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遼子

「すごいじゃないですか! もしかしたら、特務呪法科に入る必要はないかもしれませんね!?」

 軋世に向けてそう言うのは、右目に眼帯をしている子だ。

 二人は今は、喫茶店にいる。周囲には女性客が多く、軋世とその子が一緒のテーブルに並んで座っていると、カップルのように見える感じだ。

 その子は活発そうなショートカットで、左目には眼帯をしていた。遼子りょうこという名のこの子は、熱心な軋世の信者である。

 この世界を滅亡させる事を手伝う、軋世の仲間の一人だ。

 活発な性格が表に出ていて、この夏のさなか、ミニスカートに半袖のワイシャツという姿だ。

 年齢は、軋世よりもいくつか低いくらいで、笑顔で軋世の事を尊敬の眼差しで見ている。

「義眼を使いな……眼帯をする必要なんてないからさ……」

 軋世は言う。それにその子は首を横に振った。

「いいえ、私の世界に対する憎しみはこんなものではありません……義眼なんか使ったら、この体の中の疼きを忘れてしまいます!」

 そう、大声で言い出すので、普段は冷静な軋世も辟易していた。

「そんな事をこんな場所で言うもんじゃない……」

 軋世は言う。だが、彼女の怒りはこれでは冷めないようだ。

「私はこの世界が憎い! だから……」

「遼子……」

 そう言い、軋世は遼子の手を掴んだ。

 それに過敏に反応をした遼子は、軋世の手を振り払った。

「いやぁ! 触るな! 近づくな!」

 そう言い、叫びながら、軋世から離れていく遼子。

 遼子は、昔にあったある経験で、男に近づく事ができなくなっている。

 軋世は、それをわかった上で、遼子の手を握ったのだ。そうでもしないと、遼子はこの場所で、世界を崩壊させようとしている、軋世の計画を大声で叫んでいただろう。

「遼子……落ち着いたか……?」

 この店の隅で震えている遼子に向けて、そう言った。明らかに今の方が落ち着いてはいない。

 軋世の事を、恐怖しているような目で見つめる遼子の事を尻目に、軋世は喫茶店から出て行こうとする。

「あの……お連れ様は……?」

 おずおずといった感じで、軋世に聞いてくる店員。軋世は、それに優しく微笑みかけながら言う。

「すみません、騒がしてしまって……ボクがいると、彼女はずっとあのままなんです。ご迷惑とは思いますが、彼女が落ち着くまで少しまっていただけますか?」

 そう言い、軋世は札束をレジに置いた。

 そのレジにいた店員は、驚いた顔をした。

「これは迷惑料です。店主に渡して欲しい。それに、これは君へのお小遣いだ」

 そう言い、その店員の手を持って、お札を一枚握らせた。

 そうして、軋世は店を出ていった。


 軋世は、喫茶店から出ると考えた。遼子の心の傷は、結局男である自分には癒せない。だからといって、世夜に任せてもおけないし……

 医者に見せるのが一番なのだろうが、世界を憎む、彼女がそれを許さない。

「軋世君、さっきまでいい子と一緒にいたじゃないか。あの子は仕事をしていないのかな?」

 そう考えている所に、声がかかった。

『こんな時間にこんなところにいるのか? こいつ、随分暇なんだな……』いつもの男に向けてそう考えた。

 軋世は、彼の顔をみて、そう思った。

「公務員は休みがしっかりしているからね……休日で君に会うとは予想外だったよ」

 嬉しそうにして言うその男。この男は宮内庁で働いている。ヒマなはずはないのだ。

 その男は鳥実とりみ 権蔵ごんぞうという名前だ。嬉しそうな顔をして、軋世に手を振っている。

「これはこれは、こんなところで会うとは偶然ですね」

 折角の休日に、嫌な奴と会い、少しイラついた軋世であったが、軋世は鳥実に向けて、礼をした。

 そんな社交辞令は抜きにしようとばかりに、さっきの話を続けた。

「あの子は、どんな名前なんだい?」

「遼子といいます……ですが……」

 軋世は諦めたようにして話した。

 スマホをとり出すと、一枚の写真を鳥実 権蔵に向けて出した。

「彼女の素顔です」

 そう言うと、鳥実の顔は、驚いて目を見張った。

 軋世が見せたのは、彼女が眼帯をとった時の顔だ。目のあるはずの場所は、ぽっかりと穴があいており、その穴の中にはグロテスクな肉の赤色が見えていた。

「そうなのかい……恐ろしいね……」

「ボクはああいう子を見るとほうっておけなくて……」

「それで暇そうな科に入りたがっているのかい? 特務呪法科は特にやることもなくてヒマだしね……」

 何か納得したような顔をする鳥実。そう誤解をしてくれているなら、ありがたいことだ……と、軋世は思う。

「そういうわけでもないのですが……」

 とりあえずはそう言っておく軋世。

「彼女は、過去の経験で、心に傷をおっています。この世界を滅亡させようとか、いつもそんな事を、考えているのです。彼女をなだめるために、話を合わせたり、なだめたりすかしたり……正直しんどいですよ……」

