再来
この世界には三体の神が存在した。万物の生を司る神、創造神デヤリ。
そして、生を受けた者を正しい道標へと導く神、導神ストラバロス。
それら全ての生ある者に対として死を与える神、破壊神アズド。
全生物が平和に暮らせるのはこの三神あるからこそだった。
しかしある時、時空に歪みが生じ異次元の亀裂が突如空中に浮かびあがった。亀裂はゆっくりと開きつつ、中に無数に存在する異形の者達を解き放った。
神々はこれに驚き恐怖し、異次元の亀裂を閉ざそうとした。あふれ出でる異形の者達は破壊神アズドの手により次々と消え去り、その間に残りの二神が亀裂を閉ざしてゆく。
そして、亀裂が完全に閉じる間近、亀裂より出でし黒き炎が導神ストラバロスの体に取り付き、一瞬にして燃え上がり、無数の破片となり轟音を響かせながら世界へと霧散させてしまったのである。
残された二神は世界の秩序が崩れてしまう事を悟った。悟り即時行動に移った。二神は霧散した導神ストラバロスの体の破片に『天白の露』と名づけ、それをこの世界で最も知能の高い「人」に集めさせることとした…。
「これが、古来より伝わる伝説だ」
公園の中央、長椅子に二人は座っていた。右目の眼帯を気にしながら一駒おいて告げる。
「俺は今、『天白の露』を探している」
「ブふッ」
もう一人の男が思わず飲んでいたお茶を噴き出した。
眼帯の男は苦笑いを浮かべ、ポケットからハンカチを取り出し手渡す。
「それよ、嘘じゃねぇだろうな?」
ハンカチで濡れた服を拭きながら小さく返す。
眼帯の男は徐にポケットから小さな銀色に輝く何かの破片を取り出した。
「証拠だ」
一気にお茶を飲み干し、破片に目を見やる。
無言で視線を前方に戻し、
「・・・へぇ」
と、一言言った。
「それを集めて、何か得でもあんのか?」
もっともな質問である。
「ウィオは、何かあると思うか?」
質問に質問で返され、
「フッ、ハンクらしいねぇ」
意図に気づいたウィオはゆっくりと立ち上がる。
「俺も、その遊びに付き合ってみっかな」
ハンクは図星を付かれたように苦笑した。
「・・・シュー・・・ザー・・・シュー・・・ザー・・・」
それは近づいてくる。遠くに居るのか近くに居るのかさえ分からない。
だが確実に近づいてくる。
見つけた。
能力者。
試す。
また一人、犠牲者が出た。
深夜零時。酒場を出た店長は驚愕し目を見開き、犠牲者に全速力で走っていった。
「おい、大丈夫か!!」
肩口から脇腹にかけて大きな切り傷が斜め一線、まるで巨大な刃物に切られたようだった。
声を掛けても返事はなく、ただ微かに胸のあたりが上下しているのみである。
「ちっ・・・これでもう五人目だぞ」
店長は呟き、酒場に戻り数人をつれ犠牲者の元へ走って行った。
犠牲者―シリアス・オリトロミアは酒場の店長の素早い判断によって、病院で奇跡的に一命を取り留めた。
シリアス曰く、
「・・・あれは死神だ」
体全体を黒衣で覆い、優に二メートルはあろうかという程の鎌を持っていたという。
驚異的な回復力を見せるシリアスは、既に傷の5割を再生していた。
「斬られたのはあんただけか?」
「さーな。あそこに居たのは俺だけだが」
安堵の表情を見せる店長。
シリアスは普通の人間ではない、能力者と呼ばれる特異なる存在だった。
風を操り、高速で移動や戦闘を行う。それが彼の戦闘スタイルである。
しかし、彼が傷を負ったという事があまりに厄介であった。
