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第壱章 夜明けはまだ遠く

   ―少年は確かに護国の英雄を志さんとし、志に見合った研鑽を積んできた。...たった一度の敗北だった、少年にとっては運命を変える敗北だった。―

 

 重厚な木製の扉の前でノックする。ノックの音とともに心臓が高鳴ってくる、なにせこの面接が今後の部隊での待遇を決め、ひいては俺の運命を決めるのだから。

 入室を促され、面接が開始される。高鳴る胸とは裏腹に思考は冷静に鳴ってゆく。


 「緋那神 翔、17歳、教化兵で間違いないね?」


 重厚な机の中央に座る、壮年の男が尋ねる。肩に乗る星の数や、胸の勲章から察するにこの部隊...第12機甲団の団長なのだろう。


 「はい」


 質問に対し、肯定を返すと、場は俄にざわつく。机の左の男は、聞いてないと言わんばかりに焦りを見せる。

服を見る限り、文官...紫炎高等学校の教師に見える。

 教化兵なんて聞いていないですよ......と耳打ちし、しばし喧騒が起こる。暫しの後、団長が咳払いすると場が静まり返った。


 「済まないね、恥ずかしい様を見せた。年少兵で教化兵なんて前例すらないから、此方も混乱しているんだ。それでは面接、口述防衛試験をしようか」

 

 こうして口述試験が始まる。教化兵の口述試験は、成績の可否で編入時の待遇が左右される為、自分の身の上を守れという意味からも、口述防衛試験と呼ばれている。

 団長の顔が険しくなり、空気が張りつめた物に変わる。


 「はじめに、アドバーサリーとは?」

 「はい、アドバーサリーとは......」


 アドバーサリーとは火星歴10年、「水晶の降る夜」を契機に現れた、人類に敵対的な生命体の総称である。総じて、異型の形をしており、人類に対し敵対的な行動を取る生物の総称である。

 彼奴らは体内にコアと呼ばれる結晶体を体内に抱えており、此れを破壊しない限り何度でも体を再構成し、襲いかかってくる。更に個体数自体も多く、コマンダと呼称する指揮官の様に振る舞う個体があり、戦術的な編成や機動をする。

 彼奴らによって、火星における人類開拓地の20%と総人口の10%をこれまでに喪失し、1000を超える有人集落が孤立している。

 なにより、彼奴らの実態はよく解ってない。


 「素晴らしい、その通りだ。次に火星の移住の歴史と火星連邦の要約とは?」

 「はい、火星の移住の歴史と火星連邦の要約とは......」


 人類は2035年、火星の科学調査を終え、第一次移民団を派遣した。この移民団が到着した年こそ火星歴元年で、到着した調査基地基地周辺に建設された都市こそマーズシティである。

 火星歴5年、マーズシティ...当時セントラルシティをマーズシティに改称し、周辺の9つの行政管区を州へ移行した。この時に、国連領火星地域から火星連邦マーズコモンウェルスとなり、国連の全権統治下から離れる。

 火星歴8年、「地球火星間の自位及び地位条約」の発効により国連宇宙軍が撤退、火星予備隊が火星連邦軍となる。各州は解散予定の予備隊部隊や民兵組織を州兵として再編成した。

 火星歴10年、火星北極点に水晶体が降下する現象を確認、同時に生物を擬した体型となる。通称「水晶の降る夜」。6次にも及ぶ調査隊を派遣するも、全滅及び壊滅的状況で帰還したこと、調査隊が持ち帰った情報から、この生命体が人類に対し、敵意を持つ生物であることが解明した。この生物を”アドバーサリー”と呼称する事を決定する。

 火星歴15年、開拓地辺縁線エンドラインにて初めて人類が”アドバーサリー”と接触、人類初の異星生命体との戦闘に発展する。3ヶ月の激戦の末、戦死者及び行方不明者32500人と戦傷者32150人を出し、辛くも撃退に成功したが、全軍の2割が戦死、戦傷者を合わせると4割以上もの将兵が戦闘不能になる事態となった。

