第弐章 再びの戦場へ 後編
余りの狂気に、その妖艶さに、思わず息を飲む。
「......それはすまない」
マキナの豹変にたじろいでいるうちに、ブラヴォー班が射撃を始めた、接敵だ。
「アルファ班!後退だ!後ろの岩場まで迅速に下がれ!」
ブラヴォー班の射撃に支えられ、100m後ろの岩場まで後退する。到着と同時に、こちらが射撃を開始しブラヴォー班の後退を支える。
弾幕を張り、敵を倒し、又は寄せ付けて撤退を支える。もっとも時間を稼ぐ以上、可能な限り撃破して行かなければならない。
その時違和感に気がついた、弾幕射撃の中に、明らかに敵の攻撃を正確に読んだかのような射撃があったのだ。
それに気が付き隣の方を見ると、恍惚の表情で狙いを定めるマキナがいた。
「......一つッ.....二つッ......んふ......3つッ......はぁッ......4つッ...んぅっ」
甘い吐息を漏らし、時に小さく喘ぎながら、一発一発が確実に敵の水晶部を貫いてゆく、狙いも俺達が捌きそこねて弾幕を超えてきた敵に向けられていた。
マキナの正確な狙撃もあってか、無事にブラヴォー班が到着し、なんとか1度目の後退に成功する。この時点で3分の足止めに成功する。
二度目の後退は250m後ろにある築城跡まで後退する。簡易的ではあるがしっかりとした、対ルゥジオ型陣地であるため、時間稼ぎにはもってこいだった。
その陣地後方にはもう、女性観測員を後方に輸送する為の車両が待機していた。観測員が搭乗しているブラヴォー班の車両を待機地点まで先行させ、後続するするように走る。
しかし、撤退地が遠すぎる為か、ブラヴォー班の弾幕が薄くなり、敵がこっちに向かい始める。
ブラヴォー班そのものも、敵の魔の手がそこまで迫ってくる。
「だめだ、遠すぎる!アルファ班車両のマイクロミサイルを使う!」
俺がそう叫び、端末を敵に向け操作すると、車両上部のミサイルポッドから敵に向けてマイクロミサイルがデリバリーされる。
此方に向かってきた敵も、ブラヴォー班に迫りつつあった敵も、轟音とともに爆ぜ、取り敢えず事なきを得る。
再び陣地に向けて疾走していると、瞬間、視界が青白い閃光に包まれ、陣地が爆ぜた。
「ッ!?......ガウビスタ型の射程内に入っちまってるのか!......ッ、マキナ!」
思わず叫ぶ。爆風でマキナが吹っ飛ぶ、俺は急いでマキナを受け止め抱え上げると、陣地跡へ走り出す。渓谷という地形上、退路は一つしかない。
「あらぁ、助けてくれてあ・り・が・と、後ろは任せて?」
マキナが甘い声で言ってくる。その言葉通り、抱えられながらも、後方に迫るルゥジオ級を確実に始末して行く。
走りながら後ろを振り向くと、ブラヴォー班は迫る敵に対して、もう弾幕を張れてるとは言い難い状況だった。潮時だ、そう思いブラヴォー班に撤退を命ずる。
「浜野ォ!撤退させろぉ!ブラヴォー班員も撤退だ!全力で陣地より向こうへ走れぇ!」
それを聞くやいなや、ブラヴォー班員も全力で後方へと走る。浜野は班長として、最後尾で射撃を行い、敵をひきつけながら撤退する。
アルファ班が全員、陣地跡の後方に到着すると、ブラヴォー班があと50m、浜野はあと75mほどで到着すると言った具合であった。
浜野は最初はうまく引きつけて撤退を支援できたが、弾薬も心許なくなると、次第に有効な迎撃が出来なくなっていた。
アルファ班も心もとない残弾を使って、最後の弾幕を張るが、有効な阻止がしきれない。マキナの正確無比な射撃を持ってしてもまだ数の暴力には敵わない。
「どうするの?ッ.....、このままじゃっ!此方も全滅よ?」
