田舎の家族と転移準備 「これはちょっとなぁ・・・」
保険等の手続き関連を行う傍ら、俺は転移準備を進めていく。
まず行ったのは、車の購入。
とは言え、所謂普通の車ではない。
市販されているものの中では、世界最強の名高き車。
マローダーである。
異世界の道路事情は解らないが、女神曰く文明レベルが中世ヨーロッパ程度だと言うのなら、まともな道など主要都市近くの極一部だろうし。
そんな中に確りと整備、舗装された現代の道路を行く乗用車を持ちこんだとしても、恐らくは余り役に立たないんじゃないかな、ってのがその理由。
あぁ、ちなみに俺が貰えるチートの一つってのが、『亜空間車庫』ってものらしいからなんだけどね。
能力は読んで字の如く、亜空間に車庫を作り出す事。
車庫内の車の出し入れは俺の『魔力』とやらを鍵にしてるらしくて、俺以外には開けられない代物らしい。
まぁ、らしい、ってのはまだ使えないから実感が湧かないって所だね。
そんな訳で、異世界の悪路を行くのならと、頑丈さには無二の定評がある上に悪路上等な超オフロード仕様な装甲車、マローダー様を選択した次第。
当然、市販そのままにしておく筈もなく、内装は徹底的に弄る。
何しろ、運よくアッチで良い所を手に入れられるまでは、生活の拠点にもなる予定だからだ。
なので、マローダーが来るまで暫くは掛かるものの、それに先立って車体改造を専門に行っている会社を尋ね、ある程度の話は進めておく。
金はあっても、俺には残り時間って制限があるからね。
マローダーの到着をまって、それからノンビリ・・って訳にはいかない。
料金をちょっと多めに支払う事で、最優先で改造して貰う様に頼みこみ、改造の草案を話し合う。
後部座席は全面撤去してしまい、居住スペースに変えてしまう積りでいるのだ。
多少狭くても良いので寝台を置き、反対の壁際には腰くらいの高さで棚を作りテーブル代わりにする。
椅子は寝台と兼用させる積りだから要らないが、タワータイプのPCを確りと固定して詰み込む。
後部座席の全面撤去に伴い、後部側面の窓は要らないので全面装甲板仕様にして貰っているので、テーブル側の内部側面には大型の薄型モニターを設置し、キーボード、マウスを接続可能なジャックをつける。
印刷複合機はPC本体と共にテーブル下に設置しておく。
後は残りのスペースを使い、冷蔵庫、IHヒーター、電子レンジ等を何とか設置出来れば、言う事はない。
寝台の下を始めとするデッドスペース等を利用して収納を作ってやれば、結構な量が詰み込める筈である。
亜空間車庫と同様に貰えるらしい固有魔法『リロード』を使えば、燃料の問題は無視出来るらしいので、エンジンを掛けっ放しにすれば何とか発電量も足りるだろう。
IHヒーターや電子レンジは少々心配だが、その辺りはソーラー発電の設備を積み込んでおき、停車時等に大型バッテリーに蓄電しておけば何とかなる計算だ。
とまぁ、こんな風に意見を出して、後は専門家にお任せすると言うと、御金は掛かるが何とかなるとの事。
う~ん、流石はプロ。
改造に掛かる時間も期限内に収まっているので、そうなれば俺は俺のやる事を進めれば良い訳だ。
備品等の買いだしはそれこそ時期を見てになる上、消費期限等の制限がないものはちょこちょこと買っていけば良いので問題ない。
なので、当面やっているのは様々な電子書籍を買いあさる事と、映画、アニメ、ドラマと無節操にダウンロードしては市販最大容量を誇るSDカードに落し込む作業である。
アッチに行ってからどんな情報が役立つか等解らないし、文化レベルを考えれば俺が望む娯楽がある訳もないので、この辺りは節操なく徹底的に集めている。
長時間のドライブには音楽が必需品でもあるので、こちらも同様。
クラシック、ロック、洋楽、アニソン、J―POP・・何でもござれとばかりに集めまくる。
DVDなんかに焼くんじゃ嵩張るんで、全部SDカードに落し込むつもりでいる。
これなら、ちゃんとケースにルビ振りするなりして管理さえすれば、大量のデータを持って行ける筈だろう。
いや、まぁ、一日二日で終わる作業じゃないんで、ギリギリまで継続していく事になるけどね。
後は・・・、免許関連かな?
