異世界とお約束① 「前を向けるって思った瞬間にこれかよ・・・」
パチリと目を覚ます。
うん、正にそんな感じ。
アッチじゃ自分の心臓が止まった事まで解った後だってのに、感覚としちゃちょっと良く眠った朝って感じの目覚めだ。
ただ、ねぇ・・・。
やっぱり目を開いた瞬間に目に写るのが、織絵の優しい笑顔じゃなくて見覚えのない空だからさ。
それなりの寂しさは感じるけど、ね・・。
「何だ、俺も案外女々しいのな」
なんて言葉が苦笑と共に口を吐いて出るけど、当然って言えば当然の事だよな。
最初っから解ってた事だし、幾ら覚悟決めてたって言ったって、本音を言えば家族と別れたかった筈がない。
何よりも、織絵と一緒に居られなくなるって事に、どれ程覚悟決めてたって悲しみも寂しさも感じないで済む筈がない。
「ったく、それも含めて解ってた事なのになぁ」
そう言いながら体を起こす。
そうだ。
幾ら悲しかろうが寂しかろうが、アッチに戻る術なんかないんだから。
だったら、取りあえずは動かなきゃいけない。
女神さんに教わった前情報じゃ、この世界は典型的なファンタジーもののそれらしいからな。
悲しみに暮れてボケっとしてたらモンスターにパックリとか、笑い話にもなりゃしないし、そんな終わり方、準備を手伝ってくれた織絵に対する侮辱以外の何物でもないだろう。
多分、本音を言えば準備なんかに時間を取ってないで、もっと行きたい場所もあった筈だし、やりたい遊びだってあっただろうに、それを抑えてこっちでの俺の為にって頑張ってくれてたんだ。
そんな妹で彼女な女の子の想いやりを無駄にするとか、男がどうこう以前に人としてやっちゃいけない事だろ?
なら、動け。
悲しむのは後で良い。
まずは安全を確保しろ。
それが最優先事項で、今俺がしなけりゃいけない事だ。
そう覚悟を決めて立ち上がり、周りを見渡す。
成程、流石は女神さん。
出来る限り安全そうな場所を選んで送ってくれてたんだな、ってのは直ぐに解った。
見渡す限りの荒れ野原ってのはちょっと困るけど、一応踏み固められた街道っぽいものが一筋横切ってるのは見えるから、それを辿っていけば街なり村なりに出られるだろうと思う。
まぁ、見える限りじゃそれらしきものは見えないけど、そこは移動力では異世界屈指(恐らくは)のチート持ち、そこまで問題にはならないかな?
なんで、安全確保の意味も含めて亜空間車庫を解放、マローダーを搬出させる。
見渡す限りの荒野に突如現れた鋼鉄の巨体を見ながら、ふと「何でマローダーと荒野ってここまであってるんだろうな?」なんて馬鹿な事が思い浮かんだけど、取りあえずは気にしない事にして運転席に乗り込む。
アッチで散々乗りまわした御蔭で、今や乗りなれた感のあるマローダーの運転席に座ると、薄らと嗅ぎ慣れた優しい香りが鼻に付いた。
「あ、これって織絵の・・・」
俺がタバコ吸うからって一緒になって選んだ、車用の芳香剤の匂いだ。
強過ぎず、優しい感じがして・・・だけど煙草の紫煙に負けず、控えめに自己主張してくる香り。
その匂いを嗅いでると、何だか織絵と一緒に居る様な気がしてきて、ほんの少し心が楽になる。
――あぁ、そうだよな。世界は分かれちまってもう会えないけど・・・、それでも、織絵との繋がりが無くなった訳じゃなかったんだよな。
今だって思い出は心の中に残ってるし、この芳香剤みたいに織絵を感じられる品物だってこの車内には沢山あるんだ。
「うん、もう大丈夫だ」
そう呟いた瞬間、何となく織絵が笑った様に感じたのは、多分きっと気のせいだけど。
それでも、俺は前を向いていけるって思ったんだ。
だから、口元に浮かんだ笑みをそのままにキーを回してエンジンを掛ける。
力強く、野太い排気音と共に命が吹き込まれたマローダーのハンドルを握り、クラッチを踏んでギアをニュートラルからファーストへ。
タイミング良く起動を終えたカーナビから、SDメモリに登録済みの音楽が流れ出す。
流れ出したのはやっぱり織絵が好きだった曲で、それに嬉しくなりながらアクセルを踏み込む。
徐々に上がってくるスピードに合わせてギアをセカンド、サードと上げていけば初めて見た荒野の景色がグングンと後ろに流されて行き、まだ見ぬ景色を俺に見せてくれる。
そうだよな。
だから俺は、車が好きなんだ。
電車じゃ自由に煙草が吸えないだとか、時間が縛られるのが嫌だとか、色々他にも理由はあるけど、やっぱり一番の理由はこれ。
アクセルを踏み込んで車体が前に進む度に、違う景色が見えてくる。