 火星歴16年、連邦軍再建法制定、国連軍再駐屯及び兵役令、少年兵令、予備役再編を柱とした軍の再建を実施、防衛に足る戦力の維持に成功する。

 その後は、マーズシティを中心に繁栄を謳歌する地方がある一方、最前線付近では発展が遅れている、遅々として進まないなど、絶望的な譲許が続いている。


 「そうだ、問題点も含めて模範的な答えだね、さすが元幼年学校生といったところか。では火星と地球の関係についての要約とは......」

 「はい、火星と地球の関係についての要約とは......」 


 火星開拓当初、火星開発地は地球の植民地として、米国航空宇宙局と国連の共同統治を行っていた。開発が進むにつれ、地球側では、国連国家間の火星利権の問題、米国による負担公平化の訴えなどがあり、火星側では国連派遣高等弁務官の横暴と、重税に苦しみ、自治権拡充や独立に関する運動が盛んになってた。

 火星歴8年に締結し発行した、「地球火星間における自治及び地位条約」によって国連統治領火星から火星連邦コモンウェルスに格上げされる。それに伴い、国連の統治機構や国連軍が撤退し、自治権を獲得する。

 以後、人類と”アドバーサリー”との開戦までは険悪な関係だったが、国連軍再駐留及び「地球火星間の安全保障に関する条約」及び諸協定と附属書の締結を機に、友好関係が回復し、現在は良好な関係を保っている。


 「すばらしい!では次に......」

 「はい......、それは.......、これで......」


 そこからの質問は、軍隊に関する服務法令や、階級と編成、陸上戦術に関する問題だった。服務法令に関しては、軍紀軍法や服務に関する規則の連邦軍と州兵との違いが、戦術に関しては、分隊級の部隊指揮に関する事を集中的に尋ねられた。

 概ね幼年学校で習った事だったので閊える事なく返答することが出来た。


 「これで口述防衛試験は終了だ」


 団長は、満足そうにそう言うと、豪快に破顔してみせた。


 「はい、ありがとうございました」


 一例をし、踵を返す。取り敢えず大きな問題なく口述防衛試験は終わった、気がかりなのは編入後の階級や、その他待遇についてである。

 重厚な扉を開け、退室すると、ようやく心臓が平静を取り戻す。玄関にて今夜の寝床となる営倉への護送を待っていると


 「君が緋那神君ね?」


 と若い女性の軍人に話しかけられた。どうも話を聞くところ、この駐屯地及び学校の業務部隊員で、俺の支給物品や兵舎の案内をしてくれると言う。


 「今夜は駐屯地内の営倉と聞いていたのですが?」 

 「あれ?うーん......?いや今日から兵舎暮らしで間違いないよ!あと居室に支給物品が全てあるから、確認と記名よろしくね?」


 どうやら今夜はまともな寝台ベッドで寝ることができるらしい。支給品の記名や縫い付け、点数確認などもやらねば、面倒だなと考えていると


 「それじゃ兵舎まで案内するから、ついてきてね?」


 と言われ、付いて行く。校舎を出て歩いて3分の所に兵舎があった。


 「ここが今日から君の家になる、生徒用12号兵舎だよ。ちなみに相部屋はだれもいないね、やったね、個室だよ!......あ!紹介が遅れたけど私は、12機甲団の上等卒手(上等兵)の天羽だよ!よろしくね!」


 元気な人だな、悪くいうとやかましい......それはさておき、箱型の兵舎の中に入ると、マイスウィートホームが見えてくる、面積2倍、鉄格子もなく、便所は居室外にあると考えただけで天国のような待遇かもしれん。

 ベットの上に目をやると、制服や戦闘服、装具を始めとした貸与品や支給品が山となっていた。

 こいつは難敵だ、今日中に諸作業が終わればいいが


 「ありゃ......、これは大変そうだ、あっ!案内は終わったから、私は失礼するね!」


 と言い残すと、颯爽と去っていった。嵐のような女だったな。

 結局諸作業を終わらせていると、日が暮れ、一日が終わってしまった。



 目の前に広がる限りない絶望、戦友の最後、亡骸の山。恐怖が、絶望が、痛みがこの身を苛む。あの日、あの時、血に染まったあの瞬間。

 許してくれと懺悔を乞う自分。生き残ってしまった罪と、戦友と戦友の亡骸を置き去りにしてしまった罪を責め、裁かんとする自分。ああするしか無かった、仕方がなかったのだと、合理化を図る自分。

 それらが頭のなかで混ざり合って...... 


