当夜
「よう、八幡」
軋世は、道を歩いているとそう声をかけられた。
「相変わらずシビれるな。遼子はあれで、あんたの事をさらに惚れ直したぜ」
そう言うのは当夜である。
当夜は飛行の魔法を使える。空を自由に飛ぶことができるのだ。
今は、軋世は遼子のいなくなったアパートの廊下にいた。その軋世を見下ろす場所で浮かんでいる。
「そんな事を狙ったんじゃない」
軋世は言う。
「だがよう……女子たちにお前にメロメロじゃねぇか。背が高いイケメンの男なんて、いい買い物だと思うぜ。将来有望だしな」
「将来ね……この世界に将来があればいいんだけどね」
将来の事を考えるなんて、この世界を崩壊させる気はあるのか? と、考える軋世は、嫌味ついでにそう言った。だが、当夜は語りだした。
「将来があるのは俺達だけなんだろう? もしかしたらお前だけかもしれないけどな。お前は何を考えているかわかんねぇし、俺の事を、どっかで切り捨てるかも……」
当夜が言う。そう口で入っているものも、顔はほがらかな笑顔のままだ。軋世は表情を無表情にして聞く。
「随分と、俺は信用をされていないんだな?」
そう軋世が言うと、当夜はケラケラと笑った。
「信用はしているぜ。お前は世界をぶっ潰す事ができる。俺に優しいかどうか? は別として、その事は信用しきっているさ……」
そこまで言ったところで、軋世は当夜の事を睨んだ。
「俺は、それを聞いて、怒ればいいのか? それとも、悲しい顔でもすればいいのか?」
「そうスネるなって……」
軋世が言うのに、未だに朗らかに笑う当夜。
「みんな気づいていないとでも思っているのか? お前の事なんて、みんな把握した上でお前についてきているんだ」
軋世はそれを聞いた。当夜は笑いながら言う。
「お前は、仲間なんて、ただの使い捨ての道具だって思ってる。必要がなくなりゃ切り捨てるし、使えるうちは、とことんまで使う。お前が選んだ『仲間』達だぜ。お前の見立てで集められた仲間にバカはいない。それくらいを読む事くらいはできるさ」
軋世は無表情になって聞いていた。当夜はそういいつつも朗らかな顔をしていた。
「まあ、世夜は別だろうがな。あいつは本気でお前の事を慕ってる。愛しちゃってる」
当夜は言う。軋世は、未だに黙ってそれを聞いていた。
「だが、俺達にも一つだけ分からないことがあってな……」
当夜は言った。今は笑顔をするのをやめて、黙考をしているような顔をしていた。
「お前が世界を崩壊させようとしている理由ってなんなんだ?」
「世界は不浄に満ちている。己が欲望にはしり、このままでは世界の自然はすべて消え、滅亡すると分かっていながら、それでも己が欲望に突き進む人類に、終止符を打つ事こそが正義だ」
軋世は言う。、だが、その返事に納得している様子ではない当夜は言う。
「それがわからねぇ……そんな事で、自分のエリートコースを歩く人生を棒に振ってまでこんな事をするか?」
軋世はそこで初めて表情らしいものを見せた。驚いたような顔で、目を見開いたのだ。
「世界レベルの問題だぞ……」
「だから世界のために、命を懸ける人間なんていないんだよ。そんな慈善家なら、とうの昔にアフリカに行って、恵まれない子供達のためにボランティア活動でもしているんじゃないか?」
「それこそ、そんな奴はいないだろう? アフリカにまで行くなんて、よほど、財力と行動力がなきゃな……」
当夜はそれを聞いて、唸った。
「ホント分かんねぇな……」
当夜は言って、空に浮かんだ。
「とにかく、今はお呼びじゃないらしいな。遼子が、『お前が危険なこと』をするって聞いて、文字通り飛んできたんだが……」
そこで言葉を止めた当夜。
「ああ、お前達をがっかりさせるような事はしないさ……」
軋世が言う。当夜は眉をひそめて言った。
「お前は『心配しなくてもいい』くらい言えないのか? 遼子は、お前のことを心配していたぞ」
当夜はそう言い、空に飛び立った。
軋世は、この世界を異常なまでに憎んでいる。
この世界の事を見ると、どこかから、異常な怒りがこみ上げてくるのだ。
「この世界は腐っている……誰かが浄化をしないと……」
そう思いながら、軋世は周囲を見回した。
軋世は、何の理由もなしにそう考えていた。この世界の何者にも全て、怒りを感じるようになっており。行き交う人々の顔を見たり、人間の建てた建物を見るだけで、胸に怒りがこみ上げてくる。
『理由なんて必要ないはずだ……』
当夜に言われた言葉が、軋世の胸につかえていた。これは命を懸けるくらいの価値がある事である。
人間を滅ぼす事は、何にも変えられない解決策だ。
「様子でも見に行くか……」
軋世は、歩いて行った。その先には、魔法技術の研究所がある。そこにまで行って今の進捗状況を調べに行くのだ。
「おや、よくいらしたな。お若いスポンサー殿?」
軋世は、町のはずれにある洋館にやってきた。周囲は田園になっているが、その田には草が伸びきり使われている様子はない。
誰も住んでいないように見える外見がボロボロの洋館であるが、これはここの住人がズボラで一切の改修工事をしようとしないからである。
だが内面には金をかけてある。何億もするような機械が所狭しと並んでいるのだ。
洋館の中に入ると、中は天井から床や壁まで鉄板を取り付けられていた。これは強度のためらしい。震度七の地震が起きてもビクともしないと、ここの住人も言っていた。
