達人
シェリーのことをポールさんに伝えると、あっさりと承諾。
シェリーのための部屋まで用意してくれた。
僕はそのあとすぐに眠り、朝。
かつてないほど心地よい目覚めだ。
朝一で迎えに来たミアさんの車に乗り、ポールさんの会社に移動。
無理矢理乗り込むとはいえ権力者の家に行くのだからと今の書生服から着替えるようにとスーツを手渡され、着替える。
そこから軽く朝食を食べて、柏崎家の本邸へと向かった。
「前に樋口家には行ったことありますけど、柏崎家は普通に街中にあるんですね」
「ああ、樋口家は空間操作の術式で成り立っている家だからね。柏崎家ではあれほどの機密性がある隠し方は出来ないだろう」
「なるほど、それならいっそ一般人の目で警備をしちゃおうっていう」
「冴えてるじゃないか、屋敷内でもその冴えで索敵をしてくれよ」
そんな話をしていると、先生が僕らを置いて柏崎家正面の大きな門を開く。
「警備の目が薄い今のうちじゃ。無駄話ならあとにせい」
言って、先生は邸内に足を踏み入れた。
瞬間、門の横から伸びる塀から、影が伸びる。
その影は地面から飛び出し、人の形を模す。
瞬く間に身長三メートルで筋骨隆々の塀へと姿を変えた影は、左右の手に握る槍を二本ずつ、先生に向けて振り下ろす。
恐らく兵片方ずつならば僕でも力押しで勝てるが、両方同時となると厄介。
また、影から形を人型に変えたということは、戦闘中に再度変形したとしてもおかしくはないということ。
最初から油断ならない相手だ。
「先生、危な——————!」
僕が叫び、両の兵を止めようとするのと同時だった。
「なに、ゆるりと斬って進めばよい」
先生は言った。
その言葉が理解できず、僕の動きに僅かに遅れができ、その間に兵は人型から崩れてただの影へと戻る。
動きが全く見えなかった。
妖力で五感が強化されているにも関わらずだ。
「さて、行こうか」
首を曲げて顔だけこちらに振り向いて、先生は言う。
そんな先生に呆気に取られている僕を見て、ポールさんは楽しそうにしている。
そうだ、先生は九尾苑さんが尊敬する人。
そんな人が弱い筈がないんだ。
見た目で完全に勘違いしていた。
この人は知識や教育、サポートだけに特化した人ではない。
戦闘歴が他とは段違いの、大ベテランじゃないか。
「何を惚けておる。置いてゆくぞ」
先生は再度言った。
はい、僕はそう答え後に続く。
この人について行けば更に強くなれる。
記憶を取り戻すのも、九尾苑さんの仇にも、近づける。
そう再度確信して、僕は先生の後に続くのだ。
強い爺さんは、カッコいい!