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終末ワインシリーズ

【終末ワイン】 ノーメイクダイブ (23,000字)

作者: まさかす

需要もないけど、シリーズ6作目の短編です。

 寿命。人の命の長さ。それを人は知る事が無い。知る事が出来ない。知らないからこそ、明日を未来を信じ、生きていく。自分が明日、死ぬという事がわかっていたら? 死ぬ事が決まっていたとしたら、人はどういう行動を取るだろうか。


 3月31日 厚生労働省終末管理局

 月末の今日、1カ月毎に実行される『終末通知』の葉書を作成するプログラムが起動した。今月は、9001通の通知葉書が作成された。作成された終末通知葉書は、管理局職員により機械的に郵送の手続きが粛々と行われた。


 ◇


 22歳の加賀美香澄(かがみかすみ)は千葉県郊外にある2階建てのアパートで一人暮らしをしていた。駅からアパートまでは徒歩30分程の距離があり、公共交通機関も無い事から家賃も安かった。平日は毎日徒歩30分を掛けて駅まで歩き、電車で数駅行った先にある建設会社の事務員として働いていた。


 香澄は20歳の時に実家のある東北の農村から上京し、今のアパートへと移り住んだ。アパートの初期費用は両親に出してもらったが、以降は自分で働いてもらったお金から支払っていた。


 香澄が貰った給料の殆どは化粧品や衣類等に消えていた。漆黒のショートヘアは稀にサロンで手入れする事はあるものの、費用を抑えるために自分で散髪して維持していた。


 食費を抑える理由で、家での食事は駅近くのスーパーで購入する特売の野菜類ばかり。大都会東京の隣に位置する千葉とは言えども、香澄が暮らすアパートの周囲には畑が広がり多くの緑が存在した。


 移り住んだ当初は実家の農村地帯と見紛う景色にがっかりはしたが、その畑でとれる野菜がスーパーへと並ぶ事で、自分がそれを安く手に入れる事が出来るために受け入れていた。


 香澄は良くも悪くも目を引くようなルックスではなかったが、日焼けに気をつけ、周囲の目を気にして外見に気を遣っていた。食費を抑える理由もあったが油物や淡水化物も取らないようにしていた。「いくら食べても太らないから」と聞いて日本そばだけを食べていた時もあった。


 フローリングの8畳程の部屋の端にはマットレスだけのベッド。部屋の中央には小さめのガラステーブルが置いてあった。部屋に設置されているクローゼットの中には沢山の洋服が詰め込まれ、それでも入りきらない洋服が部屋の壁に圧迫感すら感じる程に重ねて掛けられていた。


 壁沿いの床には買ったはいいが1度しか使っていない鞄や化粧品、紙袋に入れられたままの服が散見し、中には箱から出した事もない鞄や靴もあった。時折それらを目にすると「無駄遣いかな、勿体なかったかな」と思う事もあったが、購入する事自体を楽しんで気にせず買っていた。


 買った服や鞄を持って何処かに行くという訳では無く、単に買う事を楽しみ、持っている事に満足していた。それらの服や鞄を持って外出する事もあったが、それはほぼ会社に行く時にだけ着たり持ったりするだけであり、休日はほぼ家で過ごし、旅行等に行くまではお金が回らなかった。


 それほどの特技を必要としない事務員の給料は決して多く無く、家での生活は極力質素に抑えてはいるものの、衣類等にお金をつぎ込んでいた為に豊かな生活を送るには全く足りなかった。


 沢山の衣類等はリボ払いで次々と購入していたが、支払が間に合わなそうに無い時もあった。そんな時には泣く泣く購入した中から「絶対に着ないだろう」「使わないだろう」「流行では無いだろう」と思う衣類等を選び、個人売買で次々と売却してはお金を工面するといったサイクルでギリギリの生活していた。そんなギリギリの生活に於いてはリボ払いの残金が中々減らず、何年も先まで支払う事を余儀なくされる状況でもあった。


 だがそれを香澄は楽しんでいた。実家にいては購入した物を家族に見られる事も憚り、東北の田舎に於いては馬鹿にされる事すらありそうだと思っていた。今は実家に於ける知人や友人等、誰も近くにはおらず、家賃や光熱費、食費といった出費はかさむが自由があった。その自由を楽しんでいた。


 ある日の夕刻、建設会社での仕事を終えた香澄は同僚達と夕食を共にした。食費を抑えるつもりはあっても、よほど高額な食事で無い限りは同僚からの誘いは無下にしないように心掛けていた。


 同僚との食事を終えた頃には午後8時を過ぎていた。それから電車で30分程を掛けて自宅最寄駅へと到着すると、1人まっすぐに自分のアパートへの道を歩き始めた。駅周辺には少ないながらも店や街灯が存在し、それなりの明るさを保ってはいたが、香澄のアパート周辺は街灯も少ない事もあって、アパートへ近付くほどに暗闇に包まれていった。


 30分程歩き続け、ようやく香澄は十台程の車が停められそうなアスファルが敷かれた駐車場の奥に建つ、自分のアパートへと到着した。香澄は鉄製の外階段を2階へと上がり、自分の部屋の玄関前まで来ると、玄関脇に設置されている郵便ポストの中を確認した。そのポストの中にはネットショッピングの不在通知が2枚と葉書が一枚が入っていた。


「あ~あ。また不在通知か、面倒だなあ」


 香澄がアパートに戻ってきた時には既に午後も9時を過ぎていたので、不在通知の件は後日連絡にする事にした。


 そして香澄はもう一枚の葉書を一瞥した。青く縁取りされたその葉書は、これまでに何回か送られた事のある公共料金の督促状かと推測し、よく見ないままに持っていたハンドバッグの中へと、先の不在通知2通と一緒に無造作に詰め込んだ。


 部屋の中へと入った香澄は洋服をベッドの上へと脱ぎ棄てると、そのベッドの上に脱ぎ棄てられていた部屋着兼パジャマであるスウェットに着替えた。そのスウェットは高校生の頃から使用していたものであり、首周りはヨレヨレになり所々破けていた。元は小豆色だったそれは色褪せ朱色に近い物となっていた。外では常に着飾っていたが、部屋の中ではほぼそのスウェットで過ごしていた。とはいえ、雑多な感じの部屋の中では、そのヨレヨレのスウェット姿が似合っていた。


 香澄の部屋にはテレビが無く、テレビを見る場合には携帯電話で見ていた。テレビを見ない時には携帯電話でインターネットをしながら過ごし、毎日のように動画サイトを見てはネットショッピングのサイトを物色する。そして午後10時を回る頃には携帯電話を手に風呂へと入り、風呂の中でもインターネットをし、11時過ぎには就寝する。これが香澄の日常サイクルであった。


 翌朝7時。香澄は携帯電話の目覚ましアラームに起こされ、気だるそうにしてベッドから這い出した。キッチンで電気式の湯沸かしポットに水道の水を入れるとスイッチを入れ、バスルームへと向かった。バスルームは狭い浴槽とトイレ、そして小さい洗面所を備えたユニットバスルーム。香澄は洗面所の鏡を凝視しながら歯を磨き、念入りな洗顔を済ますとキッチンへと向かい、マグカップにインスタントのカップスープの素を入れ、注ぎ口から湯気を放つポットのお湯を注いだ。そしてキッチンで立ったまま、朝ごはん代わりのカップスープに口をつけながら、もう一方の手で携帯電話を操作し、何を見る訳でも無く、ただただニュースを眺めていた。


