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軋世の本心

「すまない、一人で連塔の監視をさせたのは、ボクのミスだった」

 遼子に向けてそう言った軋世。

「ですが、今回のことで相手も動きにくくなったんじゃあ……?」

「こういう問題が起こっても対策を考える時間を与えるだけだ。次に同じ状況になったとき、太刀打ちできるかどうかも分からないし……」

 軋世は言う。続きを言うのをためらっているかと聞こえるだろうが、これは軋世のクセである。重要な事を言う直前はこうやってためてから言うのだ。

「次もボクがちょうど良く電話をかけれるか分からないしね」

 そう言うと遼子は体をビクッとさせた。

「そうですよね。あそこで軋世さんが電話をかけてくれなきゃ……」

 あのタイミングで電話をかけることができたのは本当に運が良かった。そのおかげで遼子が一人で警察の事情聴取を受けるような事態にはならずに済んだのだ。

「ありがとうございます。でも、あの男二人に迫られた時、あそこまで取り乱したのは半分は演技だったんですよ。軋世さんが来てくれたおかげもありますが、私もちょっとした女優じゃなかったですか?」

「あれは演技だったのかい? 驚いたよ……」

 軋世は笑って言う。

 軋世の力がなくなったら、自分は無力な社会不適合者である事は重々分かっている。だからこそ、自分に価値を与えてくれる軋世に遼子は絶対の信頼を置くのだ。

「世界が崩壊したあとも私の事を必要としてくれますか?」

 遼子は軋世に体を預けながら言う。

 小さく囁くような声を聞き、軋世はドキリとして少し平静を欠いた。

「ああ……君の事はこれからも頼りにするよ」

 軋世が遼子の言葉にそうやって返す。遼子はその言葉を聞いて言った。

「嘘でも嬉しいです……」

 その言葉は軋世の胸に刺さった。なぜこの言葉を嘘だと思うのだろうか? そこまで自分は遼子に信用をされていないのだろうか? そう考え胸が痛んだのだ。

「あなたはきっとこの世界を滅ぼす。そんな大悪人が私のような役立たずにいつまでも優しくしてくれる訳ないじゃないですか……」

「そんな事はない……」

 軋世は言う。それは心の底から言った言葉だった。

 軋世は、この世界を滅ぼし、生き残るのは自分達だけになるように計画を立てている。もちろん『自分達』という部分には、遼子だって含まれるつもりである。

「俺のことを信用してくれ……」

 軋世は言う。軋世の言葉の真意は遼子には伝わらなかった。遼子は、軋世に向けて笑顔を向けながら言う。

「もちろんです。あなたは世界を滅ぼせます。だから私は命を賭けてでもこの計画に参加しようと思ったんです」

 そのずれた返答に軋世は沈黙で返した。

 自分は仲間からも信用をされていない。確かに自分は世界を滅ぼそうと考えるのは大悪人だろう。だが、そのために仲間を助ける気持ち、一緒に力を合わせて歩んでいくという気持ちを忘れたわけではない。

 だが、軋世は考え直す。

 自分はそうだから信用をされるのだ。世界を滅亡させる大悪人だからこそみんな自分を慕うのである。

『俺は悪人を演じるべきなんだ……』

 軋世はそう思い直した。いくら仲間の事を考えても、結局は何億人もの人間を殺そうとしている大悪人だ。

「そう考えているなら、今からボクに忠誠を誓っておくべきだね。そうしないと、どこかで捨てられるぞ」

 軋世は言った。それは遼子に対する嫌味のつもりだった。こんなに皆の事を考えている自分の事をそんな風に言われて、軋世も少なからず気が悪くなったのだ。

「あなたは忠誠を誓っていようといまいと用無しになった人間は殺すでしょう? そんなの関係ないですよ」

 遼子はさらに言う。それに、軋世は憮然とした顔をした。

「でも私はあなたの事は好きですよ。『死ね』と命令してくれたらいつでも死んでみせます。それが、この世界を滅ぼすためであれば……」

 遼子はそれから、軋世の耳元でこう言った。

「私なんかの命でよければ喜んで……私はこんな傷だらけになってまで、醜くも生きながらえてます。私を生かしておく方が残酷ですよ。あなたは、そんな事をする悪人じゃないですから」