 軋世が言う。鳥実は、その話を興味深そうにして聞いていた。

「へぇ……あの子が言っていた、『世界に対する憎しみ』とかいうのは……?」

「そこまで聞いていましたか……聞いているなら言ってくれればいいのに……」

 軋世はそう言って苦笑いをした。

「彼女には、そういう方向で話をしています。そうしないと信用をしてくれないんです」

 軋世は言う。何か『よく納得をした』といった顔をして、鳥実は満足をした顔をしていた。

「君はすごい苦労人だね。自分から苦労を背負い込んでいるようにしか見えないけど」

 そう鳥実は言う。軋世は、この状況で、軽く笑って答えた。

「性分ですので」

 そう軋世が言うと、鳥実は軋世の肩を叩いた。

「君は、いい慈善家だ。君の事は応援するよ。がんばってくれ」

 そう、鳥実が言うと、軋世に背を向けて歩いて行った。


「あの子はただの親切な子だよ……あの子を疑うようなこと、私はやりたくないんだが……」

 鳥実は、大通りから、裏路地に入って、携帯を使いどこかと話を始めた。

 鳥実は、電話越しに声を聞くその声からも、誠実さや実直さを感じる事ができる。本人にも一度会ったが、真面目が服を着ているようなものであると、鳥実も感じた。

『しかし、彼が一番怪しいのです。まだ、我々にご協力をください』

「まだやるのかい……?」

 鳥実は、面倒に思っているのを隠しもせずに、そう言った。正直に言えば、鳥実は、このバカ正直な男には、愛想が尽きている。早く、次の仕事にでも移ってもらいたいものである。

『お言葉ですが、あなたの児童回春の証拠は……』

「分かってる、分かってる。協力をしないとは、言っていないだろう?」

 だが、鳥実は、この男に弱みがある。軋世が世夜を自分に斡旋している所を押さえられてしまっている。今、この男には、紙一枚で鳥実に身の破滅が訪れるような状態であるのだ。

「とにかく、私には軋世君が悪い奴には見えないね。ただのもの好きで優しい子だよ、彼は……」

『あなたの意見など聞いていません』

 そう電話の相手が言うのに、鳥実は小さく舌打ちをした。

「現場の人間の意見は大事にしないと……」

 そう鳥実が言うと、電話の相手は『うーん……』といった感じで唸った。

 ちょっと、気に入らなくて反論をしただけだ。だが、その言葉に真剣になって黙考をするこの男に、イラついた。そこまで悩むような事でもないだろうと、鳥実は思う。

『とにかく、あなたには、まだ軋世君の監視を続けていただきたい。あの八幡の息子なんだ、絶対に何かがある』

「いまどき、そんな考えは流行らないよ」

 鳥実はそう言い、電話を切った。ああいう真面目な男は、鳥実の一番嫌いな分類の男だ。

 軋世に特務呪法科の見学をさせるという話を持ちかけたのも、そもそも、この男の策略である。

 自分たちの土俵に軋世を連れ込んで、軋世の事を、詳しく調べようとしているのだ。


「やっぱり……なんか反応がおかしいと思ったんだよ……」

 軋世はその鳥実の事を遠くから見ていた。

 遼子の事を呼び出し、鳥実の様子を監視させていたのだ。遼子は、遠くのものを見ることができる、いわゆる千里眼の魔法を使える。それで、鳥実の様子を盗み見ていた。

 片目を失った遼子が、こんな力に目覚めるのは、皮肉としかいいようがないように、軋世は思う。

「特務呪法科に行くのは罠だったのか……薄々感じてはいたが……」

 遼子が見たものを聞き、軋世はそう言った。

「罠だったのなら、行ってはいけないんじゃ……?」

 遼子は言う。軋世は涼子から五メートルは離れた場所にいた。これ以上近づくと、遼子のトラウマが刺激されてしまうかもしれない。

 軋世は遼子に気を遣いながら、話しているのだ。

「いや……特務呪法科には行く」

 そう言うと、遼子は驚いた。

「しかし、あなたがいなくなったら……」

 遼子が言い、軋世に近づいた。だが軋世はそれを見て、壁に背を預けた。

「だって、行かないと怪しまれるじゃないか? そもそも、禁呪の事がわからないと、世界を滅亡させる事なんてできないよ」

 軋世は言う心配して、軋世ににじりよっていく遼子に、軋世はニコリと笑った。

 軋世にとっては悲願である。禁呪の事を調べることができるのなら、それくらいの危険を犯すだけの意味はある。

「相手の男の事を調べてみないとな……」

 どんな人間が、軋世の事をはめようとしているのか? それを知るチャンスでもあるのだ。

 軋世の仲間達は、軋世によって救われた者ばかりである。軋世のためなら死だって覚悟をするくらいの気持ちを持っている。

「あなたがいなくなったら、私は……」

 そう言い、自分から軋世の手を掴む遼子。

 自分から掴むのであれば大丈夫らしい。軋世の手を、強く掴んだ遼子は泣きそうなほどにうるんだ目で軋世の事を見上げた。

「だが、ボクがこの世界を滅亡させる事を諦めたら、君にとってボクは大切な人のままなのかな?」

 軋世が言う。

 そう、軋世が言うと、遼子は軋世から手を離した。

「気をつけてください」

 遼子はそう一言を言うと、軋世が歩いていくのを見守った。

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