〜地味スキルのみで生き延びます〜
「パンパカパーン!おめでとうございます!あなたには異世界に
転生する権利が与えられました!!」
「へあっ?!」
目を覚ました俺を迎えたのは金髪の少女と奇妙な言葉だった。
男が目を覚ましたのは殺風景な真っ白な空間だった。
目に入るのは小さな机、椅子、食器棚、淡い色の絨毯、そして自分が寝かされていたソファ。
そして金髪少女。
(いや待て待て、異世界?転生?なんの話だ?そもそもどこだここは?!
今何時だ?仕事はどうなった?遅刻?そもそも何曜日だ?)
いろいろな心配で頭が混乱する。
「こ、ここはどこなんだ?なんで俺はここにいる?!」
自分の置かれている状況がわからないせいか、声を荒げてしまう。
「ううむ、事故のショックですかねぇ…混乱しているのでしょうか…?あ、お茶飲みます?」
声を荒げたせいか、少女は体をビクッと震わせるが、すぐに落ち着き、俺の様子を心配したのか、お茶の準備を始める。
「あ、いや大丈夫だ。すまない声を荒げてしまって」
大人として恥ずかしい行為に少し縮こまりながら謝る俺。情けない。
「いえ、無理もありません。あんなことがあったばかりですし」
少女はティーカップを俺に差し出す。
「あ、どうも…あんなこと?」
ティーカップを受け取りながら少女の発言をきき返す。
「…やはり、記憶が混乱しているみたいですね。覚えていませんか?事故のことを?」
「事故…!」
少女から事故という単語を聞いた瞬間、記憶が滝のように勢いよく蘇る。
「なんだこれ…俺?会社から帰る途中?空から…看板…?!」
蘇った記憶に映るのは、会社帰りの自分。そして空から迫る看板。
「俺…まさか死んで…」
すがるような目で少女を見ると悲しそうな目をしていた。
「不運な事故でした…解体予定だったビルの屋上に設置してあった古い看板のボルトが朽ちていたみたいです」
少女は申し訳なさそうな顔でこちらを見つめてくる。
「…いやすまない。君は悪くないよ。それにもう起きてしまったことだ。悔やんでもしょうがないよ」
本当に運が悪かっただけなのだ。少女は何も悪くない。
「でも私がもう少し早く介入できていれば…」
少女はまだ申し訳なさそうな顔をしているが、それよりもまた気になる単語がでた。
「介入?」
「あっ!すいません、自己紹介がまだでした!私地球とその周辺のセカイを管理している女神です」
ぺこりと丁寧に頭をさげる少女。そしてまた気になる単語が。
「管理?女神?…すいません、いったいなんの話をしているのですか?」
ゲームの中に登場するような言葉に戸惑う俺。
そんな俺の戸惑いを感じ取ったのか少女は一から説明をしてくれた。
少女の話はまとめるとこうだ。
俺、川島梓は地方都市の中堅企業につとめるアラサー男だった。職場は普通で彼女もできたり、別れたり、まさに平凡といった人生を送っていた。しかし、ある会社帰りの夕方、たまたま通った道で看板の落下事故に巻き込まれて死んでしまったらしい。
それを少女こと、地球やその周辺のセカイを管理する女神様に魂だけ助けてもらえたのだ。
そして俺が目を覚ましたのは、人間たちが天界と呼んでいる、神様の住処だったという。
「わざわざ助けていただきありがとうございました」
死んでようがどうしようが、社会人なら助けてもらったらお礼を言わなければならない。会社勤めで身についた最敬礼で女神様に頭を下げる。
「いえ、あと数秒早ければ肉体も助けられたのに…」
残念そうな顔でこちらを見つめる女神様。
「いえ、魂だけでも十分です。それに先ほどの話、転生させていただけるんですよね?」
「はい、私にできるせめてもの償いです」
そう、なんでも俺が死んでしまったあの事故は女神様すら予知してなかった偶発的なものだったらしい。
助けられなかったお詫びからか、俺を異世界に転生させてくれるらしいのだ。
「地球に戻ることはできないんですかね?」
素朴な質問をするが女神様は残念そうに死んだ肉体があるセカイには転生できないことを教えてくれた。
「それで、どんなセカイに転生するんでしょうか?」
「ルーナシモスと呼ばれるセカイです。他にも候補があったんですけど、距離の関係であまり地球から離れたセカイには転生できなくて…」
「そこは地球と似たような環境ですか?」
なんでも肉体と魂の質?に差が生じるらしい。とりあえず質問を続ける。
「山や海、野があれば砂漠もある地球と似たような環境です、ですが文明は地球に比べれば遅れています。化学エネルギーなんてものは認識されていません」
「それ厳しんじゃないでしょうか?」
良くも悪くも生前は平凡であった梓は、休日はクーラーや暖房の効いた部屋でゴロゴロしていたし、テレビやゲームもあった。それがいきなり電気もない異世界に放り出されるなんて…
「大丈夫です!科学は遅れていますが魔法や剣なんかは私の管理するどのセカイよりも進んでます!魔物なんかもいますがハンターと呼ばれる職業もあるので襲われることはありません!」
少し自慢気に胸を張る女神様。確かに魔法が使えたら生活に困ることもないだろう。
「魔法って俺も使えるようになるんですか?」
当たり前だが俺は生前魔法なんて使ったことはない。異世界に転生すれば使えるようになるのだろうか?
「はい!このセカイではスキルと呼ばれるものがあります。生まれつき持っているものや才能が開花して身につくもの、努力によって身につくものといろいろあって、魔法もその一つです」
「なるほどそれなら生活は問題なさそうですね」
魔法にも様々な属性があって誰でも一つくらいは才能があるらしい。
(それにしてもスキルか…ゲームみたいだな)
最初は意味がわからず混乱していたが、異世界やスキルといった言葉に少しばかりワクワクし始める。
「それと梓さんは転生という特例になるので生前得意だったことがそのままスキルとして受け継がれることになります」
「それは嬉しいですね。俺が得意だったことか…なんだろう?」
首をかしげるがパッと浮かぶものはない。とりあえず転生すればわかるだろうと思い考えを中断する。
「最後にこれは私からのプレゼントです。」
そう言って女神様は懐から革袋と何やら光る玉を2つ取り出す。
「これは…銀貨ですか?」
渡された革袋には5枚の銀貨が入っていた。
「はい、街の中に転生なんてさせたらパニックになるので、街の近くの街道に転生させます。街に入るには市民登録が必要なのでそのお金です」
「わざわざありがとうございます。それでこの光る玉は…おぉ?!」
革袋と一緒に取り出された光る玉に触れてみると玉は形を失い光が俺の体に吸収されていく。
「それは先ほど説明したスキルと呼ばれるものです。梓さんはルーナシモスについての知識がないので一般常識を身につけるスキルをプレゼントします」
「...助かります」
ゲームだなんて浮かれていたがよくよく考えれば剣も魔法もなんでもありのセカイだ。常識がなければ、魔物の巣に踏み入ってそのまま死亡なんてこともありえる。それをスキルで身につけられるなら生存率はかなり上がるだろう。
「それでもう一つの玉は?」
女神様が取り出した最後のプレゼントを見つめ質問する。
「それは…あら、もう時間がないみたいです。実際に転生したらたしかめてみてください」
そうやって女神様は微笑むと手を振る。
俺も手を振りかえし、もう一度お礼を言おうとするが声が出ない。
女神様の声がだんだん聞こえなくなり、姿も見えなくなってくる。
だんだんとフェードアウトする意識の中女神様の声が聞こえた。
「どうか、お気をつけて」