4話 漫研部と久松杏奈の出会い
「あ、どうもです」
「ええ、どうも」
その女の子は私と同年代か少し下くらいで黒いゴスロリ衣装を着ていました。絹のような肌も相まって、まるでお人形のように美しく少し困惑した笑みをしていました。
見た目もかなり気にはなりましたが、私はそれ以上にその手に持っていたマンガ本が気になったんです。
「ゆりキャン……ああ、あなたもマンガを漁りに来たんですか」
「ええ、はい」
その少女は私が探していたマンガ本を持っていました。その事に親近感が生まれ、私が少女に抱いていた警戒心は一瞬にして無くなります。もっとも彼女は相手にするのが面倒くさいのか早く立ち去りたそうにしていましたけど。
「でも良かったです。ゆりキャン売ってたんですねー。あ、自分もそれを回収しに来たので、すみませんけどちょっとそこを移動してくれませんか?」
「そうですか。ですがこれが最後の一冊でしたよ」
「え」
だけどゴスロリの少女は涼しい顔でそんな残酷な事を告げました。
「ゆずってくれ 頼む!!」
「嫌ですけど」
ならば殺してでもうばいとる……なんて野蛮な事はさすがに出来ません。
「そうですか、なら交渉させてください。前の住人が残したY〇SHI-HASHIとかいうよくわかんない人のサイン色紙はいりますか?」
「いりませんよ。誰ですかそれ」
多分だらずチャンネルの誰かの忘れ物だと思いますがさすがに要らないようです。私も要りませんけど。
ちなみにどこからともなく「Y〇SHI-HASHIは遅咲きなんだよ! 最近頑張ってるよ!」という声が聞こえた気もしましたが気のせいですね。
「ここになくてもほかで探せばいいじゃないですか」
「鳥取の発売日の宿命を知っていますか?」
「それもそうでしたね」
彼女ももちろんその事情は知っている。つまりこの機会を逃せばこの本は入手出来ないというわけです。
「大体あなたもどうせにわかなんでしょう。そんな方に渡すつもりはありませんわ。私はオリジナルキャラを参加させた夢小説を書く程度にこの作品が好きなんです」
ゴスロリさんは呆れながらそんな聞き捨てならない事を言ったので私も思わずムッとしてしまう。そして論争が始まった。
「失敬な! 雑誌に第一話が掲載された時からのファンですよ! わずかな設定を妄想で広げてニヤニヤ妄想する私の楽しみを否定しないでください! というか夢小説なんてそれこそにわかじゃないですか! 私もした事ありますけどこの作品にはそんなものは不要、最初から完成されているんです!」
「それはあなた個人の意見でしょう? 設定を完全に把握すればオリジナルキャラを混ぜても違和感がないどころかもっと素晴らしいものになりますわ!」
「ほーお、そうですか。完全に把握してるんですか。ならルンちゃんが乗っているバイクのナンバーはわかりますか?」
「37666。常識ですわ」
「な……!」
どうやらそんなところまで見ているとは。マニアなのは本当らしいですね。
「今度はこっちから。シーズン1でキャンプしない話数は?」
「8話ですよ、簡単ですね。ではこちらから。部長が木皿を、」
「サボテンの植木鉢!」
なんと問題を言い終わる前に答えられました! これは強者です!
「絵描き歌で、」
「シミュラクラ現象!」
私もスピード重視で答えます! で、やんややんやと言い争いになり、カルトクイズで盛り上がりました。ただ夢中になっている間こちらに近づく人影に私は気づく事はありませんでした。
「朝霧高原ッ!」
「あら」
私がその答えを言うと、ゴスロリさんは驚いた顔をします。
「ふふ、こんな事で驚いているんですか?」
「いえ。後ろ」
「え?」
ゴスロリさんが指さした場所、私の背後にはエプロンをつけた店員らしき男性が立っていました。不気味な満面の笑みをし右手にカッターナイフを握りしめて……。
「万引きはぁ、犯罪ですぅうう」
「ギャー!?」
間違いない、この人はゾンビだ!