 スープを飲み干すとスウェットを脱ぎ棄てクローゼットの扉を開けた。何着かの洋服を取り出すと部屋の隅に立てかけられた姿見の前に立ち、どれを着て行こうかと何度も服を体に合わせ、ようやく服を選び終えて着替えると、再び姿見を凝視しながら身だしなみを整えた。


 それが終わると部屋の中央に置かれたガラステーブルの前に座り、テーブルの上の小さな鏡を見ながら化粧を施し始めた。化粧が終わると再び姿見の前に立ち、電車の時間に間に合うぎりぎりまで凝視した。


 一通り外見に満足した香澄はアパートを後に、最寄の駅へと30分の道程を歩き始めた。


 アパート近くでは殆ど居なかった人が駅へ近付くにつれて多くなっていく。その殆どの人が香澄と同じ駅へと向かっていた。そして名前も知らないがきっと毎日のように顔を合わせている人達と、満員電車に押し込み押し込まれながら会社へと向かった。


 会社に到着すると女性用更衣室へと向かった。すぐに制服に着替え、先に来ていた同僚と他愛のない話をしながら就業開始時刻ギリギリまで過ごすと、同僚らと職場のフロアへと急いで向かい、自席に座って仕事を始めた。


 香澄は会社での昼食は曜日毎に外食するか弁当を持参するかを決めていた。そして今日は外食の日。昼休みになった所で、香澄は同僚達と駅近くの定食屋へと出かけた。そこでふとネットショッピングの不在通知の件を思い出した。香澄は昼食を済ませ店を出ると、「先に戻ってて」と同僚達に言って、一人会社とは反対方向にある近くの公園へと向かって歩いていった。


 香澄は公園内の周囲に沿って置いてある木製ベンチに腰掛けると、ハンドバッグの中から昨日仕舞って置いた不在通知を取り出し、記載されている連絡先へと携帯電話で以って連絡した。今日は就業後に予定は無くすぐに帰宅するつもりでいたので、その時間に合わせて来てもらうよう連絡した。


 それらの連絡を終えると再びハンドバックの中に手を入れた。そして、昨晩は公共料金の督促状だと思っていた葉書を手に取った。


 電気だろうか、ガスだろうか、水道だろうか。それともそれ以外の何らかの社会保険の類の葉書だろうか。


 そんな事を考えつつ手にした葉書の宛先には『加賀美香澄様』との自分の名前が書かれ、その左横には注意を引くような赤い文字で『終末通知』と記載されていた。


 香澄は暫くの間、葉書を見つめたままに口を半開きに呆然としていた。そしてハッと我に帰った。


「……あれ、これって……終末通知って……確か近いうちに死んじゃうよっていう宣告葉書だったんじゃ……」


 香澄は改めて葉書の宛先を確認したが確かに自分の名前が記載してあった。葉書を裏返すと『厚生労働省終末管理局』という差出人が記載してあった。それだけで判断出来るものでは無かったが、冗談では無く本物だとしか思えなかった。香澄は葉書が圧着ハガキである事に気付くと、葉書の端を摘まんで中を開いた。


『あなたの終末は 20XX年 5月 7日 です』


 見開いた葉書の中、香澄の目に飛び込んで来たのは大きな文字で記載されたそんな文言で、4月6日である今日に対して香澄の終末日、香澄の命が消える日までは残り1カ月を意味する日付が記載されていた。香澄は口を半開きに再び呆然とした。


「あれ? どうしたの? 遅かったじゃん」


 昼休みの時間を20分程過ぎてから会社に戻ってきた香澄に対し、席を隣にする同僚の女性が小声で言った。


「あー、うん。何でもない。遅れてごめんね。誰か何か言ってた?」

「大丈夫。トイレに行ってますって言っといたから」

「わー。ありがとお。助かる」


 香澄はいつもと変わらないように振る舞った。同僚は香澄の顔が少し強張っているように感じたが、特に言う事でも無いと思い何も言わなかった。その日、香澄はいつもと変わらない様に振る舞い続けた。


 午後5時になり、終業時刻を迎えた会社のフロアでは、いそいそと皆が帰り支度を始めた。香澄も自分の机の整理を行った後、隣に座る同僚と共に女子更衣室へと向かった。


「じゃあ、お疲れー。また明日ねー」


 同僚達と共に会社を後に、それぞれが帰路に着いた。そして自宅最寄り駅へと到着した香澄は駅近くのコンビニへと立ち寄った。


 香澄は1人の時には外食やコンビニで購入する事は無かったが、今日は家に帰って食事を用意する気力も無かった。とはいえ美容に気を遣っている事もあり、100円を少し超える程のカット野菜のパックと小さい一食分のドレッシングだけを購入した。


 そしてコンビニ袋を片手に30分程の道程を歩き、ようやくアパートへと到着すると、ハンドバッグとコンビニ袋を床に放り投げ、着ていた洋服をベッドの上へと脱ぎ棄てた。下着姿となった香澄は崩れ落ちるように床に座り込んだ。


「終末通知って何なのよ……。何で私なの……」


 不意に玄関チャイムが鳴った。香澄はそれがネットショッピングの再配達であると瞬時に気付くと同時に立ちあがった。そこで下着姿だったことに気付くと、「すぐ行きまーすっ!」と、インターホンを使わずに玄関ドアに向かって大声で応答した。香澄はベッドの上に脱ぎ散らかされていたスウェットを急いで着こむとすぐに玄関へと向かった。


 玄関ドアを開けると、香澄の予想通りにネットショッピングの再配達であった。香澄は受領書にサインし、2つの段ボール箱を受け取ると「ごくろうさまでーす」と一声かけてからドアを閉めた。本当は宅配の人であってもヨレヨレのスウェット姿を見られるのは嫌ではあったが、あくまでも外出する時にだけお洒落すると決め、何度も世話になっている宅配の人にその姿を見られる事は良しと割り切っていた。


 厚さ15センチ、縦横が50センチ近くある段ボール箱と、高さ30センチ、縦横が30センチほどの段ボール箱。香澄はその2つの段ボール箱をベッドの上へと放り投げると、再び崩れ落ちるようにして床に座り込んだ。


「もうすぐ死ぬってのに……今更こんなの届いたってどーすんのよ……」


 香澄はベッドの上に放り投げられた2つの段ボール箱を見つめた。2つの箱の中には一度も履く事も無いかも知れない靴と、着る事が無いかも知れない春用コートが入っていた。


 香澄は俯き嘆息し目を瞑った。暫くはその状態のままでいたが、目を瞑ったままに顔を上げ、深呼吸をしてから目を開けた。そしておもむろに立ち上がると、部屋の照明スイッチを切り、ベッドの上の2つの段ボール箱と脱ぎ散らかされた洋服を手で薙ぎ払うようにして床へと落とし、そのままベッドに倒れこむようにして潜り込んだ。


 翌朝7時過ぎ。香澄は自然と目が覚めた。香澄は目覚ましを兼ねる携帯電話をハンドバッグに入れたまま寝てしまった事を思い出すと共に、ベッドから跳ね起き床を見渡した。すると微かに音が鳴っている事に気づき、それが目覚ましアラームである事に気が付いた。


 香澄は音が聞こえる方向に目をやると、そこには床に放りっぱなしのハンドバッグがあった。ベッドから這い出てハンドバッグを手に中を開くと、鮮明にアラーム音を鳴らす携帯電話がそこにはあった。すぐに携帯電話を取りだしアラームを止めてから時刻を確認すると、いつもの起床時間より10分程遅いだけだった事に安堵した。