 「あああぁぁぁあああ!」


 目が覚める、最悪の目覚めだ。起きてみるとまだ午前3時、不愉快極まりない。このところこの夢をいつも見る、いや、もう一つ......置いてきた戦友たちに問い詰められ続ける夢もか。


 「クソッ......クソッ!あぁ、もう!」


 いくら見ても慣れることなんかない。心臓が悲鳴を上げるほど鼓動が早くなり、過呼吸になる。思考は混迷を極め、視界は揺らぐ。そんな状態が10分ほど続くと、だんだん冷静になってきて、今度は気分が沈む。やりきれなくなり、便所にでも行こうと廊下を歩いていると、ふと屋上に向かう影が見えた。


 「こんな時間に屋上へ?髪の長さからして女だな」


 思考がつい口から漏れてしまったが誰も聞いちゃいない。予定変更だ、俺は、その少女が気になり、屋上へ向かうこととした。

 屋上から見た夜空は、どこまでも晴れ渡り、夜空が広がる、その中でも我こそは主役と言わんばかりにフォモスが輝く。......ここが戦場に近い地獄の入口だなんて事実を忘れさてくれる。それほどに美しい光景だった。

 その夜空に負けんばかりの幻想が、ここにはあった。フォモスの光に照らされた銀髪の少女はあまりに美しく、あまりに儚げで、もし許されるならこの瞬間で時が止まれば、そう思うほどに狂おしい、美しい光景であった。

挿絵(By みてみん)


 「......何か用?」


 少女は此方をに見ている。俺は、少女と夜空に見とれすぎたせいか、反応が数瞬遅れた。彼女の顔が怪訝なものに変わる。


 「あぁ、あぁすまない、君がこんな時間に、屋上に向かうのを見てつい、ね。」


 少女は少し納得したような素振りを見せると、また星に向き直ってしまう。少女は、少しの間何かを考えたかと思うと、口を開いた。


 「ここには......嫌なものを忘れさてくれる、夜空がある......」


 少しばかり憂いをおびた、しかしながら安らぎを覚えているかのような声色で彼女は言った.


 「そうだな、ここの夜空は確かに綺麗だ、見惚れてしまった。」

 「そう......」


 そう言うと、また黙り込んでしまった。しかし、決して気まずい沈黙ではなかった。互いが同じ時間を、同じ感覚を、感情を共有している。心地の良い沈黙であった。

 30分も立つ頃、少女はその場を立ち


 「私は居室に帰る.......」


 と、いって屋上の扉の方に言ったので


 「あぁ、いいものを見ることができた、ありがとう」


 と返した。俺はしばらく夜空を眺めて、思いにふけると、満足を覚え居室に帰った。それからの睡眠は、非常に安らかな物となった。悪夢も見ず、先程の屋上での情景がリフレインする。こんなに安らかな睡眠は、何時ぶりだっただろうか。


 

 朱色の陽が突き刺さる、夜明けだ。昨夜の出来事のお陰で、久方ぶりの良い目覚めだと思った。どうせ個室状態なので早めに起きるのも悪くない......そう思い、起き上がり、着替えて軽い身支度を始める。それでも時間が余るので軽い柔軟体操をしていると、起床ラッパがなる。