高速戦闘主体の彼は、相手からの物理的攻撃は当たる筈がない。
「しかし、あんたがあの大怪我をするとは・・・」
そして、酒場の店長も特異なる存在、大地を操る能力者であった。
「まさか、な。俺が死神に遭遇しちまうとはよ」
肩をすくめるシリアス。
事故というには相手が相手でなさすぎる。言わば、天災。
ガララッ。
古風な横開きの扉を開けて男が入って来た。
「何やってんだてめえ」
嘲笑するような声で話しかけたのは、抜き身の日本刀を片手に携えた長身の危険な香り漂う男だった。
「よー、悪いがここは楽しくなるような場所じゃないぜ」
答え終えると同時にシリアスはベッドの横の机に乗っていた果物ナイフを長身の男へ投げつけた。
果物ナイフはまっすぐに長身の男の右肩に命中し…
ガキンッ、と耳に障る音が響きわたる。
肩に当たった瞬間ナイフは何故か刀身から真っ二つになり床へと転げ落ちた。
「どうやら相当やられたみてえじゃねえか」
ボリボリと短髪の頭を掻きながらベッドへと近づく。
「仕方ない、相手は死神だ」
神妙な顔で言った店長の肩にポンと手を乗せ、
「死にやしねえよ」
身も凍るような笑みを浮かべて答えた。
傷が完治したシリアスは酒場で考え事をしていた。
何故死神が現れたのか。何故死神は俺を狙ったのか。何故何も出来なかったのか。
あの感覚・・・。
一瞬にして周りがモノクロになり、異常な威圧感と共に背後に大鎌を振りかぶった死神が居た。
そこから記憶は途切れ、病院の天井が次に目を開けた時に見えた光景だった。
怖気を伴うあの威圧感、あれは一体・・・。
「死神ねえ。興味あるぜ」
酒場に入って来た長身の男―ロスはシリアスの横に座った。
「未だに倒れた事のないあんたには分からねーだろ」
コップに入っていた水を一口飲み、シリアスは肩を落とす。
「カカカッ。おうよ、だからやってみてえ」
まるでそれを望んでいるかのような…いや、望んでいると言って良いだろう。
ロスは戦いを、殺し合いを、まるで楽しむような異常な感覚を持った人物だった。
「その前によ、肩慣らし程度に殺ろうや」
持っていた日本刀を床へ深々と突き刺しゆっくりと立つ。
そして日本刀を無造作に引き抜くと酒場を出て行った。
「嫌だってくれー言わせろい」
落ち込んだ顔でシリアスは投げやりに言い放った。
「さぁて、例の人物とやらを探すとすっか」
立て板には【ウォールタウン】と書いてあった。
ハンクは突如ポケットの中で微かに輝きだした物を取り出した。
「・・・ここにも『天白の露』を持ってる者が居るようだな」
「へぇ、便利なもんだなそれ」
それは円錐形の奇妙な物体。
ハンクの持つ『天白の露』が共鳴していた。
「これが神の破片だと思うと複雑な気分になる」
ハンクはわざとらしく肩をすくませる。
ぎゅるるる・・・とウィオの腹が鳴った。
「飯屋ねぇかねぇ」
苦い顔のハンクは肩を落とした。
「どうせ金払うのは俺だろ・・」
「・・・シュー・・・ザー・・・シュー・・・ザー・・・」
それは近づいてくる。不気味な妖気を纏いながら。
確実に、近づいてくる。
見つけた。
能力者。
試す。
酒場へと向かっていたウィオは、不意に周りがモノクロになったのに気づく。
背後にある異常な虚無感を伴って。
振り返ったウィオの目の前に、巨大な鎌を振りかぶった死神が居た。
一瞬の出来事だった。
振り抜いた鎌には夥しい血が付いており強烈な寒気を誘う色を帯びていた。
血・・・血・・・?