 香澄は化粧も落とさずに寝てしまっていた。枕には化粧の跡がべったりと付着し、鏡を見るのも怖いなと思いながらもハッと気が付いた。


「あ……そういえば私、死ぬんだったっけ。忘れてた……」


 一晩経った今、香澄は冷静になっていた。昨日の事が夢にも思えた。だがハンドバッグの中には紛れもなく終末通知の葉書が入っていた。


「は~あ。どうしようかなー。会社行こうかなー。つうかもう行かなくてもいいんだよなー。でも一応社会人だし、連絡位はしないと駄目だよなー」


 香澄は既に余命1カ月な状態ではあったが律義にそんな事を考えていた。


「つうか何て連絡すればいいんだろ。これって言い方が難しくないか? それともこのままバックれちゃってもいいかなー。ああ、でも更衣室の私物は取りに行きたいかなー」


 香澄は床の上で体育座りをしながら考えていたが、そのうちに眠ってしまった。そしてハッと目を覚ますと同時に再び携帯電話の時刻に目をやった。既に8時半を過ぎ、遅刻が確定していた。


「……あ~あ。もーいいかぁ。よし、休もう!」


 そんな独り言を口にすると、再びベッドへと仰向けに寝転び天井を見つめた。


 自分はまだ22歳。人生に大した目標がある訳じゃないけど、いくら何でも22歳で死ぬってのは早すぎないか?


 香澄はもうすぐ自分が死ぬという事が実感できなかった。人の死という物を実感できなかった。実家には両親と祖父母が未だ健在であり、葬式という物に出た事も無かった。小さい頃に遠い親戚が亡くなった時も、家で祖母と留守番をしていた。香澄は自分の死はおろか、他の人の死すら身近に感じた事も無かった。


 ネットニュースを見ていると事故や事件で自分と同世代の人間が亡くなったという記事をよく目にはしていた。同僚達とそういうニュースの話をする事はあっても、「この子、可哀そうだねぇ」といった位の感覚であった。


 今、自分がその立場に立った。もし同僚に終末通知が届いた事を言ったらどういう反応をするのだろうかと考えた。同僚達とは仲は良くても死などに関するような話を真剣にしたことなど無かった。同僚らと話す事といえば洋服や鞄や靴、どこどこの店の料理が美味しいとか化粧品等の美容の話ばかりしていた。


 そうこうしてうちに、会社の始業時間である午前9時が近づいてきた。香澄は携帯電話からメールで以って、体調不良を理由に休む旨を上司と同僚に連絡した。


 連絡を終えると空腹感を感じ始めた。香澄は昨夜は何も口にせずに寝てしまった事を思い出すと共に、昨晩購入したカット野菜の事を思い出した。そしてそれをどこに置いただろうかと部屋を見渡した。それは昨日着ていた洋服の下、床の上にコンビニ袋に入ったままに置いてあった。


「あー、あった、あった」


 ベッドから気だるそうに四つん這いで移動すると、コンビニ袋の中からカット野菜の袋とドレッシングを取り出した。賞味期限を確認すると本日の朝5時頃となっており、既に賞味期限は切れていた。


「まあ、数時間超えたからって死にはしないでしょ……。って、別に死んでもいいのか。はは……」


 香澄は自虐的ギャグのような事を口にした自分に笑ってしまった。


 香澄の母親は48歳。月に1回は携帯電話で香澄と連絡を取っていた。といっても電話では無く、専らメールで連絡を取り合っていた。


 本当なら会って話したいし、会う事が叶わないなら電話で以って話したいが、香澄がそれを面倒くさがるので仕方なくメールで連絡を取っていた。母親は虫の知らせという訳では無かったが、数日前にも連絡したばかりの香澄に対して短いメールを入れた。


 香澄はベッドに寝転び天井を見つめていた。不意に耳元に置いてあった携帯電話のバイブレーションが震え、香澄は寝ころんだままに携帯電話を手に取った。


「……あ、メール来てる。会社からかなー。見るの嫌だなー」


 香澄はそう呟きつつ、メールを開いた。


『お母さんです。この前の連絡から数日しか経ってないけどメールしまーす。まだ寒いけど大丈夫? 5月の連休はあるの? 帰ってこれるの? また連絡しますね。たまにはそっちから連絡してくれるとお母さん嬉しいんだけどね』


 そんな母親からのメールに書かれた『元気』『5月の連休』という文字がやけに目についた。


「は~あ。連休かあ。それが終わったら元気だけど死んじゃうんだなあ。しかし……お母さん達に何て言おう。なんか言いづらいな。いっそ黙っとくかなあ」


 連絡しなければ更に連絡されそうなので返信しない訳にはいかないなと、香澄は再び天井を見つめながら母親への返事を考えた。


 実家に於いて洗濯中だった母親の携帯電話に、メールの受信音が鳴った。


『ぜんぜん元気です。まったく大丈夫。5月の連休は会社が業績絶好調で、すごい忙しくて仕事っぽいです。なので帰れなさそうです。じゃあまたねー』


 母親は香澄からのそんな返信メールに少しだけ違和感を感じたが、こんなものかなと、返事が戻ってきた事で安心し、再び洗濯作業へと戻った。


 とりあえず母親への返信メールを出した香澄は、未だにベッドに寝転んでいた。


「はあ、お母さん達に話すかなあ。どーしよっかなー。ってか、私何でこんなに悩んでんだろ……」


 香澄は心配されるのを面倒に思っていた。まだ自分が死ぬことを完全に理解できていなかった。もうすぐ親と話せる機会が完全に無くなるという事が理解できていなかった。


 時刻が正午を過ぎても、香澄はベッドの上で天井をただただ見つめていた。すると、香澄の携帯電話に電話がかかってきた。もしかしたら母親からの電話だろうかと不安になりながらも、ベッドに寝転んだままに携帯電話を手に取り発信者を見てみると、そこには会社で席を隣に置く同僚女性の名前が表示されていた。香澄は電話に出る事を少しだけ躊躇ったが、着信ボタンを押した。


「お、出たな。ねー体調は大丈夫? 風邪とかなの?」

「あー。まーそんな感じ。あれ、何かあった?」


「ううん、別に何にも無いよ。ちょっと気になったんで掛けてみた。つーか、体調悪いなら電話に出なくても良かったんだけどね。って、掛けた私が言うのもなんだけどさー。はは」


「あー、そーなんだ。明日は行けるかなーって感じ。仕事の方は大丈夫?」

「全然問題無いよ。なんなら明日も休んでも大丈夫でしょ」


「そーなんだ」

「じゃーまた明日ねー。と言っても無理はしないでね」


 電話を切った香澄の頭の中には、同僚が発した「休んでも大丈夫」というワードが残った。以前の状態、つまり終末通知を貰う以前の香澄であれば、そのワードは「有給休暇を使って旅行に行く為に休んでもいい。休んでも大丈夫」という使い方であり、楽観的な意味であり、単純に受け入れられる言葉だった。だが、今の状態で聞くと言葉の意味が大きく変わる。


「お前は必要無い」「お前が居なくても問題無い」


 そう聞こえる。そう受け取る。


「お前が死んでも替わりはいくらでも居る」


 そんな風にしか聞こえなかった。


 香澄は自分を過大に評価していたつもりは無く、実際に仕事が出来る人間とも思っていない。仕事は自分なりに頑張ってはいるが、自分が会社に貢献しているとまでは思っていない。故に自分が休んでも会社は何の問題も無い事は理解はしていた。普通に考えれば誰かが会社を休んだからといって会社が機能しないでは逆に問題であり、自分が休んでも問題無いというのが正しい事は頭では分かる。


