俺達の世界
軋世の普段の生活態度は、優等生そのものだ。
ここは、厳格な校風で髪の長さや服装も高速で厳しく決められている。
といっても、男子は丸坊主で女子はオカッパしか認められないような事まではない。そこままでやると、むしろ前時代的すぎて、ジョークにしか見えない。
だが、男子の長髪は禁止、男女共に髪を染めるのも禁止。服装もジャケットや、ジャンパーにシャツなども、学校指定のもの以外認められず、結局は、学校中のみんなは同じような格好で落ち着いていた。
その中で、軋世は、学校でも目立つ男子だ。服装がみんな同じなので、背が高いのが特に目立つのである。
「軋世君、おはよー」
そう女子からも声をかけられる。軋世もそれに、にこやかに返事をする。男子からも一目を置かれていて、彼は何か問題があると頼られたりする事も多い。
ただ、彼の奇妙な性癖というべきか、女の子の趣味については、周囲の生徒たちも疑問を持っていた。
不登校で心に傷を負っている少女。世夜のところに足しげく通っているのだ。
彼女の家は母親が再婚をしており、その旦那は五十六歳の大企業の重役であるという話だ。何の取り柄もない四十も近い世夜の母が、そのような男と再婚できたのは、幸運であったと思うかもしれないが、それは間違いであった。
その旦那は、世夜の母ではなく、目当ては世夜だったというのだ。
世夜の父はすでに他界をしており、頼れる人はいない。
世夜自身は話さないが、軋世は、世夜に性的虐待を与えたのではないか? と考えていた。
世夜は義父から、虐待を受けるが、母は、義父と離婚をしてしまえば昔の生活に逆戻りをしてしまうという弱みもあり、なにも言えないでいた。
そこで、世夜の事を助けたのがまぎれもなく軋世である。
軋世の児童相談所への通報一つで、義父は逮捕をされ、世夜は開放をされた。世夜の母は、それから、パートで食いつないでいく事になるが、その途中で、軋世の事を恨んでいる様子で言った。
「私達はああするしかなかったのに、余計なことを……」
母の考えは要約すると、そういう事だった。それから、世夜は母からの虐待を受けて、またもや暗闇の生活に戻ったのだという。根性焼きの跡も、この頃に入れられたのだという。
そこでも軋世が助けに入った。
この学校は寮があるわけではない。だから、校長に直談判をして、学校の中に世夜の『帰る場所』を作るために尽力をしたのだ。
ただの一般生徒である、軋世の言葉は、当然受け入れられなかったが、その頃から、軋世はチェスを見よう見まねで覚えだした。
『ただの一般生徒ではなくなればいいんだろう?』
そう、校長に言い残した彼は、必死に腕を上げて、高校生の大会で優勝をしたのだ。
そうすると、校長も考えを改め卒業をするまでは世夜が静養室で過ごす事を許されたのだ。
それから不登校になった世夜のところに、あししげく通って世夜のメンタル面のサポートを続けているという。
この話は美談となり、学校中では収まらず、この周囲の一帯にまで広がる噂になった。
その本人はチェスの腕がプロ級で、長身の美男子となれば世間はほうっておかないだろう。
結局は、世夜に献身的にしているのを見てまた更に、軋世の事を見る目が、変わったのだ。
今では、校長は、本気で軋世の事を模範的な生徒であると考えており、軋世もそれを受け入れて、優等生として学校で過ごしている。
「腐ってる……この世界は……」
弱いものには手を差し伸べない。上手く世を渡った人が勝つ。ほかは全員負けた人間。
そんな世界に、軋世は嫌気を感じていた。
「この世界は無くならなくてはならない。俺はこの世界を滅亡させる……」
そう、自分の考えを言う軋世。軋世は、今は世夜のところに向けて歩いていた。
「世夜。すまない、また仕事を頼めるか?」
軋世が言うと、世夜は薄く笑って頷いた。
本当ならば、笑うようなところではない。だが、最初は怯えていた世夜も、今ではそれを当たり前の事のように受け入れていた。
軋世は言う。明日の休みに、あるホテルに行く。そこで、偉い人を接待をする事を要求しているのだ。
「これじゃ、俺が世夜を虐待しているようなもんだな」
そう言うと、世夜はフルフルと首を横に振った。
「いいの、私は軋世の役に立てるだけ幸せだよ」
世夜は言う。軋世はその言葉を、今まで何度も聞いていた。正直、その言葉を言われて、感覚が麻痺をしていた。今では世夜に『すまない』と思う気持ちも無くなっている。
だからこそ、世夜には、すまないと思う事を口で伝えないといけない。
「世夜の事を利用して、こんな事をさせている俺は、君の義父以上の悪人かもしれない……」
軋世は言う。
「軋世は、どんな人よりも悪い悪人だよ……」
世夜は軋世の言葉に対してそう言った。そう言った後、世夜は軋世の事をギュッっと抱きしめた。
「だけど、悪人だから人を救うことができる。善良なだけの人間では、助けられない命もあるの。私みたいなのに、生きる希望を与えてくれる」