「ウィオオオオオオオオオ!!!!」
ハンクの声が耳に入った時にやっと、ウィオは斬られた事を自覚した。
大量の血飛沫で目の前が真っ赤に染まる。
天白の露・・・それは神の一部であり、それを手にするものは常人ならざる力を得る。
火や水といった自然の物を具現化する能力、鋼鉄化や獣化等の自身の身体能力を強化する能力。
その力は天白の露を持つものの奥深くに眠る願いや夢そのものであり、持つもの特有の力を発生させる。
力は魂の量に比例し、魂が大きく多いほど力はより強大なものとなる。
だが力を得る代償として何かを失う。
それもまた持つもの特有であり視力を失ったり悲しみの感情を失ったり愛する者を失ったりする。
そして、死神はかなりの異端であった。
多くの魂を狩り、大量の魂の塊となった死神は自身の一定範囲内に存在する全ての物質を無力化し、その一定範囲より外からでは死神の姿を見る事ができない。
天白の露を持つものでさえ死神の実体を視認出来る領域内ではその力を使う事が出来なくなるという、まさに反則的な能力をである。
だが同時に、その強大な力を手にした故に失ったものも非常に大きかった。
黒い布で全身を覆い、その覆われた死神の体は既に失われていた。
理性は無く人であった頃の家族も全て自らの手で殺害した。
今ある死神はただ殺しを繰り返す、力に溺れた者の成れの果てなのだった。
「くっ!!」
二度目の鎌を振り下ろそうとした横合いからハンクが割って入った。
ハンクは間一髪のところで鎌を、腰に携えていた両刃の剣を瞬時に引き抜いて受け止めた。
放心状態となっていたウィオは鎌と剣の鍔迫り合いを間近で見せつけられ目が覚めた。
「・・・死神!?」
目の前に突如現れた天災に、ハンクが真っ向から鎌を止めていたのだ。
1秒も続かぬ鍔迫り合いを終え、死神は後方へと下がった。
次の瞬間ウィオはモノクロの世界から戻った事に気づく。
「見えるか、あの光る物」
あれは、『天白の露』。
『天白の露』を持っていたのは死神だったのだ。
「よう」
突然背後から声を掛けられてウィオは跳ね上がった。
吃驚して振り向くとそこには長身の男―ロスが居た。
「そいつはダチの仇だ、ちょいと俺にくれや」
答える間すら与えずに一直線にロスは中に浮かんだ光る『天白の露』へと走っていた。
大きな身体に似合わず俊敏である。
抜き身の日本刀を振りかぶると、迷わず上段から斬りおろす。
ガリッと音を立て何かに当たる。
ロスにだけは見えていた、死神が鎌の柄で受け止めていた。
「ククク・・・こいつが死神か」
鍔迫り合いとなっていた刀と鎌が少しずつ端へとずれていく。
キイィンッッ!!
耳に響く嫌な音を立て、両者ともに下がった。
傍から見ればそれは中空と鍔迫り合いをした妙な侍である。
「・・・てめえ、レーザの手下か」
死神が持つ光る『天白の露』が近づいてくる。
「レーザだと!?まさかデオン・レーザが生きていると言うのか!!」
「ああ?」
ロスが振り向き様に返事をした瞬間、ズガッと鈍い音を立てて死神の鎌がロスの左肩に刺さっていた。
何を感じたか、死神は鎌をすぐ引き抜き、無い脚で2歩下がった。
「奴がちょっとやそっとで死ぬ訳がねえ」
ロスの肩から血が流れ落ちていく。
少し・・・そう少しだけウィオは違和感を感じた。
「ああ、やっぱ目離すと行けねえなあ」
そして見えない死神へと向き直り、先の続きを話しだす。
「実際こいつの鎌に紋章入ってんだ、死んでねえよ」
鍔迫り合いをした際、鎌に横長の十字架が掘られていたのをロスが見落とす筈もない。
死神へと駆ける。
ロスが見えたのは一瞬。
光る『天白の露』とすれ違い様に刀を一閃、振り抜いていた。
「久しぶりだ・・・ああ、良いねえ悪くねえ」
聞こえたのは耳を劈く鉄と鉄との衝突音ではなく、ズバッとした肉の斬れる音。
それに半秒遅れてロスの腰から肩まで逆袈裟に鮮血が迸った。
その瞬間辺り一帯の空気がドンと重くなった。
尋常ではない。常人が見れば失神するであろう量が噴き出ているにも関わらずロスは感嘆の声をあげていた。
ハンクとウィオはそれとは逆の、頭痛や吐き気等の奇妙な状況に陥っていた。
