LIU:2015-ボクっ娘ロリ少女のお仕事
「全員集まったか?」
「おそらく」
聞き慣れない声に緊張を高鳴らせながら、努めて平静を装うようにボクの身体にはふた回りほども大きい椅子にもたれかかる。
おそらく全員が深い知り合いではなく、その上に変な格好をしている人ばかりのために、微妙な空気がボロ小屋の中に流れていた。
とある価値のある本を強奪するための集まりだけれど、どうにもマトモそうな人がいないように見える。
「……点呼でもするか」
えっ、何のためにだろう。
この小屋に集まるのは五人という話で、この場にいるのも五人。 うん、ボクには点呼の意味が分からない。
「一」
誰か何か言えよ。 という空気の中で、一人の女性が手を挙げた。
ゴスロリというのか、黒と白が可愛らしい服装の女性が表情を変えないまま点呼に答え、手を下ろす。
「正体がバレないように、それになるべく目立たないように」と上司から指令を受けていたので、緊張していることが分からないようにゆっくりと手を挙げる。
「にー」
あ、変な声が出た。 ピンチであると思ったが、案外誰も興味を持っていないのか、直ぐに目線は逸れた。
流石はボクの変装能力だ。 ブッカブカの着ぐるみを着ているので背丈がバレることもないだろう。
その上に、中がすっかすかなので着ぐるみの中でペンライトを咥えてメモを取ったりスマホを弄れるという優れものである。
「三」
ボクを除けば一番マトモそうな老人……黒のスーツに山高帽という服装の男性が手を挙げた。 一見マトモに見えるけれど、室内で帽子を被りっぱなしの老人なのに常識のなさそうな人である。
「四番! バッター私!」
テンションの高い学生のらしい女の子が元気よく手を挙げる。 ボクよりは大きいが背も低く……もしかしたら同い年ぐらいかもしれない。
「五。 ……全部で五人か。 見れば分かるが」
点呼を取ろうと言い出したパーカーの男がそう締めくくる。
服装のせいもあるだろうけれどーー五人なのに点呼とか言い出したり、色々と抜けてそうな人だ。 正直なところ「大丈夫かな、この人」と思ってしまうが。
実のところ、ボクは潜入しているスパイなのでこれぐらいの人が仕切ってくれる方がありがたい。
潜入も簡単に出来たし、センキューアホ。 フォーエバーアホ。
ボクがパーカーの男に感謝していると、パーカーの男が勿体振った感じで口を開く。
「事前に話した通り、今回の獲物はかなりヤバい。というわけで、普段ならありえないが共同戦線だ」
これはちょっとメモをしておいた方がいいかもしれない情報である。 普段はあまり関わりとかないのか。 この言い方だと、この男に限らなさそうである。
ゴスロリの可愛らしい服装の女性が手を挙げた。
「報酬の分配はどうする?」
「報酬は等分だ。今回はそれぞれが作戦を展開して、様々な角度から仕掛ける必要がある。全員にリスクがあるからこそ実行可能な作戦というわけ。誰かが探し出せた時点で作戦はクリア、捕まった場合は自己責任で頼む」
ふむふむ、と小さく頷く。
「失礼ですが、作戦に参加せずに報酬だけもらおうとする輩が出てくるのでは?」
老人がボクを見ながら尤もなことを言うが、スパイなんで元々マトモに参加する気がないので困る。
「それは心配無用。一応監視役も用意してあるから、サボってたらわかる」
ええ、もしかしてホテルでゴロゴロしたり、せっかくの遠征なのに観光することも出来ないのか……。 いや、うん、報酬いらないし、元々成功しないだろうからどうでもいいか。
監視役は適当に対処して、観光をエンジョイしよう。
「えー! あんたが用意した監視役なら、あんたがサボっても見て見ぬふりするかもしれないじゃん!」
と学生の女の子が言う。 ふむ、尤もである。
というか、同じ人数だけの監視役を付けるぐらいならその人達で探せばいいのに。 二度手間のような気がする不思議だ。
「わかってる。だから、俺の報酬はいらない。というより、今回は俺が報酬を出す側になる」
そろそろ飽きて来たので帰ろうかな。
「というと?」
ゴスロリの女の子が口を開く。
こういう格好可愛いなあ。 ボクも女の子なので一度着てみたい憧れもあるけれど、流石に勇気が足りない。
「俺がその本を買い取る。処理のルートを考えなくて済むし、好都合だろ?」
ぼーっとゴスロリちゃんを見ていると、パーカーの男が何か言ったのかみんなで真剣そうな顔をしているけど、聞き逃してしまったので適当にボクも真剣っぽい顔をしておく。
「金ではなく、その本が目当てというわけですか」
「そういうことだ、ジェントルマン。もちろん俺も作戦を展開する。目的はこの東京のどこかにあるはずのターゲットを探し出し、回収すること。やり方はそれぞれに任せる。何か異存のある者は?」
……それって回収出来たらこの人に渡して分割された報酬を受け取るより、どこかに流した方が余程いいのではないだろうか。
ボクにはそんなツテはないけれど、他の人は一応プロの「ブックハンター」という職なのだから、個人で売ることぐらい出来そうなものだ。
とりあえず、終わる直前にはなってしまったが、着ぐるみの中から無音カメラで集まっているメンバーの写真を撮っておく。
「一つだけ質問させてくれ」
「なんだ?」
「その本は一体なんなんだ?」
「噂では“コロンシリーズ”と呼ばれている。最近東京に持ち込まれたという情報が入った」
「どんな内容?」
「“この世に存在してはいけない物語”だそうだ」
パーカーの男のドヤ顔がボロ小屋の中で輝いた。
少し思ったけれど……この人がお金出すんだったら、先に報酬の額を言うとかないのだろうか……。
色々と抜けている会は終わり。 微妙な空気の中解散した。
しばらく歩き、他のメンバーが見えなくなったところでボクが着ている変装の服ーー何故か倉庫にあったカエルの着ぐるみーーの中で、ゴソゴソと動き、半ズボンのポケットから携帯を取り出して、着ぐるみの中で電話をする。
「あ、先輩ですか? なんか会議終わりました。
はい。 はい。 えっと、報告はあとでしますけど、何か監視役を付けられてるみたいなのでそれの対処ーー。 あ、終わってました?
じゃあ着ぐるみ重いので向かいに来てもらえませんか?」
スマホの無音カメラで撮った四人の画像と録音していた会話内容をメール添付して送る。 少しして、仕事用ではなく普段使いしているスマホでしてしまったことに気がつく。 あとで謝らないと……。
スマホをポッケに戻そうとしたところで、着ぐるみの重さにバランスを崩して倒れる。
「痛いです……」
そのまま立ち上がろうとするが、着ぐるみの重さとブッカブカのせいで上手くバランスが取れず立ち上がることが出来ない。
「えっ、もしかしてこれ動けない」
ボクはなんとかして立ち上がろうとするが、着ぐるみ内ではほとんど動くことが出来ずにもがくだけである。
しばらく着ぐるみの中でゴソゴソと動き回り、疲れて体力がなくなった頃に仕事の先輩に回収された。
恐ろしく大変なスパイの仕事はこうして終わりを迎えたのだった。