幸い、大学時代に大免まではとっていたので4トン近いマローダーも運転は出来るのだが、他に持ち込もうと思っている車種を考えると、ちょっとねぇ・・。
亜空間車庫って、結構広いらしくてマローダーを入れてもまだ余裕があるっぽいんだよ。
だとすると、車庫って制限から車に限定されてるって言っても、持って行けるならってのは幾らでもあるし。
異世界転移の鉄板、領地開発みたいなノリがある事を考えれば、工事用車両とか欲しいしね。
重機だとか農機だとかって、道路を走るには大型特殊ってヤツが必要なんだ。
アッチに行けば要らないだろうけど、農地でも持っててそこに納車して貰うだけなら良いんだろうが、亜空間車庫が発動できる様になる時期の事を考えると、そこそこ移動する必要も出てくるだろうなってのが正直な所なので、取って置くに越した事はない。
ぶっちゃけ、取ってなかった御蔭で余計な時間と金を浪費したってのは、制限時間付きの俺にとっては痛すぎる。
なら、予め取得の為に時間を割り振った方が利口だろうし、ある程度の練習もしたい。
幸い、両親は小さいとは言え畑を持っているから、トラクター、ショベルカーの練習は出来そうだ。
・・・今まで時々俺が草刈るだけで放置してたんで、絶賛荒地状態だけどな?
何せ、爺さん達――親父とお袋のどっちの親かは知らないが――から、土地ごと持ち家引き継いだは良いものの、仕事一徹なあの二人は全くのノータッチだったし。
まぁ、練習には問題ないから良いけどさ。
あんまり馬鹿デカイ重機は無理にしても、ちょっとしたサイズのショベルカーと農地を耕すトラクターは欲しい所だと思う。
調子にのって水陸両用車とか考えはしたけど、移動中に魔物・・とかあるかもってのを考えると、あんまりなぁって事で却下した。
ヘリだの飛行機だのは既に車両の枠内ですらないので、考える以前の問題である。
まぁ、あれだ。
空やら海やらは、その道のプロに任せるべきだよ、うん。
バイクは・・・、いらんだろうなぁ。
正直、道路事情もあるけど、まず二輪の安定性って問題が大きいし、そもそも積載量もアレだし。
バイクの売りは機動性だけど、そこまで小回りを生かして爆走出来る様な腕は俺にはないし。
って事で、俺は陸専門なノリで車を選ぶ事にした。
まぁ、それも追々ではあるんだけど。
武器?
いや、普通にマローダーで逃げた方が良くないか?
弓だのなんだの持って行っても、当たるとは思えないしなぁ。
素直にマローダーで逃げるか、亜空間車庫に逃げ込んだ方が無難な気がする。
下手に持って行って、いざとなったらコレを使って対処…って考えが浮かぶよりは、最初から『逃げる』が最前提の方が対処が送れずに済みそうだからなぁ、俺。
なのでまぁ、そう言った諸々を考えると、さし当たってやる事はと言うと・・・里帰り、である。
両親と妹には近々帰るって言ってあるし、コッチに居られる時間が限られてる事を考えると、家族孝行しとかなきゃならん。
特別親不孝だった積りはないけど、後一年足らずで死ぬって事を考えれば、今の内に出来る事はやるべきだ。
そうと決まれば、即実行。
手近なパッグに着替え数着と携帯の充電器を放り込み、身支度を整えると戸締りをして近くの駐車場に移動。
運転席に滑り込んでイグニッションキーを回すと、熱風交じりの風をエアコンが吐き出した。
取りあえず冷房を全開にして窓を開けると、冷え始めるのを待ちながら煙草に火をつける。
紫煙交じりの息を吐き出しながら車をスタートさせると、最近お気に入りのアーティストの曲を聴きながら自宅への道を走りだす。
俺の田舎までは高速を含めて約二時間程。
ちょっと高速から外れた、辺鄙な所にある山里だ。
まぁ、少し行けば大きな街もあるし、そこまでド田舎はしていないけど、都会慣れした現代っ子には少々不便。
段々と田舎染みてくる風景を眺めながら車を走らせ、途中パーキングで昼食を兼ねた休憩を入れて、遂に到着。
エンジンを停めて車を降り、長時間のドライブで凝り固まった体を背伸びで解していると、大きな音を立てて玄関の扉がスライドし、息を切らせた両親と妹が飛び出してきた。
ビックリして固まる俺を前に、母と妹の目には見る見る涙が溜まって行き――
「あぁぁ、樹ぃ!」
「お兄ちゃん・・!」
遂にはボロボロと泣き始めた・・・って、何事!?