「ぐっ・・・」
ウィオが思わず片膝を着く。
「なあ・・・もっと楽しませてくれよ・・なあ!」
挑発するような口ぶりでロスは死神へと横薙ぎに刀を振る。
死神本体を切り裂いた一刀であったが見た目同様全く手応えは無かったようだ。
「ちっ、普通なら反則だなてめえは」
ロスが刀を振りぬいた瞬間に巨大な鎌でロスの脇腹を深々と貫いていた。
しかし追撃しようとせず、また後方へと死神は下がった。
得物を抜かれた腹部からは止め処なく血が流れ落ちていく。
呼応するかのように、また辺り一帯の空気が重くなり、ウィオとハンクの症状は更に悪化していく。
「ああ、そういやてめえら居たの忘れてたぜ」
ロスは死神へと構え鋭い刺突の一撃を放つ。
刀は受け止めた鎌ごと貫き、その奥にある『天白の露』を真っ二つにしていた。
-ヴぁ・・ぁぁあ・・・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛-
『天白の露』が割れると同時に死神の断末魔が辺りに響きわたる。
何も見えなかった姿が突如として現れ、黒く塗りつぶされた炎のようなものが死神の身体を焼き尽くしていた。
その光景を見てロスは少しだけ顔を顰め、
「・・・強いな」
一言、ハンクは言った。
死神を焼き尽くした黒き炎も消え、持ち主を失った鎌と『天白の露』が地面に転がっていた。
「小僧、これ使うか?」
中ほどから折れた巨大な鎌を左手で持ち上げ笑いながらロスは言った。
「流石にそれは持てねえわ」
苦笑しながら天災を葬り去った勝者へ断りを告げた。
「・・・シュー・・・ザー・・・シュー・・・ザー・・・」
それは近づいてくる。大きな機械音を響かせながら。
確実に、近づいてくる。
「てめえ酒場から出なくて助かったな」
ロスが大笑いしながら酒を呑む。
包帯でぐるぐる巻きにされて居ながらよくこんなに呑めるな・・・-などと思いながらシリアスも酒を口へと運ぶ。
「おい、店員」
カララッと飲み干したグラスをカウンターに置くと、
「は、はいっ」
ビクッと思わず跳ねた店員に注文を出す。
「あと1本くれや」
何か怖かったのか、注文を受けた店員はすぐさま準備に取り掛かる。
元々ロスは傍から見れば威圧感等から相当怖い部類に入る外見である。
しかしこれは余りにも・・・とシリアスは思った。
「またアレが出たらしいな」
「ああ、俺がやっちまったがよ」
カハハッと得意げにロスが笑う。
「しかしなあ、あんな物足りねえ奴だとは思わなかったな」
また一杯差し出された酒を口へと運ぶ。
呆れた、と言わんばかりにシリアスの口が開く。
「どんだけだよ、ほんと・・・ハハ」
カウンターの脇、窓側の席にハンクとウィオは座っていた。
「先程は危なかったな。言うまでもないか」
腕組をしながらウィオを叱る。風に見える。
対するウィオは既に暗くなった外へと窓越しに視線を向けて居た。
「ごめん」
謝罪しているのかよく分からないように答える。
ハンクとしても謝罪を求めて居た訳ではない。
少し間をおいて、ぽつりとウィオが口を開く。
「前にも、どこかで感じた事がある」
「・・・何の話だ?」
ハンクとしては主語がない話は理解出来ないのが当然である。
「死神の能力の事か?」
「違う」
今度は即答だった。
そしてロスの方に目を向ける。
「あのロスという奴、あいつの髪が少しだけ紅くなってた」
ハンクもカウンターに座る長身の男に目を向ける。
髪は短く黒く逆立っていて、長い抜き身の日本刀を椅子の横に立てかけている。
見た目相応に性格も荒っぽいが特に変わった様子はない。
「・・・分からない、けど」
不満げに言おうとして、
「まいいや、めんどくせー」
結局諦めた。
「おい・・・」
ハンクは苦笑するしかなかった。
「・・・シュー・・・ザー・・・シュー・・・ザー・・・」
それはとある店を見つけた。中に目当てのものがあると、確信して。
確実に近づいてくる。
ガタン、と。
ロスが立ち上がるついでのように座っていた椅子が倒れた。
「客だ」
そう言うと、倒れた椅子を無造作に立ち上げて店の入り口へと歩く。