マキナが、射撃しながら不機嫌そうに問うてくる。安全に撤退する術は万策尽きたか.....仕方ない、射程や有効範囲上、危険だがグレネードを使う。
「浜野ォ!全力でこっちに走ってこい!グレネードを使う!」
「はいぃ!」
浜野の返事を返事を聞くと、俺は直ぐ様、端末を銃に接続し、狙いを定め、車載グレネードランチャーからグレネードの雨を降らせる。湿った破裂音のような音が何発も響き、浜野に迫るルゥジオ型に目掛けて飛んでいく。
派手な炸裂音を撒き散らし、前列に居たルゥジオ型が20体程吹き飛んだ。敵の隊列にも混乱が生じる、その空きを縫って浜野が此方まで疾走してくる。
「智樹!分隊長!」
陣地跡まで来た浜野は感極まった声で瞳を潤ませる、震えながらカービン銃を抱きしめていた。俺は浜野の肩を軽く叩いて頷いた。旗ヶ谷も浜の肩に手をおいて
「よくやった、忍。もう大丈夫だ」
と、声をかける。その時だった無線が突然鳴動を始める。
「レコン7及び8、此方レコンマザー。輸送要員がレコン8から観測員を回収、後方への退避が完了したとの入電が入った。小隊としても、偵察任務を終えたため撤退が許可された。撤退せよ、以上」
撤退許可が降りた、それと同時にレコン8の車両、つまりブラヴォー班の車両も帰ってきた。
全員に車両への搭乗命令を出す。
「聞け!全員乗車!撤退許可が降りた、全力で渓谷を脱出する!」
分隊員が我先にと、自分の車両へ乗ってゆく。アルファ班の全員乗車を確認すると、ブラヴォー班からの全員乗車完了の無線が入る。
分隊の無線チャネルを全開放したまま叫ぶ。
「全力撤退だ!旗ヶ谷ァ!飛ばせぇ!」
「応よ!」
2両の車両が渓谷を疾走する。目指すは味方主力がいる、反抗想定線、渓谷の入口だ。
突然、兵員室の分隊員が叫ぶ。
「分隊長!後方、敵が......すごい速度で敵が追ってきます!」
「何だと!」
急いでモニタを後方映像に変えると、ルゥジオコマンダ型、ルゥジオ型の指揮官が猛スピードで此方に迫ってきた。
9mの体躯を持つ、ルゥジオ型の上位互換、パワーもスピードもルゥジオ型の比じゃない。更に、最大の特徴として指揮官だけに頭がいい。
猛烈に迫ってくるルゥジオコマンダ型に、頭が焦りと絶望の色で塗りつぶされ始める。
「分隊長!ブラヴォー班がマイクロミサイルとグレネードで応戦しています!......おぉ!......あぁ」
ブラヴォー班の車載兵器での応戦も虚しく、敵の猛追を止めることが出来ない。......一か八かやるしかない。
助手席の扉を開けて飛び降りる。
「ぶ、分隊長!?」
飛び降りる瞬間、驚愕の表情を浮かべた旗ヶ谷を拝む事ができた。
接地の瞬間、派手に転げ回る。流石に150㎞で走る車から飛び降りれば死ななかっただけマシだが......パワーアシストとプロテクタさまさまである。
受け身を取り立ち上がると、直ぐさま閃光手榴弾を投げる。人間の数倍感覚が鋭いルゥジオ型より、更に感覚器が鋭いルゥジオコマンダ型だ、強烈な閃光をまともに受ければ動きが止まる。
閃光が晴れると、敵の姿があらわになり、一気に心拍数が跳ね上がる。ここからは独りだ、そう考えた途端に思考にノイズが走り、フラッシュバックが起こる。己の心が軋み壊れ始める。
「あぁ......あ、あぁ......うあぁ......」
視界が揺らぎ、鼓動が高鳴る。怖い、怖い、怖い。死がそこまで迫っている、逃げた対価を払うべき時が来た。そんな思考が頭中を駆け巡る。
足が震え、手が震え、幻覚が見え始める。遂には幻覚すら見え始める。
あの日、戦場に捨て置いてきた戦友たちが、此方に来いと手招きしている。
トランキライザーで押さえ込んでいた発作が、目の前の状況や心理的衝撃に耐えかねて爆発を起こしたらしい。
