土足厳禁
気づいたら、前回で150話突破してました。
「ねえ君、術かけられてるよ?」
ことの始まりは、沙智にあった。
神尾沙智―――屋比久童磨の孫であり、世界最高の術師であり、世界最強の術師であり、神の子と呼ばれる者。
彼女が、学校で偶然にも同じクラスの生徒であった柏崎景の身に残る僅かな妖力に気がつき、声をかけた。
その妖力が景のものならば術師なのだろうかという疑問で終わり、彼女も声をかけることはなかった。
それの理由を述べるのならば、彼女が神尾沙智であったから以外の何事でもないだろう。
どんな術師だろうと、彼女が彼女である限り、己の身に降り注ぐ脅威は脅威足りえないのだから。
睡眠中に己目掛けて核兵器が放たれようと、それを指先一つ動かすだけで被害など全く出さず、音一つ立てずに対処出来る彼女だからこそ、己よりも景の危機を案じて声をかけた。
妖力の正体は、景を監視する為のものだと即座に判明した。
沙智が景に声をかける前、瞬時にその術の妖力を辿り術の特性と術者の位置を特定したのだ。
他の人物ならば自分で放った術の可能性もあったが、今回に限ってその可能性は最初から否定されていた。
何故なら―――沙智は一眼見た瞬間から分かっていたのだ。
彼、柏崎景には微塵も、術者ではない一般人に備わっている程度の妖力すら備わっていないと。
景は極稀に術師の家系に誕生する忌子、妖力を有することなく産まれた子なのだ。
そんな景を心配してか、それ以外の理由か―――彼の父、柏崎宜嗣が彼に監視の術を掛けていたのだ。
「なんかダメなやつっぽいから壊したけど、理由があるなら付け直そうか?」
「ダメなやつ? ごめん、分かんない」
「あ〜そっか。なんかね、妖を呼び寄せるみたいな術も一緒につけてあってさ。これ、学校にキーホルダー感覚でつけてこないやつだよね?」
沙智が言うと、景は露骨に嫌そうな反応。
眉間に皺を寄せて、拳を強く握りしめ。
そこに宿っていた感情は、只々強い憎悪のみ。
「君、柏崎?」
「う、うん。何で?」
「妖力の感じからしてさ、何となくね」
嫉妬、そんな感情が景の中に初めて芽生えた。
妖力がない自分に対する当て付けが如く、父や一族の者達を超えるような、術師界隈の超有名人が自分の目の前に現れて、あろうことか話しかけて来るのだ。
妖力の量、術、全て皆無の、底辺の景と、頂に至っている沙智。
その比較が、どうしようもなく景の心を斬りつけた。
自分は沙智の凄さを理解するための妖力すらもないと言う現実が、只々痛かった。
「ねえ、助けてあげよっか」
頭の中を支配しようとしていた嫉妬や憎悪を切り裂いて聞こえてきた言葉。
景はそれに言葉を失い、ただ唖然。
「潰すだけなら誰も私が見えない。だから、私が助けてあげよっか?」
嫉妬は、馬鹿馬鹿しさへと変わった。
沙智の放った言葉、金言と言っても良いだろう。
それは、景の嫉妬など嘲笑うかのように無視して、彼に響き渡る。
景は言葉の意味を全て理解出来た。
理解して、おかしくなった。
潰す、例えば景が沙智に助けを求めた結果柏崎家と戦争になったとして、彼女はそれを戦いとは認識せず、只々一方的な蹂躙と思うのだ。
その後の言葉も同じだ。
私を見えないなんて、隠密の話なんかではない。
力が届かないなんて言葉があるが、それと同じ、上位互換の言葉だ。
届く届かないどころじゃない、誰も、真の強さを把握出来ず、見えない。
天と地なんて差は少なすぎる。
地底と宇宙の果て程の差で足りるか、それ程の差だ。
言葉の真意を理解した景だからこそ、返事は決まっていた。
「いや、いいよ」
恐れ多い、眩しすぎる。
景に対して沙智の放つ輝きは、甘美なものではなかった。
只々、ギラギラと眩しく失明しそうな光。
「そっか、じゃあ勝手に守るからね」
景が目を背けた光は、自ら飛び込んできた。
恐れ多いなんてものじゃない。
恐ろしい。
ずけずけと他人の心に土足で上がり込んでくる彼女が、ただ恐ろしい。
これが、景が彼女に持った感覚だった。
「身近で人が死んだりしたら嫌だから、勝手に守るよ」
だから勝手に感謝してくれと言わんばかりの態度。
これは優しさか狂気か、それを判断する程の経験は、まだ景にはなかった。
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