ロスがドアノブへと手を掛けた瞬間だった。
「ピシュウウウゥゥゥゥ・・・・・・」
何かが止まったような機械音を経て、ロスは落ち込んだ様子で扉を開けた。
そこにはドアノブに手を掛けようとして制止した若い女が立っていた。
「ここで止まるか・・・まあ良い、よくここまで来たな」
そう言うと、まるで答えるように制止した女の口がカタカタと動く。
「あ?なんだ?」
手を耳に添えて口元に近づ
「ドコホッツキ歩イトンノヤあほおおおおお!!!」
女の不器用な喋りを盛大な音声で受ける事になった。
耳がキーンとなっている。
「あー・・・あー・・・頼むぜおい」
カウンターに座っていたシリアスはそれほど耳に障るような大きさでは無かったが、音声の爆撃を直撃したロスはただ事ではない。
「ドレダケ探シタト思ッテンノヨばか」
「あー・・・すまねえって」
頭から煙を出しながらロスを叱っている。
音量的には控えめになったが怒り気味の口調に変わりはない。
そこへ、
「なあロス。そいつ誰だ?」
シリアスが唐突に割って入る。
次の言葉を鵜呑みにした女の前でロスが応える。
「アルバード=リージェンシー=ド=アンジレライガート。俺の女だ」
「「「・・・は?」」」
長すぎる。三人とも同じ心境だったろう。
「リー。お前も何か一言言っとけ」
『アルバード=リージェンシー=ド=アンジレライガート』ことリーはペコリと頭を下げ、
「初めまして、ロスの世話係のリーと言います。よろしくネ♪」
後に聞いた話だと店長が見たのは、満面の笑みの女とその横に立つロス、そして三歩程下がった皆の姿だったという。
それは真っ白な雪景色だった。
深深と降りしきる雪は言わば絶景。
眺めていれば吸い込まれそうな奇麗過ぎる雪原。
その中、ひっそりと佇むひとつの影。
「フリージア」と呼ばれる美しき氷の女性。
近づく者は氷にされ二度と帰れないという噂が広がっている。
あるとき、小さな子供が雪原に遊びに行った事の話。
その日その子供は帰ってくることは無かった。
そして数ヶ月立って突然その子供が帰ってきたのだ。
その子供から事情を聞くと「遊びに行ってちょっと眠くなったから寝て帰ってきたよ」と言ったらしい。
そう、その子供は1日すら経っていないと言っているのだ。
人々は口々に同じことを言った。
「フリージアの仕業だ」と。
「見えるか、あの巨大な壁が」
店長が指し示した先、灰色をしたゆうに一kmはあろうかという超巨大な壁が聳え立っていた。
「もし君たちが『天白の露』を探しているのなら、あれの向こう側に行ってみるといい」
そしてもう一言、
「だがあれの先は極寒の地だ。しっかり準備しないと凍え死ぬことになる」
「ま、お前らにはあんまし関係ないかもしんねーがよ」
シリアスが肩をすくめて四人へと向かい合う。
「お前は行かねえのか?」
ロスの多少強い物言いもウィオは慣れてきた様だ。
「おいおい・・・怪我したままあん中入ったら傷がやばくなっちまうぜ」
「カカカッ、仕方ねえ野郎だ。じゃ、まあ行くか」
驚くウィオとハンクにロスは平然と言う。
「そこの餓鬼が大事なんだろ?ハンクさんよ、護衛くらいならしてやんぜ。どうせ目的は一緒なんだしな」
振り向いたロスの視界に僅かに入ったリーに気づき、
「お前は来んなよ」
危険だと感じてからか付いて来ようとしたリーを止める。
止められたリーはぷくっと頬を膨らませ渋々店長とシリアスの横に並んだ。
「では、行こうか」
ハンクの一言で三人は巨大な壁へと歩き出す。
巨大な壁の唯一の出口、白い門の前にまで三人は来ていた。
その門には鍵が掛けられていた。しかも一つや二つではない、南京錠や鎖などが数十という数で如何にも何かが封印されているような光景だった。
「これの先に『フリージア』が、ねえ・・・」
面倒臭そうに抜き身の刀を肩に担いで言うロス。
「俺も噂には聞いてたがこれ程までする必要があるのか」
鍵をひとつひとつ丁寧にはずしていくハンク。
それを見て、いい加減呆れたロスは刀を構えた。
「面倒くせえからよ、ぶった斬んぜ」
「おいおい、冗談だ
ガキィィン!!
