最後の力
ここで押すべきか……?
遼子はそう考えた。今さっき最後の拠点が完成したところだった。今、スイッチを一つ押せば確実に軋世の願いは完成する。
どうせなら軋世が帰ってきてから押すべきである。そう考えている遼子は、この部屋のドアがノックされる音を聞いた。
「軋世さん……」
思いを込めて遼子はそう言った。きっと、軋世が帰ってきたのだ。そう思った。
遼子が無警戒にドアを開けた。
ドアを開けるとそこには警官がいたのだ。
その警官達は今になってやっと危機感を持つようになっていた。遼子の姿を見た瞬間、躊躇なく遼子の事を撃ったのだ。
軋世は倒された。それを感じた遼子。それなら涼子は次に何をすればいいのか? 遠のいていく意識の中で、遼子は考える。
「あのスイッチを……」
押せば世界を崩壊させることのできるあのスイッチを押す。それが、ここの部屋に残された自分の役目である。
そう考えると、遼子の意識ははっきりしてくる。遼子は昔の事を思い出した。
「こんな世界……滅んでしまえ……」
そう遼子の口から言葉が出た。
その日は突然やってきたのだ。
休日、突然の来客に遼子の母が対応のために玄関にまで出た。そしたら、玄関から悲鳴があがった。
「動くな……騒ぐんじゃない……」
なにやらそう声が聞こえてきた。その時朝食のトーストを齧っている遼子は玄関の様子を見た。
「金目のものを出せ……」
それで、やってきたのは強盗であったと気づく。
「遼子! 逃げなさい!」
そう言われた遼子は家の裏手に向かった。勝手口のドアを開けようとしたら、勝手口に潜んでいる者がいた。
「ざんねーん」
そう言い、気味の悪い笑みを浮かべならが男が出てきた。
遼子はそれで口を塞がれ家の中に連れ込まれる。
「やった、女がいるじゃん」
男達の中からそんな声が聞こえてきた。父親はその言葉を聞いて、遼子を掴んでいる男に向けて向かっていった。
パン……
乾いた音が聞こえた。その音一つで遼子の父の眉間に穴が空き血が噴き出していた。
「これは脅しに使うだけだって話だったろ?」
「これで俺らは殺人犯じゃん」
そう言いつつも、彼らは悪いことをしているという認識があるわけでもないらしく、お互いに笑い合っていた。
「狂ってる……」
遼子が言う。
「ん? 君なんか言った? 抵抗されたからこうするしかなかったんだよ?」
そうニヤニヤしながら聞いてくる男たち。良子はそれを見て、おぞましいものを見た気分になる。
「そうそう、俺達だって好きでこんな事をしているんじゃないだよ、どうしても返さなきゃならない借金があって……」
そう言って笑いあう男たち。
「さぁ……あのオッサンのようになりたくなかったら言えよ……金目のものはどこにある?」
遼子の母親に向けて銃を突き付けながら言う男たち。
遼子の母は、タンスの中にしまわれている通帳と印鑑を渡した。その直後、母親は男に撃たれる。
「おいおい……そんなに簡単に殺すなよ」
男達の一人はそう言うが、その後で笑いが起きる。男達はこの状況を楽しんででもいるかのようである。
「さてと……最後はお楽しみだ」
男達の中の一人はそう言い、男達の視線は明らかに遼子のほうに向かっていた。
遼子が開放をされたのは次の日の朝であった。
男達は、一晩中遼子を陵辱し続けた。さすがに夜明けにもなると、これ以上この場所に留まるのは危険と言って遼子の家から出ていった。
遼子は男達がいなくなった後に、体を起こした。
近くにある鏡で自分の事を見ると、目が片方無くなっていた。
遼子は化物のようになってしまった自分の顔を見て気を失った。
それから、遼子は児童養護施設に預けられた。強盗殺人の被害者で、自身も一晩中強姦をされていたという身の上から、他の子達も遼子の事を腫れ物を触るような扱いであった。
当の遼子は彼女自身も周囲から身を引いていた。
遼子は養護施設の中にいるのが苦痛で、外をふらつくようになった。
施設の従業員達はその遼子を多少注意をするような事はあったが、彼女の事を止めるような事はしなかった。
従業員達がどう思っていたのか? は分からないが、遼子が施設を出ているうちは施設の中が平穏になっている事だけはなんとなくわかった。
遼子は、自分があの養護施設の中にも居場所がないのだと知って、さらに外を出歩くようになった。
このまま車にでも轢かれないだろうか?
通り魔にでも襲われないだろうか?
