奥の手
樋口さんは、まあ平気そうかな。
今遠目で見たところ、耐久ならいくらでも出来そうだ。
前提として、この前ピンチだったのは一人で攻撃を返す必要があったからだ。
今回は違う。
なんせ、生き延びるだけでいいのだから。
自分の周りの方向を外側へ向けるだけで、全ての攻撃は樋口さんには決して当たらない。
なら、僕は大元へ向かって平気だ。
一番妖力が密集している位置へ、宙の足場を蹴り移動。
「見っけた」
宙から降りることなく、左腕を向けて言う。
「一の指、火遊び」
言うと同時に親指を振るい、炎の玉を飛ばす。
「一折目―――爆」
そう言えば爆発が――――――爆発が、起きない?
僕がそう思い、自分が放った術の妖力を探ろうとした瞬間だった。
僕の背中がや、焼けたのは。
「二折目、消ッ!」
炎を消す。
「クソ、お前かよ!」
完全に油断した!
さっきまで戦ってた奴らの中には樋口がいなかったから、警戒を怠っていた。
それに、お前がこの戦場にいるのかよ。
「死にはせんと。多少は育っておるようじゃな」
樋口さんの祖父であり、樋口家現当主。
樋口篠矢!
「老ぼれ、まだ生きてやがったか」
最悪だ。
こいつだけは、戦いたくなかった。
一番厄介な術師の、こいつとだけは。
「お前が、樋口さんを殺そうとしてるんだな」
「そうじゃよ―――広まれば面倒じゃからの」
「だからって、孫娘を」
「孫娘? あんなもの、偶然選ばれただけの蛆と同じ生き物じゃ!」
決定だ。
こいつは、敵。
「残り短い生い先、ここで散らせ!」
駆ける。
駆けて、駆けて、駆けて、間合い寸前で、止まる。
「儂に、届きません」
そう言って、篠矢は僕の髪を掴む。
動きを止めたのは、僕じゃない。
僕と篠矢の周りを囲む、術師達によってだ。
突如現れた木の杭によって、四肢の動きを完全に封じられた。
「一の指、火遊び!」
「無駄じゃあ! それは神尾の杭、一本を二億で買い取った、妖力濃度百分の一よ!」
神尾沙智。
神の子と呼ばれた、一人の術師の名だ。
彼女が作り出した木は、世界のどの物質よりも頑丈であったと言う。
その理由は、彼女の込めた妖力の量だ。
彼女が失踪してはや一年、未だ僕の詠唱術式に込める十倍は妖力が残っている。
この木が作られた状態の頃から、妖力の濃度が百分の一に減って尚だ。
これ二本あれば、龍捕獲だって容易だ。
それが四本。
どんなに足掻いても抜け出せないことを、納得してしまった。
そしたら、奥の手。
一番痛いし、後に響くし、中まで焼けるし。
あんまり使いたくなかったな。
「|火吹き紅色終炎五の指《 ひふきべにいろしゅうえんごのゆび》、爆装」
ボスキャラと戦い始めて速攻奥の手ってどうなんでしょうね