その家の中に、頬のこけた男がいたのだ。その男は、呪文の書かれた紙を持ち、それを、床に並べているところだった。
「手伝おうか?」
「いやいや、助手は足りてるからな。この子も筋がいい。私もこんな妻が欲しかったな。理解があって、私の研究を手伝えるくらいのそれなりの頭もあって……」
そう言って、その男は、世夜の事を見た。その世夜は紙に何やら文字を書いているところであった。
「こんなちゃちな魔法を作ってばかりだと、ストレスがたまるけどな。もっとど派手なものをドーン! と、作りたいもんだ」
その男は大きく腕を広げながら言った。リアクションがやたらと大きいのが、気になる男だ。
この男は、昔大学の教授であった。だがこの男のしている研究は危険なものであるとして、学会から永久追放をされたのだ。
「私の研究は画期的だったんだぞ! 魔法式の麻薬で、中毒性がなく、体への悪影響も皆無で、快楽もマリファナよりも高い! ヘロインにも負けないと、私は思っている!」
そう、自分の研究の事を話し出す教授。
軋世はそれを黙って聞いていた。この教授の研究にはお世話になっているし、これから、禁呪を手に入れた後には、この作戦の要の研究になるのだ。
「まあいい……とりあえず、私のやる事は決まっている……」
そう言い、持っていた紙を床に並べた。
「最後……」
世夜がそう言い、教授に自分が魔法のルーンを書き込んだ紙を渡す。
「ここだ……並べてくれ……」
教授がそう言うと、世夜は紙を指定された場所に置くためにかがんだ。
そこに世夜の尻を掴む教授。遠慮なしに、世夜の尻を掴んで撫で回した。
世夜はそれくらいの事には、慣れたものである。その行動に何の反応も示さず、体を起こして教授に言った。
「これでいい?」
「ああ、そうだ! これで完成だ!」
教授も、ついさっきの事だというのに、何もなかったかのような反応で答えた。軋世は、それを見て、うんざりする……
「私の依頼のものを作っているんでしょう? もっと真剣にやってもらえるか?」
「真剣に決まっている! あんたは、私が遊び半分で研究をしているように見えるのか!?」
そう言う教授の豹変ぶりに、軋世も溜息を吐いた。
狙ってやっているとしか思えない、この二枚舌には、いつも辟易させられるところだ。
「それが新しい商品ですか?」
軋世が言う。
「そうだ! これは快楽を何倍にも増幅した新型だ! そして、あんたの注文した、あの装置も入っている!」
軋世は、この魔法麻薬を自分のコネを使って売りさばくつもりらしい。
この麻薬は、教授のいったとおり、中毒性も体への悪影響もない。それに、まだこの魔法は世に出ていないから違法の品ではない。この魔法が普及することになったら、すぐに規制されるだろう事は、想像に難しくないが……
「これで、また資金が増えるな……こんどは誰を抱き込もうか……?」
そう口に出す軋世。教授はそれを見て、不思議そうにした。
「なんだ? この商品は成功をしたのだぞ? もっと嬉しそうにせんか?」
「この商品に不満があるわけではないんです」
世夜のことを使ったり、この魔法麻薬の売上金で、軋世は多くの権力者を抱き込む事に成功をしている。
本来ならば、この麻薬が作られた事を喜ぶべきなのだし、喜んで当然なのだ。だが、心の底では、これを喜ぶことができない。
なんか、自分の心の中の一部が喜ぶ事を拒否しているように感じたのだ。
「なんだ? 動物実験の結果でもみせようか?」
そう言い、教授はビデオカメラを回し、映像を軋世に見せた。
「このマウスには、麻薬を使ってある。脳内にプログラムが入っているのだ」
教授が言う。ビデオカメラの映像には、一匹のハツカネズミが写っていた。
「そろそろだ……」
教授が言うと、軋世は目を見張った。
突然、映像の中のハツカネズミの頭が弾けとんだ。
「そうだ! この反応だ、当然、この効果は人間にも現れる!」
この教授の作り出した魔法麻薬を使うと、頭の中に、ある魔法式が組み込まれる。
「このスイッチ一つで人の命を操れるなんて、神にでもなった気分だろうな?」
その辺は興味ないといった感じで教授が言う。
「あなたの本分は、麻薬の研究ですからね、畑違いの仕事を引き受けて下さり、ありがとうございました」
軋世が言う。教授は、それでビデオカメラをしまった。
「私の研究を、君がどのように使うか? は、私の知るところではないが、次の研究に入りたい。今度は今までの研究で作り上げた魔法麻薬よりも強力で、快楽も強いものを!」
軋世にとっては、この教授の研究の続きなどは必要ではない。これでもう欲しいものは手に入ったのだ。本来ならば、この教授は用済みだろう……
だが、軋世は考えた。
ここでこの教授を追い出してしまったら、教授がこの研究の事を他の者にもばらしてしまうかもしれない。それに、教授の研究が、軋世の資金源になっているという事実は揺るがない。
「それでは、次の研究に移ってください。これからも期待していますよ」
軋世がそう言うと、教授ははりきって答える。
「まずは、この魔法麻薬の問題点の改善からだ! この魔法麻薬の事を世間に認知させてやるぞ!」
そう言い、「はっはっは!」と笑いながら、教授はこの屋敷の奥に歩いて行った。




