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第1話 神鼠は 怨霊エーレントの「愛嬌」と「色気」に 勝てる気がしない

第Ⅴ章開幕


物語の登場人物・世界の【総まとめ】はこちらの短編を:

https://ncode.syosetu.com/n3739lz/


※イラスト追加ver.

挿絵(By みてみん)



12月を迎えた。


3年間離れ離れだったリヒトさんをコルデールに迎えに行ってから半年…


リヒトさんが猫の天神(フェリステンプル)に誘拐され、ロベルトが死んでから2ヶ月も経ってないし、


リヒトさんと僕の婚約からは、まだ1か月も経っていない。


それなのに、もう何年も経った気がする。


********


「今度はコルリ州か…」


「全員捕縛し、現在、ディモイゼに送られています。

これから、私が引き受けに行きます。」


「頼む、ステファニー。」


神亥ステファニーは退出した。


僕たちの婚約の後から、数日おきに、独立派の反乱が起きるようになっている。


いずれも小規模だが、

ツヴェルフェト王国の南端エクウス州から始まり、

どんどんディモイゼに近くなっているようだ。


ただでさえ、多忙な十二月に入ったところでこの状況だから、

僕は、座る暇もないほどの忙しさだ。


リヒトさんも、調査や仕事で忙しい。

でも、どんなに夜更けになっても、どんなに中途半端な時間でも、

僕の予定に合わせて時間をとってくれる。


しかし、その時間も、【調査官リヒト】さんの調査報告に費やされる。

…当然だ。

僕たちは、共に、

「一緒にいられない」神鼠(しんそ)猫族(フェリス)の運命に立ち向かっているのだから。


運命との戦いは、勤労の中で、

せわしなく続けられている。


*******


今日も、丸一日会えなかったが、なんとか時間をとって、

リヒトさんにおやすみなさいを言いに行った。


「リ・ヒ・ト・さ・ん」の5回のノックで、

リヒトさんは、ソロリと扉を開ける。


モジャモジャの黒髪が扉の隙間から覗き、

照れ笑いを噛み殺したような顔が、僕を振り仰ぐ。


彼女は扉に佇んで、僕に中に入れとは言わない。


「リヒト様の理性が正常稼働していたら、

たといシリウス様の潜水艦(シーウルフ)でも絶対に打ち込めない。」


と言っていた執事モレルの言葉はまさにそのとおり。


今日の服も、黒い官吏の服。


大概はこの服だが、

そうじゃないときでも、質素な平民服を通している。

胸元の開いたドレスやネグリジェなどは、

願っても見られない。


それでも、僕は、

リヒトさんを見るだけでたまらなくなった。


その服の下で息づく腰を抱き締めたい。

隠された柔らかそうな胸を見たいし、触りたい。

しなやかな身体中に口づけを…


そんなことが頭に浮かんでしまった僕は、

唾を飲み込んで、容易に言葉を紡げなくなった。


「身体は大丈夫?」

「食べる時間はあった?」


母親のような言葉を僕にかけるリヒトさん。


僕が「大丈夫です。」と答えると、

彼女は、モジモジと僕の指に触れて、

それから、ちょっと怖い顔を作って、

「忙しくても、ちゃんと寝なきゃダメだからね。」

と僕に念を押して、

潤んだような夕日色の目で僕を見つめながら、

「おやすみなさい」と、扉を閉めようとする。


僕は思わず、締まる扉に足を挟んだ。


「リヒトさん…」


特に何も言う予定がなかったから、少し焦る。


「あ…あの…あ、明日…

ランチを一緒に…食べませんか。」


言った瞬間、顔がカッと熱くなった。


「明日の予定は、全部大神殿ですから…お昼は時間をとれそう…」


「ホント!?!?ワァ!!!」


リヒトさんの顔に朝日が差し込んだように笑顔が広がる。


「ねぇ、待ち合わせしよう!

【巻き尺】の東屋(ガゼボ)で!」


リヒトさんは飛び跳ねるようにして、手を握り合わせている。


「あのね、私も、ランチしようってずっと言いたくて…

嬉しい!!!」


僕の婚約者は、そんなことも容易に言い出せない。

自分に腹が立ってくる。


「そんな…僕こそ、リヒトさんと…

僕の気持ちは、ずっと貴女に…」


僕はリヒトさんに顔を寄せて愛の言葉を…


「私、もう普通に歩けるのよ!

明日、絶対見て!!フフ!

あ、ランチボックスは私が持って行くね!