似た様な景色だって、その瞬間瞬間で同じものなんて全くない。
あの残業と休日出勤の嵐だった会社員時代に、乗ってる暇なんか殆どないにも関わらず、それでも買い替えてまで車を維持してたのはその為だったんだよな。
そりゃ、何時か彼女が出来たらドライブに、とかって思惑もなかったとは言わないけどさ。
・・・って、俺は誰に言い訳してるんだか。
ま、アッチでだって織絵と一緒にドライブは出来たし、野望の一つは叶えたって事だよな。
なんて事を考えながら、胸ポケットから煙草を取り出してジッポで火を点ける。
このマローダーって車は窓まで分厚い防弾ガラスで頑丈な分、開けられるのは小さな円形の部分だけって仕様だから、窓を開ける代わりにエアコンを車外循環に合わせて対応するしかないんだけど、まぁ、それでも十分。
俺は別にチェーンスモーカーって訳でもないし、そこまでヘビーな愛煙家って程でもないし。
後付けした車内用の吸殻入れの蓋を開き、溜まった灰を落す。
後は音楽を聴きながら、紫煙とフロントガラス越しに見える景色を見ながらハンドル&アクセルワーク。
と言ったって、所詮は信号も無ければ決まった道さえない荒野だから、こっちとしてはある意味気楽なもんである。
だってさ、ここじゃ子供の飛び出しだの、信号無視して突っ込んでくるトラックとかあり得ないし。
まぁ、舗装すらされてない荒地だけあって、足回りの状況は決して良いとは言えないけど、そこはほら、荒地上等のマローダー。
大型特殊防弾タイヤと、超強力サスペンション、の合わせ技で乗り切れる。
それでも荒地特有の震動ってのは伝わってくるけど、そこら辺は俺が慣れるしかないって所。
「こりゃ、慣れるまで暫くは腰が痛そうだなぁ」
ガクンと振られる度に体もフラリ、常にこれじゃぁ多少体にも効きそうだ。
いや、それでもサスペンションもまともに効いてないだろう、馬車なんかに比べればはるかにマシなんだろうけど。
「って、マジで見えたよ馬車・・・」
オイオイ、タイミング良過ぎだろ?
何で馬車の事考えた瞬間に馬車見えんのさ・・・・って、ちょっと待て。
「マジかよオイっ!? 襲われてんじゃねぇかよ!」
街道らしき場所からちょっと外れた所で、アレは・・・オークか何かか?
何かこう、豚面で二m位ある粗末な毛皮姿のマッチョな集団が、手にした棍棒だの石斧だので馬車を殴りつけようとしてる。
って、今横殴りにされた棍棒で派手な服着たオッサンがふっ飛ばされたぞ!?
「こりゃ、ノンビリ見学って訳にも行かんわな、やっぱり・・・」
覚悟を決めてそう呟いた。
そりゃぁ、怖いさ。
怖いけど、ここで見捨てたら織絵の兄貴を名乗れない気がする。
いや、多分もう、そうしたら名乗れない。
だって、織絵の中じゃ俺はいつだってヒーローだったらしいから。
怖いからって助けられるかも知れない命をほったらかしとか、ヒーローのやる事じゃない。
と、なれば――
「行くっきゃないよな! 俺!」
マローダーのギアをトップに入れて、荒地も構わずアクセルを踏み込む。
一際大きな排気音と共にエンジンが唸りを上げて、スピードメーターが一気に跳ね上がっていく。
タイヤに依存するものの、最大加速では120km/hを叩き出す鋼鉄の塊が地煙りを上げながら突進し――
そして、激突。
ガグンッ、と言う衝撃に耐えながらギアをファースト、セカンドと切り替えて再び加速。
ハンドルとアクセル、ブレーキを操作して次の目的に向け、再度突進。
再び襲い来る衝撃と共に、オーク(?)らしき豚人間はくの字に体を折り曲げてぶっ飛んで行くのが見える。
遺すは後二体。
一体はマローダーの後方。
ギアをバックに入れ替え、アクセルを踏み込んで急加速。
前輪が軽く空転する程の急激な加速は、タイヤが地面を確りと噛んだ瞬間、砲弾の様な勢いで車体を後ろに押し出した。
当然、オーク(?)に避けれるだけの時間はなく、真正面から後部ドアに激突して後方に倒れ込みながら飛んでいく。
後、一体。
だけどこれが問題だ。
マローダーの最小回転半径は18m。
デカイだけあって、小回りはやっぱり利かない。
それは仕方のない事なんだけど、今の場合はちょっと問題。
あのオークの位置だと、回り切れないんだよ。
「なら、前進あるのみって奴だ」
再びギアをファーストに叩きこんで急発進。
ギアを入れ替えながら前方に距離をとってハンドルを切る。
流石にどこぞの走り屋の様にドリフトカーブなんて真似はしないけど、それに近い勢いで急ハンドルを切って車体の向きを変え、最後のオークを真正面に捕らえて再アクセル。
