最終段階
「この魔法麻薬はまだ違法ではない……検挙をする理由にはならない……」
連塔は考えた。これでは黒曜組を検挙する理由にならない。そして、その背後にいる八幡 軋世を捕まえる理由にはならない。
そして、気になっていた。
「当夜……彼は一体何をやっていたのか……?」
当夜は深夜になって連塔達の住む寮にまでやってきた。そして、魔法陣を使って何かをしてきた。
「彼が命をかけてまでこんなところにやってきた理由は……?」
あの魔法陣の未解明の部分にその答えがあるはずだ。そう考えた連塔。
連塔は今のうちにできることは何か? を考えた。
「海外にも仲間が居るのか……いったい君はどれだけの人間を手駒にしているんだい?」
教授は空港で言った。これから軋世は飛行機でアフリカに飛ぶのだという。
「禁呪を仕掛けに行きませんと……」
軋世は教授に言った。その表情を見て教授は不安になってくる。
「本当にこの世界を崩壊させる意思に曇りはないのかね?」
教授はポケットの中にある何かを、指でいじりながら言った。
「くどいですよ……そんなつもりはありません……」
軋世が言うのを聞いて教授はポケットの中のものを取り出した。
「ならばこれを持っていけ……」
そう言い、何かの機械を取り出した。その機械は耳に取り付けるものらしく、カギがつけられていた。
「これは八幡の開発していた携帯催眠機だ。この中にある音楽を聞くと、いろんな洗脳を施せる」
教授はそう言って軋世の手を握り軋世の手にそれを持たせた。
「君にかけられた催眠はすでに切れている。これで再催眠をかけるのだ」
そう教授に言われると軋世はその催眠機を耳にかけた。それにスイッチをつけると、軋世は立ちくらみを起こした。
「キツいぞ。飛行機に乗った後にしたほうがいい……」
軋世は教授にそう言われてその催眠機を耳から外した。
「ちょっと聞いただけでも分かりましたよ」
脳に直接棒を突っ込まれて頭の中を掻き回されているような気分になってきたのだ。これは歩きながら聞けるようなものではない。
「自分の今の力が不安ならこれを使うといい、昔の調子に戻れるはずだ」
そう言ってきた教授。
「私は犯罪者だ。警察にマークをされないようにがんばるよ」
教授はそう言い、手早く空港から去る。
「行きましょう……希望の国に!」
遼子と世夜は二人でそう言い、軋世の手を引いて飛行機にまで向かっていった。
「一番外側の席をどうぞ……」
遼子と世夜の二人は軋世を窓から外を見ることのできる席を譲った。
「軋世さん……周りに気づかれないように……」
「そう……その機械を使うんでしょう?」
世夜と遼子はそう言った。二人も軋世にはもとのように戻ってほしいと考えているのだろう。世界を滅ぼすことに躊躇を感じているような今の軋世の状況では、この先が不安であったのだ。
軋世もそれを望んでいる。軋世は教授から渡された催眠装置を使った。
軋世は頭の中がかき回されている感覚を感じながら唸った。
「う……うう……」
言葉をかみ殺している軋世の事を見守りつつ、世夜と遼子は軋世が元に戻るのを待った。
「着きましたよ」
世夜と遼子は軋世に向けて言う。
それを聞いた軋世は大きく息を吐いた。
「世夜……遼子……降りるぞ……」
そう言う軋世はいつもの様子に戻ったのが、世夜と遼子には分かった。
軋世には昔の気力と活力が戻っていたのだ。
今軋世がいるのは、木を縄でくくりつけて作られた簡素な作りの家が立ち並ぶ小さな集落であった。向かいにいるのは、顔に深いシワが刻まれたこの集落の長老だった。
『よろしくお願いします』
英語でそう言った軋世は翻訳者に翻訳をしてもらい、その部族の長老と握手をした。
「これで我々の暮らしも豊かになる」
その長老と、この地に工場を作ることを約束したのだ。
当然これは嘘である。禁呪を発動させるための施設をここに建造する事になったのだ。
この施設が完成したら、一番に死ぬのはこの村の住人になるだろう。それを分かったうえで、軋世はここの村の人間に施設を作らせている。
にこやかに笑う軋世。それに合わせて世夜と遼子も笑った。
『それではボクは次の仕事がありますので』
そう、英語で言った軋世。ペコリとその長老に頭を下げたのだ。
「こうやって、世界中に禁呪をバラまくんだ」
今までなんとなくでしか想像のできなかった世界を滅ぼすという行為。それが現実味を帯びてきたのを感じた世夜と遼子。軋世は次の場所に行くようだ。
「アフリカ大陸も広い。うかうかしていられないよ」
