プロローグ
もし魔法が使えるとしたらどうするか、などという問いかけに対し俺はそう簡単には答えは出せない。そもそも魔法というのは手段であって、目的はないはず、かな。魔法がなくとも今や科学でどうにでもなるしな。
まぁ、学校帰りに一人で帰宅しようと家に向かう男子高校生の考えることではない。世に言う十三歳の頃に訪れる正体不明の精神病に患っている、というわけでもない。ふざけるな、そんなものはとうに卒業した。
魔法だとか魔法少女だとか頭が沸騰しているのかと聞きたくなるようなことを口にしても周囲の反応は冷たいものである。この国というのは皆が皆、特に成人の日を迎えたであろう社会人のほとんどは多分、根っからの現実主義だ。オカルトじみた非科学とか不確定なものには酷く排他的、背徳的なのだ。
しかしまぁだからと言って日曜日の朝八時から放送されるような魔法少女ものとか、世界的ベストセラーの魔法使いものの長編ストーリーは未だに愛されているように現実的じゃないからこそ受け入れられるものもあるのだろう。
辺りは丁度夕焼けもようだ。夕焼けもようを通り越して空の端は暗く染まっている。こう見ると空が狭く感じる。西側と東側で色が互いに競り合っているように感じる。黄昏時というやつだ。黄昏時に黄昏ていない。河川敷で一人ぽつんとしている訳でもない。
一番星は見つけない。
部活には属していない。委員会にも属していない。むしろ学級会にも顔を出していない。だから何時も帰宅部最速の異名があったり無かったり。内輪に入るのが苦手なのだ。高校生といえば青春を思い描いたりして何かしら部活やら、生徒会やらとりあえず理想的で妄想的な出会いを求めて何かに属したがるらしい。
但し俺は例外だけどな。
というか、学校には久しく登校した。登校していないのだから下校は前提より抹消されるのだ。停学中ではないが自主自宅待機だ。俺はトラブルとかそう言うのに愛されている気がする。自意識過剰何て言ったら自意識過剰なんだけれどさ。
自宅では勉強はしている、学生の本業は学業にあるのだから。自宅で学習したほうが学力上がったくらいだ。余計なことを考えずにすむ。
一昔前は高校は自主的に入学する建前で義務感が感じられていたらしいが、今は当たり前のように幼稚園から大学まで義務づけられている。
平均的に秀才を生み出す。そんな目標で義務づけされた気がする。実際、人間の基本知識やらIQとか頭の良さは上がっているらしい。更には数十年前からフランケンシュタインとかクローンだとか、超能力の開発育成迄されているらしい。一周まわってエセ科学に聞こえてくるような胡散臭さ全開の噂も耳のする。高度に発達した科学は魔術と区別がつかないとも言うしな。
その胡散臭い噂も噂でない可能性もあるのだから物騒な話である。あり得ない確率が低いのがなんとも言えない。
やれやれ。普段ならもう少し早く帰えれたと頃なのだが、野暮用というか、チョッとしたトラブルという彼女とのデートに誘われて時間を消費した。トラブルさんではなくToらぶるさんではない。
トラブル1、まずは学校での先生の巣窟、職員室に呼び出された。普段ならやってもいない悪行に濡れ衣を着せられねちねちとハゲ頭の中年男性の相手をするのだが、目立った悪さをしているつもりはない。期末テストやら中間テストに関してなら呼び出されてもおかしくはないが今回はそんな案件じゃなかった。
久しく登校したことが関与するかもしれない。
目の前に気だるげに座っているのは辛うじて属している学級の担任。
「…はい、わかってます。はいマジです。ちゃんとしますからはい」
「なぁ、テンプレートな反省的な態度とられてもなぁ。はいは一回でいいと叱りたいのに何で三回言うかな?言ってみたかった台詞が言えないじゃないか」
伊坂はじめ。はじめ先生とか、はじめちゃんとか、少し舐めてるんじゃないかと思うような愛称で呼ばれている。先生のなかでは一番の評判の良さらしい。年齢が生徒に近いのもあるのだろう。先生のなかでは美人だろうし、フレンドリーな人だ。
学級会に参加していない俺が先生をそこそ知っているのはわざわざ家に訪問することが度々あったからだ。本当にランダムに順不同に来るもんだから少し困る。
特別家庭訪問とかでっち上げたような建前で家に転がり込んでくる。月曜日に来てジャンプをかっさらったり、お湯をヤカンで沸かしてカップラーメンを食べたり。ここは補給場所じゃないぞ先生、と教え子ながら教えられる師に注意したが、あくまで家庭訪問らしい。暇人かよこの人は。
「とりあえずそこら辺の椅子に座りなよ」
着席を進められたので体育館の下に仕舞われているような椅子に座る。座った後に気づいたが座るとなかなか立ち上がりにくいな。音もたてるし地味に目立つ。この人俺を逃がさないつもりだな、と無駄に疑心暗鬼になってみる。