そう言った世夜。この言葉には、深い意味があるのだ。それを噛み締めた軋世は、胸がチクリと傷んだのを感じた。
『ああ……まだ俺にも人の心が残っているんだ……』
そう考える軋世。自分は人を利用して、世界を滅亡させようとしているのだ。その自分は、まだ良心の呵責に責められるくらいの気持ちは残っている。
それに気づいて、ほっとしたのだ。
世夜は、いつもと同じホテルに一人で行った。
そのホテルで、服を脱いでシャワーを浴びる。その時、世夜は自分の腕を見て笑った。
「軋世のメイクって本当にすごい……」
その腕は、母に付けられた根性焼きの痕が残っていて。醜くただれていた。だが、軋世のメイクのおかげで、それが隠れているのだ。
それにシャワーを浴びたくらいじゃ、そのメイクは落ちない。
世夜は自分の腕がキレイになるその時には、自分が、親から虐待を受けていた過去を忘れることができた。
「私が普通の女の子になったら……」
友人と一緒に買い物に行ったり、していたかもしれない。軋世の事をただのかっこいい男の子として見るだけだったかもしれない。こんなに恩義を感じて、彼の野望に付き合う事もなかったかもしれない。
「でも、これも幸せ」
世夜は思う。普通の女の子になっていたら、こんなに充実した気持ちになる事も無かっただろう。今、自分は世界を破壊するという作戦に参加をしているのだ。
そのために、軋世の手駒になった。
「こんなの……ゾクゾクしちゃう……」
自分のやっている事に身震いを感じる。それは、すぐに充実感に変わっていく。
「こんな経験、普通の女の子にはできないかも……」
そう言い、世夜は歪んだ笑いを作ったのだ。
このホテルの部屋のドアが開けられる。この客と会うのは何度目だろうか? そう考えながら、世夜はドアの前に立った。
「いらっしゃいませ……」
そう小さな声で言う。この客の好みは軋世から聞いている。
このような事に手馴れている、すれた子は好みではない。
むしろ、怖がって嫌がる仕草を見せるくらいの方がこの客の好みなのだ。
俯いて、怖がるようにしている世夜。
もう五十代になるこの客は、防衛省の重役であるという。軋世の狙っている、『禁呪』その事を管理する部署の人間らしい。
「何度もしているのに、まだ慣れないのかい?」
そう言って、笑みを浮かべるその男に、世夜は、心の底から嫌悪感を覚える。
「キスは上手くなったかな?」
そう言い、世夜の顎を掴んで唇を押し付ける。
口を閉じたままの世夜であるが、その抵抗をしている感じが、この男にとっては最高にそそるのだ。
「軋世君。いつもいつも悪いねぇ……」
世夜の事を言っているその男は、おり目立たしいスーツを着た男だ。とてもではないが、児童回春をするようなおとこには見えない。
「私が特務呪法科にはいる事ができますなら。これくらいなんでもないですよ」
「しかし、彼女はいつまで経っても慣れないね。そろそろ、積極的になってくれてもいいと思うけどね」
ニヤリと笑いながら、その男が言う。
「そこは私も困っているところですよ」
すこし困ったような顔をして軋世が言う。だが、この男は積極的に迫っていったら、急に覚めてしまうのだ。
『彼女は擦れていて面白くないよ。もっと初々しい子はいないのかい?』
なんて言葉を聞いた時には、軋世も辟易したものだ。
「これで、あの話もお願いしますよ」
軋世が言う。それに、ニヤリと笑った男が言う。
「君みたいに優秀な者を、あんな部署に送るのは心苦しいのだがね……できれば、私の側近として迎えたいくらいだよ」
そう言う男にペコリと頭を下げた。
「あの特務呪法科に入っても、私とあなたの関係は崩れはしません。御用とあればいつでもお呼び下さい」
それを聞いて、男は小さく嘆息した。
「やっぱり私の部署にいる方がやりやすいんだけどね……」
そう、つまらなそうにして言うと、その男は言う。
「学校を卒業して、特務呪法科に入るのであれば、先に見学をしてみるというのもいいんじゃないか? あそこは優秀な人間が行くところじゃないし、軋世君のような優等生が入りたいと言っているのを話したら、『その子に会ってみたい』というらしい。見学ついでにいってみないか?」
そう言う。軋世はそれに生唾を飲み込んだ。
「おいおい……そんなに緊張をしなくても……」
思わず動揺をしてしまった軋世。これはまぎれもないチャンスだ。
元々、特務呪法科に入りたかったのは、禁呪の事をよく知りたかったからだ。
禁呪にもいろいろある。人を操作したり、巨大な爆発を起こしたり、鉛を金に変えたりするような魔法だ。
どのような禁呪であれ、世界を崩壊させるような力を持っている。
その魔法を間近で見る機会を得るのだ。軋世はそれにより、自分の野望に一歩近づくことができる。
「ありがとうございます。あなたについてきてよかったです」
そう言う軋世。彼は、その男に向けて感謝の意を示して、深々と礼をした。