 「起床ラッパか、久しいなあ」


 思わずつぶやいてしまった。軍拘置所と営倉はサイレンだったので、悪夢もあってか寝起きは、まさに最悪を極めた。

 そう思っていると、扉を叩く音と男の声が聞こえてきた。


 「点呼だ、だが部隊編入前なのでここでよし。0815時に校舎まで来るように、以上」


 男はドア越しに点呼を済ませ、必要事項を連絡すると、そそくさと去ってしまった。顔くらい見せても良かろうに、まぁいいや。

 食堂の喫食許可がまだ降りていなかった為、自室で携行食料を食べ、身支度をすすめる。不味い飯と、緊張、不安も相まってか、昨夜の高揚感は完全に消え失せていた。

 身支度も終わり、諸準備もあろうかと思い、早めに兵舎を出ることにした。年季の入った箱型兵舎群や独身士官寮を抜けると、紫炎高等学校の本校舎が見えてくる。

 その時、独身士官寮の隣、需品倉庫地区で昨日の銀髪の少女が、ガラの悪い不良兵どもに襲われかけているのを見かけた。

 少女の悲壮な表情の顔には、悲鳴を上げられない様にタオルで猿ぐつわがされている。

 気に食わないな......なんて、考える間もなく、需品倉庫地区へ走り出す。

 3人の後ろへ回り込む、不良兵は此方にまだ気付いておらず


 「おい」


 とドスを効かせて話しかけると、血走った眼と下劣な笑みを浮かべたアホ面を向けてきた。


 「んだてめぇ?」


 その面と、何より今行われようとしている行為が最高に気に食わん。そう考える瞬間にはアホ面の顔面に俺の拳が突き刺さっていた。


 「ぐふぇ!?」


 腕、肩、腰に至るまで余すことなく力の入った拳が突き刺さる。その威力は、アホ面の意識を刈り取るには十分すぎるほどだった。


 「あぁ!フレスター!てめぇ...おい!ベネット!」


 瞬時に二人が向き直り、ベネットと呼ばれた、デブが頷く

 二人が此方に向き直り、殴りかかって来る。2人の連携は巧みなもので、細長面が足を刈り取りに、もう片方のデブがボディブロウを放って来る。


 「ゔッ」


 両方ともまともに貰ってしまった。足は刈り取られなかったものの、ボディブロウは効くものがあり、意識が一瞬混濁する。

 よろけて、足がもたつく瞬間、それは確実に空きとなった。


 「よっしゃ!ジャン!」


 そのスキを狙って更に、強烈なミドルキックと、背中からのストレートが飛んでくる。ミドルキックをまともに受け、よろけたお陰でストレートを回避できた。しかし、一連のダメージは、確実に自分を蝕んでおり、思わず一瞬、膝を着いてしまう。

 立ち直り、深呼吸をし、正対して構えると


 「ケッ、正義のヒーロー気取りが随分柔いじゃねぇか」


 嘲るように細長面が言ってのけると、大振りなストレートが飛んできた。その拳を掴んで見せると、捻りながら自分の後方へ受け流す。よろけた相手の喉を後ろからつかみ、コンクリートの壁に沈める。


 「随分コケにしてくれたな、あぁ?」


 すかさず二度、三度叩きつけたところで呻き声が聴こえる、、四度目で動かなくなる。その様を見て、デブが硬直する。遁走を図った所で、腰に蹴りを入れ、転ばせる。


 「ひッ......許して」


 情けない命乞いをするデブ、その命乞いを無視し頭を蹴り抜いて意識を沈める。着実に沈める為、2度ほど蹴りぬくと、痙攣し動かなくなった。

 深呼吸して、呆気にとられも、怯えながら座り込む銀髪の少女に向き直る。


 「大丈夫か?怪我はなかったか?」


 なるべく穏やかに、手を差し伸べながら問う。


 「大丈夫......ありがとう......強いのね...?」


 俺の手をとると、少しだけ安堵した様子をみせる。しかし、綺麗な銀髪だなぁ。昨日より近くで見て、更にそう思う。


 「人並みにはな」


 少しの照れ隠しと、勝利の余韻から、気取った感じにそう言い放った。そして、その場を立ち去ろうとすると後ろから声が聞こえる。


 「わたし......マキナ......マキナ・エリザベータよ、貴方は......?」


 向き直ると、おずおずと少し怯えながら尋ねてくる。


 「あー......緋那神 翔だ、よろしく」


 そう言って、立ち去る。需品倉庫のそばには、誰が呼んだのか、憲兵たちが駆けつけていた。立ち去って正解だった、残っていたら面倒なことになっていただろう。


 「痛ッ、うーん、思ったより貰ったなぁ、クソッ」


 思わずぼやいてしまう、鳩尾や脛に痛みが残る。せっかくの勝利の余韻も台無しだ。そう思いながら学校への道を歩く。正面玄関に向かうと、案内役の教師がいた。


 「おっ、君が緋那神 翔君か。私はここで教師をしている宮司だ、君の今日の案内役となる。よろしく」


 そう言うと、俺を応接間まで連れてきた。応接間の中には、編入学に関する書類や、部隊編入に関する書類等が積み上がっていた。書類を読み進めていると宮司教師が声をかけてくる。

 

