異世界での日常① 「いざ出発って、豪雨かよ・・・」
異世界生活二日目。
クーリアを加えて迎えた最初の朝は、生憎の豪雨だった。
「ったく、こうも降るとはなぁ・・・」
そうやって、ついぼやきたくもなるってもんだ。
座席の間を縫う様にして運転席に座った俺は、咥え煙草のまま土砂降りの雨を睨んだ。
分厚い装甲とガラスに遮られてマシだけど、そうじゃなけりゃ雨音だけでもうるさそうな位。
バケツをひっくり返すなんて表現があるけど、ある意味そんな感じで最近じゃ日本でも時々降るゲリラ豪雨って感じだな、これ。
と言う訳で、流石に転移したばかりで土地勘も何もあったもんじゃない俺としては、下手に車を動かす事も出来ないでいる。
昨日は見えていた街道もこの雨で見辛いし、泥道で判断が付かずに沼地に突っ込んだなんて事になったら笑えもしないし。
「こりゃぁ、今日はここで足止めかな?」
そう呟く俺の後ろ、居住区のベッドの上ではクー――クーリアがスヤスヤと穏やかな寝息を立てている。
席の間から覗きこんで見れば、和らいだ幸せそうな寝顔を浮かべていて、多分良い夢をみてるんだろうなってのが良く分かる。
昨日、食事の後もちょっとした事件があった。
まぁ、これもある意味じゃ転生物の御約束かも知れないけど、クーリアが俺の奴隷になりたがったんだよね。
当然、現代日本の倫理観の中で育ってきた俺は渋ったんだけど、クーリアの話を聞いて、更には泣きそうな目で「私が奴隷になるのは嫌ですか・・・」なんて言われたら、もう断れなかった訳で。
何でも、クーリアに嵌められた奴隷の首輪ってのは、所謂マジックアイテムの一つで一度嵌められたら主人が解放しない限りは外れないんだそうだ。
それも、最低三年の間は何があろうと外せないって縛りも別に付いている。
これは主人に対する安全措置でもあり、奴隷の解放時の正当性を示す為でもあるんだと。
奴隷が解放されるに当たっての方法は、大きく分けて2つ。
大きな功績を立てて主人から解放を認められるか、お金を貯めて身分を買い戻すか。
そのどちらにしても一カ月そこらで為し得る様なもんじゃないんで、そんな縛りが付いてるらしい。
まぁ、そうじゃなけりゃ主を脅したり、殺害したりなんて手段で解放されようとする奴隷も出てくるって心配もあるらしく、今の所この縛りに対して文句が出たってのは聞かないそうだ。
そうなるとクーリアも、少なくとも三年の間は奴隷身分から解放されないって事になる訳だけど、それに関してはクーリアも諦めていた。
大概、街の衛兵なんかは首輪を嵌めている奴隷が何で奴隷になったか、なんて調べないんだそうだ。
犯罪取り締まり等の秩序の維持に加えて魔獣――あのオークなんかの事を言うらしい――の相手で精一杯で、流石にそこまで手が回らないってのと、奴隷の中には『自分は不当に奴隷にされた』って言う奴も多いってのが理由。
忙しいさなか、その報告を信じて調べて見ても、その大半が税金滞納だとか借金を返せなかったりって言うちゃんとした理由があるにも関わらず、自分では認め切れてないだけで、実際の犯罪と関連性があるだろう違法奴隷は僅か一握りもないと来れば、一々相手にしてられないって事なんだろう。
そもそも違法奴隷自体、闇市なんかで買われた後は一知れずに飼殺されるのが普通で、表だって奴隷として屋敷を出歩いてるなんてのは殆どいないって話だし。
だもんで、現行犯逮捕みたいな一部を除けば、違法奴隷ってのは公然の秘密としてまかり通ってしまっているのが現状だそうだ。
ただ、解放の件に関しては諦めていても、クーリアの場合は別の問題がある。
それはクーリアが主人を持っていないって事。
契約を交わさない限り、奴隷は飽くまで『商品』でしかなく、例えばこのまま契約を交わさずに街に連れて行けば、クーリアは商品としての扱いを受ける事になる。
クーリアの様に搬送中の奴隷商人が襲われ、商隊は全滅。奴隷だけが助けられたってパターンは今回以外にもあるらしいけど、その場合は取得物として扱われ、拾った者――この場合は俺――に所有権が移る事になる。
なので、契約を交わして所有奴隷にするのも、交わさずに街で売り払うのも自由って事らしい。
けどまぁ、売り払った場合の末路ってのは解り易いもんで、徹底的に犯され、ボロボロになって捨てられるか、特殊性癖を持った相手だと行為の途中で死んでしまうかのどっちかだと言う。
「私はまだ幸いにも性奴隷スキルは付いていませんけど、恐らく登録の内容は性奴隷になっている筈ですから、そうなれば売り先は娼館か、でなければ貴族や豪商と言った方になると思います」
で、この場合娼館に売られればまだ良い方だ、とも言った。