そんな事も考えながら、人通りの少ない道を歩いていたのだ。
そして、いつもは橋の下で座って時間を潰していた。雨が降ろうと雪が降ろうと、ここにいればしのげる。
常に、このままこの世界から消えてしまいたいような事を考え続けていたのだ。
「君……いつもこんなところにいるね……どうしたんだい?」
その言葉に遼子は振り向いた。
義眼を買うような予算はないため、遼子はその頃から右目に眼帯をしていたのだ。
『ちょっと脅かして追っ払おう』そう思ってその男に向けて振り返ると同時に眼帯を外した。
「私に用があるの?」
グロテスクな眼孔を相手に見せて追い払おうと思っていた遼子だが、そこで振り向いた先で見えたのは軋世であったのだ。
遼子は自分の顔を見てもまったく身じろぎもしない軋世を見て、つまらなそうにした。
「これでも用があるの?」
とにかく、自分が化物みたいな顔をしている事は見せた。これで自分に用のある人間はいないだろうと思った遼子は顔を外して前を向いた。
「そう、君に用があるんだ」
軋世はそう言った。
「どんな?」
遼子はぶっきらぼうに返した。あえて眼帯を付け直さず『はやく、この男には退いて欲しい』と考えながら、前を向いた。
「君は向かい側にあるぬいぐるみが見えるかい?」
そう言われ遼子は目を凝らした。気にしなければ気づかないくらい小さな点が見える。さらに目を凝らすと、その点はペンギンのぬいぐるみである事が分かる。
「ペンギン?」
そう遼子が言うと軋世は遼子の手を掴んだ。
「君……この世界に恨みはないかい?」
そういきなり言ってきた軋世。遼子はそのおかしな質問に本気になって「ある」と答えた。
軋世はそれから遼子に約束をした「君の両親を殺した奴らをボクの手で殺してみせる」というものだった。
ただの高校生にしか見えない見た目でそんな事ができるのだろうか? と考えた遼子は、その言葉を信用していなかった。
だが数日後、軋世の言葉はウソではなく、彼の力は本物である事を見せ付けられる事になった。
軋世はある廃ビルに遼子の事を呼び寄せた。
そこにいたのは軋世に足を撃たれて歩けなくなった男であった。
「この男の顔に見覚えは?」
特に何も感情を表さずに言った軋世。
「忘れるわけないわ……」
遼子がそう言ったのに軋世は満足そうに頷いた。
「ではこの男を君が殺すかい?」
そう言い、軋世はニコリと気味の悪い笑顔を浮かべながら遼子に向けて拳銃を差し出した。
その拳銃を握った遼子は、躊躇なくその男の眉間を狙って拳銃を撃った。
その様子を見て、軋世は満足そうにしていた。
「どうだい? 他の奴らの目星はついている。ボクと一緒に世界を滅ぼさないか? 協力をしてくれるなら他の奴らも君の手で殺すことができるよ」
そう言い、今度はさわやかな笑顔で遼子に向けて言ってきた。
「協力する……」
このままでは周囲から嫌われて無様に生きていくだけだ。
そう常々考えていた遼子は、その申し出を断る理由などかけらほども持たなかった。
その軋世は、もういない。
「こんなところで……」
軋世は死に、もう残るのは遼子だけになった。この世界を滅ぼせるのは自分だけになってしまったのだ。
軋世は彼の役目を十分に果たした。だから、最後のひと押しは自分の手でやらなければならない。そう考えて遼子は瀕死の体を動かした。
腹を撃たれ、動けなくなるくらいの激痛が自分に走るが、それでも床を這ってスイッチにまで近づいていく。
「彼女を止めろ!」
様子を見に来た連塔が言う。あれから思い直して警官達が仕事をこなす所を見に来たのだ。
一度は動くことを諦めようとさえした。だが、遼子はそんな事は考えず、ズルズルと這ってスイッチのある場所にまで這っていく。
まるで、鬼か悪魔が死力を尽くして最後の手を打ち出そうとしているところに見えた。
彼女が必死に床を這う姿は、見ている者達の事を驚愕させた。それはこの世のものとは思えない光景に見えたのだ。
「何をしているんだ! みんな!」
恐怖で動けなくなっている奴らをよそに、連塔は遼子に向けて駆け出した。
「お……そ……い」
遼子は最後の力を振り絞って、ニヤリと不気味な笑みを浮かべながら言った。
遼子は、最後の力を振り絞ってその赤いスイッチを押したのだ。
「こ……れ……で……」
そう最後に遼子が言うと遼子は力尽きた。
ビー……ビー……
そう、大きくサイレンが鳴る。
これは禁呪の力が発動されたサインであった。
「すぐに非常事態宣言を発令! 住民を避難させろ!」
連塔はこの場にいる全員。そして通信機を通して、この状況を見守る人々に向けて言った。
「む……だ……。もう……世界中で……」
最後の力を振り絞りながらそう言った遼子。
連塔はその遼子の近くに素早く寄り添っていき、彼女を抱え上げた。
「ジャマーがかかっている。世界中にある毒ガス発生器には、指令は届いていないだろう……」
遼子をそう言われて目を見開いた。
モニターを見ると、装置が機動をしたというマークが出ているのは日本の拠点だけだった。
北アメリカ、南アメリカ、ユーラシア、オーストラリア……その他もろもろ。
他の海外にある拠点からはガスが発射されたというサインは出ていない。
「君の負けだ。大人しくしろ……」
連塔は遼子に向けてそう言う。遼子は抵抗する力が全く残っておらず、ぐったりとしたまま連塔に担がれて運ばれていった。