 「君は確か、機甲任務群の偵察隊所属となるね。階級は、主任(下級軍曹)だね。これが君の軍籍証明書と、認識タグだ。」


 そうなのか、しかし、偵察隊か。最前線配置とは、ついてないな。自分は歩兵しか出来ないし、やったことがない。


 「偵察隊ですか、バイクも乗れなきゃ無人機運用もままならないんですがね?」

 不安を隠すため、いじらしく聞き直す。宮田は苦笑すると知っていると返す。 

 「君は幼年学校から前線派遣研修に言ってたんだろ?歩兵大隊に。偵察隊配置は、その豊富な知識と実戦経験からさ。」


 豊富かねぇ、思わず笑いそうになる。しかし、そこに続く宮司の言葉に眼を剥くことにになる。


 「......生き残って無実を証明しな、”我々”も着実に”真実に迫っている”からさ」

 「なっ!?どうしてそれを!?」


 こいつ、なぜ、何を、どこまで知ってる?なぜ教師なのにそれを?様々な疑問が頭を逡巡する。宮司を見る眼がだんだんきとキツイものなる。


 「さあね、なんでだろうなぁ」


 飄々とそう返される。此奴は食えないやつだな、そう思った。



 宮司に案内され、教室前ににたどり着く。扉上部には1201偵察小隊と2-Gと書かれている。ここが新しい生活の中心になる場か。そう思うと、今更ながら緊張してきた。


 「ここが君のクラス兼部隊執務室だ、それじゃ入ろうか」


 宮司に促されて、教室に入る。教室内では朝のホームルームとブリーフィングが行われていたようだ。クラス中の好奇の視線が集中する。主に首元と階級章をみて、ヒソヒソと話し合う声も聴こえる。


 「ブリーフィングの途中で申し訳ないが、全員傾注、転校生を紹介する。緋那神 翔 階級は主任だ、随伴斥候分隊の分隊長を務めてもらう、以上」


 宮司が必要事項を連絡すると、がっしりとした、筋肉質の男が手を挙げる。


 「旗ヶ谷 上等兵務員 発言を許可する。なんだ?」


 旗ヶ谷と呼ばれた男は、明らかな敵意と、敵対心を此方に向け、言い放った。


 「そこの新しい分隊長ですが......編入して直ぐ分隊長ですか?過去の経歴は知りませんが、兵務員(兵卒)を経ていない輩に、うちの分隊を預けるのは難しいと思われます!しかも教化兵如きに......随分見くびられたものだッ!」


 バンッ!と机を叩く音が響く、主張はごもっとも、たしかにいきなり編入して来た奴が、いきなり上司となるのは抵抗があろう。特に、偵察部隊は、その特殊な任務を鑑みて、下士官や士官を含めて、内部選抜が基本となる。しかも教化兵、つまり、いわゆる収監されない軍事犯罪者だ。

 それらの要素が重なり、受け入れられない事となったのだろう。随伴斥候班員と思しき者たちも、思い思いの反応を見せる。


 「発言は以上か?旗ヶ谷 上等兵務員。発言は慎め、上官に対する屈辱までして良いとは言っていない。繰り返すが、この緋那神 翔 主任を随伴斥候分隊の分隊長とする。変更はない」


 宮司が空気が凍る程の圧をもって言い放つ。旗ヶ谷は萎縮するも、拳を握りしめ悔しそうに、そしてなおも此方に敵意を向けて、悪態をついてみせる。

 此方も気まずくなり、視線をそらす、クラス中を見渡すと、一番後ろの窓際に、マキナ・エリザベータが居た。同じクラスで同じ班員か、ツキが回ってきた。

 視線が合うと、向こうもペコリと会釈を返してくれた。それからは気恥ずかしくなったのか視線をそらしてしまう。それらの行動を悟った宮司は、悪戯にニッと笑ってみせた。


 「おぉ、おぉ早くも気になる子がいたのかい?よきかなよきかな.....他に何か言いたい事がある者は?ないか。さて、席だが分隊長は固定で一番前、旗ヶ谷の隣だ、仲良くやれよ?以上。」


 このっ、此奴め、いけしゃあしゃあと......運悪く旗ヶ谷の隣となってしまったが決定事項なら仕方がない、荷物を纏めて席に座ると早速絡まれる。


 「おい、教化兵。てめぇが分隊長だなんて認めんぞ!」

 「なんだ、上官侮辱でお前も教化兵になりたいのか?」

 「この......言わせておけばッ!クソッ、いいか!?旗ヶ谷 智樹だ覚えておけ!」


 俺の机の足を蹴り飛ばし、鼻を鳴らして向き直る。なおもイライラが収まらないのか、貧乏ゆすりをし、呼吸も荒いようだ。これは、和解が可能なのか?