そう言う軋世を、二人は頼もしそうにして見る。これから軋世はアフリカ中に、この施設を建設するように動いていくのだ。
「これからが仕上げだ。二人ともついてきて……」
力にあふれた軋世を見て、二人は意気揚々と軋世についていった。
この時の三人は、自分たちは確実に世界を滅ぼすことができると確信していたのだ。
「この前の魔法陣の解析結果です」
その報告を連塔は電話で聞いた。
「あの謎の部分はとんでもないものでしたよ」
医者がそれから続ける。その部分の魔法式は、頭の中に魔法が組み込まれる。
その術式が発動をすると……そこまで言った医師はひと呼吸置いて続けた。
「爆発をするんですよ。脳みそをグチャグチャにして頭蓋骨を突き破るくらいの威力があります……」
この魔法麻薬を使った人間にはその術式が組み込まれる。
「その術式が私の頭に入っているかどうか? 検査をしてくれませんか?」
連塔は言う。
もしかしたら、当夜は連塔達の頭にその術式を組み込むために寮の屋上にまでやってきたのかもしれない。
今の状態では、軋世の気まぐれ一つで死ぬような状況であったというのに気づいた連塔はおぞましいものを感じた。
軋世はあれからいくつもの国を回った。
「禁呪のタイプは毒霧を散布するタイプだ……」
魔法の毒霧を発生させる。その毒霧は当然魔法性のものであるから、空中に散布をされて、魔力をすこしずつ溶かしていき、ついには無毒のチリに変わっていく。
「そうはいっても霧の効果は二十四時間続く」
少しずつ溶けていくのは、この禁呪が発動された場所に立ち入る事ができるようにである。
原子爆弾みたいに、爆発をした後にも何年間もの間草木が生えないような事態になると、この禁呪で手に入れた地域を占拠する事はできなくなる。
「よくできてる……」
軋世はそう言った。いくつもの地域や国を周り、次々と禁呪の発生装置を建設していく。そして、建設をし終えた禁呪はすべてを同時に発動させたら十分に世界中の人間を虐殺できる。
「これからは最終段階だ……」
今は、日本に戻る飛行機に乗っていた。
軋世の隣では、遼子と世夜が寝息を立てて眠っている。軋世はその二人の頭を恭しく撫でた。
「よく頑張ってくれた……」
軋世は二人に向けて、そう感謝の言葉を口にする。あとは施設の建設完了を待つだけ。それから教授の研究室にまで行き、施設が禁呪を発動するスイッチを押せば、全ては終わる。
「そんな術式が組み込まれていたってのかい……」
連塔は黒曜組に行き、組長に向けて魔法麻薬に組み込まれている術式の事を話した。
「あいつは何か裏があると思っていたんですよ、親分!」
そこに集まった黒曜組の者の中の一人はそう言った。黒曜組の親分も軋世のかけた術式に対して怒りを感じたのだろう。
「今すぐ殴り込みだ! あのガキ……俺達をたばかりやがった……」
組長は言う。
「奴らの居場所を教えてくれますか?」
連塔が言うと、組長はそれに答える。
連塔は黒曜組の連中と一緒に教授の研究室にまで向かった。それを迎えたのは、すでに老人になっている男だった。
「なんだ? 雁首揃えて何の用だ?」
黒曜組の先導で、ある寂れた洋館にまでやってきた連塔。連塔は教授と組長の会話を静観する。
「何の用はないだろう?」
組長は組員に肩を借りながら言った。
「こっちは病気で身重な身体を引きずってきたんだ。もうちょっと嬉しそうにしてくれてもいいんじゃねぇのか?」
「無礼者の対応には慣れていないんだ」
そう言ってくる教授。彼はあるスイッチを押した。
そのスイッチが押されると、甲高い音が聴こえてくる。
「いけない! 離れて!」
連塔は言うがそれを言っても無駄だった。
黒曜組の連中は、次々に頭がはじけて飛んでいき、バタバタと倒れていった。
「やっぱり全員使っていたか」
教授は呆れ顔で言う。黒曜組の連中も魔法麻薬で楽しんでいたのだ。まあ、こんなものだろうと、教授も思う。
「連塔 いさきだね?」
教授は黒曜組の連中を殺したというのに、涼しい顔をしていた。教授はスイッチを捨てて両手を挙げた。
「今のを見ただろう? 私は殺人犯だ。縄をかけてくれ」
教授が言う。
「何が狙いだ?」
連塔は言う。だが、教授の行動はただの時間稼ぎであるのは分かっている。教授の腕が縄をかけられ警察署にまで戻っていくような時間的余裕は存在しない。
「八幡 軋世はどこにいる?」
連塔は教授の時間稼ぎを見破って言う。教授はその連塔から顔をはずした。
「言え! 八幡 軋世はどこにいる!!」
教授は何も語らなかった。それから連塔は軋世の事を探すために警察署に戻ることになった。




