遼子の危機
「監視は解かれました。もう大丈夫ですよ」
一緒に喫茶店でお茶を飲んでいるところ、遼子が言い出した。
さっきまで遼子と恋人のふりをしていたのをいいことに、軋世は遼子にいろんな事を聞いていた。
好きな飲み物はコーヒーか? 紅茶か?
得意料理などはあるか?
いままでに付き合った男はいるか?
完全に面白半分で聞いてくる軋世の質問に、どう答えたらいいか? といった感じで遼子はドギマギしながら答えていった。
そこに、遼子は連塔が軋世の監視をやめたのを感じ取りそう言ったのだ。
「もう、恋人のフリはいいですよね?」
そう言ったあと、遼子は紅茶を口につけた。
「もう少し、君の事が知りたかったな」
そう言われると遼子の顔は一気に赤くなった。それを見て小さく笑った軋世は席を立つ。
「それじゃあ、これから遼子はあの連塔の事を詳しく調べておいてくれ。いいね?」
「もちろんです。あいつは今までの奴らとは違いますもんね」
遼子がそう言い軋世は頷いた。
連塔は軋世にとって初めての敵だ。いままでは敵を作らないようにして計画を進めてきたのだがついに気づく者がでてきたのだ。
「これくらいは想定済みだ……」
軋世が言う。無表情でそう言う軋世を見て遼子はそれを頼もしく感じていた。
「あなたならきっとやれる」
遼子が言う。
「当然だ」
こともなげにして言う軋世を見て、遼子は信頼をさらに深めたのだった。
遼子は連塔の監視にまわった。
遼子はいままでいろんなところで軋世の役に立っている。鳥実の事だって、遼子が調べてきたのだ。
腐敗した官僚で賄賂や女の斡旋なども何度もしている。国家機関に組みいるのには打って付けの人材だった。
世夜を抱かしたり賄賂を贈ったりして上手く取り入ることができた。今では、鳥実は誰よりも信頼の置ける部下の一人であると軋世の事を認識している。
「いままでが上手くいきすぎていたのか」
そう考えると、軋世は不意にこの状況を面白いと感じ始めた。
「当然、連塔は出し抜く、計画を邪魔させたりしない」
そう口に出すと軋世はさらに今の状況を面白いと感じ始めた。
やはり、自分はこういう人間だと考える軋世。障害が無いとつまらない。張り合いが欲しい。
軋世にとっては、敵が出来たことは嬉しいことである。
「遼子がどれだけ働いてくれるか……?」
軋世のため。そして世界の崩壊のためを思えば、彼女は手を抜かないだろう。
だが軋世は考えた。遼子はたしかに手を抜きはしないが、それは連塔に気づかれないという意味ではない。
しかも、さっき軋世の事を見張っていた連塔は遼子の顔を知っているはずだ。うかつに近づいたら遼子は連塔に見つかってしまうのではないか? と考えた軋世。
軋世は遼子に連絡を取るため携帯に電話をかけた。
「遼子……無事か……?」
そう一番に聞く軋世。
『それが……あんまり無事ではありません……』
そう言う遼子の声には、焦りの色がうかがえた。
「君は確か遼子といったな……」
遼子は千里眼の魔法で連塔の事を監視していた。だが、その最中に後ろから声をかけられた。
ここはマンションの階段の踊り場。古いマンションであり、侵入にカードやパスワードを使った認証など必要ないところだ。
遼子はそこに侵入して、五階の階段の踊り場から、連塔のいる庁舎を監視していたところだったのだ。
「なんの御用でしょうか?」
遼子が後ろを振り向くと、連塔のようにキッチリとスーツを着た男が二人いた。
そこに電話が鳴る。遼子は名前を見てすぐに電話を取った。
「それが……あんまり無事ではありません……」
すこし電話を聞いたをあと、遼子がそう言うのを聞き男たちは疑いの目で遼子の事を見た。
「あの……電話を代わってもらえますか?」
遼子は怯えた声で言う。男達はそれで電話を代わった。
『どうもどうも遼子が何かをしましたか?』
軋世が言う。電話の相手の印象をよくするため努めて明るく言った。
「国の重要施設をこっそりと覗いていたんでね。事情聴取をしたい」
男がそう言って、遼子を「きっ……」と睨んだ。
涼子はビクリと体を震わせる。
『遼子は、昔のトラウマで、男に近づかれると発作を起こすんですよ。遼子から離れてくれませんか?』
そう言う軋世。男たちは一度遼子をギロリと睨んだ。
そうすると遼子はさらに怯えた。
『とにかく私がそっちに行きます。遼子には近づかないようにしてください』
軋世がそう言う。二人はそれで考え片方が電話をした。
「連塔さん、さっきの女の子ですが……」
そう言う男。
「やはり確保を? そうですね。分かりました」
その男は短い通話をした。最後の言葉はこれで終わったのだ。どうやら遼子はこのまま解放されることはないようだ。
「キミを待っている時間はない。とりあえずこの子は確保をさせてもらう。キミもあとで呼び出すからな……」
