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秋風シリーズ

贈り物

 ふらりと立ち寄った喫茶店で、一枚の絵を見た。

その絵は女性の肖像画で、手には一凛の薔薇を持っている。


綺麗だ、と素直に思った。

女性は勿論だが、その絵が本当に綺麗だと。


 僕はそこまで絵に詳しいわけでは無い。

自分で絵を書いたことなど、僕の人生の中で恐らく中学生が最後だったろう。

それも美術の授業で書いたのみ。趣味で絵を描くなど皆無に等しかった。


 そんな僕でも、この絵の色使い? はとても綺麗だと感じた。

なんだか優しい色だ。見ていてホっとする。いつまでも見ていられる。


「気に入ったかね」


その声にビクっと反応し、カウンターでコーヒーを淹れているマスターを見る。

口元に白髭を蓄えた、いかにもジェントルマンという言葉が似あうマスター。

コーヒーの香りに交じって、煙草の匂いが鼻をくすぐる。


「その絵は知り合いの学生が書いた物でね。絵が得意だと五月蠅いから一枚書かせてみたんだ。そしたら本当に上手くてね。思わずそこに飾ってしまったんだ」


学生? この絵を学生が書いたというのか。

てっきり画家とかそういう職種の方が書いた物かと……。


「まあ、絵を見るのも構わんが……いつまでもそこに突っ立ってないで。まあ座りなさい」


ぁ……つい夢中になってしまった。

すみません、と謝りつつカウンターへと座る。


「別に謝る事は無いが……そんなに気に入ったのなら一枚君も書いてもらうか? 相手は学生だ。少し小遣いでも渡してやれば……」


金銭が発生するのか。それは色々教育上……


「ははは、真面目だな。まあ……そうだな。なんだったら私から頼んでみてもいいが」


いや、それは流石に申し訳ないような気がする。

正直絵が好き、というわけでもないし……。

でもあの絵は凄く気になる。


「もうじき学校も終わる頃だ。ひょっこり来るかもしれん」


そうか……いや、でもなんか申し訳ない。

あんな絵を描くのはかなり大変なのでは……。


「そんな事は無いぞ。あの絵だって数時間で書いたんだ」


数時間……?!

俺があのレベルの絵を描こうと思ったら……いや、一生かかっても書けないだろうが、それでも描くなら数か月はかかりそうだ。


「お、噂をすれば……」


カラン、とカウベルの音が鳴り響き、学生が一人カウンターへと座る。

その学生を見た時、俺は目を疑った。


「爺ちゃん、ココアとシュークリーム」


学ランを着ている。そう、この子は男の子。

だがその顔は、まさにあの絵の女性と瓜二つだ。


もしかしてこの子の母親がモデル? いやいや、にしては絵の中の彼女は若すぎないか?


「美影、もう一度モデル頼んでいいか?」


マスターの言葉に、思わず飲みかけていたコーヒーを吹き出しそうになる。

やはりこの男の子がモデルなのか?!


待て待て、確かに瓜二つだが……美人すぎるだろ。


「いや、何で? ってー! あの絵! 外してって言ったじゃん! なんでまだ飾ってんの?!」


「美人だからに決まってるだろ。謙遜するな。お前は確かに男だが、才能がある」


「なんの?! は、恥ずかしいから外してよ! なんで堂々と店に飾ってんの!」


どうやら本当にこの子がモデルのようだ。

マスターの言う通り美人すぎる。


「美影、あの絵を大層気に入ったって人が居てな。もう一枚……」


「ぜ、絶対やだ! ムリムリムリムリムリ!」


どうやらダメらしい。

というか、別にモデルはこの子じゃなくてもいいんだが。

あの絵を描いたのが誰かは知らないが、その人の描いた絵なら……。


「っていうか、漆原さんだって忙しいんだから! そんなにお願いしちゃダメ!」


「そうか。じゃあちょっと聞いてみる」


言いながらマスターは携帯を出し、どこかに電話を。

もしもしから始まり、今ヒマか? と確認。

するとマスターは携帯をスピーカーに変え、男の子にも聞こえるように。


『どうしました? 私はヒマですが……』


「あぁ、実はな。以前描いてもらった絵なんだが……もう一枚描いて欲しいんだ。構わな……」


『勿論いいですよ! 善一郎さんのお願いなら何枚でも!』


非常にいい返事をする電話相手。

声からして女性か。そういえばさっき学生とか言ってたから……女子高生か?