「いや、ちょっと御袋!? 織絵も何で泣いてんのさ? 俺、何かしたか?」
そう尋ねるものの、お袋も織絵もただ泣くだけで話が続かない。
仕方なく親父に顔を向けると、親父もまた、大っぴらに泣いてこそいないものの目に涙を溜めていて、再度驚く。
そんな俺に、親父はグイと袖口で涙を拭うと、重い口を開いた。
「すまんな、樹。俺らも全員、知ってるから。だから、隠さなくて良いんだ」
「? いや、何の・・・」
話が見えずに小首を傾げる俺に、親父は俺の目を真っ直ぐ見て続けた。
「だから、隠さなくて良いんだ。お前、後一年しかもたないんだろ?」
それを聞いて、言葉に詰まった。
っていうか、何で知ってるんだ?
俺は女神さんとのひと時以来、寿命の事なんか誰にも洩らした覚えはないし、体に目に見えて不調が出るって事もない。
なのに――
混乱した俺だったが、答えは意外なものだった。
「聞いたよ。あの女の神さんからな・・・。信じられなかった、いや、信じたくなかったが、信じざるを得なかった」
おぅ・・・、女神さん。
貴女でしたか。
何とかお袋と織絵を宥めて家に上がり込んだ後、俺の前のテーブルに親父はドンっと缶ビールを差し出した。
親父は自分のビールのプルタブを引き上げると、ゴクゴクと喉を鳴らして呑んでから口を開いた。
「・・・あの日の夜、俺と母さん、織絵は真っ白な場所に立ってた。気づいたらな。さっきまで寝てた筈だってのに・・」
そう言って話し始めた親父の言う事にはあの女神さん、親父たちにも確りと頭を下げて謝っていたらしい。
『本当にごめんなさい』
その言葉から始まったのは、俺が聞いたものと同じ内容のもの。
当然、と言うか俺の時との違いは、まずは状況が信じられないって所から始まって、自分の息子や兄が手違いの所為で残り一年しか生きられない、と言う冗談にしてはふざけた話に、まずは驚き、激昂し、そして落胆した。
何と言うか、あの女神さん。
余程根気強く説明してくれたらしいな、これは。
近所でも評判の頑固親父――と言うより、信仰やらオカルトやらを頭から信じていない、ガッチガチの無神論者――にまで、神の存在とそのミスによる俺の寿命を信じさせたってんだから、驚くのを通り越して感心するレベルである。
ま、聞いた限りじゃ親父一人って訳じゃなく、一緒に寝てるお袋、更には県外に出ている妹までもが、あの『白い空間』に居て、同じ話を聞いていたって記憶があったからなんだろうけど・・・、それにしたってなぁ。
そんな俺の考えが表情に出ていたのか、親父は小さく苦笑を洩らした。
「ま、言いたい事は解るがな。俺ら全員が一緒に覚えてるのを否定するってなぁ無理があるし、それ以外にもお前が来る日やら何やら、色々言い当てて来たもんで、こりゃぁいよいよ否定できなくなってきたって訳だ」
あ~・・・、つまりはアレか。
中々信じないのが解ってた女神さんは、神様能力発揮して未来予知やら何やらで『予言』なんて解り易い超常現象見せた訳だ。
で、これはいよいよ信じるしかないってトコに、俺登場。
それでお袋と妹の感情が爆発したと。
なんっつーか・・・、俺が原因じゃないとは言え――いや、俺が原因か、これ?
兎も角、それでここまで泣かれるってーのは、ちょっとキッツイもんがあるなぁ。
まぁ、無理もないっちゃないんだけど。
「あ~・・取りあえずそう言う訳なんで、後一年弱は無事なんでその間はよろしく? まぁ、病気だ何だって訳じゃなく、体はフツーに健康なんであんまし気にしないでいーんで」
結局、ガリガリと頭を掻きつつ出てきたのはこんな言葉である。
悪い悪いとは思う物の、生来の口下手にはこれ以上はちと無理ってのが本音。
つーか、深刻になり過ぎても疲れるだけだし、病気と違って刻一刻と弱って行くのを見守らにゃならん訳でもないんだから、出来るだけ気楽に行って欲しい所だ。
・・・って、無理か。
再び泣きだしてしまったお袋と妹を眺めつつ、どうすっかなぁと頭を悩ませる俺だった。