特務呪法科
「やっぱりこうなった。今日は非番にしておいてよかったよ……」
鳥実が言う。鳥実は、こういうところであるというのを分かった上で軋世をここに連れてきたのだ。
「どうだい? 想像と違う場所だろう?」
『こんなところに来たいというのかい?』と、目が語っていた。
「びっくりです……まさかここまでとは……」
特務呪法科の面々は危険なものを扱っているという自覚など、皆無である。左遷先であるとは聞いていたが、ここまでの所だとは思っていなかった。
「まあ、ここに来る前からこんな感じではなかったんだろうけど、この『人生の墓場』に送られて、腐ったっていう感じじゃないのかな?」
それを聞くと軋世はピンときた。そういう経緯があるのなら、世界を恨んでいる。
この世界に対して、なにか不満でもあるなら、もしかしたら、自分の計画の仲間を、この中から探す事もできるかもしれない。
「この子が鳥実さんが前に言っていた、優秀な学生ですか?」
軋世がそこまで考えたところで、そう声がかかった。
特務呪法科の面々は、それを見ていきなり仕事をし始めた。まあ、書類を作るふりや、コンピューターに何かを打ち込むふり、などである。
それを見ると、この声の主は、それなりの実力者なのだろうということが分かる。
「初めまして、八幡 軋世です。よろしくお願いします」
そう言い、握手をするために手を伸ばす軋世。声の主は、それを笑顔で握り返してきた。
「連塔 いさき(れんとう いさき)だ。よろしく」
その男はなかなかの好青年といった感じである。
軋世は、その男のことを見た。
背は高く、腕を見る限り体は鍛えられている。だが、もともとが細身なのか? スーツを着ると、中肉中背の体にしか見えない。
だが軋世は本能的に彼は自分の敵である事を感じた。
「どうだい? 職員達の居る前でこんな事をいうのはなんだが……君はこんなところにくるべき人間じゃないよ」
職員の前で言うのなんだが……とは言ったものの、特別に臆面もなく言葉を言った。
この男はかなり挑発的であるか? それともただの空気の読めないバカか? のどっちかだ。
おそらく前者であろう。軋世は、その男の目つきを見て、そう感じた。
周囲にはまったく気を配っていない。明らかに軋世ばかりを見ている。
「なにか付いていますか?」
軋世がそう言う。そうすると連塔は、頭を降った。
「いやいやなんでもないよ」
連塔はそう言って、軋世から、顔を外した。
「もしかして、高校のチェス大会で優勝した子なのかな? って思って……」
「何を? 私が教えたはずだ。彼はチェスの大会で……」
鳥実がそこまで言うと、連塔は、鳥実の事を見た。その視線に、言葉を止められた。
「そうです、見ていたんですか?」
軋世は鳥実の言葉など聞いていないようにしてそう言った。
「チェスは私も大好きなんです。一局いっしょにしませんか?」
「そうですね……」
連塔と軋世はそう言い合った。最初から、連塔はこういう話に持って行きたかったのだろう。
連塔はカバンからチェス盤を出し、近くの机に並べていった。
「君はどうして、特務呪法科に?」
チェスのポーンを動かしながら聞く連塔。軋世もそれに答える。
「禁呪を扱っているなんて、すごいと思いまして……私も禁呪を目の当たりにしたいと思っていたのです」
軋世はそう答える。本当の理由を言うわけにもいかず、硬くなりながらそう答えた。
「ふーん……それじゃあ、この惨状を見て、どう思ったかな? これでも、この科に入りたいかい?」
軋世はそう言われて唸った。
禁呪が欲しければ、ここに、わざわざ来なくても、このザル警備を抜けて、好きに禁呪を盗み出せそうである。
ここに入るような必要はない。もっと権力を得れそうな場所に入って、そこで顔を繋ぐのがいいようにも思える。
「ちょっと、考え直したくなってきました……」
軋世がそう言うと、この特務呪法科の面々はそろって、軋世の方を見た。
「禁呪への興味は、もうないのかい?」
