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世界の終わりを望む人たちへ……  作者: 岩戸 勇太
ほころびが見える
13/21

軋世と遼子

「そんなものを持って、よく帰れるね」

 死体の頭は軋世が膝の上に抱え、指はポケットの中に入れる。

「帰るわけじゃないですよ。近くの公園でおろしてください」

 そこで軋世は指の指紋を消すために砂場で指紋を消し、魚の多い川にでもこの指を捨てるらしい。

 すぐ近くに川と砂場がある場所で、教授の車から降りた軋世は言った。

「問題は頭部なんですよね。頭蓋骨があるから、処理には手間取りそうで……」

「聞いてないし、聞きたくないよ」

 そう言った教授。教授は車の窓を閉めてから車を発進させた。


「こんな姿は誰にも見せられないな……」

 真夜中に砂場で砂を使って指の指紋を消している。これにはかなり時間がかかり、ずっと指をゴシゴシとこすっていた。

「軋世……さん?」

 そう背後から声がかかった。

「その声は……遼子か……」

 軋世は振り向きもせずにそう答えた。このような情けないところを見られるとは、自分の沽券に関わる。ついさっき『自分は自分を信じてくれている仲間のため、完璧にならないといけない』というのを学んだところだったのである。

「当夜が死んだのは……あなたの手?」

 そう聞くと軋世は手を止めた。

「ああ……俺の手でもあるだろうな……」

 当夜がもし失敗をしたら、当夜の事を殺すように指示を出していたのは、間違いなく軋世だ。

 当夜が、いずれ連塔のところに行くのではないか? とは予想をしていたのだ。その時のために軋世は一人自分の手駒を送っておいた。

 その手駒はしっかりと機能をしたようで、『当夜を撃ち殺した』と昨日の夜に連絡が入ってきていた。

「俺を恨むか?」

 軋世はそう言いながら、指の指紋を消す作業に戻っていった。

「恨めばいいか? それとも『しょうがないこと』だって受け入れればいいか?」

 遼子はそう答える。遼子の中でも葛藤があるのだろう。遼子が当夜に気がある事は軋世も知っていた。この事を知ったら遼子はどう思うだろうか? そう懸念をしていた。もしかしたら、いきなり背中とかを刺されるのじゃないか? と、恐れていたくらいだ。

「私も手伝う……」 

 そう言いながら、遼子は軋世のポケットから指を取り出した。

「俺の事……見ていたのか?」

 そう聞く軋世。

「なんでわかったの?」

 遼子は聞いてきた。どこか、トゲのある言い方だ。だがそれにもひるまずに軋世は言う。

「俺がポケットの中に指を入れているのが、なんで分かったんだ?」

「やっぱり軋世さんにはかなわないか……」

 遼子は何の迷いもなく軋世の服のポケットに手を入れて指を取り出した。この行動は最初からそこに指が入っていると知っていないとしない行動だ。

「そう……全部見てた。あと、連塔は見ていなかったと思うよ一応探してみたけど見つからなかった」

「何も言わないのに俺の事を見守ってくれていたんだな」

 そんな理由で軋世の事を監視したわけではないのを分かったうえで、軋世は遼子に向けて聞いた。わざとらしくにこりと笑ってみせるおまけ付きだ。

「本当に、あなたにはかなわないですね……」

 遼子は言う。

「嘘の笑顔をするとき、あなたは口元がうごかない」

 そう言う遼子。軋世はそう言われて口を押さえた。

「もうちょっとの間は私だけの秘密にするつもりでした。これを覚えておいて、どこかであなたを出し抜いてやろうって……」

 だが、そんな事をできない相手であるのは遼子は重々に承知した。

 軋世は計算高く、簡単に人を信用したりしない。氷のような男であるとは遼子も分かっていた事である。

「この指の男……何者なんですか? もしかして、当夜を殺した犯人ですか?」

「昔、当夜の両親と親友を殺した犯人だ」

 それを聞くと、遼子は「そうですか……」と小さく言って俯いた。

「この男を殺しても、当夜は戻ってこない……」

 そう言いながら遼子は泣き始めた。軋世はその様子を黙って見つめていた。

「そんな男を殺さなくてもいい……当夜を返してもらえば……」

 そう言われても返せるものではない。軋世はそう考えながら遼子の次の言葉を待った。

「私、あなたを恨みます」

「好きなだけ恨むといい……」

 遼子の言葉に軋世はそっけなくそう返した。いまさら、恨みを買う事なんて恐れていない。これは当夜が選んだことだ。彼は、独断で警察の寮に向かい魔法を発動させて連塔の事を殺そうとした。そして、それで当夜がもし警察に捕まった時の事を考えて『当夜が捕まりそうになったら当夜を殺すように』という指示を出しておいたのだ。

