軋世の誤算
「な……なんだよ……俺に手を出したらどうなっているのか? 分かってんのか?」
男は軋世に向けて言う。
だがそんな言葉で軋世がひるんだりしないし、この男の素性はすべて調べ上げている。
「そうだな……お前を殺したら、俺は警察と黒曜組に追われる立場になるって、お前は思っているんだろう?」
軋世はそう言って笑った。
「お前は最近調子に乗りすぎているらしいな。警視庁に顔を繋げる事ができるからって限度というものがある。お前の父も、双木さんも、お前の事を殺してもいいと言っていたよ」
軋世は、その男の父にももう話を通していた。
この男は嫌われていて、この男が死んでも悲しむ者はまったくいない。そこまで調べあげたうえで軋世はそうしているのだ。
「もうお前と話す事はない」
軋世はそう言うと、持っているスイッチを押した。
そうすると、男の頭が爆発をする。それでその男は力をなくして倒れていった。
「これだけで終わらせない……」
軋世はそう言い懐から包丁を取り出した。その男の胸や腹に向けて包丁を突き刺した。
当夜はずっと昔からこうしたかっただろう。だがもう当夜はいない。
両親を殺された当夜はずっとこの男を探していた。当夜だったらこうするだろうと考えると、軋世は当夜の代わりに怒りを込めてこの男に包丁を刺していった。
何度もこの男の死体に包丁を刺し、それでこの男がズタズタになったところで、軋世は肩で息をしながら力なく崩れ落ちた。
この部屋の窓から見ると。外にはいろいろな人が歩いている。
夏の夜の繁華街は派手な格好をした女や、客引きをしている男などで騒がしくなっている。電燈をつけていない暗い部屋から階下を見下ろした軋世は自分の取った行動を呪い、次をどうするかを考え始めた。
「もっと早くこうしていれば……」
軋世はそう考える。こうすれば当夜がいきなり警察に殴りこむ事はなかっただろう。
軋世はそう考えながら背後に見える死体に向けて振り返った。
これは教授の作った魔法の点検でもある。という言い訳も考えたが、そんな言い訳をしても意味はない。
とりあえず、見事に教授の作った魔法は、効果を表した。この男の頭は見事に破裂をして、この男を絶命させる事に成功したのだ。その部分は確かにいい……
「こんなバカな事を……」
軋世はそう言った。
これは何の意味もない行動だ。この男は警視庁に努めている男の息子で今は暴力団に入っている。それに、彼が無実の人間を犯罪者に仕立てたのは当夜だけではない。
何人もの人間に無実の罪を着せ、そうやって自分のやった犯罪を隠しているという男だ。
当夜が仲間になる前。すでに軋世は当夜の両親と親友を殺した犯人を見つけていた。だがその事は当夜には隠していたのだ。どうにせよ後に殺す人間だし、こういう腐った男は懐に入り込みやすい。当夜がこの事を知ったらこの男といい関係を作ることは難しくなっていただろう。
そう考えての行動だったが、その男をこんな形で自分の手で殺す事になるというのは完全な誤算だった。
「これで警察に捕まるような事になったら……」
これでついには軋世は殺人犯だ。連塔が軋世に逮捕状を作る理由ができてしまった。
連塔は絶対にこの事に気づくだろう。そして軋世を疑ってくるはずだ。
『そして、この死体を見つけたら……』
この男の死因が特定をされれば、もしかしたら、この魔法の事が解析をされてしまうかもしれない。
そして、この男を殺した場所もマズい。窓からは繁華街の店舗が放つ光が差し込んでくる場所だ。この死体を山に埋めるなり海に捨てるなりするにも、これだけ人目があれば、運び出すだけでも一苦労だ。
「どう考えても八方ふさがり……オレはなんてバカなマネを……」
軋世はこの男を殺したことを悔いた。人殺しを悔いたわけではなく、『この場所を選んだ事』を悔いたのであるが……
軋世は必死に考えた。この男の遺体をどう扱うべきだろうか?
