吸い込まれる少女
まるでブラックホールだ。
葉は心の中で呟いた。
「これから私達が神様達にお仕えする女中になるなんて本当に夢のようですね」
隣でチマチョゴリを着た在淵が子供のように無邪気に葉に話しかける。
葉は一瞬彼女に視線を送り、在淵のいる方向とは真逆の右足に体重をかけた。
そして、そうだね、とか細い声で素っ気なく返した。
彼女達の目の前には彼女達の身長の何十倍もある巨大な漆黒の門が佇んでいる。
傷一つないその様は威張るようにその存在を誇示する。
二人の他にも同じ年頃の少年達が何人か不安げな面持ちで同じく門を見上げていた。
それぞれ、着物、韓服など様々な服を着ている。
葉はアオザイを着ていた。
小柄な在淵はほとんど海老反りになる体勢でそれを眺め、とても快適そうではなかった。
若者達は男子が五人、女子は葉と在淵の二人だけだった。
何人かは墓場に向かう死人のような真っ青な顔、他の何人かは在淵と同じく興奮した、誇らしい表情を浮かべているのが一目で分かった。
葉だけが、悲しげでも嬉しげでもなくただの無表情を貫いていた。
「葉さんは、どちらの地方から来たんですか。私、弁財天領の労山地区からなんです。ここの使用人に選ばれれば家族も安泰だという話ですし、この門の向こう側も労山地区とは月とすっぽんなんでしょうね」
在淵は止まることなく葉に話しかけ続けた。
早く黙ってくれないかと葉は心の中で毒づき始めていた。
「阿修羅領栄山地区郊外」
「葉さんはお仕えしたい神様はいらっしゃるんですか?」
「特に」
「神様達に影響されて、中に使用人の寿命まで延びるというのは本当なのでしょうかね。怖いけど少しわくわくしますね」
「そんなのどうでもいいじゃない」
きつく言い放った。
葉の心情を察したのか、在淵は慌てて会話のくだらなさを謝罪した。
「お前達は気楽でいいな。これから化け物に仕えるために化け物になりに行くっていうのによ」
二人の会話を横から聞いていた青年が悪態をついた。
「神様に仕えるんですよ?こんな光栄な事ないじゃないですか」
在淵は眉尻を下げて子供を宥める母親を様に青年の言葉に言い返した。
青年は呆れ返った表情を在淵に向け彼女に歩み寄った。
「屋敷に召し抱えられなきゃ俺は今頃親の家業を継いで跡取りになって、嫁をもらうはずだったんだ。俺は籠の鳥として一生を終えたくねぇし、化け物にずっと仕えるのも御免だ」
「これからその屋敷に入るっているのによくもそんな事言えますね。あなたは化け物だと思っててもこの国を治めている人達ですよ。あなたの故郷を平和に治めている神様だっているんですよ」
「お前は羨ましいな。救われない程不幸に無理矢理なっちまったのにそれに気づかないなんて頭いかれてるよ」
「なんですって・・・」
「だから、誰が自ら望んでこんな所来るんだって言ってんだよ!」
青年の怒鳴り声に在淵は押し黙った。
在淵の顔を見て青年は勝ち誇った目をした。
葉は口論に興味も示さず門を見つけ続けている。
しかし先ほどとは打って変わって目に生気が見え隠れする。
まるで怒鳴り声を合図に待っていたかのように目の前の門がごごご、ごごごと大きな音を立てながら開き始めた。
若者達はその壮大さに呆気にとられた。
これから自分達の行く場所の厳格さをそのまま現した光景に思えたからだ。
葉達の背後にいた青ざめた顔の少年はあまりに怖がり尻餅をついてしまった。
門の向こう側には作務衣を着た一人の女とその両隣に屈強な男達が二人立っていた。
着ている作務衣が上物の着物に見えるほどの美貌を兼ね備えた女は若人達に微笑みかけた。
「待っていましたよ。お入りください」
葉はいち早く歩き出した。
悪態をついていた男に近づくと、
「帰るなら今じゃないの?」
と、僅かに口角を上げ不敵な笑みを浮かべた。