だと心からそう思った。
何故か若返ってる件についてはどうやって問い詰めれば良いのか思ったけれど、今更20キロ体重が増えても困るし、その日はプレシーの中に作られた私室でぐっすりと眠った。
我ながらずぶとい性格だと思う。