 電力会社の人が休んだら停電になる。

 水道局の人が休んだら水が出ない。

 運転手が休んだら電車やバスが動かない。

 消防士が休んだら火事を消火する人がいない。

 警察官が休んだら犯罪を取り締まらない。


 そんな事は無いしあってはならないという事を頭では理解している。そして香澄はふと小さい頃に誰かに聞いた話を思い出した。


『過去の歴史において、王様が死んだからと言って国の名前が変わった事があったとしても、その国の場所が消滅する訳では無く、その後を誰かが何とかしている。偉人と呼ばれる人物が亡くなったからといっても日々は流れ続け、偉人と呼ばれた人の後を誰かが継いでいる。人は社会を回す歯車で有り、大きさや動きの違いがあるだけである。ひとつの歯車が無くなったとしても、それを担う歯車が常に現れる』


 その話の最後に、『僕も君も何十億という歯車の中の一つに過ぎないんだよ』と言っていた事を思い出した。


 自分が居なくなっても何の影響も無い事は分っている。分かってはいるが、いなくてもいいと思われていると思うと、全てが虚しく面倒に思えてきた。


「は~あ。必要とされていないって感じだなー。まあ、かといって別に何が出来るって訳じゃないけど……」


 香澄は携帯電話で毎日のように見ていた動画サイトやショッピングサイトを見始めた。


 だが、以前は面白いと思っていた動画がつまらないと感じ直ぐに閉じた。そしてショッピングサイトを開いてはみたが、数日前まで欲しいと思っていた沢山の種類の洋服が、香澄が現在持っている服を継ぎ接ぎしただけの物にしか見えない。いつかは食べに行きたいと思っていた行列の出来る食べ物屋。並んでまで食べに行く事がただただ面倒に思えた。食べたい物も我慢し、外見に対して費用を掛け続けてきた事の意味は何だったのだろうと疑問がわき始めた。


 クローゼットに沢山詰め込まれ、それでも入りきらずに壁に掛かっている沢山の衣類。そして部屋の床に乱雑に散らばっている鞄に靴に小物に化粧品。それら全てが無駄に見える。自分が興味を持っていた事、楽しいと思っていた事、必要だと思っていた事の全てが無意味で虚飾に思えた。


 香澄は何かを思いついたようにベッドから起きだすとバスルームへと向かった。そして洗面所でいつもなら洗顔料を手のひらで泡立ててから泡で洗うという洗い方では無く、そのまま洗顔料を顔につけながらゴシゴシとこするかのようにして顔を洗い始めた。洗っている最中に昨晩はシャワーも浴びずに寝てしまった事を思い出し、いっそシャワーでも浴びるかと思いはしたが、「今更いいか」と、そのまま洗顔を続けた。


 洗顔を終えた香澄はスウェットをベッドの上へと脱ぎ棄てた。そして下着姿のままクローゼット横の押入れから衣類ケースを引っ張り出し、中から殆ど履いた事の無い青い細めのジーンズと、殆ど着た事の無いグレーのパーカーシャツを引っ張り出し、それに着替えた。


 そしてクローゼットの扉を開け、中に詰め込まれている沢山の衣類等をフローリングの床へと放り投げた。衣類ケースもひっくり返すようにして全て床にぶちまけた。壁に掛かっていた衣類も全て床に放り投げた。


 床に散乱する沢山の衣類等の中、香澄は1つ1つ衣類を手にとり数秒間眺めては放り投げた。その中で1着のワンピースに目を留めた。それはかなり以前に購入したスカート部分がフレア状の白い春用のワンピース。会社に来ていくには気が引ける様な物である為にほぼ着用した事は無かったが、沢山の衣類の中でも気に入っていた物。香澄はそれをベッドの上へと放り投げた。それと青いリボンのついた白い麦わら帽子もベッドの上へと放り投げた。他に5着程度を選ぶとそれらもベッドの上へと放り投げた。昨晩に届いた2つの段ボール箱。その中の薄い水色の春用コートと、ベージュの低いヒールもベッドの上へと放り投げた。最後に茶色い2、3泊用の小さめのボストンバッグと、一度も履いた事の無い白い低めのヒールをベッドの上へと放り投げた。


 次にキッチンへ向かうとゴミ袋を数枚手に取った。そして1枚のゴミ袋を手に、床に散らばっている服や靴、小物類と化粧品の全てをゴミ袋へと詰め込み始めた。


 燃える物、燃えない物を一切気にせずに全てをゴミ袋へと詰め込んでいく。燃えないと思われるものは衣類にくるんで詰め込んで行った。その大量の物はゴミ袋をすぐに一杯にした。一杯になったゴミ袋は、口を閉じると玄関付近へと持って行った。そして次のゴミ袋を出しては全てを詰め込み、玄関付近にはゴミ袋が積み上げられていった。


 床に散らばった全てを詰め込んだ結果、ゴミ袋は9袋になった。香澄はゴミ袋をアパートのごみステーションに燃える物、燃えない物を不分別のままに全て燃えるゴミとして次々持ち込んだ。


 全てのゴミ袋を出し終え部屋へと戻ると、埃といったゴミはあるものの、随分とスッキリした部屋に自分の部屋では無い様な気がした。衣類で残っている物と言えばスウェットと今着用しているジーンズにパーカー。そして下着類と先程選んだ数着の洋服のみ。残りの1か月を過ごすには足りないとは思ったものの、勢いで購入し続けた大量の服等が目障りだと言わんばかりに棄てた。衣類等を大量に棄てただけではあったが、部屋の圧迫感も消え、何か清々しさを感じていた。


 時刻を確認すると午後2時を過ぎていた。空腹感を覚えると、今日はカット野菜しか口にしていない事に気が付いた。しかし冷蔵庫に何も入っていない為に昼食となる材料も無く、そもそも作る気も無かった。


 終りが近づいているのに食事をする理由があるのだろうかと疑問にも思ったが、勝手に湧いてくる食欲を抑える事は出来ず、面倒だなとは思いつつも外出することとした。そしてパーカーとジーンズといった装いにノーメイクのまま、財布と携帯電話だけを手に、サンダル代わりにしていた薄汚れた白いスニーカーをしっかりと履き、アパートを後にした。


 アパートの近くには料理を提供する店が無い為に駅方面へと向かった。のんびり周囲を見廻しながら30分程を歩き続け、ようやく駅付近へと到着すると、香澄はとある店に目を留めた。


 香澄が目を留めたのは全国チェーン店の牛丼屋。香澄は小学生の頃に一度だけ、別の場所の同じ店に入った事があった。実家から少し離れたその店には祖母が連れて行ってくれた。しかしそれ以降は「男性の入る店」というイメージが付き、若い女の子が入るのは気がひけると思い避けていた。だが今更何を気にする必要があるかと、香澄は堂々とその店に入って行った。


 中年の男性店員に案内されてカウンター席へと座ると、目の前に置かれたメニュー表を手に取った。そしてすぐに牛丼並盛りと味噌汁、それと生卵を注文した。注文してから1分程で四角いお盆の上に乗せられた牛丼が目の前へと運ばれた。香澄はこんなに待たされない店は初めてだなと思いつつ生卵を手に取り小鉢に割り、醤油を垂らしてかき混ぜると牛丼の上へと全部かけた。そして左手で丼を持ちあげると、がっつくように食べ始めた。