とにかく、こんなところに置いておいたら、誰かに気付かれてしまう。そして、この頭の傷の事も調べられてしまう。
そうなれば計画はおしまいだ。
軋世はそう考えながら携帯を手に取った。
「先にどんどん進んでいくのはやめたまえ! こっちは老いた体だぞ!」
「しかし、早くこの死体を片付けないと!」
そう言い合いながら、軋世は教授と一緒に氷漬けにした男の死体を運んでいた。氷漬けにしたので、遺体からは血が滴る事はない。部屋に広がった血痕はある程度掃除はしたものの、調べられたら浮き彫りになってしまうだろう。とりあえず、血は氷漬けにしておいた。これで多少細胞が破壊されてDNA鑑定に引っかかりにくくなると聞いたことがあるが、それでも完璧じゃない。これは仕方ないとして放置した。
教授はぜぃぜぃ言いながらカーペットでくるまれた死体を車にまで運び込んだ。
軋世は助手席に乗る。教授は運転席に乗るとハンドルに体をあずけてぜいぜいと息をし始めた。
「研究生活四十年……運動不足がこんな形でたたってくるとは……」
少し、教授の息が落ちつくまで待つ。
しばらくすると、教授が車のエンジンをかけ、繁華街から移動をしていった。
「しかし、君が私を頼るなんて、珍しい事があるものだな」
車の運転をしながら、そう言ってくる教授。
軋世はそれにいぶかしげな顔をして返した。
「だってそうだろう? 君はいままで他人を使う事はあっても、人を頼る事をしてこなかったじゃないか」
「今回は不測の事態だったもので……」
「それは珍しい。君の計画はいままで上手くいかなかった事はなかったと思うが?」
教授は言う。
「ボクだって何もかもうまくいっているわけではないですよ……」
軋世は言う。
確かにいままでの計画は概ね上手くいってきた。だがもちろん、小さな計画違いやアクシデントなどもはいくつもあった。もちろんそれらは修正したり計画を破棄したりして問題ないように進めてきたのであるが……
「だが今回のような修正のきかないような失敗は初めてだったろう? あいつの事に腹が立ったのだろうが、どうせそのうち殺す男だろう? 今、無理をしてまで抹殺をする必要はなかったんじゃないか……?」
「すみません……御足労をかけてしまって」
軋世が言うのに教授は不満げな顔をした。
「当夜君の敵討ちのつもりなんだろう? 私には君が初めて人間に見えてきたよ……」
「人殺しをする人間が人間に見えますか?」
「そうでなくてだな……」
軋世は言った。人殺しをする人間なんて、人間とは言えないだろうと。だがそれは教授の言葉をかわすために、あえて的外れな事を言ったのだ。
それでも教授はつついてくる。彼の科学者としてのサガなのだろう。知りたい事は聞き出さないと気が済まないのだろう。
「当夜君の復讐なんて、初めて君が人間らしい行動をとったじゃないか。私は君が当夜君が死んだことなんて関係なく計画を続けるつもりだと思ったのにな」
『もしかしたら、他の理由でもあったのかもしれないが……』教授にはそう見えたようだ。
「みんなして、ボクを何だと思っているのでしょうね?」
軋世は言う。それは、教授には冗談かなんかにしか聞こえなかったようだ。軋世の言葉に無表情で答える。
「世界を崩壊させようとしている大悪人だろう?」
教授の言葉は、他のみんなと変わらなかった。それに胸がチクリと痛むのを感じた軋世。
「今回の事は完全にボクのミスです……」
教授に向けて言った軋世。教授はそれを聞いて、驚いた顔をした。
「君が間違えるなんて……そんな事はありえないと思っていたよ……」
教授は言いだした。軋世はそれを聞きながらも無表情な顔を作った。
「君は世界を破滅させる大悪人なんだろう? 君がそんなんで、世界なんて滅ぼせるのかね?」
教授は言う。それを聞いて、軋世は心の中で唸った。
「そうだ……俺は完ぺきではなくてはならないのか……」
軋世は言う。
「少し、外の風を浴びようか……」
教授は言う。教授は車の窓を開けた。空いた窓から風が吹き込んでくる。夜になっても生暖かい風を浴び、軋世は改めて考えた。
今回の行動は明らかに失敗であった。当夜一人のために自分の身を犠牲にしたのだ。軋世は冷静になると、普段から持っている冷たい刃のような心を取り戻していった。
「これで……私は死体遺棄の犯人になってしまった。逮捕状一つで牢屋の中だ」
「その点については、問題ありません」
軋世が言う。言葉に普段の冷たさと冷酷さが戻ってきていた。
「君にとっては問題ないのだろうな。私はもう役目を終えている。いつ死んでもかまわない男のはずだ」
軋世は教授が言うのを聞いてコクリと頷いた。
「まったく……なんていう男についてきてしまったんだ……?」
そう言うがその言葉には全く悲壮感などは感じない。教授はむしろ満足げな感じだ。
「普段の君に戻ったな」
教授が言う。軋世もそれを感じていた。この世界の人間を虫けら程度にしか思っていない、悪人の顔になっていったのだ。
「まずは、この死体の処理の方法です」
軋世は、教授に指示を出した。それから二人は無言で車を走らせた。いままで二人して話をしていたのが嘘のように思える様子だ。
「我々の関係はこうあるべきだった」
それで満足げにする教授。教授にとって一つの懸念材料がなくなったのだ。
「研究生活四十年……」
「無駄口を叩かないでください」
教授と軋世は、そう言いながら穴を掘っていた。
「しかし、君が元に戻ってくれて助かったな」
教授はぜぃぜぃ息を吐きながら言った。あれからあ軋世はこれからの計画をいち早く立てた。
まず死体の頭部と指は切り取る。頭部の怪我を見られたら困るのと、指では指紋で本人の特定をされないようにするためだ。軋世はそれを言った後、車に積んであったスコップを使って死体の首を切り落とし、同時に指も落とした。
「そんな事……よくできるね」
まるで、マネキンを解体しているかのようにして、軋世はその男の死体を解体していたのだ。その様子に人間離れしたものを感じた教授だが、軋世はその教授の様子を見ても、教授が驚いている理由が分からないといった感じでキョトンとしていた。
衣服を剥ぎとり。その服で切り離した死体の頭をくるみ、教授の車に投げ入れた。
ドン……と音が聞こえるのを聞き、教授は気味悪そうな顔をした。
「私の車なんだが……」
教授が言うのに、軋世はキョトンとした顔をした。
「別に血なんか垂れないですよ。がっちがちに固めてありますから」
「まあ、それもだが……」
今の軋世には何を言っても無駄であると感じた教授は、穴を掘る作業に戻った。




