冒険のはじまり
シロウは村人に話しかけた。
「あのー、ちょっとお聞きしたいことが~。」
「あkれvvvsたれおk☆z感かるkz」
村人は返事する。
「へぇ、そうなんですかぁ。ところで、『狡賢いゴブリン』がどこにいるか教えてもらえませんか。」
シロウは質問した。村人は答える。
「brk○かrれ×あけみ♪srこれ堯zpp」
「なるほど、そうですかー。はっはっは。なるほど~。なるほど。」
シロウは村人の答えに朗らかに笑って、一呼吸をおいた後。
「わかるわけがねぇ…。」
その場で地面にがっくりひざをついた。かれこれ2時間ほど、ずっとここで詰まってしまっている。いったいこれは、どんな状況なのか。
説明すると、ことの始まりは3時間前のこと。
コランガルオンライン、それはオーガン社が社運をかけて制作した超大型VRMMORPGだ。オーガン社はMMOでは業界最大手のシェアを占めていたが、MMOの主力がVRMMOに切り替わってからは、その波に乗り遅れていた。
そこで一発逆転をかけて、超大作VRMMOコランガルオンラインを発表したのだ。膨大な前宣伝と共に告知されたβテスト、シロウはそのテスターに当選し、参加する権利を幸運にも得た。
βテストの開始日、シロウは有給を取ってこのβテストに挑んだ。VRMMOに入るための大型の酸素カプセルのような機器。そこに入りシロウは、開始時間を待つ。そして午後1時、ついにβテストが開始される時間がなった。
視界が暗くなり、一瞬、意識がとおのいた。そして目が覚めた時、目の前に広がっていたのは中世の世界にあるような石造りの街。
「へぇ、凄いなぁ。」
五感から伝わってくるリアルな気配に圧倒される。風に揺れる草木や、石造りの煉瓦の街並み、どれも本当にそこにあるようだ。
『それでは今からコランガルオンラインのβテストを開始します。』
どこからともなくそんな声が聞こえてきた。
「よし、それじゃあ早速遊んでみるか。」
シロウがそう言って一歩足を踏み出そうとした時。
ブチッ
そんな音が聞こえて一瞬世界が暗くなった。
それはすぐに明るく戻り、広がっていたのはさっきと変わらない街の景色。
「いったい何だったんだ。」
きょろきょろとあたりを見回すが、特に何かが起こった気配はない。さっき聞こえた運営からの声も特に何か言う様子はない。しかしちょっと怖い。
「一旦ログアウトして情報確認してみるか。」
そう思ってシステムメニューを呼び出そうと思考をすると、頭の中にそのメニューが浮かんでくる。その中に、ログアウトという項目があったので、早速それを実行しよと意識した。
「あれ?あれ?」
しかし何度意識を集中しても、ログアウトできる気配がない。
「何かやりかた間違ってるのか?」
係員に教えられたとうりにやったはずだが。そう思ったシロウは、適当にいろいろ変えて試してみるが何も起こらない。
「おかしいなぁ…。」
要領が違うのか、やり方が間違っているのか、何かのエラーなのか、シロウはVRMMOははじめてなのでいまいちわからない。
しばし悩んだ末出した結論は。
「とりあえず先に遊んでみるか。」
先延ばしにすることにした。ゲームを続けていたら、そのうち人に会ってやり方を聞けるだろう。何らかのエラーだったら、やがて運営から連絡があって解決するはずだ。
そう思ったシロウは、最初の目的通りにゲームを楽しむことにした。
まず初めの街で適当なクエストをやってみようとしたのだが。
「いえおいえおらまこらまぱでまこげらもすひでぶ」
詰まった…。
「頼む…。日本語で会話してくれ…。いや、この際簡単な英語でもいい。」
クエストで教えられたモンスターの位置を教えてくれるはずのNPCはわけのわからない言葉かすらも怪しいものをしゃべり続けるだけ。討伐対象のモンスターも見つからない。おまけにクエストのキャンセルもできない、次の街の情報もない、かれこれ三時間ここでさ迷い続けたままだ。
「どこにいるんだよ。『狡賢いゴブリン』ってのは…。」
