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第弐章 再びの戦場へ 前編

                     第二章

 ―それは、どこまでも快晴な日の夕暮れだった。この先何マイルも見渡せる程の視程、燃えるような夕焼け、地獄へと続く道中には余りにも似つかわしくない綺麗な光景だった―


 アラートが鳴り響く。分隊員の後に続き、急いで兵舎に戻り、戦闘服に着替え、出撃準備に入る。ボディプロテクタを着て、エルボパッドとニーパッドを着る、パワーアシストの電源を入れ、各種の状態を確認をする。オールグリーン(異常なし)、よし。

 小銃用弾倉を、ボディプロテクタに付けたマガジンポケットとマガジンポーチに入れる、10個300発か......足りるだろうか、戦闘前にはいつも不安になる。腰回りに救護品と携行水筒、手榴弾、そして拳銃を装備する。救護品を見た瞬間、あの日の記憶が蘇り、ノイズの様に頭にちらつく。

 目の前の視界がグラつきながらも、ワンデイアサルト(小型背嚢)の中身を確認する。携行食料......よし、 ライフル用予備バッテリーよし、軍用無線端末用バッテリーよし、その他雑品よし、昨日の内に背嚢の荷造りをしておいてよかった。

 背嚢を背負い込むと、頭の中であの日の自分が現れる。クソッ......勘弁してくれよ、実戦前なのに。


 (また仲間を見殺しにして逃げるのか?)


 そんな訳ないだろ、今度は誰も死なせやしないと誓ったんだ。


 (できるわけ無いだろ、お前はお前の事を何も解っちゃいない)


 何が言いたいんだ?俺がそう言うと、もう一人の自分が、振り返り虚空を指差す。


 (お前の性根を心底理解している奴らの登場だ、拍手で迎えてやれ)


 嘲笑を浮かべ、芝居がかった仕草で言い放つ。そうすると、歩兵大隊のあいつら、俺が結果として見殺しにした分隊員たちが現れる。ある者は腕がなく、ある者は頭がなく、ある者は肉がなくと各々が最後の姿を晒しながら此方を睨みつけ、にじり寄ってくる。

 分隊長......!、どうして......、俺達を.......、よくも......、と言った怨嗟の声と共に迫りくる姿に、ただただ恐怖し、許しを乞おうとする。しかし、どうした事だろうか、声が出ない。それどころか、体が動かない。

 俺の直ぐそこまで来た分隊員の、血まみれの手が俺の喉に迫る、まるで絞め殺さんとしているかのように。やめろ、何をする、許してくれ、死にたくない、そんな言葉を発そうと必死に口を動かそうとするが微塵も動かない。遂に喉に手がかかり、喉が締まり始める。やめろ、やめてくれよ、と必死にもがこうと考える、首はどんどん締まっていく、意識が朦朧としだしたその時


 「やッ......メッ......やめろぉ......!」


 声を出すことが出来た、その瞬間に意識が暗転し、周りの景色が兵舎の自室に戻る。心臓が悲鳴を上げるほど鼓動が早くなり、体が熱を帯びる。


 「クッ......ハァ、ハァ......なんだってんだよ、もう!」


 思わず声を荒げる、顔の脂汗を拭き取り、心を落ち着かせようとするが、どうにもならない。結局、軍医に処方されたトランキライザー(安定剤)を飲む。鼓動が戻り、熱が引いてゆく、反動で鬱症状もあるが、あるべき心の状態に近づいていく。

 安らぎの一瞬に、月明かりに照らされたマキナが過り、幼馴染との楽しかったあの日々が次々とよぎってゆく。気がつくと、眠りに落ちていた。


 無線端末が鳴動する、飛び起きてみると集合30分前だった。40分も寝ていたのか、不味いなと思い偵察隊車庫前に行くと、搭載作業が終わり分隊員が思い思いに、出撃を待っていた。