「さっき、君はボクの事を悪人だって言ったじゃないか……」

 軋世はそう答えた。自分が悪人だと考えられている事には、未だに寂しい気持ちも感じる。軋世は遼子の肩を強く掴んだ。

 この小さくてか弱い肩を、自分は見捨てたりしない。

 軋世はそう考えつつ、遼子に肩を貸して、遼子を自宅にまで送っていった。


「教授……聞きたいんだが……」

 軋世は、教授のいる洋館にまで来ていた。

 周囲に無機質な機械が並び、それらは今は電源を切ってある。

 教授は研究に熱中をしているようで、机に向かいながらその話を聞いた。

「受精卵に薬を注入して優秀な人間を作ったとき、その作られた人間はどうなるんだ?」

「ああ……八幡の研究でそんな事をやっていたな……」

 教授は、机に向かいながらそう言った。

「オヤジをしっているのか?」

 軋世はそう聞く。教授は机に向かいながら言う。教授の背中を見ると肩が震えているのが分かった。

「あいつの研究は画期的だった。そんな優秀な人間を作れるのなら、世界は激変をするだろう……」

 教授はそう言い出した。

「この世界は変わらなければならない。この地球で生きていくことはできなくなってくる」

 環境破壊に資源の散財を繰り返し、どんどんとこの世界の寿命を縮めている。

 この世界の人間の九割を殺せばこの世界は千年先まで地球が存続をする事ができるようになる。

 そのためには、この世界の一割の識者のみを生き残らせ……

 そこまで言った教授はそこでピタリと言葉を止めた。

「とかいう事を言っていた」

 研究を続けて、机から目を全く離さずに言う教授。

「それで『受精卵に薬を注入して優秀な人間を作ったとき、その作られた人間はどうなるんだ?』と言っていた質問の意味なんだが……」

 教授が言うには何を聞きたいのかわからない……との事である。具体的に質問が欲しいと、教授は言った。

「例えば寿命とか……」

「ああ、クローンは寿命が極端に短いというあれか。あれは体細胞クローンの話だろう?」

 教授は言った。

 細胞は無限に分裂を繰り返す事ができると思われているだろうが真実は違う。

「分裂のたびに減っていくものがあり、それが減ると、水分を保つことができなくなったりする。それが老化現象だ」

 教授も細胞学の事には理解があるようだ。教授は続けて言った。

「受精卵に薬をうつくらいの事で老化が早まったりする事はないと思うぞ。君がクローンであるとしたら、十歳まで生きることもできるかわからんしな」

 教授は言う。これまで十七歳まで何も問題はなかったのだから、大丈夫であろうと考える。

「八幡の忘れ形見よ、そんな事を気にするでない。あいつはそんなヘマをする人間じゃない。それよりも、一番気をつけるのはお前の父の八幡のほうだぞ」

 教授は言う。軋世は黙って教授の言葉を聞いた。

 教授は話を始めたら、だいぶ長いあいだ話し続ける。それに途中で言葉を挟むと、かなり気分を害した顔をする。

 教授が話し始めたら黙って聞くのが一番なのだ。

「私と八幡の奴は、この世界を根本から変えようと思っていた。私らは親友だったと思っている。私は麻薬を作って麻薬の中毒者を救おうと思ったんだ。この世界の争いには麻薬が大きく関わっている」

 教授が言うのに、頷いた軋世。

 麻薬の栽培は、貧しい国で行われる。貧しい国ではそれくらいしか仕事がないのだ。麻薬の末端価格から考えると、雀の涙のような給料で、麻薬の栽培をしている人達がいるのだ。

 それに麻薬の売買は、武器を買うのにも使われる。

 紛争中の国が、麻薬を売った金で銃を買っていたりする事も多いのだ。

 この魔法麻薬が一般に出回れば、わざわざ体に異常が起こるのもわかった上で危険な麻薬に手を出そうとする者はいなくなるだろう。

「私はそう思って魔法麻薬の研究に没頭しているのだが周囲にそれが理解をされずに、学会から追放されるような事態になった」

 そう言うと、教授は手を強く握った。

「私の研究は人を救う研究だったのに……なぜ……理解されんだ!」

 強く握った両手を掲げながら、教授は言った。その芝居がかった行動を、軋世は黙って聞いていた。軋世はその言葉を聞いて胸がチクリと痛むのを感じた。世界を救うための研究をしている教授の研究成果が、世界を滅亡させるために使われているとなれば、教授はどう思うだろうか?

「教授……あなたが学会から追放された理由は……」

 本当の理由を軋世は知っていた。

 教授の研究が成功して、魔法式の麻薬が一般に回るようになれば麻薬が売れなくなる。

 麻薬の売買屋が学会の中心人物に金を握らせて教授を追放処分にしたのだ。軋世はこれを教授に教えるか? どうかを悩んでいた。

「いえ……なんでもないです」

 どの道、今教授が知ってもどうしようもない事だ。そう思い、教授の言葉の続きを待った。

「八幡も嘆いておった。こんな世界は無くなってしまえと、滅んでしまえと……」

 教授は言う。

「私もそう思っている。こんな世界に復讐をしたいと思う。結局この世界は権力を持った者が勝ちなのだ。世界を救う気持ちなどこれっぽっちも持ち合わせていない奴であろうと、うまく立ち回ったやつが世界を作っていくのだと」

 教授はそれで軋世に視線を向けた。

「あの時『一緒に世界を滅ぼそう』と声をかけてくれた八幡だったが、あの頃の私は、その申し出を断った。そもそも、世界を滅亡させるなんて事がそう簡単にできるわけがないとも思ったからであるが……」

「思えばあそこが研究者としての死の瞬間であると思った。これから自分はただの一老人として生きていき、世界を変える事などとてもできない明日の飯の心配ばかりをするゴミのような余生を送っていただろう」

 研究費用と場所を要してくれた軋世には本当に感謝をしていると言う教授。

 だが、軋世はその言葉を素直に飲み込む事はできなかった。

「もしボクが、世界を崩壊させるためにあなたの研究を使っているとしたらどう思いますか?」

 軋世は言う。教授はその言葉にピクリと反応をした。

「それは素晴らしいことだと思う。私はこの世界に未練はない。結局私には世界を変える事はできないからな。ならば、この世界は滅んでしまえばいい」

 教授が言う言葉に、むしろ軋世のほうが驚いた。

「君の事を私が分かっていないとでも思っているのかね?」

 教授は言う。皺のよった顔を軋世に向けながら言う。

「私は君の事を十分理解した上で研究をしている。私はさきほどの麻薬が完成した瞬間に消されるのではないだろうか? と思っていたのだが、君は私を殺そうとはしなかった」

「分かった上で研究をしていたのですか?」

「それがどうした?」

 軋世は動揺して聞いたがむしろ教授はその言葉に対し聞き返した。教授も軋世が残酷な人間であると思っている。何億人もの人を殺す悪魔であるというのに教授は彼の事を助ける研究をしていたのだ。

「俺にはあなたの事が分からない……」

 軋世は教授に向けて言った。それに驚いたのは、むしろ教授の方だった。

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