回転の為に距離を取った事もあって、十分にスピードの乗ったマローダーは、その頑丈過ぎるバンパーをオークのドテッ腹に叩き込んだ。
血反吐を撒き散らしながら吹っ飛んでいくオークを見て、少し気持ちは悪くなったものの、それを何とか堪えてブレーキング。
暫くそのまま、直ぐに発射できる様に左手はハンドル、右手はギアに置いたまま辺りをうかがったものの、オーク達が立ち上がってくる様子はない。
・・・どころか、ピクリとも動かない。
それを確認した瞬間、俺は大きく息を吐いて背もたれにドサリと倒れ込んだ。
「ふぃ~、何とかやったか・・・」
いや、気分的に良いもんじゃないけどさ。
理由がどうとか言ったって、やった事は人身事故だし。
けど、まぁ、まずはオーク撃退って事で喜ぼう。
どっちにせよ、あのオークどもをどうにかしないと馬車の確認とか出来ないし。
「って、安心してる場合じゃないっての!」
再びギアをファーストに入れると、今度はゆっくり馬車に近づける。
馬車の生き残りに攻撃されるのを警戒したってのも在るけど、それ以上に下手にスピード出して今度は馬車に突っ込んだとか洒落にもならない。
そして馬車の隣にマローダーを横付けすると、そろそろとドアを開けて運転席から降り立つ。
勿論、いざって時を警戒してスタンロッド――通販の防犯サイトで見つけた――を持ってるけど、まぁ、気休め程度にしかならないだろうな、ってのが予想。
だって俺、高校の授業で剣道を少しかじった程度しか武術経験ないし。
本職で護衛やってる様な剣士とか居たら、手も足も出ないだろうなってのは確実な所。
ただ、そう簡単には死ねないって以上はね・・・。
と、そんな風に警戒しながら見て見たんだけど――
結果から言えば、俺の取り越し苦労で済んだ。
いや、まぁ、だからって素直には喜べない結果だったけど。
まず、護衛だったらしい剣士数人は近くに頭を叩き潰されて、死体になって転がってたし、御者らしきオッサンは倒れた馬車の下敷きになった時に折れた車輪に胸を貫かれたんだろう。
こっちも死んでた。
後はあの派手な服を来たオッサン。
こっちも近づくまでもなく死亡確認が取れてる。
だって、よっぽど運が悪かったんだろうけど、吹っ飛んだ先に生えてた木の枝に串刺し状態でぶら下がってる。
不謹慎な言い方だけど、モズの早贄状態だ。
あれで生きてるとか、そっちのが怖い。
大きく息を吐いて、こみ上げる吐き気と無力感を紛らわしながら馬車の中を調べようとした瞬間――
「・・・ぅ・・ぁ・・」
小さな声が聞こえた気がした。
それに突き動かされる様に倒れた馬車の中を覗き込んだ俺の目に、頑丈そうな鉄の檻とその中で倒れている裸の少女の姿が見えた。
見た瞬間に、かっと頭の中に血が上る。
見た所16そこらの女の子を裸のまま檻の中に入れるってのもそうだけど、女の子の手足には頑丈そうな手錠と足枷。
首には皮製のベルトに小さな赤い石の嵌めこまれた首輪が嵌められていて、手足の枷から伸びた鎖は檻に繋がっている。
どうやらこの子を閉じ込めた人間は、よっぽどこの子を逃がしたくなかったらしい。
更に厭らしいのは、女の子が閉じ込められた檻とは反対側の壁に、恐らく彼女の手足の枷と檻の物だろう鍵の束がこれ見よがしにぶら下げられてるって事。
鎖に繋がれた彼女が、檻の中から手を伸ばしても届きそうで届かないだろう、そんな位置にぶら下げられてるって事は、彼女が必死になって鍵に手を伸ばす姿を見て嘲笑おうって意図が無関係の俺にでもすぐに解る位、解り易いもので・・・。
怒りに沸騰しそうな頭を、何とか落ち着けながら馬車に乗り込んで鍵を壁から引き剥がす。
ったく、ご丁寧に釘で打ちつけてあるとか、どんだけ嫌がらせしたいんだよ。
そう思いながら、力づくで引き剥がすと鍵束に金属製のプレートが一枚付いているのが見て取れた。
目を通すと、この世界の文字らしい。
らしい・・・ってのは、アレだ。
見た事もない文字な筈なのに、何でか読めるって言う。
どうやら俺って、属に言う異世界言語とか言語チートって奴も付いてたらしい。
でも、その時の俺はそんな事を気にする余裕がない位に怒っていた。
そのプレートに書かれていたのは、彼女の来歴。
クーリア
種族:ハーフエルフ
16歳
ジフル樹海近くの集落にて収穫。
処女である事は確認済みの為、性奴隷として売却予定。
予定額:金貨10枚~
それはそのまま、彼女を示す“値札”に違いなかった。