 「分隊長、作戦物資等の搭載を終了、各分隊員の装備も確認済みです......分隊長それは、歩兵装備ですか?」


 旗ヶ谷が疑問に思い、聞いてくる。ただ偵察装備の支給が間に合わなかっただけなのだが。


 「ご苦労、遅れてすまない。そうだ、以前は歩兵部隊に居た。」


 偵察隊はゴーグルの代わりに、多機能双眼望遠を装備していたり、銃がカービン銃だったりと装備が目に見えて違う。

 旗ヶ谷が俺の持つ小銃に興味を示す。


 「ほう、コレがIM-09アサルトライフルですか。ほう、デカイですなぁ......」


 「カービンに比べればな。精度は良いものの、取り回しはよろしくない、コンピュータも気分屋で我儘だが、」


 IM-09小銃、火星連邦軍の歩兵銃の傑作で、コンピュータによる射撃支援により、文字通り素人でも当たるアサルトライフルとして有名だ。ただし、重い、銃身だけで4㎏あり、コンピュータ及びセンサ部が1㎏と、装弾前の銃が5㎏もあるのだ。

 他の兵科ではまず使われる事がない、それどころか重さや取り回しの悪さ、コンピュータ制御や故障復旧の複雑さで、新兵訓練でも使われない、そんな不遇の傑作である。

 銃に眼を向ける......これからの戦いに思いを馳せ、熱が体を駆け巡り、それと同時に鼓動が早くなる。対照的に思考は段々と整理されてゆく。時計を見ると、出撃時間5分前となる。俺が搭乗車両前に立つと、分隊員全員が整列と点呼を行った。


 「分隊員傾注!これより車両に搭乗する!分隊を2班6名ずつに分ける。俺と旗ヶ谷が指揮する班をアルファ班、浜野が指揮する班をブラヴォー班とする。アルファ班は俺が乗る車両に、ブラヴォー班は浜野が乗る車両に搭乗。以上、指示したとおりにかかれ!」


 「実施します!」


 返答とともに迅速に班に別れ、点呼を行い、車両に搭乗してゆく。自分が思っていた数倍も優秀な分隊員たちに思わず舌を巻いた。


 俺の班も、車両に乗り込む。今回は旗ヶ谷が運転手、俺がナビゲータ兼車載兵器運用手となった。搭乗後すぐに、車載無線機に小隊長から無線が入る。


 「1201偵察小隊本部より各局へ、これより本部車両をレコンマザーと呼称。以下各局を第1分隊より随伴斥候分隊までの各車両をレコン01~08と呼称する。通信試験のため、各局レコン11より音声電通試験及び分隊の搭乗状況の電信送れ。」


 レコン1より逐次無線が入ってゆく、遂にレコン7......俺の乗る車両の番になった。


 「レコンマザー、此方レコン7。音声電通試験、此方の感明は良好。続いて分隊の搭乗状況を送る、どうぞ」


 助手席に置かれた端末より、レコンマザーへ情報を送信する。レコン8までの通信試験を終わると、小隊長からの無線が入る。


 「通信試験終了、各局とも音信及び電信良好、これよりレコン01より出発する」


 無線が終わるとともに、レコン01が出発する。続いて02~04が、間にレコンマザーを挟み、レコン05~08が続いてゆく。営門を出る瞬間...戦場へと続く道を走る、地獄がもう何十マイル向こうにまで迫って来ていると考えると、身震いすら覚えた。そんな思考を振り切るために、隣の旗ヶ谷を見ると、ハンドルを握る腕が微かに震えていた。


 「これが初陣か?」


 旗ヶ谷に問うと、静かに頷いた。


 「えぇ、恥ずかしながら」


 「最前線に近い部隊なのに珍しいな?」


 最前線で機甲部隊、かつ偵察隊に属していて初陣というのは何らかの不正を疑われても仕方がない程の奇跡だ。


 「まぁ、フレスターの野郎のお陰ではありますな。奴が問題を起こし続けたお陰で、様々な理由を付けられて、出撃を見送られ続けて来たんですよ。」


 旗ヶ谷が自嘲気味な笑顔を作り、言ってみせる。なるほど、指揮官不在や部隊資材の不足か......、それならば初陣の理由も納得だ。

 初陣か......、ふとマキナの事が頭に過る、それなりに実戦経験がある俺や、俺が来るまで分隊を守り続けてきた旗ヶ谷ですら恐れ慄き、震えるのだ。今のマキナの心境を察し、一言声をかけてやりたい気持ちに駆られるが、堪える。


