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7話 父親を殺した杏奈

 私は口からクモの糸を吐き彼の背後にある建物の外壁に付着させます。そしてそのまま収縮させ、私個人が唯一持つ攻撃手段の鋭い脚を使い、勢いをつけて右腕を切り裂きます!


「イテぇなぁあ!」


 ざっくりと腕を切り裂かれ血を噴き出した父は怒り、闇雲に電信柱を振り回しました。一撃でも喰らえば大ダメージを受けるのは間違いないでしょうが、洗練された戦い方ではなく避けるのは難しくありません。


 ただそもそも私はそこまで強いゾンビではありません。本来は私の力でお友達にしたゾンビを使役して、人数を集めて指示を出し自分は安全なところで戦う事が多いのですが、終末だらずチャンネルとの戦いや、修二に貸したせいでお友達のゾンビがかなり減ってしまいました。主力のワンちゃんたちがいればもう少し楽だったんですけど。


 ですがもしたくさんのゾンビが手元にあったとしても私はこの男に直接手を下したでしょう。それほどまでに私はこの男を憎んでいましたから。


 私の攻撃でもダメージはあるので急所を狙って地道に削っていくしかないのでしょうね。再び糸を吐き出し、今度は地面に張り付け再度切りつけ攻撃を行います。


「それで、あなたは手伝う気はないのですか!?」


 私はモンキの屋上で酒を飲みながら戦いを見物する希典に苦情を言いました。まるでスポーツの試合を見物するように、必死な私とは引きかえ実に楽しそうにお酒を飲んでいます。


「んー、俺っちとお前さんはそんなに仲良くないよねぇ? まあお前さんが死んだら代わりにそいつを倒しておくよぉ。漫研部のみんなを襲っても困るし」

「それもそうですわね!」


 彼に私を助ける理由は一切ない。敵同士で潰し合ってくれるならいいな、と思っているのでしょう。自分一人で戦うしかないようです。


 私の武器は口から吐き出す伸縮自在の糸と、背中から生えた剃刀のように鋭い八本の脚、そしてわずかな甲虫ゾンビだけです。それを踏まえて私は作戦を考えました。


 ですが思案する際中、モンキの入り口から気配を感じました。さすがにこれだけ大騒ぎなら目も覚ましますよね。


「ひ、久松さんっ!?」


 どてらを着こみ、狭い入口から這い出るように出た関金さんはすぐに目下の危険を理解します。混乱しながらも彼女はバールを構えていましたが、握った両手は震え戦力にはならなさそうです。


「ええ!? これどういう状況なの!?」

「ヤバそうな状況よ、見てわからないの?」


 続けて部長さんと松河原さんも着の身着のままで現れます。戦えない人が増えても邪魔なだけなんですが。


「アンナあ、だれのおかげでメシがくえるとおもってるんだあぁ?」

「え」


 目の前の変異ゾンビが私の名前を呼んだ事で彼女たちもその事に気が付いたようです。明らかに動揺した顔になっていました。


「ここは私がなんとかします。皆さまはお戻りくださいまし」

「で、でも、このゾンビはもしかして……」

「私の父です」

「ッ!」

「ですがご安心を。私はずっとこの男を殺したいと思っていましたからッ!」


 私が歪な笑みを浮かべて叫んだその言葉を聞いたその時の彼女たちの顔はどのようなものだったのでしょう。私はそれを見る勇気がありませんでした。


「さあお父様、殺して差し上げますわッ!」


 私はクモの糸を父の右肩に張り付け、肩の関節に勢いよく突き刺し、腱を切り裂きました。右手は使い物にならなくなり、神経が切れたため電信柱を手放しコンクリートの地面に落下して低い音とともにアスファルトを砕きました。


「ああ、たまりませんわ! 復讐がこんなに楽しいなんて! この毒親ァッ! 私の人生を奪いやがってェッ! 臭ぇし汚ぇんだよォッ!」


 私は罵詈雑言を浴びせながら何度も何度もクモの脚を突き刺します。そのたびにどす黒い返り血を浴びてしまいますが嫌悪感よりも快楽が勝ってしまいました。


「アハハハハハハハ、死ね、死ね、死ねェェッッ!!」

「あばああッ!」


 私は狂い高笑いして切り刻みます、父は苦悶の声をあげて大暴れしますが、私は鋭い脚を使い登山のハーケンのように突き刺し身体に張り付きました。蚊を叩き潰すように無事な左手が私に襲い掛かりますが、甲虫ゾンビが飛び出し身を挺して守ってくれました。


 いくらダメージを与えてもタフなこいつは急所でなければ致命傷にはなりませんね。私は決定打を与えるため、彼の後頭部に移動しクモの脚を大きく広げました。


「これでお別れですわ、お父様。死んでくださいましッ!」


 拷問器具のアイアンメイデンのように私は憎悪に満ちた抱擁をし、八本の脚で頭部を串刺しにしました。


 そして後頭部から飛び降り、私は最高の快楽を感じながら、父はうめき声をあげ地面に崩れ去りました。


「……………」


 戦いが終わり、私は呆然とする漫研部の方々に嘲笑を向けます。


「見てのとおりです。これが本当の私です! 私は母も父もこの手で殺しましたがまったく後悔していませんわ! 昔の自分と同じ!? 笑わせてくれますね、知ったふうな口を利かないでください! 私がどれだけ前の世界を憎んでいたか! ああ、本当に幸せですわ!」


 私は狂ったように笑い、関金さんに向けて言葉のナイフを投げつけました。


 終わった。なにもかもが。


 でも関金さんは怯えてなんていなかった。そして、


「なら、どうしてそんな悲しそうな顔をしているんですか」

「え……」


 彼女がそう言って、私のなにかが壊れてしまった。


 私以上に悲しんでいる彼女の顔を、私は直視出来ませんでした。


 悲しい? 父親を殺した事が?


 そんなわけがない。


 私は涙を流している事に気が付きました。


 なぜ私は涙を流す事が出来たのでしょう。人間をやめた私はとっくの昔に涙腺が退化したはずなのに。


 ……ああ、そうか。私は彼女にこんな姿を見られて悲しかったんだ。


 私の狂気を。どす黒いモノで汚れ切った禍々しい魂を。


 これを知ってしまえば、友達でいられなくなるから。


 もしかしたら……彼女とは本当の友達になれたかもしれなかったのに。


 見ないでほしい。こんな私を見ないでください!


「本当に今日は……不愉快で、楽しい日でした。住む世界が違うあなた達と私はもう会う事はないでしょう。いえ、会ってはいけません」


 私は最後にそう告げてクモの糸を吐き出し、遠くの建物に張り付けその場から逃げ出しました。


 夜の街を私は駆ける。星鳥駅の屋根まで移動したあと、私は空を眺めました。


 こんな世界でも星は輝く。地上の光が消えた事により星はより一層輝いていました。そして同時に夜の闇も深みを増していました。


 優しさを知ってももう遅い。私はとっくの昔に壊れてしまったのですから。


(でも……)


 もしももっと早くに彼女たちに出会っていたのなら。私にも違う未来があったのかもしれません。笑顔で過ごす穏やかな終末の日々を生きていたのかもしれませんね。


 私は安いお茶と徳用のチョコ菓子とともに友とくだらない事を語らう、そんな光景を脳裏に浮かべました。


 それはなんて満ち足りているのでしょう。なんて幸せな光景なのでしょう。


 ……けれどそれは妄想で、虚しくなるだけです。


 さあ、修二の元に戻りましょう。ストレス発散に良さそうな任務をいただけるといいのですが。

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