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1話 ピリピリムードの漫研部

 ――関金せきがね温子あつこの視点から――


 それはキャシーさんたち終末だらずチャンネルのメンバーが星鳥ほしとりを離れ、中部の白倉しらくらに向かってしばらくした日の事です。


 彼女たちのおかげで私たち漫研部は、前の世界からの宿題であった先代の部長の遺作を完成させる事が出来ました。


 完成した時は嬉しさよりも寂しさが上回りましたがようやく一区切り出来ました。この世界ではどういうわけかネットは使い放題ですが、天国にも電波が届いて鹿野しかの部長も見てくれたのなら嬉しいかな、と思います。


 そして漫研部、サークル名星鳥漫画王国はこの終末の世界で再始動を果たしたわけなんですが。


「ウホウホウホ!」

「キマシタワー!」

「ケモケモケモ!」


 地獄から現れた悪魔のようなうめき声と、カリカリというペンの音だけが静寂の世界に響きます。


 私たちは拠点にしているモンキのスタッフルームで四角いテーブルを囲み、どす黒いオーラを放ちながらそれぞれの原稿を前に一心不乱に筆を走らせていました。


 同じ作品ではない。全員別々のジャンルの作品です。同じタイミングで一息つき、同時に顔を挙げた時漫研部のみんなと目が合いました。


「「ぷいぷいっ!」」


 そして同時にふん、と顔をそらしました。見てわかると思いますが絶賛喧嘩中です。


 終末だらずチャンネルの方々との一件で漫研部の仲はより一層深まった気もしたのですが、ただの気のせいだったみたいですね。


 どうしてこうなったのか。少しお話をしましょうか。


 ……………。


 さて、少し時間を巻き戻しました。


 なんやかんやで世界が滅びゾンビがあふれるようになった世界で、私たちは鳥取県の県庁所在地、星鳥市にある人気のディスカウントショップのモン・キダーデに立て籠もってマンガ製作に励んでおりました。


 より詳細を知りたい方は終末だらずチャンネルの本編をご覧ください。なお本編を見なくても楽しめるようにはしています。


 メタな発言はさておき、モンキは入り口が少なく防衛には最適で潤沢な物資があるため、以前は終末だらずチャンネルのみなさんが拠点にしていましたが現在は私たち漫研部がお借りしているわけです。


 発電用のソーラーパネルや水のろ過装置なども含めて譲り受け、車や家具で作られたバリケードは駐車場ごと囲んで実に防犯はしっかりしています。鳥取県警やだらずチャンネルのみなさんが頑張ってくれたおかげで周囲に不審者ゾンビは少なく女性だけでも安心して暮らせるとてもいい物件なんです。もちろん家賃、光熱費はタダですよ。


 終末だらずチャンネルとはこのゾンビハザード後の世界で動画配信をしている物好きな方々です。そして私たちもそんな彼女たちに感化された物好きな人々です。私たち漫研部は動画ではなく静画という形で自分たちの描いたマンガを投稿していますが。


 どういう原理かは知りませんがこの世界では電波がギンギンに行き届いており、各種ネット上のサーバーも使い放題です。むしろ前の世界よりもネット環境は快適で速度制限も気にしなくて構いません。某社のアコギな契約ざまあです。


 世界中停電のはずなのにどうしてでしょうね。けれど考えても答えがわかるはずがないですし、とりあえず便利なので私たちは気にせずネットを利用しているわけです。


「ふわああ」


 私は温めておいた缶のお汁粉片手に、どてらを着た状態でバリケードの隙間から店の外に出ます。昼夜気にせず缶詰になって作業をしていたらいつの間にか空は赤くなっていました。


 朝なのか夕方なのか、一瞬迷ってしまいます。最近時間の感覚がずれてきてますね。お日様が東にあるから今は朝なのでしょう。


「うぱー」


 見た目はウーパールーパー、サイズはオオサンショウウオっぽい謎の生命体、うーぱさんは飼い主を待つ犬のように駐車場の入り口で先に待っていました。


 私も移動しその隣に立ちます。お汁粉の缶を両手で握り外気でほんのりと冷えた手を温めます。そして軽く振ってプシュ、と缶を開けるとそれを一口飲みました。


 甘すぎるお汁粉は疲弊した脳の疲れをとるには最高です。口内を、食道を通り、胃の中に流し込まれ、身体の内側から暖かくなってきます。


 これが締め切り前なら栄養ドリンクの一択ですが今はそんな事を気にしなくてもいいです。締め切りがないってこんなに素晴らしいんですね。


 季節はもうすぐ春になって、近くの桜が咲き誇る小さな公園では毎年お花見をする人が集まりますが、人口が激減したこの世界ではもう誰も美しいと愛でる人はいないのでしょう。無論、ゾンビがうろうろしている外で宴会をするバカもいません。


 花は人知れず咲き、人知れず散っていきます。誰も、その事を知りません。


 あ、今のいい感じのフレーズですね。今度マンガで使うのもよさそうです。この絶望的な世界はネタに溢れていますね。


 それに就職も進学も気にせず、ただ創作活動だけに打ち込めるというこの世界を私はなんだかんだで楽しんでいます。私たち漫研部は世界が滅んでも創作活動を続ける程度に心の底からマンガを描くのが好きな変人の集まりなのですから。


 車の走行音が聞こえます。ところどころぶつけてボコボコになった白いバンが左側から走ってくるのを見かけ、私は早めに可動式の門をガラガラと動かしました。


 そして巻き込まれないように離れると彼女たちは乱暴な運転で駐車場に侵入し、三台分の駐車スペースに縦に停めました。


「ただいまー」

「おかえりなさい、部長、松河原まつがわらさん。今回は門にぶつけませんでしたね」

「私も腕前が上がってるからね」


 運転席からは部長、助手席から松河原さんが降りてきて私は意地の悪い顔をします。無免許の部長は荒い運転をしますが、幸い今のところバリケードや車に深刻なダメージはありません。


「うぱー」

「おーよしよし、いい子にしてた?」


 現在の漫研部の部長、長谷はせ部長は健気に待っていたうーぱさんを拾い、両手で抱きしめます。


 確かにうーぱさんはかわいいです。けれど身体の表面はぬるぬるして、あと誰も気にしていませんが一応ゾンビ的な生命体であるのでちょっと触るのに勇気が必要です。ただ部長はそんな事を気にしていないようです。


「今回は大収穫だったわ! 画材も食糧もたくさんあるからね!」


 ホクホクの笑顔の松河原さん。どうやら今回は満足のいく結果だったようですね。


 以前は砂丘のほうに鳥取県警と市民の生き残りがコミュニティを形成していましたが、すでに引っ越ししてしまったので、大きなコミュニティはもう市内にはなく今は物資が取り放題なのです。


 少ない物資をめぐって人間同士で争う事がないのでそこは過疎化様様ですね。もっともいつまでこんな穏やかな日々が続くのか私にはわかりませんが。


「そうですか、それじゃあ早速荷下ろしをしましょうか」

「うん、お願い」


 まあ、その時が来たらその時に考えましょう。


 典型的なキリギリス人間の私は特に深く考える事なく、漫研部のみんなと物資を搬入する事にしました。

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