 「なるほど、だが恥じることはない。大丈夫だ、俺が皆を生きて連れ帰る」


 相棒が不安の塊を抱えたまま地獄に足を突っ込むのはダメだ...そう思い、震える指と膝を隠し、上ずりそうな声を押さえ込み、努めて力強く言い放つ。


 「心強いですな、頼みますよ」


 なおも声は不安そうだが、どうやら腕の震えは引いていた。少しは安心してくれたようだ。頼むぜ相棒、俺を含めて生き残れるかはお前にかかってるんだ。


 偵察小隊のコンボイが止まる。エンドラインのノースチョークポイント、サンタ=ムエルテ山脈。そこにはタナトス渓谷があり、ここがノースチョークポイントの主戦場となる場所だ。死の聖女、死神の名を取る通り過去に過去に大きな戦いがあり、火星連邦軍と国連宇宙軍の純粋水爆の大量投下や絨毯爆撃に拠って地形が変わり人工的に出来上がった山脈と、渓谷である。

 その中腹、観測基地より南25km程の地点で、小隊全員が降車し、簡易的なベースキャンプを設営し、機材や装備の展開を済ませる。それが済むと小隊員全員が集められ、分隊ごとに点呼を済ませ、作戦前のブリーフィングが始まる。今回は小隊長ではなく、小隊副長である牧野 兵令補(クラス委員長)から作戦概要を通達される。


 「小隊傾注!聞け!作戦概要及び現況を解説する......」


 ここの観測隊から、アドバーサリーの侵攻警報と救難通報が発信された。今回、俺達が課された任務は観測隊の撤退支援と、偵察任務だ。つまり、観測隊が撤退し終わって、現況の報告をし撤退する、そう言う手はずらしい。

 敵の観測規模はルゥジオ型が大隊規模、主戦場は渓谷。

 殆どの隊員が初陣なだけあって、アドバーサリーの簡易解説もブリーフィングで行われる。

 今回の作戦で主敵となるルゥジオ型......つまり此方で言う歩兵の役割を果たす奴だ。一般に3m程の体躯を持ち多脚多椀で、発達した感覚器と、車並みの速度で進撃してくる。

 一般に群れで行動しており、連邦軍は過去のデータから、小隊で35体、中隊で106体、大隊で425体、連隊で約2500体と定義付けている。

 要注意対象としてはガウビスタ型......砲兵の役割をする奴がいる。こいつは遠距離砲撃として、水晶体付近から曲者できる拡散ビーム砲を放ってくる。射程は約25㎞に及び、ルゥジオ型の侵攻を支援するかの様にビームを放ってくる。一般の部隊はこのビームを、曲射榴弾砲と呼称している。

 全ての説明を終えると、かかるべき行動が示される。


 「......随伴斥候分隊より展開開始、指示した行動にかかれ!」


 「了解!実施します!」


 小隊が解散し、分隊ごとに最終準備を始める。俺は分隊員を集めて、最終点呼を掛ける

 「分隊集まれ!聞け!これより我々は観測基地へ向け前進する!いいか?必要な任務を遂行したら速やかに撤退しろ、生きて帰るぞ!、以上。全員搭乗!」


 緊張からか、思わずいつもより語気が強くなる。


 「搭乗します!」

 

 分隊員たちも威勢のいい敬礼を返して、車両に搭乗してゆく。この張り詰めた空気の中での、皆の士気、とても初陣とは思えない。これは生き残れる、俺はそう確信した。


 車両を走らせること15分程の事だった、突然車両が停まったかと思うと、眼前が轟音とともに爆ぜる。視界が一瞬、目が眩む程の閃光に包まれる。


 「なんだ!?」


 眼を覆ったまま、思わず叫ぶ。目の前で起きる予想外の自体に、思考が混迷し始める。言葉すら紡げなくなるような圧倒的混乱が襲う。

 隣の旗ヶ谷を見ると、彼は顔を青くして震えていた。


 「ぶ、分隊長......!あ、あれは、ガ、ガウビスタの......!」


 不安と恐怖が入り交じった極限の声で、俺に問うてくる。 その声を聞いて、冷静さを取り戻し、思考がまとまり始める。俺が最後の砦だ、俺が怖がっちってちゃダメだ、俺がこの分隊の皆の命を預かっているのだから。


