第1話 神鼠は 怨霊エーレントの「愛嬌」と「色気」に 勝てる気がしない
第Ⅴ章開幕
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※イラスト追加ver.
12月を迎えた。
3年間離れ離れだったリヒトさんをコルデールに迎えに行ってから半年…
リヒトさんが猫の天神に誘拐され、ロベルトが死んでから2ヶ月も経ってないし、
リヒトさんと僕の婚約からは、まだ1か月も経っていない。
それなのに、もう何年も経った気がする。
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「今度はコルリ州か…」
「全員捕縛し、現在、ディモイゼに送られています。
これから、私が引き受けに行きます。」
「頼む、ステファニー。」
神亥ステファニーは退出した。
僕たちの婚約の後から、数日おきに、独立派の反乱が起きるようになっている。
いずれも小規模だが、
ツヴェルフェト王国の南端エクウス州から始まり、
どんどんディモイゼに近くなっているようだ。
ただでさえ、多忙な十二月に入ったところでこの状況だから、
僕は、座る暇もないほどの忙しさだ。
リヒトさんも、調査や仕事で忙しい。
でも、どんなに夜更けになっても、どんなに中途半端な時間でも、
僕の予定に合わせて時間をとってくれる。
しかし、その時間も、【調査官リヒト】さんの調査報告に費やされる。
…当然だ。
僕たちは、共に、
「一緒にいられない」神鼠と猫族の運命に立ち向かっているのだから。
運命との戦いは、勤労の中で、
せわしなく続けられている。
*******
今日も、丸一日会えなかったが、なんとか時間をとって、
リヒトさんにおやすみなさいを言いに行った。
「リ・ヒ・ト・さ・ん」の5回のノックで、
リヒトさんは、ソロリと扉を開ける。
モジャモジャの黒髪が扉の隙間から覗き、
照れ笑いを噛み殺したような顔が、僕を振り仰ぐ。
彼女は扉に佇んで、僕に中に入れとは言わない。
「リヒト様の理性が正常稼働していたら、
たといシリウス様の潜水艦でも絶対に打ち込めない。」
と言っていた執事モレルの言葉はまさにそのとおり。
今日の服も、黒い官吏の服。
大概はこの服だが、
そうじゃないときでも、質素な平民服を通している。
胸元の開いたドレスやネグリジェなどは、
願っても見られない。
それでも、僕は、
リヒトさんを見るだけでたまらなくなった。
その服の下で息づく腰を抱き締めたい。
隠された柔らかそうな胸を見たいし、触りたい。
しなやかな身体中に口づけを…
…
そんなことが頭に浮かんでしまった僕は、
唾を飲み込んで、容易に言葉を紡げなくなった。
「身体は大丈夫?」
「食べる時間はあった?」
母親のような言葉を僕にかけるリヒトさん。
僕が「大丈夫です。」と答えると、
彼女は、モジモジと僕の指に触れて、
それから、ちょっと怖い顔を作って、
「忙しくても、ちゃんと寝なきゃダメだからね。」
と僕に念を押して、
潤んだような夕日色の目で僕を見つめながら、
「おやすみなさい」と、扉を閉めようとする。
僕は思わず、締まる扉に足を挟んだ。
「リヒトさん…」
特に何も言う予定がなかったから、少し焦る。
「あ…あの…あ、明日…
ランチを一緒に…食べませんか。」
言った瞬間、顔がカッと熱くなった。
「明日の予定は、全部大神殿ですから…お昼は時間をとれそう…」
「ホント!?!?ワァ!!!」
リヒトさんの顔に朝日が差し込んだように笑顔が広がる。
「ねぇ、待ち合わせしよう!
【巻き尺】の東屋で!」
リヒトさんは飛び跳ねるようにして、手を握り合わせている。
「あのね、私も、ランチしようってずっと言いたくて…
嬉しい!!!」
僕の婚約者は、そんなことも容易に言い出せない。
自分に腹が立ってくる。
「そんな…僕こそ、リヒトさんと…
僕の気持ちは、ずっと貴女に…」
僕はリヒトさんに顔を寄せて愛の言葉を…
「私、もう普通に歩けるのよ!
明日、絶対見て!!フフ!
あ、ランチボックスは私が持って行くね!