「親切からでた言葉の無い裏を探るもんじゃないよ、全く」
「…で、何かあったんですか?特に呼ばれるような覚えはないんですけど」
「いい知らせと悪い知らせがある、どっちが先がいい?」
はじめ先生がニヤニヤとした顔で話を進める。大方気に入った台詞が言えて嬉しいんだろう。ノリがいいというべきなの先生らしく無いと言うべきか、高校生には好かれそうな性格なわけだ。
「どっちも聞きたくないですね、敢えて言うなら帰りたいです。ここで帰らなければ帰宅部最速の名が廃れます」
「そんな異名なんて帰宅部最速を誇る癖に元より誇りなんて持って無いだろう?そんな顔するなよ。ここが気に入らないというなら場所を移そうじゃないか」
ここが気に入らないという訳じゃないが先生が違う場所に移るつもりで腰をあげたのでその背中に渋々ついていく。
職員室を出るとちらほらこの学校の制服を着た年頃の男女が目に入る。そして彼らもちらちらと視線をこちらに向ける。はじめ先生に視線が向いているのなら気にするような事案ではないが、こういうときは大体自分に視線が向けられるような要素があるので居心地が良くない。否、居心地が悪い。なにせ俺の髪はくすんだ校舎の白い壁と対照的で真っ白なのだから。
真っ白だからと言って過去に痛々しい拷問にあっただとか、夢に出てきそうなほど辛くて苦しい体験にあった後遺症と言うわけでもない。況してやどっかの誰かに選ばれし者とかそういうのは論外だ。寧ろこの髪で辛くて苦しい体験に遭いかけている。
普段学校に登校するつもりの時はまず髪を日本男子の黒髪に染めてくるものだが、それでも若干白髪が残る。クラスに白髪のやつが居たら誰だって興味は持つし不思議には思う。まぁ、不思議とか興味を通り越して気味悪がられる。
そんな案件があって俺はよくトラブルちゃんとデートする。とりあえず最終的に俺のせいにされるなんてことは腐るほどされたきた。この高校でもあった気がする。証拠が有るとかじゃなくて、なんとなくさりげなく消去法で俺になる。全く、やれやれだぜ。
「その、済まんな。本題に入る前に嫌な気持ちにさせてしまったかな」
「いえ、もう馴れたもんですからね。別に何とも」
カウンセラー室でインスタントコーヒーを淹れながら申し訳なさそうにしてくる。実際馴れたもんだ。慣れたくはなかったけど。はじめ先生はそういうこと迄考えが回るから好きだ。どうしようもない空気感とかあやふやな人間模様まで。
「…慣れて欲しくはなかったな。ほら、詫びのコーヒーだ。ちゃんと砂糖三本入りだ」
「うっす、ありがとうございます。それで先にいい話しから聞かせてくださいよ」
「いい話はこれだ、この前の愚者と賢者逆転事件」
「ああ、あれか。俺が数学で96点でクラスで偶々奇跡的に一番で他のクラスに所属している人が何時もより点数が10位下がって、中でもクラスで派閥トップだとか天才だとか呼ばれているらしい哀紅さんがビリだったという」
愚かしい話だ。偶々俺が試験関係ないところも勉強しててそれが出ただけだろ。まったく。
「ああそうだ。それで哀紅が君に当たった事について深く反省しているようだ。今度家まで謝りに行くって行ってたぞ」
マジかよ、それはそれで困るな。
「じゃあ俺からは許すとでも伝えておいてください」
「はぁ、私を伝言役にするな。するなら給料払え」
なんだがめついな。こんなところに大人っぽいと思いたくはなかった。
「じゃあはい、次だ。悪い話はさっきの哀紅が家まで謝りに行くということだ」
「え?それだけ?まぁ、確かに悪い話っちゃあ悪い話だけど」
拍子抜けだ。何時もならもっと身の毛もよだつような話なのに。
「それからそろそろ君の冤罪にしか思えない自宅謹慎も切れることだろう。今度はいつ来る?と言っても私から来るのだがな」
冤罪というのは勿論先程の愚者と賢者逆転事件だ。そのテストを作成した先生にテスト結果不満を持つモンスターなペアレントが抗議した結果俺に腹いせとして自宅謹慎としたのである。モンスターなペアレントも俺が建前のような始末を受け不満は解消されたのかうやむやではある。勿論その抗議の場に吊られるために連れてこられたが、やはり俺の容姿に痺れたようである。
「いやぁ、来れたら来ます」
「それはな、いかに時に言うのだ。来い、教室には顔を出さなくていいからこの学校の七不思議になるくらい来い」
「俺は座敷わらしかなんかですか?保健室には来ようとは思いますけど、保健室迄来たらクラスまで行かざるを得ない気がする」
「無理しろとは言わん。君の問題でもあるが君のアシストはしようと思っているのだよ。だからぼちぼち来たまえ」
「まぁ、ぼちぼち来ます」
かたん、とコーヒーを片付けてカウンセラー室を閉める。話している間に大分人が少なくなって人の目気にせずにいられる。先生と別れを告げて俺は独りポツンと校門にいった。