「まったくッ!」
私は逃げ出そうとしましたが、ゾンビは武器を持つ手を振り上げた直後、首筋から血が噴き出て膝を折り崩れ去ります。一瞬なにが起こったのかわからなかったですけど、男性のすぐ後ろ、そこにゴスロリ少女が背を向けて立っていました。
「え、あ……」
「まだこの店にもゾンビがいたんですね」
私はゴスロリさんに助けられた事に気が付きます。その事を理解し、慌ててお辞儀をしました。
「あ、ありがとうございます、助けてくれて! それとあなたのゆりキャンへの愛は本物です。それはあなたにあげましょう!」
「そうですか。助けたわけではなくお掃除をしただけなんですが。ですがあなたも確かに本物でしたわ。思想は違えど作品への愛は認めましょう」
振り向いたゴスロリさんは淑女の笑みを私に向ける。そして私は迷いなく右手を差し出しました。
「え? なんのつもりですか」
「握手ですけど」
「いえ、意味はわかるのですが意味がわからないと言いますか……私の背中のものが見えないんですか?」
彼女は困惑してしまい、私の右手は宙に浮いたままになる。
背中のそれにはもちろん気が付いています。クモのような細い脚が複数生えて、そのうちの一本、剃刀のような先端部分に今倒したゾンビの血が滴っている事も。
「ゆりキャンを愛する人に悪い人はいませんよ。ちょっと見た目が個性的でも」
「そう、ですか」
ゴスロリさんは迷っていましたが、私の手を握り返します。
「申し遅れました。私は関金と申します」
「……久松杏奈です」
久松さんは戸惑いつつも、わずかに微笑みました。
「さて、クイズ大会をして時間を使いすぎたのでもうじき日も暮れてしまいます。私たちの拠点に泊まりませんか?」
すぐ帰るつもりだったのに、予想をはるかに上回る時間を本屋で使ってしまったので早く帰らないと日没のデッドラインが来てしまいます。そんな命に関わる状況では安全のためにそうしたほうがいいでしょう。
「私の見た目がわかってそう言っているんですか? ですが心配ご無用です。私はあなたと違ってそれなりに戦えますから日没後でも自分の住まいには帰れますよ。というかあなたもよくこんなのを泊める気になりますね」
「というか一番の理由は自分もゆりキャンが見たいからなんですけどね」
「そ、そうですか」
私が本音を暴露すると、久松さんは苦笑する。
「まあいいでしょう。そういう事なら仕方ありませんね」
「はい!」
私は久松さんと一緒に店の外に出ます。そして外に出た直後、こちらに向かって歩いてくる部長と松河原さんと目が合いました。
「ちょっと、遅かったから心配したじゃない!」
「ええ、ちょっと同志と盛り上がって」
どうやら部長たちは心配して迎えに来てくれたようです。二人が持っている鉄パイプはとても似合いませんでした。
「同志ってそこの女の子なのかしら。随分個性的な見た目だけど……」
「どうも。久松杏奈と申します」
部長も松河原さんも、久松さんの背中から生えている物を見てかなり驚いた表情をしていました。まあ無理もありませんね。
「ええと、もうすぐ夜なので彼女を泊めたいんですけど構いませんか?」
「うん、いいよー」
「女の子が歩くには危ない時間だしね!」
ですが私がそう言うと部長と松河原さんはすんなりと受け入れてくれました。こうなる事は予想していましたけどやっぱり嬉しいです。
「よろしいのですか? 変わった方たちですね。まあいいです。拠点には帰りたくありませんし構いませんよ」
「え、あ、はい。どうぞ、私たちの拠点はすぐそこですよ」
その時の久松さんは苦しそうな顔をしていました。彼女の拠点ではトラブルがあるんでしょうか。でもこんな状況ですから人間関係のいざこざとかあるんでしょうね。
私たちはモンキに移動しながら、久松さんと会話をします。
「ニュースとかで見なかったんですか。私のような異形のゾンビがいると」
「ああ、はい。私も見ましたけど正直気持ち悪かったですね、人間のほうが。会話が出来る異形の人に問答無用で襲い掛かって」
長谷部長はそう言ったので久松さんはさらに困惑しました。続けて松河原さんが、
「私は芸術的で素敵な見た目だと思うわよ?」
そんなよくわからない事を言いました。普通の人が恐れるクモの脚も彼女にとってはただの個性のようですね。
「変わった方たちですこと」
彼女は終始困惑していましたが、そういうわけで彼女は一夜をモンキで明かす事になったわけです。