「娼館の場合、あくまで商いの一環ですから。その場合は少ない額であっても報酬が支払われます。ですが貴族や豪商の家に買われた場合は、下手をすれば地下に飼われたりして表に出されず、報酬も支払われないと言う事もあるそうです」
つまり、娼館であれば余程非合法な場所で無い限りは給料が支払われるけど、貴族なんかだとその保証がないって訳だ。
ま、日本と違って風営法が厳しい訳じゃ無く、普通に娼館に行けば女を抱く事の出来るこの世界で『性奴隷』なんて特殊な奴隷を求めるものの大半は、普通には行えないアブノーマルな性癖を持っている場合が多いってのと、自宅に囲われてしまった場合給料を支払っていると言う表向きの報告こそあるものの、実際には支払われずに飼い殺される可能性が高い。
それなら、出会ったばかりとは言え優しく接してくれた俺に仕えたい、と言った来た次第。
それを聞いちゃうと、俺としても考え所って言うかねぇ・・・。
流石に悲惨な末路が待ってそうな『商品取引』は出来なくっちまった訳で。
そう言う訳でもう一度だけクーリアの意思を確認した後、ナイフで指を傷つけて出した俺の血を彼女の首輪に付いている赤い石に垂らし、契約を交わした。
異世界生活一日目にして可愛い少女奴隷を手に入れてしまった訳だが、異世界転生物のネット小説を知る身としては、どんなお約束だよと突っ込みたい所だ。
って、勘違いされたら困るから言っとくけど。
クーリアとは致してないぞ。
まぁ、ベッドが一つしかないから一緒に寝はしたけどさ、だからって襲いかかるとかしてないからな?
流石に織絵と別れたその日の内に他の女を抱くとかあり得ないし、立場を利用して喰っちまおうって程堕ちてないから、俺。
ただ、こう・・・・。
助けたって言っても、クーリアの俺への懐き方はちょっと凄いものがある気はする。
出会って数時間の俺と一緒のベッド――しかも狭いから寄り添う様にしか寝れない状況で、安心しきった顔で幸せそうに寝息を立てるとか、ちょっと判断に迷った。
よっぽど俺を信頼してくれたのか、それとも悲惨な未来を回避したいが為に演技してるのか――って、寝てる時まで演技は出来ないなってのに気付いて内心で頭を抱えた。
つまり、出会って数時間の俺を、たったあれだけのやり取りで信頼してくれたって事で、その純朴っぷりにちょっと頭が痛い。
うん、ダメだこれ。
ほっといたらまた変なのに捕まるわ。
そんないやな確信が出来てしまい、これは俺がしっかりしないとって気合が入る半面、あれだけの目にあった子に、これ程までに心を許してもらえてるってのが嬉しかった。
そんな風に昨日の事を思い出してる間に、どうやらクーリアが目を覚ましたらしい。
もぞもぞと動く音がした後、体を起こしたクーリアが「イツキ様、お早うです~」と、何とも寝ぼけた挨拶を交わして来るので、その様子に苦笑しながら、吸い終えた煙草を吸いがら入れに捨てて俺も挨拶。
「おはよう、クー。まずは顔、洗って来な。そしたら朝ごはんにしよう」
そう言って居住区の棚から引っ張り出したタオルを渡してやると、眠そうに眼を擦りながら居住区後方のシンクへ向かっていく。
一応、マローダー内部の事は昨夜の内に説明済みだ。
って言っても、一度に説明しても混乱しそうなんで、シンクの場所と蛇口を捻ると水が出るってだけだけどさ。
それでもクーリアには驚きだったらしく、『こんな便利なものがあるんですね』と大きく目を見開いてたよ。
ジャーと言う水が流れる音、バシャバシャって言う顔を洗う音の後、今度は確り目が覚めたらしいクーリアが俺に笑顔を向けてくる。
「イツキ様、お早うございます」
慣れてない様呼ばわりにちょっと照れるけど、この辺りはクーリアにとっても譲れないらしく、諦めるしかなかった。
どうもこの辺、奴隷云々以前に貞操観念の強いエルフ族の母親の影響で、
『将来良い人が出来たら、その人を立てて確り支えてあげる様にって言われて育ちましたから』なんだそうだ。
何だか、その言葉からすると三年間の借りのご主人様って以上に、既に婚約者扱いな気がして尚更面映ゆかったりするんだけどね。
まぁ、今すぐにって訳じゃ無く、将来的にならそれも良いかもとは思うけど。
ちなみに、俺の今の肉体年齢は18歳・・・って事らしい。
いやぁ、朝起きたらPCにメール着信があってビックリしたね。
しかも、相手は女神さん。
どうやらこっちで使う俺の肉体を作るに際して、全盛期って言う言い方は変だけどその年代に合わせたんだそうだ。
そりゃ小、中、高と続けてきた水泳も、大学に入った後は忙しく続けられなかったし、会社に入った後とかもはや寝る時間すら削り気味だったから、大学入学直後位に比べると体もなまってたから嬉しいっちゃ嬉しいんだけど・・・何だか違和感がね。
ん?