ウィオが言い終わるのすら待たずに門の中央に大上段から一閃振り下ろしていた。
物凄い金属音と共に鍵やら鎖やらが千切れ落ちてゆく。
「・・・」
呆然と立ち尽くす二人を他所に扉を開け、すたすたと中に入っていく。
「おーさみい」
結局散らばった鍵は放置されることになった。
彼女は思い出の中を彷徨っている。
それは幼き頃の思い出。
炎に包まれ燃え行く我が家。
それを外から眺める自分一人。
7年前に起きた大災害が脳裏を鮮明に焼き尽くしてゆく。
全て炎が消えた時は何もなく、辺りには誰一人としていなかった。
一人彷徨い続け、気づいた頃には見知らぬ土地だった。
いっその事全て消えてなくなればいいと思った。
時が止まってしまえばいいと思っていた。
そう願い続け、彼女の時は止まった。
吹雪が止まぬ雪原。
見渡す限り真っ白な雪景色の中、三人は『天白の露』を探し回っていた。
「さ・・・さっむ」
風が少し吹く度に耳が凍るような冷気が体中に襲い掛かる。
辺りには家一軒見当たらない。
「お前らこんなもんで凍えてんのか」
ロスは一人涼しそうにケラケラと笑っていた。
「・・ないで」
と、ウィオは一瞬女の声が聞こえた気がした。
「・・・さっき何か聞こえなかった?」
微かに、誰かが言った気がした。
「女の声?どこからそんなのが聞こえてくるんだ」
そうここには人っ子一人いない極寒の雪原地帯。
そんな場所に女の声など聞こえる筈が
「危ねえぞ」
咄嗟に右側に引っ張られバランスを崩したウィオは物凄い勢いで背中からこけた。
そこで初めて我に返ったウィオは、自分の頭が先程まであった場所に後ろから氷の柱が突き抜けている事に気がついた。
「なっ・・!」
「なあハンク、流石に鈍感すぎねえか」
氷の柱をなぞって3人の後ろ側を見ると、フリージアが立っていた。
体の所々に巨大な氷があり、立っている事すら不自然すぎていた。
「・・・!!!」
そしてウィオは気づく。
フリージアのその顔は、大災害の際に死んだと思われていた幼馴染のシェリア・ローレンであると。
「おい、ウィオ!待て!」
ハンクの制止の言葉すら無視してウィオは我を忘れて、フリージアに全速力で駆けていった。
「恋人ってか?カカカッ」
単なる思い過ごしか、単純にそう思っただけか、ロスはその情景を面白いと言わんばかりに笑っていた。
「こないで・・・」
彼女の時は止まっていた。
否、既に彼女は死んでいた。
今それを動かしているのは彼女の心。
いつか必ずまた逢えると信じて、ただひたすらに彷徨った彼女の思い。
体は凍死して腐敗こそしなかったものの、他所から見ればそれは不気味に動く氷の結晶である。
「こないで・・・」
「シェリア!?シェリアだろ!!!」
我を忘れ向かってくるウィオにフリージアは無造作に左手を上げる。
ウィオを指差す形になった左手の周りから、氷の柱が何本もウィオ目掛けて飛んでゆく。
何とか数本の氷の柱を避けるウィオだが、極寒の地で奪われた体力はそうすぐには取り戻せない。
無数に飛んできた一本がウィオの左脇腹へと突き刺さった。
「ぐっ・・!」
「ウィオ!」
叫び助けに向かおうとしたハンクを、ロスは肩を掴んで止める。
「待てよ、奴は俺らには興味ないみてえだぜ」
飛び散る血すら即座に凍ってしまう極寒の地。
片膝を着いている余裕などない。
フリージアは連続して氷の柱を飛ばしてくるのだ。
その状態で1秒でも止まれば蜂の巣になってしまう。
「ハァ・・ハァ・・シェリア・・・」
最早痛みなどどうでも良かった。