「クソッ......こんな時にクスリが切れやがった......」
そう呟きながら、ズボンのポケットから緊急安定増強剤を取り出して太ももへ打つ。
主成分である安定剤と、ナノマシンが全身を駆け巡る。先程までの不安や恐怖、絶望が取り除かれ、脳が冷静さを取り戻す。手持ちの残弾や、武器、体の状態、周囲の状況を元に、頭の中で生き残るために取りうる選択肢が急速に展開され絞られてゆく。
頭の中で勝つための、生き残る為の最良の戦術が組み上がる。小銃は残弾数はもう少ない、手榴弾と閃光手榴弾が3つずつ、後は拳銃が1弾倉分。
取りうる戦術は、奴の弱点である旋回速度の遅さを利用した、超接近戦。近距離に近づき、脚部の狙撃や閃光手榴弾を用いて足を止めをし、側面に回りダメージを与え、対面にならないように此方も回り込む......これを繰り返し撃破を目指す......これしかない。
さぁ、ルゥジオコマンダ型が正常に戻ったぞ、凶悪な体躯が、獰猛な瞳が、俺を狩らんとして此方を向く。しかし、恐れ慄く間なんかない、やるしかないのだから。
ルゥジオコマンダ型が此方に向かって、猛突進を仕掛けてくる。貰った......!奴の前足に向けて小銃を撃ち、確実に前足を破砕することに成功する。
しかし、相手はコマンダ型、馬鹿ではない。
此方の戦術を察したのか周りの岩や、土嚢などをぶん投げ、接近を阻止してくる。前足が急速に復元され、元通りの機動力を得る。
詰め寄れないながらながらも、側面に回る事自体には成功し、弱点である水晶体への射撃を行う。ルゥジオコマンダ型も撃たれた方向へ旋回をするため、急いで側面に回り、距離を詰めながら攻撃を繰り返す。
時計回りにもう5週ほどした頃、いきなりルゥジオコマンダ型が咆哮をあげ、急旋回してくる、不味い......!対面してしまった、急いで、閃光手榴弾を投げようとし、2つを落としてしまった。
......拾っていたら殺られる、仕方なく閃光手榴弾を諦める。
投げた閃光手榴弾が空中で弧を描き炸裂し、ルゥジオコマンダ型の動きが止まる。
これで最後になった弾倉に入れ替え、最後の攻勢をかける。
その時だった、渓谷の後方、暗闇の向こうから這い寄ってくる奴ら、ルゥジオ型の大群が見えた。不味い、此奴はどうやら援軍を呼び寄せたらしい。
万事休すか、死を覚悟したその時、不意にルゥジオ型の足元へと目が行く。
此奴は......今、大きな硫黄鉱床の上にいやがる。
火星、特にこのタナトス渓谷周辺は、よく硫黄が取れる関係から、最初は此処に資源採取基地があった。度重なる戦災や、国連宇宙軍による水爆投下作戦、「オペレーション・フォーリンエンジェルス」の影響で地形そのものが大きく変動し、開発や採掘が完全に放棄されていた。
奴がのたうちまわっている今、硫黄鉱石が激しく削れ、大量の粉末が舞い上がる。
今、この時しかない......!奴の足元の鉱石に狙いを付けて銃を放つ、ルゥジオコマンダ型の足元の硫黄に火が付き、粉末が炸裂する。爆発はルゥジオコマンダ型の水晶体を砕き、更に砕け散った水晶体が二度目の爆発を起こした。
ルゥジオ型を足止めできればソレでよかったのだが、まさか撃破できるとは思わぬ戦利品だ。迫りくるルゥジオ型の大群に目を向けると、文字通りの諦めが付き始める。
接敵まで2分、地面にしゃがみ込み、呟く。
「どうだ?今度は逃げずに戦えたぞ?しかも守ることもできた」
最後の瞬間はせめて見たくないと思い、眼を瞑って、深呼吸をする。長い長い2分、そろそろかと覚悟を決めた時、眼前の空気が爆ぜる音と熱を感じ、思わず何事かと眼を開ける。