体が若返ってる事位直ぐに気付け?
無茶言うなよ。
こちとら家族と織絵との別れに加えて、始めて見る世界への緊張と興奮、留めには前を向こうと決めた次の瞬間にはモンスター襲来+初めての轢死体製造、初の他殺体との邂逅にクーリアの発見だぞ?
僅か数時間の内にこんだけイベントが詰め込まれてたら、多少の違和感とか気にする余裕はないって。
一々鏡で自分の顔を見る趣味がある程ナルシストでもないし、多少の違和感は女神さんが俺をこっちに転生させて間もないからだろう程度にしか考えてなかったさ。
更には、こっちの世界にはカード――正式名称:個人識別証ってのがあるらしいんだけど、それには名前と種族、年齢、職業だ何かが表示されるらしい。
所謂、ネット小説なんかで言う所のステータスカードって奴だ。
で、そのカードにも俺の年齢は18歳って表示されるとか。
実際にはまだ見てないけど、女神さん情報である。
恐らく間違いないんだろう。
けどなぁ・・・って、まぁ良いや。
悩んでも仕方ないし、取りあえずは食事にしよう。
さて今回はって事だけど、雨が降ってるって事もあって気温は若干低め。
冷暖房完備のマローダーなら暖房で一発ではあるんだけど、一応、汁物で体を温める事にしようかな。
って事で、お手軽三分。
カップラーメンの出番である。
別にインスタント作っても良いんだけど、何となく気分的にって所。
IHヒーターにかけた薬缶でお湯を沸かし、お湯を注いで三分。
蓋をはがして冷蔵庫から取り出した卵を割った落とし・・・はい、完成。
昼とか夜なら兎も角、朝なんてこんなもんだろ。
田舎に帰ってからは織絵が作る事もあって、三食キチンとしたものを食べてたけど、会社員時代なんて朝食抜きはザラだったし、食べてもこんなカップ麺か調理パンだったからね。
朝からあんまり重い食事って、胃が受け付けないんだ。
まぁ、付き合わせるクーリアには悪いかなって思ったけど、当の本人は漂ってくる匂いに瞳をキラキラさせて期待の表情。
口調自体はもの凄く落ち着いてるんだけど、こう言う表情を見ていると可愛いな、って思う所である。
うん、表情豊かなのは良い事だ。
なんて思いながら、クーリアにフォークを差し出す。
俺は箸だけど、クーリアは使えないだろうしね。
この辺りは既に確認済みって言うか、奴隷契約に当たって俺が異世界から来たとかも説明してあって、その時にここらでは箸を使う習慣はないってのは聞いてある。
かなり驚いては居たけど、それでも『イツキ様はイツキ様ですし、それが解っていれば私は構いません』とアッサリ受け入れ、『それに、秘密を教えてくれて嬉しかったですし』と笑ってたんだから、大したものと言うか何と言うか。
「熱いから気をつけてな。それじゃ、頂きますっと」
「はい、頂きます」
そう言って、クーリアは嬉しそうに麺をフォークに絡めて口に運ぶ。
この「頂きます」って挨拶は昨日の晩御飯の時に教えた。
最初はやっぱり不思議そうにしてたけど、理由を話すと感心したようで真似をし出したんだよ。
礼儀作法の原点に当たる『感謝』って概念は、世界を越えても共通って事かな?
そんな事を考えている間にも、食事は済んでしまう。
まぁ、カップ麺なんて熱い事除けば食べるの簡単だし、当たり前なんだけどさ。
それで、少し物足りなそうにしているクーリアの為に、昨日もお世話になった『S氏のご飯』を温めて上げる事にした。
「はい、これ。スープは残しといたでしょ? その中に空けて食べて見な。スープの味が染み込んで美味しいよ?」
そう言って、今度はスプーンを差し出した。
だって、フォークのまんまじゃ食べられないしね。
そして俺の言った通りスープの中にご飯を開けたクーリアは、一口食べてその長い耳をピクリと一揺すり。
エルフもそうらしいけど、クーリアはまず耳に感情が出るみたいだ。
まだ流石に細かい所までは解らないけど、表情を見る限り気に行って貰えたみたいだね。
嬉しそうに食べるクーリアを眺めながら、俺は今日一日をどう過ごすかに想いを馳せる事にした。