埋まるモノ
創作怪談です
登場人物は2人
中さん、短髪で何時も甚平を着ている死んだ魚の様な目をしているマスク男
オレさん、中さんと知り合い
「【櫻の樹の下には、死体が埋まっている】」
「え?」
雨の中、番傘をさして紫陽花に埋もれる様に、屈んで何かをしている中さんがオレに普通に話しかけた。気付いていないと、思っていたんで驚いた。
「これについて、お前さんはどう思うね」
ザク…ザク…ザク…
雨音が響く中、微かに別の音が聞こえる。
ザク…ザク…ザク…
地面を掘ってるのか?この雨の中??……うん、中さんなら、するな。自己解決した。
中さんとの距離を詰めながら「オレが後ろに居たの、気付いてたんすね」と言うと「お前さんの視線は、分かりやすいからな」と、よく分からないことを言うので「はあ…視線すか」としか返せなかった。
ザク…ザク…
「そんな事は、どうでもよいがな。どう思うよ、埋まっとると思うか?死体」
ザク…ザク…
「それって、【櫻が見事なまでに美しく咲くのは、樹の下に死体が埋まっていて、死体から血を吸う事で櫻はピンク色の見事な花を咲かすのではないか】って言う都市伝説ですよね。うーん、オレは思わないっすね。櫻は死体が埋まってなくても綺麗だし、それに綺麗な櫻の下に本当に死体が埋まってたら【都市伝説】ではなく【怪談】として話継がれると思うっす」
ザク…ザク…
ザクッ……
「【都市伝説】ではなく【怪談】か…確かにそうかもしらんなあ。私はな、埋まっていても良いとは思うんだがな。ただ、櫻は死体が埋まっているよりも縊死の方が映えると思うんだよ」
中さんが右手に園芸用のスコップを持っているのが見えた。やはり、地面を掘っていた様でスコップは泥で汚れたいる。中さんはスコップをブンブンと勢いよく振って、泥を落とした。こんな雨の中、数十分も何で穴掘りしてんだ、と聞きたかったが先に耳慣れない【いし】と言う言葉を聞き返した。
「ああ、すまなんだ。縊死っつうのは分かり易く言うとだな、首を吊って死ぬ事だ。あの、のびのびと広がる桃色の複腕の下に死体がある方が、埋まっているより余程、櫻の美しさを惹きたてると思わなんだか、お前さんよ」
問われてオレは想像してしまった。
櫻並木の中を歩いている…歩いていると空を浮く足が現れる。足元から自然と視線が上へと上がる。見てはいけないと本能では分かっているのに、見る事を止める事が出来ない。目線が上がるにつれ鼻をつく異臭がする。遂に首元まで見えたが首から上は、櫻の枝で見えない。オレは、櫻と死体を一緒に見て……死体が誰かの顔と重なり…その顔が、口元が、嫌ににたりと笑った。
「っ!!」
怖気が全身を一気に駆け巡り、オレを現実に引き戻した。目の前には、いつの間にか穴掘りを終えた中さんが居てオレを見ていた。マスクの上からでも分かる程、にたりと笑っている。
「お前さん今、一体誰の【死体】を想像したんだろうねえ」
「…何も、想像してませんよ」
含みのある言い方に、強い口調で返してしまった。これじゃ肯定している様なものだ。中さんは「そうか」と、にたりにたり笑った後「それで、さっきの続きだがな、」と先程足元を掘っていた紫陽花を指でなぞりながら続けた。それは、嫌に優しくゆっくりで愛おしい者にする、ソレの様に思えた。
「私はな、お前さん。死体が埋まっとるのは、紫陽花の方が似合うと思っとるんだ」
紫陽花をなでながら視線が、オレに向き直った。その視線に、引きかけていた怖気がぶり返した。「…何で」と声に出すのがやっとだった。
「人は様々な感情を持って生きとる。基本的には【喜び】【悲しみ】【嫌悪】【恐怖】【怒り】の5つだ。それに加えてプラスαだな。人は死ぬと、霊になる者がおる。私の持論だが、霊とは生前その人間が一番強く発した感情が、人間という器に収まりきれなかったモノで現象化したモノだと考えとるんだよ。無論、私は専門家ではなかけ、お前さんがこの持論を信じる必要は無い、信憑性の無い物だからな。もし、霊と成りそうな人間の死体を紫陽花の下に埋めてみるってえのはどうだろうか。血よりも、もっと混じり気が無く、不純物の入っとらん感情を花に吸わせるんよ。植物は、人の感情に敏感やけんなあ。紫陽花の移り行く色合いに、感情を載せる事が出来れば、どれ程美しい花が咲くのだろうね」
未だ紫陽花を愛おしそうになでる中さんに、オレは恐る恐る訊ねた。
雨音よりも、自分の鼓動が嫌に響いて五月蠅い。
「中さん」
「ん、どうした」
「中さんは、さっきその紫陽花の足元で何をしてたんですか…」
何を…埋めていたんですか、とは訊けなかった。
中は左手に、スコップとスコップを入れるには大きすぎる紙袋も持っている。雨に濡れたせいでの変色だと、オレは思いたい。オレは、中さんから目を反らしたくて下を向いた際、見えてしまった。
紙袋の底が…赤黒く変色しているのを。
中さんは、優しい声色で「まだ、この紫陽花は未完成なんよ。誰でもいいわけじゃなかけ。でもな」とオレに言う、と言うよりも紫陽花に言っていた。
「周りに咲く、どの紫陽花よりもこの紫陽花が素晴らしく美しいと思わなんだか」
オレの目には紫陽花が禍禍しい色の様に思えて、中さんにも紫陽花にも、言葉を返す事は出来なかった。
駄文、付き合って頂きありがとうございました