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8話 漫画家に出来るたった一つの事

 ――関金温子の視点から――


 私たちは呆然としながら、久松さんのお父さんの死体を眺めていました。


 そしてようやく我に返ります。なにがあったか理解したくなかったのに、理解してしまいました。


「……戻ろっか」

「はい」

「そうね」


 部長に促され私たちは店内に戻ります。外はまだ寒いですし、ここにいてもなにもする事はありませんから。


 ただ、私たちは屋根の上にいる人に気づく事はありませんでした。彼は一升瓶をラッパ飲みして、


「今回の世界ではもしかしたら分岐次第で久松杏奈は……まあ、期待せずに様子見をしようかね」


 そんな事を呟いたようですが、私たちは聞き取る事が出来ませんでした。



 そして翌日。私は作業部屋で毛布をかぶって横になっても一睡も出来ませんでした。


 一晩中、久松さんの事を考えていましたから。


 彼女がどんな悲しみを、苦しみを、孤独を感じてきたのか私は知りません。彼女の言うとおり多分もう会う事はないでしょう。


 でも……私は彼女の狂気を知ってもなお親愛の感情を抱いていました。私にはあの時悲しそうな顔をした彼女が狂っているように思えなかったんです。


 狂った人はあんな綺麗な涙を流さない。彼女はきっとほかの人より弱く、そして純粋だったから狂わないと自分を護る事が出来なかったんでしょう。


「よしっ」


 私は身体を持ち起こし、机に置かれた原稿の前に座る。


 私たちが今までそうしてきたように。私に出来る事は命懸けでマンガを描く事だけなんですから。


 自己満足でも願望でもいい。アイデアは湯水のように湧き上がってきます。すぐに描き上げましょう。


 彼女のための物語を。



 ――久松杏奈の視点から――


 漫研部のみなさんとのお茶会からしばらくたって、私は稲子の隠れ家で紅茶を飲んでいました。


 本音を言えばこのような小汚い居酒屋で寝泊まりはしたくないのですが。仁風閣じんぷうかくで過ごした優雅な日々が懐かしいです。


「……………」


 最高級のダージリンであるのに物足りない。今は無性に安いほうじ茶が飲みたかった。


「……ふう」


 まだ彼女たちに未練があるというのでしょうか。馬鹿馬鹿しい。


 そういえば彼女たちは星鳥漫画王国という名前のサークルでマンガを投稿しているのでしたか。


 時間つぶしにはなるでしょう。私はそう理由をつけてタブレットを取り出し、ネットで検索しました。


 するとすぐに投稿しているサイトに行きつくと早速新作が投稿されていました。私が去ったあとマンガを描き上げたようですね。


 どうやら三人が同時に別々の作品を描いていたようです。もちろんそこに関金さんが投稿したであろう作品もありました。


 ただ、そのタイトルを見て私は驚いてしまいます。


『あなたのための物語』


 それはある種の嫌がらせでした。サムネイルの表紙は明らかに私をモチーフにしたであろう異形のクモの少女と、関金さんそっくりな地味な少女が見つめ合っていたのですから。


 自己投影にもほどがあります。正直見たくありませんでした。


 けど……私は彼女の言葉が聞きたかった。そしてその答えを知る事に怯えながらクリックしてしまったんです。

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