 店には香澄の他にスーツ姿の男性客が5人いた。髪の色を抜いたジャージ姿の若い女性が同じようなジャージを着た男性を伴って食べる光景はよく見られたが、香澄のように若い女性が一人で来る事は稀であり、更に言えば、若い女性が丼を手に持ち、がつがつと食らうという光景はシュールに映った。男性達はそんな香澄に時折視線を送っていた。香澄はその視線に気づいていたが構わずに食べ続けた。そして最後に味噌汁を冷ましながら飲み終えると、早々に店を後にした。


「あー。美味しかったなあ」


 昔食べた時の味もこんな味だったような気がするなと思い出すと共に、幼い頃に両親と祖父母に連れて行って貰った近くのキャンプ場で過ごした日々が楽しかったなという記憶も同時に蘇った。今、楽しい事といえばインターネットにショッピング。随分と楽しいと思う事が変わっていたのだなと懐かしく思えた。


 香澄は少し遠回りしてから帰宅する事にした。そして何を思うでもなく、パーカーのポケットに両手を突っ込みながらブラブラ歩いていると、西洋風の大きな建物が目に入った。それはもう少し古びていれば史跡とでも言えそうな、総石造りと見紛う3階建ての大きい建物。一見、西洋の神殿を思い起こさせるような石柱が建物の周囲をぐるりと囲み、その頭上を屋根瓦で覆うといった和洋折衷の建物。香澄がその建物の前まで来ると足を留め、口を半開きに建物を舐め回すようにして見まわした。


「こんな所にこんな建物があったんだー。しかし何だこれ?」


 歩道に面したその建物の玄関は、低めの段差と奥行きの長い5段の階段を上った先にあり、その玄関の上には目を凝らさないと見えないような、わざと目立たせないようにしているとしか思えないような印影の薄い看板が掲げられ、香澄はその看板に目を凝らした。


『終末ケアセンター』


 香澄は「ん? あれ? これってあの終末通知と関係があんのかな?」と、看板を見つめながら独り言を呟いた。すると、「どうかされましたか? こちらの施設に何か御用がおありでしょうか?」と、香澄の横から男性の声がした。


 香澄が声がした方に振り向くと、そこには整えられたショートヘアに銀縁眼鏡、濃いグレーのスーツとそれより薄いグレーのネクタイを着用し、スーツの上からでもすっきりとした体躯が見て取れる、20代後半と思しき男性が立っていた。男声は職員証と思しきカードをネックストラップで以って首から下げていた。香澄はすぐさま目の前の男性がこの建物の関係者だろうと思った。


「あ、いや、すいません。何でもありません。失礼します」


 香澄は頭を下げながらとっさに謝りその場を立ち去ろうと男性に背を向け歩き出した。男性は去りゆく香澄の背中を暫く見届けた後、終末ケアセンターへの階段に足を掛けた。すると、戻ってくる香澄に気づき、階段に掛けた足を戻すと同時に香澄の方へと向き直った。


「あ、あの……実は私、終末通知を貰ったんですが」

「そうでしたか。ではとりあえず中へお入り下さい。どうぞ」


 スーツ姿の男性はそう言って、終末ケアセンターの建物を手で指し示した。そして男性が先に階段を上がり始めると、その後を追うようにして香澄も階段を上がって行った。そして男性が全面ガラスの玄関口までやってくると、両引き戸の自動ドアがゆっくりと開き始めた。


 音も無くスーッと開かれた自動ドアを通って2人が中へと入ると、そこから10メートルほど離れた正面の上部に「受付」と書かれたブースが香澄の目に留まった。横幅約5メートルといった素っ気無いそのブースには、制服と思しき明るいグレーのブラウスに濃いグレーのリボンタイといった装いの2人の女性が座っていた。


 2人の女性は玄関口の男性と香澄に気付くと、座ったままの姿勢で香澄を見ながら軽く頭を下げた。それを見た香澄はおどおどしながら軽く頭を下げた。そして男性は受付横に伸びる廊下をずんずんと奥へと進み、香澄もそれに続いて行った。


 そして香澄は、部屋に入った正面が広大な庭を望む全面透明ガラス、残り3面の入口扉を含む壁全面が曇りガラスという、秘匿性も遮音性も感じない10畳程の広さの中に、銀色に鈍く輝くステンレスで出来た長方形のテーブルと、そのテーブルを挟んで3つづつの計6つのステンレス製の椅子が置いてあるという質素で簡素な打合せルームへと案内された。


 部屋に入った直後、香澄は正面の大きいガラス越しの庭に目を留めた。ガラス越しの向こう側には、綺麗に整備された一面芝生の庭が広がり、3階にも届きそうな高い木が奥も見通せない程に沢山生えていた。そして一面芝生の地面には、多くのベンチとイスがテーブルとセットで置いてあった。


 そしてぼんやりと庭に目を取られていた香澄に向かって「そちらにお座りください」と、男性が声を掛けつつ向かいの椅子を手で指し示すと、香澄はそれに従い、男性の向かいの椅子へと腰掛けた。それを見届けた男性は「では少しだけお待ちいただけますか?」と、香澄を1人部屋に残して何処かへと去って行った。


 数分後、タブレット端末を手に男性が香澄の元へと戻ってきた。男声は「お待たせいたしました」と言いつつ香澄の向かいの椅子へと腰掛けた。


「あの……今更ですが、あなたは……」

「ああ、これは大変失礼致しました」


 男性はそう言うと席を立ち、上着の内側ポケットから1枚の名刺を取りだしながら香澄の近くへ小走りに駆け寄ると、座ったままの香澄に対して両手で名刺を手渡した。


「改めまして、私、井上正継(いのうえまさつぐ)と申します。どうぞ宜しくお願い致します」


 井上は終末通知の件で来た人を担当する終末ケアセンターの職員である事、職務としてはカウンセラーのような立場であると、名刺をジッと見つめる香澄を見ながら説明し、それを終えると再び席へと戻った。


「では早速ですが、最初に別人の葉書ではない事、あなたが別人でない事を確認させて頂きたいので、お手数ですが、身分証明書になるものと終末通知の葉書を見せて頂けますでしょうか?」


「……あっ! すいません。こちらに来るつもりでは無かったので、葉書も免許も今持ってきていないんです」

「そうでしたか。では、後日に改めて来られますか?」


「いえ、家まではそれほど遠くないので取りに戻っていいですか? 1時間程で戻ってこれると思いますので」

「はい、結構ですよ。お待ちしております」


 香澄が席から立ち上がると同時に井上もすぐに席を立つと、すぐさま打合せルームのドアへと駆け寄り、香澄の方を向いて「どうぞ」と言いつつドアを開けた。そして香澄は打合せルームを出るとそのまま玄関口へと向かった。井上は香澄の後を追うようにして玄関口の外まで見送った。


 終末ケアセンターを後にした香澄は、初めて通った道から自宅への帰り道を、携帯電話の地図を使って確かめた。自宅までは約2キロ程。香澄は早足で自宅へと急いだ。終末通知の葉書はハンドバッグに入れっ放しだった気がしたが、もしかしたらハンドバッグ毎ゴミとして出してしまったのではないかと危惧していた。ごみステーションに出したとしても直ぐに清掃業者に回収される訳では無かったが、9つのゴミ袋から探すとなると骨が折れるなと心配していた。