「ああ、それならここから西にいったところのフィールドに沸きますよ。」
「!?」
急に後ろから声がした。驚いて振り向くとそこにいたのは、このゲームの回復役の職業を、ヒーラーの装備に身を包む少女だった。さらさらと腰まで伸びる金色の髪に、つぶらな緑色の瞳、杖を後ろに両手で持って自分をにっこりとした表情で見上げてくる。
「………。」
「どうかしました?」
急に話しかけられて思わず無言になってしまったシロウに、ヒーラーの少女は不思議そうに首をかしげる。
「いや、すまん。なかなか他のプレイヤーにあわなかったもんだから。」
「ああ、このゲームは最初ランダムに適当な町に飛ばされますからね。人の少ないエリアに飛ばされてしまったのかもしれませんね。」
少女は納得が言ったように笑顔になり頷く。
それに対してシロウは眉をしかめる。
「なんだそりゃ、普通チュートリアルとかあるもんじゃないのか?」
「うーん、そんなのないですね。」
あっさり言い切った少女に、シロウはがっくり俯く。
「はぁ、なんだそれ。いまどきチュートリアルもないMMOなんて…。それに、このクエストも言ってることわけわからないし。あんたよく『狡賢いゴブリン』の場所がわかったな。」
「ああ、だってこのクエスト作ったの僕ですし。」
シロウの質問に、少女があっさり爆弾発言をぶちかます。
「ええ?」
「いやぁ、このクエストを作ったときはデスマーチの三日目で意識がもうろうとしていたんですよ~。で、クエストのテキストにわけのわからない文字列を入力しちゃったんですけど、ちょうど文字数足りてるし、めんどくさいし、夜食のカップラーメンがのびるそうだからそのまま完成にしてしまったんです。」
「………。」
また黙りこくってしまったシロウに少女は首をかしげる。
「どうかしました?」
「あんたが作ったって、あんたオーガン社の社員なのか?」
「いえ、もう社員じゃないです。やめましたし。あの糞会社、残業代ださなかったし。」
「いやいやそういう個人の事情はおいといて、このゲームの開発者なの?」
「その通りです。」
「………。」
開発者がなんでここに?デスマーチ?そのまま完成?ラーメンがのびるから?何でそんなに朗らかなの?何から突っ込めばいいのかわからない。
少女のほうは沈黙するシロウを置いて、なにやら凄い勢いでオーガン社への恨みつらみをのべていく。
「だいたい社運をかけた大型プロジェクトとかいって、予算も期限もたりなかったんですよ。開発機材は安物ばかり、プロジェクトリーダーはアホで、こっちにしわ寄せがきまくるし。スケジュール管理が適当すぎて、デスマーチが終わったと思ったらまた次のデスマーチ、僕もさすがに死ぬかとおもったよ。だから適当に攻略不能だったり意味不明なクエストを作りあげて完成したって言った後、会社やめたんです。はぁ、本当にあんな糞会社辞めて良かったぁ。ああー、空気がおいしいなぁ~。」
なにやら軽く自分の中の毒を吐きだし、勝手にすっきりした顔で深呼吸をはじめる開発者さんに問いかけてみる。
「バグ取りとかしなかったの…?」
「デバックチームなんて開発がはじまるまえに全員リストラくらっていなかったですし、誰もしなかったと思います。」
笑顔で言い切る少女。
「チェック通るはずないよね…そんなの…。」
「チェックなんて名目だけで、ざるですよざる。」
頭がくらくらしてきた。
「なんで会社辞めたのにこのゲームの中にいるの…?」
「ああ、最後にこんな糞ゲーやって苦しむプレイヤーの姿でも見てやろうかと思ってβに参加したんです。オーガン社もこれがポシャって倒産確実だよね、ざまぁ!潰れる前に僕の未払いの残業代振り込んでいきやがれって感じだよ。」
「俺もその糞ゲーのプレイヤーの一人なんですけどおおおおおおお!」
「あはは、暴力はいけませんよ。犯罪者フラグたっちゃいますから~。」
思わず掴みかかるシロウに、可愛い顔で笑って返す少女。
シロウはこれからの先行きにとてつもない不安を感じはじめた。