出会い方は唐突に。
「アーちゃん、帰んないの?」
「あら、シオンちゃん。………………そうね、まだ教室に残るつもりよ。作品のアイデアがまだ浮かんでなくて。」
「あーそっか、アーちゃん手芸部だもんね。大変だねーアイデア出さなきゃいけないって。」
「ふふっ、シオンちゃんのようにからっとしてたらこんなに考え込まなくてもいいのかもしれないけど。………………私はどうも考え込んじゃうタチでね。」
「むー?それはあたしがおバカって言われてない?」
「あら、バレた? お詫びにこれあげる。」
と、包みを解いてシオンちゃんの口にクッキーを押し込む。
「むぐ、………………ありがとっ。 ってなにこれ!?口の中で溶けた!? 最高級クッキーってやつ!?」
「ふふっ、ならそういうことにしときましょっか。」
………………ほんとはこの近くの商店街にあるケーキ屋さんで、不揃いだからって安売りされてたものだけど、シオンちゃんの夢と幻想を砕いちゃうのは可哀想だけど黙っておきましょ。
「もう一つ食べる?」
返事を待たないうちにシオンちゃんのお口にまたクッキーを押し込む。
「むぐ………………ありがとアーちゃん。って、こんな高そうなクッキーを私みたいなびんぼーにんに食わせちゃって大丈夫なの?」
「大丈夫よ。まだたくさんあるし。」
「………………むぅ、アーちゃんお金持ちぃ。今度茉莉花に買わせようかしら………………」
ぶつぶつとそんなことを言いながら、シオンちゃんは教室を出ていく。………………さて、と。これで教室には私一人っきりね。静かになったし、アイデアをゆっくり練りましょうか。
………………結局何も浮かばなかったわね。ふと顔をあげれば、もう夕日が月へとバトンタッチし始める頃。………………あらあら、ずいぶんと長く考え込んじゃったみたいねぇ。もうそろそろ帰らないと、この中に閉じ込められちゃうかも。
椅子の足が床を擦る音が、空っぽの教室にやけに大きく響く。私以外はもう、誰も残っていないらしく、廊下に出るとしぃんとしていて。湿った空気だけが重苦しく取り巻いていた。
薄暗いトイレに足を踏み入れると、ひとまず明かりを付けて「まだここに居ますよ」とアピールする。そうでもしないと戸締りされそう………………いや、シオンちゃん達はまだ音楽室に残ってるのかしら?
ひとまず個室のドアを開けると、………………なんと、先客が居た。
「………………………………んぁ?」
「………………これは失礼しました。」
パタンと扉を閉めて隣の個室に入………………ろうとして、もう一度扉を開ける。やっぱり居る………………
「………………鍵かけ忘れたのはボクのミスだけど、邪魔しないでくれるかな?今いいとこ………………あーもうっ、負けたっ!!」
いきなりスマートフォンを手放すと脱力する。………………あら、なんか面白い子ね。
「………………んで?ボクに何か用?」
「別に用はないけど、時間的にもうそろそろ出入口閉められちゃいそうよ?」
「………………ん、もうそんな時間なんだ。………………………………教えてくれてありがとな。………………あと、頼むから出てってくれよ………………見られながらする趣味はないからさ………………」
「はいはい。」
そっと扉を閉めると、慌てて内側から鍵をかける音がする。私も隣の個室に入って一息つくと、壁の向こうに向かって話しかける。
「ふふ、おトイレするのも忘れてゲームしてたの?」
「………………別に。キリがいいとこを見失ったからやってただけ。………………ったく、特別棟でゲームしてたらいきなり調子っぱずれで全力投球な歌声?が聞こえてくるんだもん、慌てて逃げ出したよ………………………………合唱部のやつら………………」
ふぅん、合唱部にはそんな人がいるのね………………あとでシオンちゃんに聞いてみようかしら………………
「………………それでここに隠れてたら、今度はキミに見つけられるし………………はぁ、もう、ついてない………………」
「あら、そうかしら?」
一足先に個室から出ると、向こうのドアが開くのを待つ。やがて出てきたその影は、私よりも頭2つ小さくて、
「………………………………で、でかいなキミ………………」
「あら、そーお?」
「しかも無自覚かよ………………うちの有原とか竹森も充分デカいけどさ………………………………それ以上じゃねーかよ………………」
ぶつぶつと何か呟くと、
「………………まぁいい。それよりも早くここを出ようか。………………………………見つかると面倒だしな。」
そう言うとすたすたと足早に立ち去っていく。私もそれを追いかけて、下駄箱で雑に革靴をひっかけてその子の後を追っていく。
そんな不思議な、体験。
これが私たちの、出会いだった。