 「っ......そうだ、あの閃光はガウビスタ型の曲射榴弾だ!落ち着け、榴弾自体は滞空時間が長く比較的遅い、うまく交わして進め」


 努めて冷静に言うと、ブラヴォー班に無線を入れる。


 「ブラヴォー、ブラヴォー、此方アルファ、緋那神だ。貴隊の状況を送られたし。どうぞ」


 「こ、此方ブラヴォー、は、班員車両ともに異常なし!」


 浜野が上ずった声で無線を入れてくる、相当焦っているようだ。


 「......浜野、大丈夫だ、深呼吸をして。落ち着いて班の指揮をとってくれ。」


 無線交信を終えると、状況を整理してこの先展開を想定する。

 ガウビスタだと......!報告にないぞ!つまり敵は最低でも大隊規模のルゥジオ型と中隊規模のガウビスタがいる、比べて此方は現在展開しているのはウチの1201偵察小隊のみで後続の偵察本隊の到着まで20分以上かかる。決戦部隊である第23機甲作戦群と第24機甲作戦群、それに第13歩兵旅団の分遣隊が来るまでならば更にかかる。

 何より、観測基地からの誤報が来たってことは、観測基地自体に何らかの異常がある可能性がある。そして、最悪の想定として、観測基地の自衛兵器である、センチネルウェポンシステムが使えないという可能性である。偵察隊の遅滞戦術にはセンチネルウェポンシステムの使用が大前提になっている為、こうなっては、分隊や小隊どころでは太刀打ちが出来ない。それどころか、決戦部隊到着まで戦線を維持することすらままならない。

 俺は観測基地の無事が無事であることを祈りつつ、観測基地を目指して車を走らせる。


 観測基地に到着して、俺は愕然とすることになる。ほぼ全壊していたのだ、センチネルウェポンシステムどころじゃない、基地そのものが瓦礫の山となっていた。


 「どっ......、どういうことだこれは......」


 もう何マイルまで迫る敵の大群、何時降り注ぐやも知れぬ死を誘う榴弾、作戦前提の崩壊...最悪を超えた最悪が、そこにはあった。


 「ぶ、分隊長ッ!これは......ッ!」


 「......偵察をするぞ、基地跡前の退避壕内にて分隊降車」


 ブラヴォー班にも伝え、観測基地近くの退避壕に呼ぶ。基地を見ればわかる、生存者なぞ居いないだろう。これからどうしたものか、集合後に小隊本部に支持を仰ぐ事にした。

 分隊が集合し点呼を済ませる。


 「分隊集合、この場にて待機」


 分隊員を待機させると小隊に通信を入れる。偵察結果、偵察結果から予想される敵の規模、観測基地の現状等を送り、今後の指示を仰いだ。


 「なんてこった.....!」


 小隊本部から帰ってきた返答は、驚くべきものだった。要約すれば、観測隊生存者の捜索をせよ、偵察隊の本隊が来るまでの20分は随伴斥候分隊が遅滞戦術の殿軍をしろ、とのことだった。