 「緋那神 翔だ、よろしく」


 つとめて、穏健に言ったが無視されたようだ。和解は困難を極めるそうだと考えていた時、後ろの短髪の女が声をかけてくる。


 「あぁ、まぁなにさ。良い奴だが、前の分隊長のこともあってか、色々気に食わんのよ。ほっといてやってよ。あっ、あたしは浜野 忍、階級は兵務員だよ。よろしくね、緋那神分隊長」


 彼女は少し気怠げに、しかしサバサバとした印象を受け話し方だった。


「あぁ、よろしく。あー、前の分隊長とは?」


 それを聞いたときだった。忍の眼が、伏目がちになり、旗ヶ谷から厳しい視線が飛んでくる。どうやら地雷を踏み抜いたらしい。


 「前の分隊長は......フレスター三等掌手(三等軍曹)は、有り体に言ってクソ野郎だったよ。うちの小隊物資の横流しやうちの分隊員への暴力は日常的、立場や子飼いどもを使った脅迫や、屈辱...まぁセクハラさね。うちの班員には居ないが、過去にはレイプ被害で軍病院から出てこれない女性隊員もいたとかね。」


 底冷えするような冷たい声色で、しかし秘めた怒りはしっかりと分かるようなそんな話し方で言い聞かせてくれた。朝にのした3人組はとんだクズ共だったらしい。


 「おまけに、奴らは団の士官共の弱みを幾つも握ってやがるからな。営倉にぶち込まれても悪びれず帰ってきやがるし、憲兵に捕まっても査問員会で不問か軽罰になっちまう」


 旗ヶ谷が怒りを込めた声色で、しかし呆れたような雰囲気を纏って言った。査問委員会で握りつぶされるか......他部隊ではまずありえない、さすが教化兵と少年兵の楽園である。強化兵でないフレッドですらこの有様だ、この部隊の闇は深そうだな。


 「すまない、言いにくいだろうに教えてくれてありがとう」

 「ううん、いいよ。まぁ、アンタには期待はしてないけど、頼むよ?」

 「あぁ、任せてくれ」


 会話の切りが良いところで、課業開始の予令喇叭が聞こえる。今日は学校側の始業式もあってか、午前は学校側の式典で終わった。

 退屈な式典に欠伸を噛み殺しつつも耐え、教室に帰って来る。周りのざわめきを他所に、午後の予定を確認する。ゲッ、体力検定か......


 「おい教化兵!体力検定だなぁ、ええ!?」


 旗ヶ谷は予想通り絡んできた。旗ヶ谷が挑発的な笑みを湛えて此方を見てくる、此奴がこの先何が言いたいのかは何となく予想が着いた。


 「そうみたいだな、旗ヶ谷は体力に自身でもあるのか?」


 いじらしい笑みを浮かべて、あえて挑発気味に言ってみる。旗ヶ谷もこちらの意図を察したのか、鼻を鳴らして続ける。


 「自慢じゃないが、全種目で12機甲団のタイトルホルダーだ。どうだ強化兵?俺と体力を競って見ないか?よもや分隊長ともあろうものが、俺よりひ弱い訳がないよな?」


 ほう、高校1年の時で、この機甲団の歴代トップか、どうやら体力に自信があるのは本当らしい。


 「面白いな、受けた。タイトルを塗り替えてやるよ」


 こうみえても、幼年学校でも教化隊(軍刑務所)でさえも、体力には自信のあったほうだ。旗ヶ谷が団クラスのタイトルホルダーなのは驚いたが、負ける気はしない。

 昼時、今週は食堂の喫食申請をしていなかったので、PXで買ってきた携行食料で間に合わせる。一人で食っても違和感のないような場所を探そうと立ち上がると、マキナに呼び止められた。


 「ねぇ......その、私もこれからお昼なの......だから、その......」


 赤面しながら一生懸命に話しけてくる。なるほど、一緒に食べようってことか、断る理由はないな。


 「一人飯は寂しいと思っていた所なんだ、君さえ良ければ一緒に食べないか?」

 「!?......うんっ」


 恥ずかしそうだが、嬉しそうに頷いてくれる。さっそく、屋上で食べる運びとなり、屋上に着く。彼女は手作り弁当を、俺は携行食料を取り出す。ちなみに主食はカレー風味のチキンパテだ。