連塔がそう言う。軋世は、それに唸って答えた。
「ここで言うのはちょっと……」
軋世は答える。
「まあ、いいじゃないか? 聞かれたところで困るような事ではないだろう?」
連塔は言う。
「私はあなたとは違います。ただの学生の身分で好きなことを言ってはいけませんよ……」
軋世が言う。その言葉に、納得をした感じの連塔は頷いた。
「そうだな……君と私とでは、立場が違うね」
そう言い、周囲を見回した連塔。
連塔の視線から避けるようにして、この場にいる職員たちは自分の机に目を向けた。
「なら、こう聞き直そう。禁呪に対する興味はなくなったかい?」
連塔は言う。
どうやら連塔は、軋世の企みに薄々感づいているという感じだ。軋世はそれを感じながらも言う。
「興味は……まだつきません。ここには歴史を変えるような強力な魔法たちがあるわけでしょう?」
そう言い、軋世はチェスの駒を動かした。
軋世の返事に頷き満足そうな顔をする連塔。この顔はフェイクか? それとも、本当に軋世の言葉に満足をしたのか? それは、よくわからないところである。
『読めないな……この男……』
軋世がそう考え、連塔の事を見る。そうすると、軋世が動揺をしたのを察したのか?いきなり笑顔になって軋世の事を見始めた。
「どうしたんだい? 君の番だぞ?」
そう言い、チェスボードを見た軋世。
「これは……」
気づかないうちに、連塔の駒はいい場所に進んでいた。すぐにでもチェックメイトされそうな布陣だ。
「こうなるまで気付かなかったのか……」
自分が連塔に動揺をさせられているのであるという事が、チェス盤を見て分かる。普段の自分なら絶対にしないミスや、自分でも何を考えたのか分からないような場所に駒が置かれていたりしている。
「テレビで見たときは、君はこんなものじゃなかったぞ」
連塔はわざとらしく笑って言う。こんな話をされて、動揺をしないなんて、無理じゃないだろうか? と、軋世は思う。
「今日は調子が悪いみたいです……」
そう言いながら、頭の中ではこの状況からチェスで勝つ事を考えるようにする。
「調子が戻ってきたね……」
連塔は言う。
軋世は、集中してチェスの駒を動かした。
「そうそう、すごい集中力だ……」
連塔はそう言い出す。
「ある化学者がさ……どんでもない実験をしたんだよ……」
チェスをしながら、連塔は言う。軋世はその言葉を聞き流した。軋世はチェスに集中して話半分に聞いていた。
「人間の受精卵に、ある薬を注入するんだよ。そうして、人間の細胞に働きかけて、その子供を優秀な人間にする……」
それでも集中をして、チェス盤に集中する軋世。それでも連塔は話を続ける。
「それって、非常に危険な事だと思わないかい? 他の人とは違い、抜群の能力を持つ子供なんだよ。そんなのが生まれたら、私達のような仕事は、そういう奴らにとって変わられるだろうし、手術で力を得た優秀な奴らが、幅を利かせるようになる」
軋世はそれを聞きながらも、無表情でチェス盤を見つめた。軋世が駒を動かすたびに、連塔は顔を歪めた。
「今はチェスの事しか考えられないだろう。だけど、君は後になって思い出す。私に言われた事が、どういう意味か? 君なら簡単に理解できるだろう」
どんどんと駒を落とされていく連塔。
だが、軋世は無表情で駒を動かしていく。
「チェックメイトです」
軋世は言う。連塔は、その状況を見て、諦めたような顔をして言う。
「確かにその通りだ。私の負けだ」
連塔は両手を上げながら言う。
「何を言っていたかわかりませんが、勝負の最中に何かを喋っていては、負けるのは当然ですよ」
軋世は言う。
「そうだね……」
連塔はそう答えた。
「いくら学生とはいえ、大会優勝者には勝てないか……」
連塔は諦めたような顔をして言う。
今は無表情をしている軋世。だが、彼の心の底では、葛藤が渦巻いているのだろう。
連塔は、軋世は確実にこの話を思い出して、思い悩むだろうと、考えていた。




