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偽忠臣蔵

作者: 神田川一

赤穂浪士の討ち入りは、本当に義挙だったのか?

 元禄十五年(一七〇三年)、五代目将軍・徳川綱吉の治世――


 オレの名は岡野門戸(もんと)、二十四歳。

 元赤穂藩士・岡野長助(ちょうすけ)の息子。

 冬の寒空の下。現在、同士らとともに、本所の吉良邸に絶賛討ち入り中である。

 浅野内匠頭が殿中で吉良上野介に斬りつけてから一年半、どうしてこんなことになってしまったのか――

 そもそも、浅野内匠頭が吉良上野介をきっちり討ち果たしていれば、こんなことにはならなかった。

 殿中で刀を抜いたうえに、老人を相手に不意打ちしたのに討ち漏らすとは、とんだバカ殿である。

 おかげで赤穂藩は取り潰し。浅野家家臣は全員、路頭に迷うハメに陥った。

 もともと、短気でケチで女狂いな主君だとは聞いていたが、そこまで愚かだとは。

 それに加えて、そんなバカ殿の仇を討つといきり立った元家臣たち。

 主君がアホなら、家臣もアホである。

 まあ、そんなことを口外しようものなら袋叩きにされそうだから、口にはしないが。

 そんなわけで。オレはこの討ち入りに全然燃えていないが、オレの父はなぜだか大いに燃えていた。

『亡き殿の無念を晴らせ!』

 というのが、三ヶ月前に病死した父の遺言である。

 赤穂藩で二十五石五人扶持だった父に、藩のためにそこまで忠義立てせねばならない恩義があったのかは甚だ疑問だが、武家社会は理不尽なことでがんじがらめである。

 世間や親族も、亡き主君の仇を討てだの、父の志を継げだのとさかんにそそのかしてきた。

 そんなわけで、オレは今この場にいる。

 仇討ちだというのに、浅野内匠頭の親族は誰一人として参加していない、首を傾げざるを得ない深夜の殴り込み。

 幕府や世間から仇討ちと認められるかさえ、甚だ疑問である。

 三十年前に行われたという浄瑠璃坂の仇討ちのように、遠島後に赦免、再仕官と進む保証なんて全くない。

 とはいえ、今さら逃げることはできない。気付けばいつの間にやら、ここまで来てしまっていた。

「きえーっ!」

 一人、吉良家の家臣が上段に構えて斬りかかってきた。

 斜めに退がってかわし、胴を薙ぐ。

 しかし、相手の腰に差した鞘が邪魔をして、上手く斬れなかった。

 よく見れば、鞘の位置が通常と左右逆だ。どうやら、左利きらしい。

 オレは道場でも、左利きの相手と打ち合ったことがない。だからやり辛い。

 そもそも、オレはそれほど剣術が達者ではない。

 それはそうだ。剣の腕が立つからといって、出世できる世の中ではない。

 だから、それほど剣に打ち込む必要もなかった。学問のほうが大事だった。

 打ち合うこと数合、刃が欠けてきた。

 もとより、オレの剣技の引き出しは多くない。

 こういう時は基本に忠実に、一番練習した技で――

 どうせここを切り抜けたところで、後で死刑か遠島になるんだ。

 そう思ったら、肚が決まった。

「はあっ!」

 上段から斬り下ろす。

 相手が退いた。それを追う形で踏み込み、思いきり胸元へ突き込んだ。

 重い手応えがあった。殺った!

 全身が震えた。

 大きく息を吐き出す。

 いくら鎖帷子を着込んでいるとはいえ、万が一がある。怖いものは怖かった。

 刀を引き抜き、顔にかかった返り血を拭う。

 その時、吉良を討ち取った合図の呼子の音が聞こえてきた。


 ――それから二ヶ月後、吉良邸に討ち入った四十六人には切腹の沙汰が下った。


忠義とは、仇討ちとはなんぞ?

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