非情の戦い
「やられた…………まさか、妖力の譲渡を思いつくとはの」
瓦礫の中から真っ先に出て来たのは宜嗣だった。
元より自分の妖装で耐えれる威力に設定したのだ―――傷などあるわけがない。
「お前も生き残ったか、不良品よ」
瓦礫を掻き分け、景も這い出てくる。
息を切らし、無傷にも関わらず満身創痍に見える景が、姿を表す。
「お前を許さない。絶対に、何があろうとッ!」
声を荒げて景が言うと、宜嗣は信じられないものを目撃したような表情を浮かべる。
「先と続いて今、お前喉はどうした」
宜嗣は事前に、景の喉を潰していた。
景が騒がないように、打つべき手を念入りに打っていたのだ。
しかし、景は平然と喋っている。
当の景は、不思議には思わなかった。
己の体に何が起こっているか、全てを把握出来ていたのだ。
視界に映る沙智だった肉片と血溜まりと、それに託された妖力によって、全てが理解できた。
景の体は、突然注ぎ込まれた膨大な妖力で壊滅寸前まで追い込まれていた。
しかし、景の脳はそれを理解して、すぐ様解決案を手に取った。
知識ならば、全て妖力から沙智の知識が流れ込む。
景の脳が選択したのは、怪現の強制発動だった。
怪現を発動して、身に余る妖力を吐き出す作戦。
当然、それでは足りなかった。
これは世界で沙智のみが知る情報だが、怪現とは本来全ての妖力を使う技術ではないのだ。
正しくは、一定以下の妖力を使用する技術。
沙智以外の術師達の皆―――怪現に使用できる妖力量の一割にも届いていないが故に知らぬが、これが真実なのだ。
しかし、一つの怪現では足りない。
そこで脳は怪現を増やした。
一つから二つへ、二つから三つへと。
怪現の効果は、不死身と、手に触れた者の即死と、触れて殺した者の操作だ。
その三つの怪現を持ってして―――漸く沙智の妖力は、ギリギリ景の体を破壊しない程度に収まった。
「なんだ、その目は。なんだ、その顔は! 神尾の妖力を手に入れたとて、貴様はまだまだ妖力操作すら儘ならぬではないか! そんな貴様か儂を殺すなと、千年早い! 近寄るでないそ―――千本通し!」
宜嗣は術を放つが、当然景には効きもしない。
傷が出来た隙から全て再生する。
宜嗣は懲りずに何度も何度も、術を放つ。
「ち、近寄るなぁ! 来い、阿久津!」
宜嗣の声に反応して、瓦礫から一人の巨漢が飛び出す。
阿久津木座、代々柏崎家に仕える阿久津一族の時期当主だ。
「帰れ、木偶の方。沙智なら見逃すから、僕も今は見逃す」
「恨みはないか、潰れてしまえ!」
阿久津の拳と景の指先が触れた瞬間、阿久津は膝から崩れ落ち、景の腕は弾けた後に再生する。
「化け物――――――た、助けろ冬路!」
阿久津冬路、阿久津家次男で、木座の弟。
「一度引きます親方様―――ご判断を!」
「良い、良いから早くこの場から――――――」
木座が現れた際に飛ばした瓦礫に隠れていたであろう冬路は、宜嗣を連れて姿を消す。
ただ一人、剥き出しの刃以上に鋭い憤怒を放つ景だけを残して。
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「はい、終わり。情は移ってないかな?」
「当然だろ」
ワールドログに手を突っ込み、ポールは景の臍の緒を取り出す。
すると、ワールドログの角から宙に伸びていたモニターが姿を消す。
今までの映像を見ていたのは、ポールと荒木寺と猫宮の三人。
猫宮が荒木寺と沙耶を呼びに行った際、沙耶は自分は情が移る可能性が高いと感情を辞退したのだ。
最近の女子会で二人で映画を見たときに、ふざけてレンタルしたお世辞にも面白いとは言えないような子供向け作品を見て泣いていた沙耶を見た猫宮は、即座に納得してこの三人での鑑賞が決定した。
「まあ、弱点はよく分かったね」
「ええ、神尾沙智のことが、このレベルならトラウマなっててもおかしくないわね」
猫宮は普段の性格故に人に甘いやら優しすぎるなどと思われやすいが、実際は切り替えが上手いのである。
仲間には優しく、敵には徹底的に非情になれる。
そんな彼女だからこそ今回この記憶を見ている。
ポールと荒木寺も同じだ。
沙耶は無理そうだが、三人は満場一致で宗介も見て平気だと判断した。
柏崎景との決戦まで残り僅か。
皆が皆、油断などない。
油断も情も忘れ、只々相手を消すことのみ考える。
戦いだ、非情にならねばならないのだ。
準備は、整いつつある。
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今回の過去話は短くできてよかった。