 30分弱を歩き通してアパートに到着すると、すぐにハンドバッグはあるだろうかと部屋の中を見渡すと、部屋の中央のガラステーブルの上に置かれていた。香澄はすぐにハンドバッグの中を確認すると葉書はそこに入ったままであり、それを手にすると再び終末ケアセンターへと向かった。


 再び30分近くを早足で歩き続け、息を切らしながら終末ケアセンターの玄関自動ドアを通り抜けると、受付付近に井上の姿があった。息を切らして戻ってきた香澄の姿に、「ご苦労様です」と、井上は笑顔で声をかけると、先程の打合せルームへと香澄を案内した。


「それでは改めて終末通知の葉書と、身分を証明できるものを拝見させて下さい」

「あ、はい。これです」


 香澄は手に持っていた終末通知と、財布の中から取り出した免許証をテーブルの上、井上の方へ向けて差し出した。免許証は運転する為に取得した物では無く、身分証明としては最強であるとの父親の言葉に従い、原付用の免許だけを高校卒業時に取得していた物だった。


 差し出された終末通知の葉書と免許証を前に井上が、「拝見させて頂きます」と一言いって手に取り目視で確認すると、持参していたタブレット端末のカメラで、終末通知の見開いたページの中に記載されているバーコードを読み取った。


「確認致しました。有難う御座います。それではこちらの施設他について説明させて頂きます」


 井上は笑顔でそう言って、終末通知の葉書と免許証を香澄に返すと、タブレット端末を香澄に見えるように傾けた。そのダブレットの画面上にはグラフデータが表示されていた。


「この終末通知を受け取った方の中で、実に2割近くが悲観して飛び降り等の自殺をしてしまうようです。1割位の方は自暴自棄になり事件を起こすという事例もあるようです。又1割近くの方はこの葉書が届かないか見ていないかのようです。それ以外の方の多くが、とりあえず終末ケアセンターにお越し頂いて、私達職員とお話させて頂いております。お話をさせて頂いた内訳では、40代位までの方で奥様や小さいお子様がいらっしゃる方は、終末日近くまでご夫婦で過ごし、直近にこちらの施設にきて安楽死を望まれる方が多いですね。ご高齢のご夫婦の方ですと、ご自宅で最期を迎えたいと仰る方が多いですね。単身者の男性の場合、年齢関係無く、早急に安楽死を選択する方が多いですね。女性の場合ですと、ぎりぎりまで旅行や食事等を経験した後に安楽死をするという傾向でしょうか。それ以外で言えば、経済的に厳しい方は早めに安楽死なさる傾向にありますかね」


「はあ……そうですか……」


 香澄は井上の説明に上の空であった。未だ息が整っていない状況もあり難しい話を聞く体制では無かったと同時に、他人のそんな話を聞いたところで自分にどうしろというのだろうという気持で聞いていた。


「終末通知を通知されている段階で、クレジットカード等の信用取引は出来なくなっておりますのでご注意下さい。今後は現金取引のみとなります。口座引き落としのカードでしたらご利用なれます」


「……えっ! まじですか? リボ払いしてるんですが……」

「ああ、それなら御心配はいりませんよ? そういうのは信販会社の方で上手くやってくれるはずです。債務は破棄されると共に、まだ未発送の物は自動的にキャンセルされます」


「ああ、そうなんですか……結構な額の残金が残っているんですけど、何か申し訳ないですね……」

「通常、個人の方が亡くなればその方の債務は放棄されますからね。まあ、連帯保証だったり資産を継承する場合には債務も継承されますが」


「なるほど」

「では、安楽死の方法になりますが、国で定めた方法は服毒になります」


「……えっ? 服毒……? 毒殺ってやつ?」


 香澄は「毒」というワードに目を見開いた。


「いや、毒殺っていうと殺人になっちゃいますけどね……。毒を服用すると言ってもマンガみたいなドクロマークのついた瓶の毒を飲んで苦しみもがいて亡くなるという事ではありませんよ。苦しんでしまうようでは安楽死とは言えませんからね。では少々お待ち頂けますか?」


 井上はそう言って席を立ち、香澄1人を部屋に残して建物の奥の方に消えていった。


 数分後、片手でも持てそうな程の大きさの木箱を手に、井上が打合せルームへと戻って来た。井上は木箱をテーブルの上に置きつつ椅子に座ると、香澄に対して木箱の中が見えるよう傾け「こちらは終末ワインと呼ばれる物です」と言って見せた。


 井上が持って来た木箱は高級そうではあるものの、使い古された感じの残る長さ30センチ程の蓋の無い木箱。その箱の中には、中身が入っていない事が傍目で分かる、薄茶色で細長い凝った意匠のある瓶が、青いサテン生地のクッションの中で横になって入れられていた。


「はあ……。ワイン……ですか……」


 香澄のそんな気の無い返事に何の反応を示さずに井上は続ける。


「こちらが安楽死の為の飲料となります。終末通知を受け取った方が、自ら終末を迎える為に用意された劇薬です。厳重に管理が必要なため、終末ケアセンターでしか提供が出来ません。承諾書に永富明様の自筆による署名を頂いた後、当ケアセンター内、且つ職員立会いの下で服用頂けます。といってもこれ自体はサンプルですけどね。本物は本番に時に提供させて頂きます」


「……私にそれを飲めと言う事ですか?」


「いえいえ、強制するものではなく、服用するかの判断するのは加賀美様です。あくまでも、安楽死を求めるならば我々はこれを提供致しますよ、と言う事です。ではこちらの終末ワインの説明になりますが、こちらをお飲みになっても苦しみは一切ありません。こちらを服用直後から強烈な睡魔が襲ってきます。そのまま眠りにおち、徐々に呼吸数が落ち、長くても30分以内に呼吸が完全停止します。こちらを飲まれた方のほとんどが、良いお顔で亡くなっていかれました。ただし解毒剤も無く即効性がある物ですので、服用後は後戻りは出来ませんけどね」


「はあ、そうですか……。しかし安楽死かあ。その方が楽なんだろうなあ」


 その後、香澄は当然匿名ではあるものの、自分以外の終末通知を受け取った人達の話を井上から聞かされた。というより一方的に井上が話し続けた。


「何か質問等あれば何でも聞いてください」と、ひとしきり話を終えた井上が笑顔で言ったその言葉に、「う~ん、よくわかんないけど、どうせ死ぬなら安楽死の方が楽なんでしょうね……」と、香澄は溜息交じりに呟き俯いた。死に方がどうであれ、兎に角もうすぐ死ぬ事だけは確定している。ただそれだけの事と、俯いた姿が言っていた。


 暫くの沈黙の後、香澄は顔を少しだけ上げ、上目づかいにチラリと井上に視線を送った。


「……別に今それを飲まなくてはならないと言う事ではないんですよね?」


「勿論ですよ。とりあえずこちらの説明は終わりましたので、これよりご自宅にお帰りになって、ごゆっくりと残された時間の使い方についてお考え下さい。ご家族や御親戚に相談する、親しい人と会っておく等、過ごし方は色々とございますしね」


「はあ……まあ、そうですね……」


 香澄はそう言って再び俯いた。そしてすぐに顔を上げると「じゃあ、今日は帰ります」と軽く頭を下げて席を立った。それを見た井上もすぐに席を立つと、すぐさま打合せルームのドアへと駆け寄り、香澄の方を向いて「どうぞ」と言いつつドアを開け、香澄は部屋を出るとそのまま玄関口へと向かった。井上も香澄の後を追うようにして玄関口の外まで付いて行った。