 この瓦礫の山をみて、牧野兵令補は生存者がおるとぬかし、捜索や救出、殿軍ににかかるウチの分隊のリスクには眼を瞑るという英断をしたらしい。ふざけやがって。


 「幡ヶ谷、牧野、ちょっといいか?」


 2人を呼ぶ、この2人には現状を正確に把握してもらう必要がある。


 「分隊長!返答は......?」


 旗ヶ谷が返答を急かすように聞いて来る、浜野も息を呑んで返答を待っていた。


 「No.10(最悪)だ。基地内の捜索と救助、それと偵察隊が来るまでの20分、遅滞戦術しながら後退し、小隊が本隊に合流するまでウチが殿軍を努めろと」


 「そんな......!」


 浜野が小さな悲鳴を上げるように言う。旗ヶ谷も事の深刻さと、本部の決定に怒りを覚え、退避壕の壁を殴る。


 「やるしかない......やるしかないんだ。」


 俺はそう言い放つと分隊員を集めた。これから始まる絶望に、膝を折るやつが居ないことを祈るばかりだ。

 小隊本部の決定を部隊員に伝えると、瞬く間に分隊がどよめき始める。そんな......!無理だ......!などと言った絶望や諦観の声が聞こえてくる。


 「全員傾注!聞け!大丈夫だ、俺はこういう状況でも、一人も欠けずにに全員帰還させた事ががある。心配するな、何とかする!」


 具体的にどうとは言えないが、取り敢えず言い放つ。こんな状況なので、こんな根拠のないから元気ですら分隊員たちには希望を与えることが出来たようだ。

 分隊員が士気を取り戻した所で、気を取り直して、捜索と救出に関する段取りを伝える。


 「捜索救出は班を2名づつに分けて行う。A1~A3、B1~B3の6組を編成しろ、この組はタスクと呼称する。タスクの編成は端末情報を参考、次に捜索計画だが......」


 全員に端末を起動させ、画面に観測基地の地図を映し出す。

 観測基地は100m×100mのセルと呼ばれる仕切りが縦横各3個、合計9個が連結した構造になっており、縦列が北からXYZ、横列が西から123と座標のようにセル名が付いている。

 進入路メインゲートがZ2セルに、主要な公通路はX2からZ2に南北路が、Y1からY3に東西路が通っている。

 救助対象である観測隊員は20名、生存者救出後はブラヴォー班の車両に退避させる手筈となった。

 挿絵(By みてみん)


 「よし、捜索救出後撤退だ。かかれ」


 俺を先頭に、地獄とかしつつある観測基地へ踏み入れてゆく。居るかどうかも分からない生存者を探しに......


 「ゲート突入後、A2とA3はZ1セルへ、通信所を調べろ!B1とB2はZ3セルへ、発発上屋を調べろ!B3は俺たちA1と共にZ3セルに残れ!行け!行け!行け!」


 指示通りに分隊が散ってゆく、Z2セルに残ったA1の俺と旗ヶ谷、B3の4名は警備哨舎だったものと消防班車庫だったものの捜索を始める。

 声を上げて呼んでも反応がない、何よりどちらも損壊状況が激しく、人の生存者を望めるような状況ではない。


 「分隊長、消防班車庫跡は駄目でした!」


 「警備哨舎もです!」


 B2の2名と旗ヶ谷が声を上げる。


 「了解!だめだなこりゃ、......此方A1及びB3、Z2セルはクリアだ。生存者なし」


 俺が無線を入れると、続いて無線が鳴る。


 「此方A2及びA3、Z1セルクリア!生存者及び有益な残存物なし、通信施設は全壊」


 「了解、A2はX1へ、観測隊司令棟を調べろ!A3はY1の宿舎及び食堂を!」


 Z1セルは何もなしか、通信基地のラジオレコーダ等から、最後の通信状況が分かればと思ったんだがな。


 「此方B1及びB2、Z3セルクリア!生存者はなし、なお発発上屋にて爆発したような痕跡あり」


 発発の爆発?基地の崩壊の原因だろうか?


 「了解......発発上屋跡の事故原因を推定できるものや、状況は残っていないか」


 「此方B1及びB2、ネガティヴです。」


 観測基地の発発は、液化安定水素を使用したタービンエンジンだ。その燃料の構造上、燃料関係ではまず事故は起きない。過負荷も疑ったが発電容量は、基地の規模を考えれば十分に足りる。

 

「ふむ......よし!B1はX3セルへ、自衛兵器管制棟と防御壁、ターレットを調べろ!B2はY3セルへ、需品倉庫を!」


 外部防壁とターレットも恐らく派手に壊れている筈だ。だが、もし地下のシェルタの予備ターレットや炸薬等が使えれば、遅滞もなんとか行えるかもしれん。

 

「よし俺らも散開する、俺たちA1はX1セルへゆく、レーダーコンプレックスがあった筈だ!B3はY2セルへ、施設集中管理棟を調べろ!」


 全タスクから了解の応答が入る。それと共に、各タスクが指定されたセルへ散ってゆく。俺達はX2セルへ向かった。

 X2セルに現着すると、全タスクから現着と捜索開始の無線が入った。俺らもレーダーコンプレックスを捜索する。

 レーダーコンプレックスは原型を留めないほど崩壊していた。当たり前だが人気はない。


 「旗ヶ谷、そっちに目ぼしいものは?」


 瓦礫の山を手当たり次第掘り返してるだけなので、まぁ無いだろうが。


 「ないですね!......分隊長!バンカーへの退避者あり、しかも入り口が生きています!」


 「何だと!待ってろ、そっちへ行く!」


 瓦礫を掘り返した旗ヶ谷が叫ぶ。地下退避壕バンカーは確かにアドバーサリー共の襲撃はもちろん、大量破壊兵器にだって耐えてみせるが、入り口の電源が死ぬの事が多く、鋼鉄の棺桶に成り果てる事が殆どだった。