明日はそんなに寒くなさそうだし…」


ランチ計画に夢中のリヒトさん。


僕の、渾身の愛の言葉を、聞いてほしいんだが…


「シリウスは先に東屋(ガゼボ)に行っててね…」


僕は、ご機嫌なリヒトさんの頬に、そっと触れた。


リヒトさんはビクリと言葉を止め、

一瞬で頬を夕日色に染め上げる。


ふいに俯き加減に、僕の手に頬をすり寄せると、


「ランチ、楽しみ…」


とささやいて、

「おやすみなさい」と静かに扉を閉めた。


********


僕は大股でリヒトさんの部屋から離れ、

ズンズン歩いて訓練場に飛び込む。


マントや上着を放り投げると、

剣をとって素振りを始めた。


素振り中もやってくる官吏や衛兵に、指示を出す。

口述筆記をとらせて、動きを止めて署名をして、また指示を出す。


そうするうちに、夜更けになり、

ようやく、訓練場は僕一人になった。

僕は、黙々と身体を動かし続ける。

シンと静まる薄闇の中、身体や剣が空気を割く音、僕の息だけが響く。


**********


多忙の中に身を置くと、

僕は疲れるよりも、かえって、妙に血がたぎってしまう。


リヒトさんがいなかった頃でも、

今日のように、夜中でも素振りをしたり、訓練をしたり、

走り回るのはいつものことだ。

倒れて寝るまでやる。


大王付きはよく分かっているから、僕がその場で寝ても、

ブランケットを掛けて、そのまま僕を寝かせる。

(石の上だろうと木の上だろうと寝られるし、

寝れば元気になる丈夫さが、僕の取り柄だと思う。)


目を覚ますと、風呂に入って、

食事をとって…

また仕事、勉学、訓練、仕事、仕事…

僕は、そうやってきたのだ。


しかし、今回の血のたぎりに対しては、

僕の何かが訴えている。


身体を動かすだけで解消できるわけあるか!と。


少しでも動きを止めれば、リヒトさんが浮かんでくる。

…いや、動いていても浮かんでくる。


そして、その浮かんでくるリヒトさんの隣には…エーレントがいる。


難解な秘儀を操りながらも、

どこか隙だらけで、

血まみれになってリヒトさんを助け、

慣れた手つきでリヒトさんを抱き締めながら、

彼女の口の中に舌を差し入れる、

200年前の悲劇の王・エーレントが。


エーレントは、怨霊として復活し、

ツヴェルフェト王国を滅亡させ、

僕からリヒトさんを奪おうとしているはず。


それが…この言葉通りの、

ただの敵として、悪役然として、僕の前に出て来たら、

まだしも良かった。


僕が面白くないのは、エーレント本人が持つ…

いつかリヒトさんを惹きつけてしまうんじゃないかと思える、

妙な引力だ。


テレシウスのような、

大人の男らしさ(これはこれで脅威だが…)とは全然違う。


…いわば…

愛嬌と色気。


まさに、猫だ。


*********


エーレントは、「悲劇の王」として絵画にもよく描かれている。


大体は、黒い髪と髭を蓄えた、小柄な中年の男。


しかし、今の外見は、妖精のような美少年のユーリ…


変な言い方だが、

この外見で、

あの愛嬌と色気があれば…


当初は無理やりリヒトさんを僕から奪って手元に置いたとしても、

いつか、リヒトさんの心も得るのではないかと思ってしまう。


それに、実際、エーレントは、その気になれば、

例の黒い渦を使って(リヒトさんによると、古代の猫族の王は空間の秘儀を使えたらしい。)、

今すぐにでも、リヒトさんを手元に連れて行けるのだ。


でも、それをしない。

僕から怒声を浴びても、

酒瓶で頭を割られても、

顔色一つ変えず、自分のペースを崩さない。


その余裕と度胸と自由さが、

ひどく、僕を焦らせる。


そして、リヒトさんを奪われまいと、

やけっぱちのように体の欲が持ち上がるのだ。


十二支と神鼠は猫に「こい」


第Ⅰ章(人生の 最後のページで 見えるもの):https://ncode.syosetu.com/n5418ls/

第Ⅱ章(猫に恋する神鼠 妹に恋する禁忌の竜):https://ncode.syosetu.com/n3802lt/

第Ⅲ章(神山ゴテスベルクと猫天神):https://ncode.syosetu.com/n9385lu/

第Ⅳ章(神鼠の中に 住まう者):https://ncode.syosetu.com/n2574lx/


カクヨムでも連載:https://kakuyomu.jp/works/2912051595951960067


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