 「朝は......その......ありがとう」

 「いいってことよ、それにしても美味そうな弁当だな。料理は得意なのか?」

 「うん......その、自信があるの......すこしだけ」


 ここから少し会話が途切れる、気まずい沈黙が流れる。思うに、この子は少し会話が苦手なのかもしれないな。此方から話題を振り、積極的に反応すべきだろう。


 「話は変わるが、昨日の夜の話だ。よく兵舎の屋上には行くのかい?」

 「ときどき......嫌なことがあったときだけ......」

 「そうなのか、綺麗な夜空がみえるからな。てっきり快晴の日はよく居るのかと思ってた」


 そこからは会話が弾み始める、星の話題や、学校の事など、他愛もない話だったが、時計が動くのが惜しいと思うくらい、充実した昼飯だった。


 「あぁ......そろそろ時間だから行くよ、昼飯、一緒に食べてくれてありがとうな」

 マキナは一瞬、名残惜しそうな顔をしてみせるが、すぐに笑顔を作って見せる。

 「私の方こそ......ありがとう......その、旗ヶ谷君と競うんだよね......?......体力検定で......」

 「そうだね」

 「応援してるから......!」


 そう言うと、走り去ってしまった。しかし、嬉しい限りだ、ここまで言って貰って負けるわけにはいかんよな。急いで体操着に着替えて、グラウンドへ。念入りに柔軟を行う。手が、腕が、足が、体中が満遍なく伸び、熱が体中を駆け巡るイメージで柔軟を行っていく。



 午後の課業である体力検定が開始される。体力検定は担任が担当する事となっている為、担当教官は宮司だ。


 「敬礼!安め!傾注せよ。さぁ、体力試験だ、君たちの考課にも関わってくるので全力で取り組んでもらいたい。今回の体力試験は......」


 宮司から、体力検定での注意点や、前回からの変更点、科目などが説明されていく。今回は、腕立て伏せ、上体起こし、懸垂、走り幅跳び、ハンドボール投げ、3000m走の順で行うようだ。

 説明が終わり、少しの準備時間が与えられる。旗ヶ谷が此方によってくる。


 「いよいよだなぁ、怖じ気ついたが強化兵?」

 「いってろ、お前を”過去”にしてやる、楽しませてくれよ?」


 交わす言葉と、交わる視線。互いのボルテージが最高潮に高まる、正に臨戦態勢だ。程なくして腕立て伏せのが始まる。

 50を超えたあたりからほぼ全員が脱落し、70を回る頃には俺と旗ヶ谷のみになった。

 80回、まだまだ余裕がある、旗ヶ谷を見てもまだ涼しい顔をしている。

 90回、お互いの顔から表情が消え始める、勝負のときは近いな

 100回、まだ粘るか、コイツ。此方も余裕がなくなってくる。呼吸も荒くなってくる。

 110回...まだか、111回...この!、112回...しぶてぇゴリラがッ!、113回...ゴリラが墜ちた!、114回...115回、遂に上がらなくなる。

 初戦は俺の勝ちのようだ。

 旗ヶ谷は悔しそうに、地面をけると、直ぐに次の上体起こしの準備を始める。

 上体起こしも、やはり100回を超えたあたりで、お互いが勝負の時を悟る。101回...クソ、102回...まだ上がるか!?、103回...野郎!、104回...なんてスタミナだ、俺が上がらなくなった。

 結局、旗ヶ谷は107回も上体を上げた、一勝一敗となる。コイツは予想より厳しい戦いになりそうだ。

 次は懸垂だった、20回前後で一騎打ちとなった。前の種目のデッドヒートを見てか、他の小隊員の応援も熱いものになる。即興で賭博まで始まる始末だ。

 「上げろぉ!旗ヶ谷!チャンプはお前だぁ!」

 「行けぇ!転校生!ベルトを奪っちまえ!」


 熱い応援の中、30回目、遂に勝負の時だ。31回...堕ちろ!、32回...この、33回...優等生、34回...ゴリラがぁ!、35回...落ちたか!?、あれ、俺も上がらん...!