避ける事を忘れひたすらにシェリアの元に駆ける。
もう少し・・そう思った瞬間だった。フリージアの前に巨大な氷の柱が数十本出現し飛んでくる。
その全てが必殺の威力を有しており、また全てを避けきれる技量をウィオが有しているわけでもない。
「うぐっ・・・うああああ!!」
数本の氷の柱が体に刺さり、体中を走る痛みに思わず絶叫し、後方へ数m飛ばされた。
「いや・・やめて・・・いやああああああああああああああああああああああ!!!!」
フリージアも絶叫し暴走状態に陥っていた。
「ちっ、うるせえ戦闘シーンだな」
夥しい血を目の当たりにしながらロスは小言をぼやいているが助けようとはしない。
ウィオは自分の体から大量の血液が流れ出ている感覚を感じていた。
(死ぬのか・・・俺はここで・・・)
全ての記憶が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
自分の家、両親の穏やかな表情、友達の笑顔。
何もかもを焼き払った炎、二度とあえなくなってしまった家族。
記憶の海に浮かんでいるような感覚だった。
だが一点、そこに非常に眩しい光があった。そして目を開ける。
何かに目覚めたようにウィオは立ち上がり、少しづつフリージアへと近づいていく。
暴走状態に陥っているフリージアは、頭を抱えこみ四方八方に氷の柱を出現させてはばら撒いていた。
正確性が欠け、ただ無闇に氷の柱は飛んでおり常人でも十分避ける事が可能な範囲ではあるが、既に幾十の氷の柱に指されたウィオに取って避ける事自体が致命的であり、またそれを知ってかウィオも避け無かった。
まさに奇跡というべきか数百という数の氷柱が飛び交っているにも関わらず、ウィオに致命傷を与える氷柱は無く、少しづつだが確実にフリージアへと近づいてゆく。
そして右手を出してフリージアを触れる瞬間、フリージアの目から凍ることのない涙が伝っていた事に、初めて気づいた。
ウィオが彼女に触れた瞬間、全ての記憶が流れこんできた。
幼き日の楽しかった思い出。
二人で星を眺めて語り合った星空の奇麗な夜。
そして、突如として降り注いだ流星。
自分の家が燃え、自分の居た場所が消え、家族が死んだ。
村が全て焼け野原になってしまっていた。
残されたのは自分ただ一人。
延々と燃え続ける炎の海に、たった一人の絶叫が、小さく小さく、木霊していた。
一人彷徨った彼女は見知らぬ雪原を歩いていた。
寒さゆえに徐々に意識が薄らぎ、ゆっくりと視界が閉じていった。
「・・ウィオ・・・貴方に、こんな姿を・・・見られたく、なかった」
全ての記憶を理解したウィオの耳に入ってきたのは、懐かしい声。
その瞬間フリージアの体を覆っていた氷は粉々に砕け、力なく倒れこんだ。
「・・・シェ・・リア・・?」
倒れこんだシェリアを抱きかかえると、冷たかった。まるで雪の塊を抱えているかのように。
「またいつか・・・貴方に逢えると・・・信じてた・・」
ウィオの目からは大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちている。
「死ぬな・・・死ぬな・・!!」
「ありがとう・・・貴方はいつだってそうだった」
笑っている・・そうウィオは感じた。
ゆっくりと彼女の目蓋が落ちてゆき、止まっていた彼女の時間は最後に少しだけ動き、そして終わった。
感謝の言葉も、別れの言葉も、償いの言葉も、何一つ声にすることができなかった。
崩れ落ちるように両膝を着いて、彼女をただ力いっぱいに抱きしめる事しか出来なかった。