 軋世にどうこうできるような事ではなかった。

 遼子に対して自分ができる事は、好きなだけ自分の事を恨ませることだけだ。軋世はそう考えていた。

 遼子は泣きながら指の指紋を消す作業に戻った。


 軋世は指紋を消し終わった指を川にバラ巻いた。

 ぽちゃん……ぽちゃん……と、音がして男の指が川底に沈んていく。

「私は次に何をやればいいですか?」

 遼子はそう聞いてきた。

「それは……」

 軋世は考えた。これから先、遼子が自分の事を裏切るかも知れない。自分は当夜を殺した人間だ。自分は復讐をされる立場になったのだと考えた軋世。

「もしかして、私が軋世さんの事を殺そうとしていると思っていますか?」

「そんな事は思っていない。キミは裏切ったりなんかしない」

 そう言い笑いかけた軋世。だが遼子は軋世の口元を指さしながら言う。

「ほら……また口元が動いていない……」

 遼子は言った。そう言われると軋世はまたも口元を押さえる。遼子はそうやって軋世がうろたえる姿を見てクスリと笑った。

「私の目的は、この世界を滅ぼすことです。当夜が死んだってそれは変わりません」

 遼子は言う。

「だけど、ちょっと慰めてくれてもいいんじゃないですか?」

 そう言い遼子は軋世の胸に飛び込んできた。

「遼子……」

 軋世はそう言い遼子の事を強く抱きしめた。

「抱きしめるだけですか?」

 遼子はそう言いながら聞いてくる。

「俺は人の心は持っていない。それ以上の事は知らない……」

 軋世はそっけなくそう答える。 遼子が泣いている間、軋世はずっと遼子の事を抱きしめていた。


 連塔はあれから当夜を殺した警官の事を探っていた。その警官はすぐに尻尾を出した。

 ある暴力団の事務所へと入っていっていたのだ。

「やはり……これは黒曜組か……」

 連塔は遠くにあるビルの屋上から黒曜組に入っていく男の事を監視していた。

 窓から見えるだけでも、その男は女の斡旋を受けて酒を奢られているのが分かる。

 どう見てもその警官と暴力団は普通ではない関係であった。

「あの子を殺した事にも、何か関係が……?」

 連塔は歯ぎしりをしながら、その警官の事を見る。

『あの子に一度でもいいから謝罪をしたかった』と、連塔は考えていた。

 いままで連塔は何人もの人間に濡れ衣を着せてきた。

 もちろんそれに協力をしないと、自分の身が危なかったからである。『協力をしないと殺す』と言われ、いやいやながらも付き合ったのだ。

 だが、それもすでに昔の話だ。今の連塔はいろいろな人と顔を繋ぎ、暴力団一つくらいに抵抗をできるくらいの力を持つことができている。今となっては、多くの警視庁の高官を味方につける事ができた。連塔は暴力団一つくらいは相手をすることのできるほどの後ろ盾があるのだ。

 こうなってしまえば、無実の人に濡れ衣を着せた過去はむしろ必要な事であったと思う。

「あの男……絶対に許さないぞ……」

 連塔はそう考える。

 昔の自分のように、暴力団の犬に成り下がり苦杯をなめているという様子は、この男からは感じられなかった。情状酌量の余地などまったくないと、連塔は考えている。

「俺をなめるな……」

 この男の様子を見ていると、つい連塔は昔の自分と重ねてしまう。あの頃の自分は、警官を続けるのに嫌気がさしていた。

 これ以上警官を続ける意味はあるのか? とも思っていた。

 だが、自分の信じる道を歩き、連塔は自分が望む姿になる事ができたのだ。

「こういう奴に鉄槌を下すために……」

 そのために手に入れたこの力。双眼鏡を握るその手は、決意のために強く握られていた。


 軋世は、あれから計画を次の段階に進めるために、禁呪を手に入れた。

 警備がザルである事は先に調べていた。軋世は保管所の鍵を手に入れると、夜に忍び込めば簡単に禁呪を手に入れることができた。

 最近は連塔が軋世にかまう事はなくなってきた。だから、軋世は好きなように動くことができた。

「簡単すぎる……張り合いがない……」

 軋世はそう考えていた。

 今は保管庫の外にやってきている。周りが木で囲まれた場所にある。小さな駐車場はあるものの、その駐車場も草が生えており、小さな草むらみたいに見える場所だった。

 壁の色がくすんだ保管所はコンクリート製で、あって頑丈そうにも見えるが、いくつもの亀裂が走っていて、すぐにでも崩れそうな感じの印象もある。

 そこで軋世は今の状況を見て唸ったのだ。

 当然計画が順調に進むのはいい事であるのだが、連塔が全く出てこないというのは気味が悪い。

 軋世は不安に思いながらも計画を進めていった。

「連塔の姿は見えません。他に私達の事を監視している人影も見えません」

 遼子はそう言う。軋世もその言葉は信用していたが、ここまでいきなり監視の目がなくなるのはおかしい。

「不気味なくらいだ……」

 あれから軋世は遼子を自分の目の届かない場所に置かないようにしていた。

 もしかしたら、軋世が目を離した瞬間に裏切るかも知れない。だから遼子を自分の近くに置いて、監視をしているのではないか? そう世夜も教授も思っていた。

 軋世も遼子を自分のそばに置く事に対する言い訳を、考えていた。

「普段から一緒にいれば俺が連塔に監視をされているのに気づく事ができる。男と女の二人連れだったら、ただのカップルとして偽装もできる」

 その言葉が本音であるという保証はない。軋世が言った言葉なので安易に信用をする事はできない。

 それが、世夜や教授の考えであったし、当然遼子も同じような事を考えている。

 だが、遼子はその考えが、もしかしたら違うのではないか? とも考え始めていた。


 今軋世と遼子が歩いているのは繁華街だ。ファーストフードの店やおしゃれなカフェなどが並んでいる場所で二人で歩いているのだ。

「遼子……男に近づかれても大丈夫になったのか?」

 そう軋世が言う。

 遼子と軋世は二人で手をつないで歩いているところだった。もちろんこれについて軋世は周囲を欺くための偽装として理由付けをしていたのだった。

「確かに……そういえば大丈夫に……」

 そこまで言ったところで、遼子の頭に昔の記憶がフラッシュバックしてきた。

 あのおぞましい事件を思い出すと、遼子は体中ががたがたと震えてくるのだった。

 今、体を震わせる遼子を見て軋世は言う。

「どこかで休もう……」

 そう言い、歩くこともままならなくなっている遼子の手を引いて、近くのファーストフード店にまで入っていった。

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