眼前にはマイクロミサイルと、渓谷の上から降り注ぐ榴弾砲による、鉄と熱の雨が降っていた。呆気にとられていると、誰かに抱きかかえられた。
「またせたな、よく生き残ってくれた」
「遅くなってすまない、コマンダを殺るとは大したもんだ」
小隊長である宮司教師と小隊副長の牧野兵令補だった。思わぬ救援だったが、ともあれ安全を確信し安堵すると、急に体の力が入らなくなり、倒れ込む。
「大丈夫か、緋那神!?」
牧野が受け止めると動転して肩や頬を叩いてくる、諭すように宮司が話す。
「大丈夫だろう、緊張の糸が解けたのと......エージェントスタビライザーの効果切れだ。衛生員!車内で介抱してやれ!スタビライザーキャンセラと回復剤を点滴で投与しろ!」
そこまで聞こえた時点で、俺は意識を手放す、次に起きたときには紫炎高等学校の医務室にいた。
「うぅ......ん?」
目が覚めると医務室のベットで寝ていた、真夜中、余りにも夜空が綺麗な夜だった。隣のベットを見るとマキナが寝ていた。
様子からみて、目立った外傷や怪我はなさそうだ。
眠れなくなってしまったので、学校の屋上へ足を運んでみる。
階段を上がり、扉を開けるとそこには、相も変わらず美しい星々が夜空を競うように飾りあげていた。
その光景をみて、不意に生きて帰って来ることが出来た喜びに打ち震える。時を忘れて、夜空に浸っていると不意に、屋上のドアが空いた。
「緋那神君......ここに......いたんだ」
「マキナか?あぁ、今夜も星が綺麗だからな」
マキナが此方に歩いてくる、そして......俺の旨に縋り付くように抱きついて来た。
あまりに突然の出来事に、おれは思わず肩を跳ねさせるが、マキナの様子をみて思わず抱きしめ返した。
マキナは、その小さな肩を震わせて泣いていた。マキナが顔をあげて、涙を流し、しかしまっすぐ此方をみて問うてくる。
「緋那神君......飛び降りて行った時......死ぬつもりだったの......?」
「助かる見込みは無かったな、死ぬつもりは無かったが」
そう答えると、抱きつく腕の力が更に強くなる。マキナが語気を強め、上擦った声で言ってくる
「それは......死ぬつもりっていうんだよ......?」
「それは......うーん、そうかもな」
マキナの眼が鋭くなる、不意に手が離され、更に問うてきた
「ねぇ......聞かせて?何を思ってどうして......どうして、あんな事を?」
「必要なだった......じゃ答えにならなんよな。飛び出した時に、もう居ない戦友たちに会って謝れる気がしたんだ。それに俺は教化兵、使い潰されてナンボだ。死んだ所で代わりなんていくらでも......」
「!?ッ、バカッ!」
マキナに頬を張られる。乾いた音が響き、絶叫のようなマキナの声が静寂を切り裂く
「教化兵なんて関係ない!緋那神くんの代わりは居ないッ!」
叫び終えると、再び抱きついて来る。その手は強く、離したくないという意思が手にとるように分かるほどだった。
「いやぁ.....嫌だよぉ......うぐぅ......いなく、いなくならないで......!怖い......怖いの......緋那神君が、わたし、私の前から消えちゃうかもしれなかった事も...ひぐっ....もう一人の私に飲み込まれちゃうかもしれなかった事も......初めての戦いも......!」
「怖かったの......!」
声を上げて泣くマキナを左手で抱きしめ、右手で頭をなでる。
「ごめんな...ごめんな...」
マキナにこんなにも心配をかけた申し訳無さと、今の正直な気持ちをぶつけてきてくれた嬉しさに感極まり、思わず声が震えてしまう。
燦然と輝く星空の下、抱きとめた肩はひどくか細く、壊れそうなくらい儚く見えた。