「それでは加賀美様。私はこれにて失礼いたします。尚、こちらで行う安楽死に於きましては、終末を迎えるにあたっての一つの選択肢でしかありませんので、より最善の最後を選択の上、ゆるりとお過ごしください」


 玄関口を背に井上は笑顔でそう言いつつ頭を下げ、香澄を見送った。


 香澄が終末ケアセンターから外へと出ると既に周囲は暗く、携帯電話で時刻を確認すると丁度午後5時となっていた。


 香澄は駅の方向へと歩き出し、20分程で駅付近に到着した。今日は平日とあってか仕事帰りのサラリーマン等で駅前は賑わいを見せていた。香澄は今日食べた牛丼店の近くににある、これまたチェーン店のラーメン屋へと入って行った。すでに満席状態に近い店内のなか、1席だけ空いていたカウンター席へと案内されるとすぐに目の前のメニュー表を手に取った。


 香澄の両端には中年のスーツを纏った男性が音を立てながらラーメンをすすっていた。テーブル席ではビールを片手に同僚らとワイワイ話ながらおかずだけを食べているサラリーマンで賑わっていた。中には若い女性も見受けられたが同伴者がいた。女性一人で来ていたのは香澄一人だった。


 数分後、忙しそうに動き回る店員に対して香澄が大きめの声を掛けて呼び止めると、ラーメンと半チャーハンのセットを注文した。以前であればそんな組み合わせの食べ物を頼む事は無かったが、今となっては何を気にする必要もなく、一度はそういった物を食べてみたいと思ってはいた。


 注文から15分程が経った後、香澄の目の前に四角いお盆が運ばれてきた。お盆の上には湯気の立つ熱々のラーメンと半チャーハンがよそわれた小皿が乗っていた。香澄は目の前の割りばしを手に取り両手で割ると、早速ラーメンに手を付けた。香澄がズーッ、ズーッと音を出しながらラーメンをすすり始めると、時折隣に座る中年男性がチラりと香澄に目をやった。香澄はそんな視線を気にせずに音を出しながらすすり続けた。


 単品でなら500円もしない醤油ラーメンはそれなりに熱く、スープも飲みながら食べている内に汗が噴き出してきた。香澄はおでこから滴り落ちる汗を手の甲で拭いながらもスープ迄完食すると、次いで半チャーハンも米一粒までキッチリと完食した。普段食べないその量は、走ると出てしまいそうな程に満腹感を満たした。そもそも昼食の牛丼を食べてから3時間ほどしか経っていない事を忘れていた。


 食事を終えると早々に店を後に自宅への帰路に就いた。完全に陽も落ち、街灯が灯っているとは言っても辺りは暗く、そんな中を1人歩いて行く。春とはいっても陽が落ちた時間ではそれなりに気温も下がり、かいた汗が寒さを助長した。早足で帰ろうとも思ったが、あまり急激な運動をすると先程のラーメンが口から出そうになる事でゆっくりと歩かざるを得ず、結局アパートに戻ったのは40分後であった。

 

 部屋へと戻った香澄はすぐにベッドに寝転びたかったが、そのまま横になると未だにラーメンとチャーハンが口から出そうで横になる訳にもいかず、床にゆっくり腰を下ろして胡坐をかき、両手で上半身を支えるようにして後ろに着いた。そして口を半開きに天井を見つめた。


「はー。食った食ったー。しかし後1カ月かあ。どうしようかなー。お母さん達にも言ってないしなー。最期に旅行にでも行こうかなあー」


 香澄は暫くの間お腹が落ち着くまでぼけっとしながら過ごした後、シャワーをだけを浴びると早々にベッドへと潜り込んだ。


 翌日の早朝、香澄は白いワンピースと青いリボンのついた白い麦わら帽子にベージュの低めのヒールという装いで、昨日に選んだ衣類等と数日分の下着を詰めこんだ茶色いボストンバッグを手に電車に揺られていた。それは会社に向かうのではなく、目的がある訳でも無く、ただただ何処かへと向かっていた。


 朝に目覚めた時には会社に出勤しようかと一瞬思いはしたものの、今更行く意味も見出せずに休む事を決めた。本当であれば会社に理由を話して即座に退職するべきかとも思ったが、どのタイミングで何て言えばいいのか悩んだ挙句、昨日同様に体調不良という連絡をメールで入れた。


 香澄は電車に揺られながら携帯電話で以って、何処かお一人様歓迎の所はないかと検索しながら思案する。クレジットカードが既に使えない状況という事もあって銀行でお金を降ろして来てはいたものの、香澄の全財産は8万円と少しだけ。とはいえ、リボ払いで引き落とされる直前であったために思ったよりは高額な金額を下ろす事が出来た。だとしても多くの選択肢がある訳でも無く、残りの1か月を生活するためには旅行をしてる場合でも無かったが、1人家にいても何もする事も無く、かといって誰かに相談するのも憚られ、半ば衝動的に家を後にした。


「島とかいいなー。近くに島みたいな所ないもんかなあー」


 携帯電話で検索していると、香澄が聞いた事も無い名前の島の写真が目に留まった。写真には高い崖の上に草原の様な緑が広がるといった光景が映し出されていた。


 空の青、海の青、それと草原の緑が目にも鮮やかに映るその場所は、島根県の境港からフェリーで渡る島にあった。費用を考え近場を探していたつもりではあるが、とりあえずその場所に行ってみようと決めた。そしてそのまま携帯電話で以ってその場所までの経路を調べると、電車で行くなら境港までは7時間近くと表示された。写真に映る空の青さを見ようとすると完全に間に合わない為に、次いで空路を交えた経路を見ると約4時間で到着できそうな事が分かり、一路羽田空港へと向かった。


 香澄は飛行機に乗るのが人生初であった。慣れない空港窓口であたふたしながらもチケットを購入し、ようやく飛行機に搭乗した。そして1時間半程のフライトを経て島根県は米子空港に到着すると、更に空港直結の駅から電車に揺られる事15分程で境港駅へと到着した。すでにここまで家から5時間程が経過していた。


 駅から歩いてすぐのフェリーターミナルで船の切符を購入し、2時間半近くを今度は船に揺られ、ようやく香澄は目的の島へと辿りついた。この時点で既に4万円近くの旅費を費やしていた。


 更にそこから写真で見た最終目的地まではバスで20分。写真では殆ど人が映っていなかったが、その場所は有名な景勝地でもある事から、香澄が思っていたよりは人が多かった。とはいえ香澄以外には1人で来ている人は居なかった。ノーメイクの成人女性という事が逆に目を引く感じで、香澄は麦わら帽子を目深にずらして目的の場所へと歩いていった。


 そして今、香澄の目の前には、崖の上に草原というには大袈裟ではあるが緑が広がり、その下を真っ青な海が広がり、その上を真っ青な空が覆うという光景が広がり水平線も見えた。農村で生まれ育った香澄にとって海自体が見慣れない物でもあったが、それほどまでに美しい景色を見たのはいつ以来だろうかと感動を覚えていた。


 香澄は今回の旅行の計画を立ててない。鞄1つだけを持って衝動的にここまで来た。帰りの切符も宿の手配も何もしていない。


 そして現在の所持金は3万円と少し。これから帰宅する為の旅費も必要であるが、それを引くと残金はほぼゼロになり、残り1か月を過ごすには非常に厳しい状況となっていた。実家に連絡すれば何とかしてくれるであろう事は分かってはいたが、今の香澄の頭に実家に連絡するという考えは全くなかった。