それで、電話を切った男。遼子に方に目を向けた。
遼子はそれで、必要以上に怯えていた。
「い……いや……」
そう言い後ろに下がった遼子。男達は遼子に近づいていった。
「嫌でも来てもらえって話だ」
また遼子の携帯が鳴った。そこにいる三人はそれを無視していた。
「いやぁぁぁぁぁああああ! 来るな! 来るな!」
取り乱した遼子。手足をバタつかせて思いっきり暴れだす遼子を見て、二人の男はひるんだ。
男の一人は、急いで遼子の落とした携帯を取った。
『やっぱりこうなりましたか……聞こえますよ。遼子が取り乱しているんでしょう?』
軋世は、電話をとった男にそう言った。軋世が走っているのが分かる。
『今は駅です。どこにいるか教えてください』
軋世が今改札を通ったのが音でわかる。
それから男達は軋世の事を待つ事になった。
「もう大丈夫……もう大丈夫……」
軋世がそう言いながら遼子の手を握っている。そうすると遼子は少しずつおちついていき、軋世が背中をさすると表情も和らいだ。
「それで? 何か質問はありますか? ないなら一度遼子を病院に連れていきたいですがよろしいですか?」
軋世は言う。
『とにかく軋世という少年が到着する前に動け。君らじゃ彼には太刀打ちできない』
二人の男は電話で連塔からそう聞かされていた。『太刀打ちできない』とはいうものの、軋世の見た目はただの高校生だ。顔はいいが、自分達を叩き伏せる事ができるほどの男には見えない。
「君が軋世君か?」
男の一人がそう聞いてきた。軋世は目つきを鋭くして答える。
「なんでボクの名前を知っているんですか?」
軋世が言う。それに驚いた男達は少したじろいだ。
「君が我々の質問に答えるのが先だ!」
そう言う男。軋世はそれで舌打ちをした。
「なんだ? その態度は?」
軋世の様子を見てそう言う男。
「あなたこそ……人から話を聞きたいなら、もうちょっと言い方ってもんがあるでしょう?」
そう言う軋世。
「なんだと? 警察に向けてそんな口をきくなんて……」
そこまで言ったところで、もう一人の男が止めた。軋世が言うとおり横暴な態度を取る警察はあまり好まれない。
「あなた、名前を何と言うんですか?」
軋世が言うのに警官はたじろいだ。
態度の悪い警官がいる場合、警察署に電話をして文句の電話をかけることができるようになっている。
その電話が頻繁にかかってくるようだったらその警官は僻地に飛ばされる事もありえるのだ。
「まあ待ちなさい君。いくらなんでもうちの事をのぞき見なんかしていたら、私達だって穏やかじゃいられないからね……」
そう言い出す男。連塔から聞いた『太刀打ちできない』という言葉の意味はこうであるというのを、こっちの警官の男は感じ取ったのだ。
「事情聴取をしたい。まずは君らの名前を教えてくれ」
「八幡軋世。こっちが陽志遼子……」
憮然とした顔で、軋世は答えた。その態度に苛立ちをかんじたものの警官は怒りをぐっと堪える。
「陽志君がうちの事を覗いていた。これには君も関与しているのか?」
警官は言う。答えにくい質問であると警官は思っていたが、軋世は躊躇を全くせずに答える。
「はい、そうです」
あまりにも簡単にそう答えるので男二人も面食らった。
「あなたたちのところに、連塔 いさきという人はいませんか?」
そう軋世が言う。
「それは答えられない。警察の内部の事情を外に人にもらせないからな」
そう答える警官。軋世はそれにもかまわずに話し続けた。
「あの男、どうもボクの事を監視しているようで、腹が立ったんですよ」
軋世は、それから警官達の返事も聞かずに話しだした。
「オヤジの事が原因なんだろうけど、だからといって一日中監視することはないだろう? オヤジのやった事はボクには関係ない!」
いきなりそう言い出す軋世。男達はうろたえだした。
「彼女が教えてくれたんですよ。ボクの事を監視し続けている警官がいるって!」
軋世がそう言うと、その男達はさらにたじろいだ。
これは、ただ単に文句を言っているだけなんじゃないか? そう思えてくる二人。もし、そうであれば、こっちのほうが謝らなければならない状態になりかねないのだ。
「この事を問題にしたいんならどうぞ、徹底的に戦ってみせますからね!」
お役所の嫌いな『責任』と『苦情』の話だ。これを言われるとお役所は弱い。
『彼は狙ってやっている……だまされるな……』
そう連塔から言われているものの、こうなってしまえば結局はただ食うために警官をしているだけのこの二人にはそれ以上の事を言う気は起きない。
軋世が世界を崩壊させようとしている危険な高校生である事を疑っていても、結局は自分の保身と明日のメシの事がこの二人には最優先事項だ。
「質問はもういいですか?」
軋世はそう言う。そう言いながら遼子の肩を取って歩いて行った。