「モデルは美影でいいか?」


「いや、だから僕は……」


『ぁ、はい。美影君可愛いから……また描きたいと思ってたんですよ~っ』


頭を抱える少年。

成程、なんとなく事情が飲み込めてきた。


「じゃあ頼む。美影は今ここに居るんだが、喜んでモデルを引き受けると言っている」


『分かりました! すぐに行きます!』


非常に生き生きとした声で返答してくる彼女に対し、少年は頭を抱えたまま震えていた。

そして電話が切れると同時に、マスターへ掴みかかる。


「じ、爺ちゃんのバカぁー! なんてことしてくれたんだぁー!」


「別にいいだろ。お前楓に惚れてるんだろう? いいじゃないか、新しい恋に生きるのも……」


「そ、そんな話してない! うぅぅぅ……また漆原さんの手で……僕は女の子にされてしまうんだ……」


成程……やはりそうか。

この少年は先ほどの電話の主に恋をしているようだ。

そして電話の主は……恐らくだが、このマスターに恋をしている。

なんという残酷な三角関係だ。というかマスターが羨ましい。

この歳で女子高生に惚れられるとは……喫茶店を経営してみたかったな……。




 ※




 三十分後、再び喫茶店のカウベルが鳴り響いた。

そこには息を切らした女子高生が、恐らく画材やらなんやらが入っている大きなカバンを下げて立っている。


「お、おまたせしました……ちょっと……遅れちゃって……」


「いや、むしろ早すぎて驚いた。じゃあ奥で美影の準備を頼む」


「任せてください! さぁ、ほら、いくよ、椎名君~」


非常にいい笑顔の女子高生に、奥の部屋へ連れていかれる少年。

するとマスターも良い笑顔で俺に話しかけてくる。


「と、いうわけで今から描いてくれるそうだ。待ってるかね?」


……そうだな。

出来るなら……描いている所も見てみたい。


「なら今日は他に客も居ないし……店の中で描いて貰おうか。構図にリクエストはあるかね」


リクエストか……。

そうだな……じゃあ、あの席がいいな。

窓辺の席にいい感じで花が飾ってある。あの花を見つめる感じで……。


「お目が高いな。そうだな。それで行こう」


それから更に三十分後、白いワンピースを着た少年が……


って! あの子がこの子?! す、凄まじい……


「相変わらず似合ってるぞ、美影」


「うぅ、爺ちゃんのバカぁ……」


そしてマスターは俺のリクエスト通り、窓辺の席に少年を座らせ、そこに飾ってある花を横目で見つめる感じに指定。なかなかワクワクする。


「じ、爺ちゃん! お店貸し切りにして! 他の人に見られたら……」


「分かっとるわ。モデルに集中しろ」


観念してポーズを決める少年。

女子高生は画材を広げ、絵を描く事に集中。

まずは画用紙に鉛筆で下書きから。


この時点で既に凄いと思ってしまった。

使っているのは鉛筆だけなのに、まるで画用紙の中に違う世界が広がっているようだ。


「椎名君、もう少し肩の力抜いて……待ってる人が中々来ないって設定で」


「う、うん……」


いい設定だ。

何処か寂しげな女性(男)の表情が素晴らしい。

まさにいい絵になる。


「君のお家は何処だったかな。完成したら届けるよ」


あぁ、僕の家は……


「爺ちゃん? 誰と話してるの?」


「独り言だ、気にするな」


僕の家は……、……、……だ。


「そうか。ここで出会えたのも何かの縁だ。もうじき俺もそちらに行くだろうから……絵の感想をその時に聞かせてくれ」


……ありがとう、マスター。




「爺ちゃん? 何処か行くの?」


「ん? あぁ、まだ先の話だ。楓、ありがとな」


「え? あぁ、は、ははい! 善一郎さんの為なら私は何処でも!!」




 ※




 後日、僕の元に絵が届けられた。

この絵の感想をマスターに聞かせるのは……まだ先の事であってほしい。


優しい色の絵を手に。


いつまでも……僕はこの絵を見つめていよう。





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