 退避者有りで入り口が生きていると言うことは、もしかしたら生存者が本当に居るかもしれない。俺は、旗ヶ谷の元へ駆け寄る。

 退避壕は入り口は多少焼けていたものの、ハッチの損傷もなく、比較的綺麗な状態だった。


 「開けるぞ、いいか?俺が先行する、上の警戒を頼む」


 「了解!」


 ハッチを開け、暗闇の中へ突入してゆく。


 中に入り、梯子を降りると、薄暗い明かりが着いていた。バンカー内は通路を挟んで倉庫と居室に別れており、俺が居室を、旗ヶ谷が倉庫を探索する。

 廊下前で、A2とA3、B3から通信が入り、司令棟と宿舎、食堂、施設集中管理棟は全壊で何も無いとの報告を受けた。

 居室には施錠がなされていた。仕方が無いので、蹴破る。


 「誰か居ないか!誰か!」


 大声で叫びながら、部屋を見渡すと女性のすすり泣く声が聴こえる。女は膝を抱えて震えていた、目の焦点は合っておらず、うわ言を言いながら泣いている。


 「大丈夫か!」


 此方と目が合うと、堰を切ったかの様に号泣し始める。


 「う.....あ.....?あぁ......ッ!」


 「もう大丈夫だ......俺達は助けに来たんだ」


 諭すように囁くと、そのまま眠ってしまった。


 「旗ヶ谷、生存者ありだ!そちらは!?」


 「こっちは弾薬と携行用の汎用炸薬がありました!シェルターの自決装置も健在です!」


 これからの撤退戦を考えると、弾薬や炸薬と言った物資はありがたい。シェルターの自決装置も破壊力の面から、敵の足止めに活用できる。


 「でかした!自決装置は炸薬感知を開に!撤退準備をするぞ!」


 「了解!」


 廊下で合流を果たすと、旗ヶ谷が女性観測隊員を、俺が旗ヶ谷の荷物を持って脱出することとなった。その時、ふいに無線が鳴る。


 「分隊長......隊長!こちらB1の浜野です!センチネルウェポンシステムの制御端末より観測記録を入手!どうやらこの基地は中隊規模のルゥジオ型に奇襲を受けたようです。最後の観測記録より......推定あと3分30秒で大隊規模のルゥジオ型と中隊規模のガウビスタ型がここまで侵攻する予想です!」


 「何だと!最優先で撤退急げ...B2、B2応答せよ」


 「此方B2どうぞ?」


 「需品倉庫に炸薬はあったか?あれば推定量の報告をされたい」


 「B2ポジティヴ、地下の物資退避壕内にて発見!推定量は2tほど」


 2tか、基地もろとも敵を消し去るには十分だな。爆発規模的にも、中隊規模のルゥジオ型なら殲滅できるかもしれん。


 「了解、B2は手持ちの変形爆薬で、その炸薬を爆破しろ、タイマー3分20秒、設置後に観測基地から撤退せよ」


 「了解......設置完了!基地より退避します」


 「了解!...タスク各局へ3分以内に基地から離脱せよ、集合点は自班の車両、繰り返す......」


 撤退命令を出すと俺らも地下退避壕からの撤退を開始した.