明日はそんなに寒くなさそうだし…」
ランチ計画に夢中のリヒトさん。
僕の、渾身の愛の言葉を、聞いてほしいんだが…
「シリウスは先に東屋に行っててね…」
僕は、ご機嫌なリヒトさんの頬に、そっと触れた。
リヒトさんはビクリと言葉を止め、
一瞬で頬を夕日色に染め上げる。
ふいに俯き加減に、僕の手に頬をすり寄せると、
「ランチ、楽しみ…」
とささやいて、
「おやすみなさい」と静かに扉を閉めた。
********
僕は大股でリヒトさんの部屋から離れ、
ズンズン歩いて訓練場に飛び込む。
マントや上着を放り投げると、
剣をとって素振りを始めた。
素振り中もやってくる官吏や衛兵に、指示を出す。
口述筆記をとらせて、動きを止めて署名をして、また指示を出す。
そうするうちに、夜更けになり、
ようやく、訓練場は僕一人になった。
僕は、黙々と身体を動かし続ける。
シンと静まる薄闇の中、身体や剣が空気を割く音、僕の息だけが響く。
**********
多忙の中に身を置くと、
僕は疲れるよりも、かえって、妙に血がたぎってしまう。
リヒトさんがいなかった頃でも、
今日のように、夜中でも素振りをしたり、訓練をしたり、
走り回るのはいつものことだ。
倒れて寝るまでやる。
大王付きはよく分かっているから、僕がその場で寝ても、
ブランケットを掛けて、そのまま僕を寝かせる。
(石の上だろうと木の上だろうと寝られるし、
寝れば元気になる丈夫さが、僕の取り柄だと思う。)
目を覚ますと、風呂に入って、
食事をとって…
また仕事、勉学、訓練、仕事、仕事…
僕は、そうやってきたのだ。
しかし、今回の血のたぎりに対しては、
僕の何かが訴えている。
身体を動かすだけで解消できるわけあるか!と。
少しでも動きを止めれば、リヒトさんが浮かんでくる。
…いや、動いていても浮かんでくる。
そして、その浮かんでくるリヒトさんの隣には…エーレントがいる。
難解な秘儀を操りながらも、
どこか隙だらけで、
血まみれになってリヒトさんを助け、
慣れた手つきでリヒトさんを抱き締めながら、
彼女の口の中に舌を差し入れる、
200年前の悲劇の王・エーレントが。
エーレントは、怨霊として復活し、
ツヴェルフェト王国を滅亡させ、
僕からリヒトさんを奪おうとしているはず。
それが…この言葉通りの、
ただの敵として、悪役然として、僕の前に出て来たら、
まだしも良かった。
僕が面白くないのは、エーレント本人が持つ…
いつかリヒトさんを惹きつけてしまうんじゃないかと思える、
妙な引力だ。
テレシウスのような、
大人の男らしさ(これはこれで脅威だが…)とは全然違う。
…いわば…
愛嬌と色気。
まさに、猫だ。
*********
エーレントは、「悲劇の王」として絵画にもよく描かれている。
大体は、黒い髪と髭を蓄えた、小柄な中年の男。
しかし、今の外見は、妖精のような美少年のユーリ…
変な言い方だが、
この外見で、
あの愛嬌と色気があれば…
当初は無理やりリヒトさんを僕から奪って手元に置いたとしても、
いつか、リヒトさんの心も得るのではないかと思ってしまう。
それに、実際、エーレントは、その気になれば、
例の黒い渦を使って(リヒトさんによると、古代の猫族の王は空間の秘儀を使えたらしい。)、
今すぐにでも、リヒトさんを手元に連れて行けるのだ。
でも、それをしない。
僕から怒声を浴びても、
酒瓶で頭を割られても、
顔色一つ変えず、自分のペースを崩さない。
その余裕と度胸と自由さが、
ひどく、僕を焦らせる。
そして、リヒトさんを奪われまいと、
やけっぱちのように体の欲が持ち上がるのだ。
十二支と神鼠は猫に「こい」
第Ⅰ章(人生の 最後のページで 見えるもの):https://ncode.syosetu.com/n5418ls/
第Ⅱ章(猫に恋する神鼠 妹に恋する禁忌の竜):https://ncode.syosetu.com/n3802lt/
第Ⅲ章(神山ゴテスベルクと猫天神):https://ncode.syosetu.com/n9385lu/
第Ⅳ章(神鼠の中に 住まう者):https://ncode.syosetu.com/n2574lx/
カクヨムでも連載:https://kakuyomu.jp/works/2912051595951960067




