3話 GINGAの探索
とまあそんなわけで、お互い血眼になって創作活動に励んでいるわけですが……。
(むう……)
私はちらりと長谷部長と松河原さんの様子をうかがいます。すぐにアイデアが浮かんだ二人はプロットを順調に描き進めていました。
だけど私の手は最初こそ進んでいましたが途中で止まってしまいました。早い話、いいアイデアがないのです。
普段は評価を気にしませんが今回はそれも考えないといけないのです。自分が描きたいものではなく、評価される作品を描かないといけないのですから。
アイデアはあるにはある。けれどそれはこの二人に勝てるようなものではありません。
私もマンガに関してはそれなりの実力があると自負していますが、部長も松河原さんも個人個人でプロ顔負けの能力を持ちます。そうした才能あふれるメンバーによって星鳥漫画王国は大人気のサークルになったんです。
まずい。このままではまずい。もし私が負ければこれから延々とバラが咲き乱れる男どもか獣の交尾シーンばかりを描く事になってしまう。それはゾンビハザードで世界が滅んだ事を凌駕するほどに絶望的な未来でございます。
ここは一旦アイデアを整理しなければなるまい。ちょっくら向かいの本屋で資料を漁るとしますか。
「ちょっとお隣のGINGAに行きますけど必要なものはありますか? ついでに回収しますけど」
「ううん、私は大丈夫」
「右に同じ。そっちは捗ってないみたいね」
険悪なムードは最初だけで今は落ち着いてきたので普通に会話出来ます。ただ松河原さんはいたずらっ子のように笑いちょっと不愉快でした。
「これから巻き返しますよ。それじゃあ行ってきます」
私はリュックを背負い、バールを片手に部屋から出て行き、入り組んだ店内を抜け店の外に出ました。
入口はバリケードに囲まれ、外に出るのは少し不便ですが我慢しましよう。
作業に没頭していたため外はすっかり日が暮れていました。一日中時間を忘れるほど創作活動に没頭出来るなんて本当に贅沢な生活です。まったくいい時代になりました。
私は道路を挟んでモンキの向かい側、目と鼻の先にある本屋のGINGAに向かいました。拠点の周囲にゾンビはほとんどいないとはいえやっぱり気をつけないといけません。
右手にバール、左手に懐中電灯を持って店内に侵入します。停電中なのでどこになにがあるのか明かり無しでは把握出来ません。一応バールを持っていますが正直非力な私ではゾンビを倒す事は出来ないでしょう。
それに相手が死んでいるとわかっていてもやはり殺すのは抵抗があります。だから私がゾンビに出会った場合の対処法はただ一つ、逃げるだけです。
このお店は前の世界から贔屓にしています。なぜならこの店はたまに本をフライングで販売してくれるのですから。あ、厳密には東京などと比較し常に三日以上発売が遅れる鳥取で発売日の翌日に発売されるという意味ですけど。
世界がこうなり、すべての作品はもう続編が出る事は無くなり強制的に打ち切りになりました。それだけは残念でなりません。
しかし今は使えそうな資料を探しましょう。日も暮れてきていますし、ゾンビが狂暴化する夜になる前に早く目ぼしい本を漁るとしますか。
自分の周囲を念入りに確認し耳を澄ませる。本屋というのは当然本棚があり、死角が多いのでゾンビとの攻防には非常にリスクの高い場所です。噛まれたら即ゲームオーバーかつコンティニュー不可なので細心の注意を払わないといけません。
ネットの情報ではごくまれに自我を失わずにゾンビになった人もいるそうですが、信憑性は眉唾物ですし、真実だとしてもそうなる可能性は低いので期待しないほうがいいでしょう。
懐中電灯で周囲を調べ、慎重にマンガの作成のためのポーズ集などを売っている場所に向かいました。ゾンビと遭遇する前に早く回収しましょう。
期待どおり、二人の女性がとるポーズに焦点を当てたポーズ集が売っていました。
私はそそくさとそれをリュックに詰めるとついでにまだ持っていない資料も回収します。自分は興味ありませんが、BLのポーズ集と獣人の描き方について記されている本もあったのでお二方のお土産に持って帰りましょう。
さて、あとは特にありませんね。残っているのは既に持っている物か興味がないものだけです。私は踵を返し店から出ようとしました。
ですがふと、ある事に思い至ります。
私は前の世界でお気に入りの百合マンガの発売日……の三日後を今か今かと待っていました。ですがそうなる前に世界は滅び、当然流通も止まってそのマンガは鳥取に届く事はありませんでした。
ですがもしかすればこのお店ならそのマンガがあるかもしれません。私はダメ元でその本を探しにコミック売り場に向かいます。
(しかし、暗いですね)
入って来た場所と、その直線状にある二つのガラス張りの入り口から外の光は入ってきますがとても暗いです。見つけるのに苦労しそうですがゾンビを警戒するのも忘れてはいけません。
そのマンガが売っているのはコミック売り場、というか店の角に当たる場所です。ここになければ残念ですが諦めるしかありません。
私は慎重にその場所に向かって歩き、懐中電灯で照らしました。
「ッ!?」
ですがそこに人影が一瞬だけ映りました。その人物と目が合った気もしますが、私はとっさに後ずさりします!
よりにもよってここにゾンビがいるなんて。ですが大人しく逃げるしかなさそうです。そう考えた私はすぐに棚に隠れ、逃走する事を前提に瞬時に作戦を考えますが、
「どちら様?」
と、品のある少女の声が聞こえたので私はとても驚きました。
「あ、ええと、人間ですか?」
どうやらいつも不気味に笑っているゾンビではなさそうです。その声はとても理性的だったので。
「取りあえず私はむやみやたらと噛みつく事はしませんけど。ただあなたが私に危害を加えるというのなら相応の対応を取りますけどね」
「そ、そうですか」
その物言いに少し引っかかるものはありましたがゾンビでも危険なヒャッハーさんでもなさそうです。私は取りあえず一安心し、目当ての本を回収するために少女のいる場所に向かいました。