 目の前の光景に感化されているともいえたが、今は何もかもが要らないといった気持で溢れていた。香澄には未来も無いが、他に何も無い事が逆に清々しく思えた。もうあらゆる全てが不要であると思えた。


 香澄は鞄の中から携帯電話を取り出しイヤホンを耳にはめた。そして動画サイトを開くとブックマークしていた動画を再生し始めた。香澄が再生したその動画は以前に偶然に見つけた違法にアップされたであろう音楽ライブ動画。歌っているのは1人の女性。その女性はアニメを中心に活躍する声優である事は後に知った。


 香澄は特にアニメが好きだった訳でも無く、その女性声優の事も知らなかった。歌詞が気に入ったからとか歌唱力に優れているから好きになったとかで無く、派手なダンスパフォーマンスを見せつけるでも無く、若くもなく綺麗と言われる部類でも無いその人のライブ動画をただただ単純に可愛いと思った。下手をすれば母親と言えそうな年齢であるらしいその女性の、その可愛い世界観を保つ姿勢がとても可愛く見えた。きっとそれは大変な事で自分には耐えられないような目には見えない努力をしながら続けているのだろうその結果を、見ていて聞いていて、ただただ楽しい気分になれた。


 香澄は崖の上の草原を左手に持った携帯電話で動画を見ながら、海に向かってゆっくりと歩き始めた。すると、海からの突風で麦わら帽子が天高く飛ばされた。香澄は足を留め、天高く舞う麦わら帽子の様子を途中まで目で追っていたが、すぐに視線を携帯電話へと戻すと再び歩き出した。


 そして力が抜けるかのようにして右手に持っていた鞄をその場に落とし、歩きながらにヒールも脱ぎ捨てた。そして顔をあげると視線を真っ直ぐに、ライブ動画の音声をBGMにするかのようにして早足になり、駆け足になり、イヤホンを外して携帯電話を放り投げると、満面の笑顔のまま崖に向かって全速力で走っていった。


 ◇


 それから1カ月後のある日、香澄の母親の携帯電話が鳴った。発信者名は表示されず、電話番号だけが表示されていた。母親は訝しみながらも電話に出ると、電話の相手は香澄のアパートを管理する不動産屋であると告げた。


 不動産屋は今月の家賃が払われていない事から香澄に連絡を取ろうとしたが連絡が付かないと言ってきた。アパートに戻ってきている様子も無く、仕方なく合鍵を使って部屋へと入ったが、部屋の4隅には埃がたまり、クローゼットの中には何もなく、残っている物と言えば床に出しっ放しの衣類ケースの中の下着類が数点とベッドの上に放り投げられたスウェット。それと食器類や掃除道具のみであり、まるで夜逃げをしたような状況であると母親に告げた。


 母親は不動産屋からの電話を一旦切り、すぐに香澄の携帯電話に直接電話を掛けた。だが、「この番号は現在使用できません」と、そんな機械音声が流れるのみであった。母親はすぐに地元の警察署へと駆け込み、千葉で一人暮らしをしている娘と連絡が取れないと狼狽しながら訴えた。


 警察はすぐに香澄が居住する管轄の警察署へと連絡した。それから10分程が経った頃、管轄の警察署からの返答があり、その内容が母親へと伝えられた。


 母親はそこで初めて聞かされた。自分の娘が終末通知を1か月前に受け取っていたという事を。同時に、遺体が存在した訳では無いが、この時点で終末日を過ぎている事から既に死亡しているであろう事を聞かされた。


 ◇


 20XX年『終末管理法』制定。制定されると同時に厚生労働省には『終末管理局』が新設された。新設された終末管理局の役割は、当局の管理監督の下で、個人に対して、個人の終末日、つまり亡くなる日を通知する、というのが主な役割である。しかし、あくまでも医療行為、健康診断等の膨大な身体情報を基に、本省のコンピュータシステムで計算した物で有る為、事件事故等、不測の事態で亡くなる場合には無意味である。また大病を患っている、持病がある等の場合にも無意味である。この制度は、健康体の人物を対象とした、福祉の一貫として位置づけられている。


 個人に終末日を伝える方法は葉書とされた。毎月の月末日に、厚生労働省の本省に設置されているコンピュータシステムで終末日を算出し、同時に終末通知の葉書を作成する。作成後は、即刻、郵便として全国へと発送される。対象期間は、月末日から2か月以内に死亡予測が出た個人宛に発送される。


 また、葉書を受領した人達に対する精神ケアの為に、各自治体には『終末ケアセンター』を設置する事も義務付けられた。終末ケアセンターの役割は、通知葉書を受領した人達へのカウンセリング、そして安楽死の実施という、2つが主な役割とされた。


 安楽死の方法は飲料による服毒と定められた。安楽死が目的の為、飲む事によって苦しみを一切伴わず、且つ終末の飲料としても美味しい事も求められた。その要求に対して、飲んだ直後から急激な睡眠作用を誘導、同時に脈拍低下が始まり、数分後に完全な心停止する飲料が開発された。そしてその仕様を邪魔しない味を求めた結果、ぶどうを原料としたワインが開発された。


 財政的にも公的支援が図られる事になる。終末日を迎えた時に負債があれば公費で負担する事になった。そのかわり、終末日は保険金融業界にも連携され、クレジットカードは即時利用停止となる。終末日以降はローンも組めず、銀行の現預金か、現金決済のみとされた。


 終末日以降の自殺での保険金搾取も考慮し、生命保険も停止という措置がなされる。そのかわり傷病での医療費の負担は公費で全額なされる。資産の相続についても軽減措置がなされ、名義変更が必要な家や車と言った資産については、妻子を優先に自治体のシステムで、自動的に名義変更まで行われる。


 遺体の引き取り先が無い、若しくは引き取りを拒否された場合には、自治体により火葬、納骨まで行われる。その際は、自治体の共同無縁墓地へと納骨される。これは行旅死亡人(こうりょしぼうにん)と同様の扱いである。


 終末を通知された人が、自暴自棄になる事も想定され、人は勿論、社会に対して、破壊衝動に駆られる危険性を考慮の上、終末管理局にてそれらの衝動に駆られそうな危険人物の特定も行われる事になった。これも本省の最新のコンピュータシステムで、過去の実績等(事件事故等)の警察情報をデータベース化し、システムにより人物抽出される。これらを担うのは、終末管理局直轄の部門で『終管Gメン』と呼ばれた。終管Gメンは、警察庁との情報を含めた密な連携を取り、対象者の監視拘束を行う。そして一度拘束されると、終末日まで拘束される事になる。それ程の強権を発動する事に対して、賛否は拮抗しているが、終末日の通知は残りの時間を有意義に過ごすという、福祉の一貫であるにも関わらず、個人の身勝手な破壊衝動に対しては、社会の安定を第一に考え、強権を持って抑えるというものである。

 

 終末日を知らせる葉書は『終末通知』と呼ばれた。

 そして、安楽死を行う飲料は『終末ワイン』と呼んだ。

2019年 11月25日 5版 誤字含む諸々改稿

2018年 12月02日 4版 誤字修正、冒頭説明を最下部に移動

2018年 10月13日 3版 誤字修正、描写加筆変更

2018年 09月29日 2版 誤字修正、描写加筆

2018年 09月27日 初版

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