 結局34回、同点であった。勝負は以降の種目に持ち越しになる。体力測定前半が終わり、15分の休憩が与られた。水分補給と柔軟をしていると、旗ヶ谷と浜野がやってくる。


 「ふん、やるじゃねぇか、強化兵」

 「凄いねぇ、緋那神くん。コイツに体力で張り合う奴なんて初めて見たよ」


 旗ヶ谷が少し楽しそうに鼻を鳴らし、浜野は感心した表情で此方に向かってきた。


 「まだ勝負はこれからだ、そうだよな旗ヶ谷?」


 此方も、心底楽しそうに、悪戯に笑って見せると、意図を察したのか旗ヶ谷も破顔して見せる。


 「ハハハッ、分かってるじゃねぇか、そうこなくちゃなぁ!忍、行くぞ」

 「あっ、智樹、待ってよ。またね」


 そう言うと、満足したのか、浜野を連れて去っていってしまった。すると、次にマキナが此方に寄ってきた。


 「緋那神君......すごいのね......」

 「そうでもないよ、これが俺の取り柄なだけさ」


 キザに返すことが出来たが、内心嬉しかった。


 「次も......頑張って......」


 そう言うと、やはり走り去ってしまった。......やってやるぜ、最高の活力補給を得た俺には、負ける未来なんぞ微塵も見えなかった。

 後半が始まった、前半から引き続き、熱い声援と賭けのコールが聞こえる。

 幅跳びは630㎝にて同点、ソフトボール投げも95mで同位だった。ここまでのデッドヒートを見て、観客共(小隊員)もテンションが最高潮だ。

 そして、運命の3000m走が始まる。スタートの笛がなり、一斉に走り始めた。スタートダッシュで先頭を取ることが出来た。初盤は貰ったなと、そう思った。

 しかし500m地点、奴は初盤に残した体力を使い、ブーストをかけ始める、最初に作った差も無くなり、同列に並ばれてしまう。750m地点まで粘るものの遂に追い越されてしまう。

 1000m、奴との差は約2人分、追い続けるが奴の強靭なスタミナが、2人分の優位を守り続ける。参ったな、コレじゃマズい。

 1500m、奴のスタミナが切れ始め、再び同列に並ぶ。此方のスタミナが回復し始め、再び優位を取ろうとするが、奴もそれを許さず、小競り合いを続ける。

 2000m、俺が5m程の優位を取ることに成功する。このまま優位で行きたかったが、2250m程で、差が縮まり始める。クソ、なんてしぶとさだ。

 2500m、再びゴリラに並ばれていた。追いつ追われつの一進一退の攻防戦が始まる。奴のスタミナ切れが早いか、或いは......

 2750m、小競り合いが続く、もう互いに勝負の時が近いと悟る瞬間だった。最後のコーナを抜けゴールに向けて飛ばし始める、

 2900m、まだ勝負がつかない、心臓が悲鳴を上げ始めてい。キツイ、クルシイ、ダガ......!最後の力を振り絞り、駆け抜ける。


挿絵(By みてみん)


 2950m地点、ゴール目前での出来事だった、旗ヶ谷が急減速する、スタミナ切れだ。勝負が決した瞬間だった。

 ゴール、勝ったのだ。俺が!思わずガッツポーズして雄叫びを上げると、大きな声援が帰ってきた。タイムは9分00秒00、歴代タイトルを30秒も塗り替えた瞬間だった。


 「......俺の負けだ。やるじゃねぇか緋那神」

 「お前もな、旗ヶ谷。」


 名前を呼んでくれた、どうやら多少は認めてくれたらしい。小隊員たちが寄ってくる、皆が労いや感嘆の声を掛けてくれた。そのとき、旗ヶ谷は随伴斥候分隊の全員に集合をかけた。


 「随伴斥候分隊員集合、傾注!新しい”分隊長”を紹介する!この緋那神 翔こそ、俺より強く!この分隊を率いるに相応しい男だ!分隊長!」

 「応!紹介に預かった通り、緋那神 翔だ、階級は主任。この随伴斥候分隊の分隊長を拝命した。よろしく頼む。」


 大きな拍手と歓声が上がる、旗ヶ谷の紹介もあってか、歓迎してもらえたようだ。


 「うっし、今日は課業終わりに第2下士官クラブへ集合!分隊長の歓迎会をやる、もちろん全員集合だ!」


 更に大きな歓声があがる、歓迎会か!、食うぞぉ!などと言った声も聞こえる。かくいう俺も楽しみになってきた。......その空気を壊すかのようなサイレンと放送が鳴り響く


 「前線観測部隊より入電、アドバーサリーが侵攻中。エンドラインまであと推定5時間で到達する模様・2時間以内に即応指定部隊及び偵察隊は出撃準備を完了せよ。繰り返す......」


 どうやら出撃準備命令が発令されたようだ。空気が一気に張り詰める。


 「全員傾注!俺の歓迎会は”戦勝記念”も兼ねてやろう!生きて帰るぞ!全員準備にかかれ!」


 全員は敬礼をすると、兵舎の方へ走っていく。さぁ、これから”あの日”以来の実戦が始まる。次は誰も死なせない、そう静かに心に誓った。

人物設定を投稿しておきます、補足用にどうぞ!

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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