 地上に出ると、巨大な地鳴りが聴こえるほどに敵が接敵していた。空を見上げれば夕闇の向こうから、青白い閃光が此方から迫ってくる。

 俺も、旗ヶ谷も観測基地のゲートに向けて走る。生存者である女性観測隊員を背負いながら走る旗ヶ谷に気を使いながらゲートを目指した。


 「旗ヶ谷!ゲートは直ぐそこだ!」


 「ええ!......もう大丈夫です、もう直ぐで安全な所まで離脱できますから!」


 旗ヶ谷が背負った女性観測隊員に声をかける、女性観測隊員は唸るように返事をし、必死にしがみつく様に掴まっていた。

 ゲートを走り抜けると車両が見えてくる、続々と分隊員たちがゲートを抜けて車両に飛び乗っていく。

 即座にアルファ班員の集結を確認すると、浜野へ無線を入れる。


 「ブラヴォー!此方アルファ、無事に集結できたか!?どうぞ」


 「ブラヴォー、集結完了!」


 「了解!直ちに撤退に移る、後ろに続け!......旗ヶ谷、全力で飛ばせぇ!」


 「応!おぉぉおおお!」


 浜野から了解の無線を受け取ってすぐ、旗ヶ谷に車を飛ばさせる。離脱してすぐに、後方から空気の爆ぜる轟音が聞こえた。基地に設置してきた爆薬とシェルタの自決装置が無事に作動したようだ。

 乗員席のモニタには、後ろの観測基地の様子と、ふっ飛ばしたアドバーサリーの情報が映されていた。兵員室の分隊員が嬉しそうに言ってくる。


 「やりましたね分隊長!概ね中隊級のルゥジオ型と、逸れのガウビスタ型が吹っ飛んだようです!」


 「あぁ!やったな!取り敢えずこのまま撤退だ!」


 覚めやらぬ興奮のまま返事をすると、兵員室から喝采の声が聞こえて来る。このまま小隊本部に本部に帰ることができれば......そんな願望が生まれてくる。


 分隊がフルスロットルで撤退していると、小隊副長から無線が入る。


 「此方レコンマザー、レコン7及び8は端末に送った地点で待機及び迎撃に当たれ、了解か?」


 無線とともに、待機地点と小隊主力の到着までの推定時間と、稼ぐべき時間が送られて来る。......最悪だ、どう考えても無理だ。此方は分隊12名、相手は推定318体のルゥジオ型(歩兵)と残り9体のガウビスタ型(砲兵)、こいつらを少なくとも10分は釘付けにしなきゃならない。


 「おい!牧野ォ!どう考えても無理に...ッ!?」


 無線に怒鳴り込む旗ヶ谷を制止する、今ここでそれは不味い。


 「よせ......!レコン7及びレコン8了解。なお、観測隊の生存者を救助したため、後方搬送のために輸要員を送られたし、どうぞ」 


 「レコンマザー、救助者の為の輸送要員の派遣。了解」


 通信を終えると、待機地点へ向かう。渓谷の上り坂、敵を見下ろす地点に陣を構え、分隊員を集める。

ルゥジオ型の大群がもう視認できる距離まで迫ってきた。眼を背けたい一瞬、しかし指揮官の矜持が許さない。


 「集合!聞け!各班で相互に射撃と後退を行いながら撤退する!車両の車載兵器の使用は班長に委任する!以上、かかれ!」


 車載兵器はマイクロミサイルとグレネード、重機関銃だ。

 班ごとに遮蔽物へと散ってゆく。俺がアルファ班を引き連れ、後退準備を開始していると


 「マキナ、頼んだぞ」


 「......うん」


 隣で旗ヶ谷とマキナが何かを打ち合わせている。マキナは返事をすると俯き、何かを呟くように遮蔽物にもたれかかり、首元に何か注射器を打ち込む。マキナが震え始め、口角を歪めて笑い始める。

 尋常じゃない様子に慄き、旗ヶ谷に何事かをを尋ねる。


 「なんだこれは?マキナの様子がおかしいようだが......」


 「あぁ、大丈夫、見ていればわかりますよ」


 マキナがカービン銃に、スコープ等の追加装備を施していく、あっという間にマキナのカービン銃がマークスマンライフルに早変わりした。

 それと同時に、マキナの瞳の色が、文字通り、赤く染まって行く。


 「選抜射手だったのか......って大丈夫か!?眼の色が.....」


 「大丈夫よぉ?分隊長、全部しとめるから」


 マキナが妖艶かつ狂気に満ちた笑みをこちらに向けて来る。その狂気に当てられて、思わず身を引くと、むっと頬を膨らませたあと、意地悪な笑みを浮かべる。


 「あら冷たい、あたしだって”マキナ”よ?」

挿絵(By みてみん)

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