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日暮れ古本屋  作者: 楠木静梨
一章   古本屋篇
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五冊目

 用意してもらった夕飯を食べ終えると、大事な話があるから残るようにと九尾苑さんに言われた。


 その九尾苑さんは、店の二階にある自室に道具を取りに行って十分近く戻らない。

 片付けた場所を思い出すのに手こずってでもいるのだろうか?


 恐らく今からするのは食事前の話の続きだろう。

 椅子に座って待っていると、九尾苑さんは何かを布に包み持ってきた。


「悪い、待たせたね」


 言うと、九尾苑さんは椅子に座るや否や僕に奇妙な質問をする。


「急で悪いんだけどね、君って自分の名前言えるかい?」


 自分の名前くらい言えて当然だろうに、言える。

 何せ、自分の名前だ。

 ここは何処? 私は誰? なんて状況にならない限り自分の名前を思い出せない機会なんて滅多にないだろうし、僕は昨日の夕飯がラーメンだったことを覚えているから記憶喪失の筋はない。

 そうとなれば、いよいよ僕が自分の名前を言えない理由なんて微塵も存在しないのだ。

 天地がひっくり返ろうと、海が割れようと、名前を忘れようと、明日世界が終わっても僕は僕の名を叫べる。

 例えそれが大都会で多くの人に囲まれていようと、お金さえ積まれれば羞恥心を捨てれるくらいには、自分の名を言える僕だ。

 つまり、言えなければおかしい。

 僕の名前は、僕の名前は—————僕の名前はなんだったか


「やっぱりか、忘れているんだね」


「自分の名前なんて忘れるわけがない、早とちりですよ! きっと今日一日大変だったから疲れて出てこないだけです」


 僕は全ての責任を疲れに擦りつける。

 そうだ疲れ、お前が全て悪い。


 ………………しかし、九尾苑さんは静かに首を横に振ると、布に包まれた何かを僕の前に差し出す。


「君が名前を思い出せないのは疲れのせいじゃない。この中身が、関係しているんだ。この中身は昔、とある妖が持っていた鏡―――鏡奪知縛(きょうだつちばく )と言う。完全体ではなく割れた破片だけどね。鏡奪知縛はその鏡に写した物の記憶を奪う。記憶がなくなった体には代わりの記憶が作られるから日常で多少のズレはあっても大して困る事はないし、過去には心に深い傷を負った者に医者が使用していた例もあるらしい。君はこの鏡に昔、写ったのだろう―――この鏡が未だ割れていない、完全体の頃にね。昔は記憶を取り戻すのは大して難しくなかった、もう一度鏡に写ればいいんだ。だが、今は違う。何者かの手によって鏡は割られた。鏡が割られた今―――記憶を全て取り戻すにはこの世界に散らばった全ての破片に君が写り込む必要がある。鏡奪知縛の説明はとりあえずここまで、問題はここからだ―――無貌木が君のここに来た理由を調べた時に分かったが、君の記憶は未だ新しく作られたまま、つまり鏡奪知縛の術は未だ君に掛かりっぱなしというわけだ。人間にずっと一つの術が掛かっている、そんな状態で君の魂はギリギリのバランスで生命活動を維持していた。例えるならば、毎日寝ても起きても片手に五十キロの錘をつけているような状態だ―――そこに僅か一瞬でも、天狗攫いと言う名の新たな錘が追加されたらどうなると思う? 簡単だ、人間の魂如き、耐えられるわけがない。現に君は耐えられず傷を負った。魂の初めに刻まれる自分の名前と言う場所にね。君が天狗攫いのターゲットとして選ばれた理由は簡単、君に掛かった術を構成する妖気を求めたんだろう。妖気に関してはまた今度話すとして、まあそんな事で君は自分の名前を忘れたと言うわけだが、ここで働くには名前がないのは不便に過ぎる。私に君のしばらくの名前を決めさせてはくれないだろうか? 大事な名前だ、直ぐに決断しろとは言わない。私はもう眠い、一晩ゆっくり考えてくれ。君の寝る部屋は無貌木に聞いてくれれば直ぐに教えてくれるはずだ」


 またもや、これが小説ならば途中で読むのを辞めるほどのマシンガントーク。

 この文字量で一気に喋るときは、漫画でも見開き二ページで書いて尚且つ読まずに流していいものと法律にもあった筈だ。

 頭に突然未知の情報をこれ程叩き込むなんて、最早虐めにも近いのではないだろうか。

 当然―――僕の為の情報なので起訴なんて出来ないが、しかし混乱する。


「質問がなければ僕は寝るよ。じゃあ、おやすみ」


 言うと九尾苑さんは自室に帰ろうとするが、ふと思い出したように振り向く。


「忘れてた―――その鏡、見るなら見ていいよ。どれくらい記憶が戻るかはわからないけどね」


 そう言い終えると今度こそ九尾苑さんは自室へと戻っていった。

 嵐の様な人だ。

 というか、人なのだろうか?

 もうダメだ。

 続きは部屋に行ってから、ゆっくりと考えよう。

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