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浮気現場に向かったら人生が変わった。

作者: 福嶋莉佳
掲載日:2026/03/04

「許さない……!」


マリアンヌは石畳を早足で歩いていた。腕には資料の束。息が荒い。

――今の顔は令嬢にあるまじきだろう。分かっている。けれど、仕方がない。


婚約者のレオンが、浮気をしたのだから。


前々から、マリアンヌとレオンの関係は良くなかった。主たる原因は、価値観の違いだ。


「お前の格好、正直ついていけない。婚約者があんな服を着てるの、周りに何て言われると思う?」


確かに、マリアンヌの服の趣味は一般的ではない。だから屋敷の中だけで楽しむようにしてきた。


「俺は商会の人間だ。婚約者の評判は、そのまま取引先の信用に関わる。隠してようが噂は広まってるんだよ」


――広まったのは、彼が愚痴の種にしたからなのに!


「……いた!」


マリアンヌは足を止めた。

視線の先、通りの向こうで寄り添って立つのはレオンと――見知らぬ女。


全く、レオンと浮気するなんて碌な女じゃないはずだ。

相手にも慰謝料を請求してやる。そう腹を括り、二人の前に立った。


「あなた達……えっ……?」


そこにいたのは――


息を止めるほど美しい女性だった。


ブロンドの髪に、くりっとした青い瞳。

すらりと通った鼻筋の下に、ぷっくりとした唇。

そして、しなやかに引き締まった体つきが際立っていた。


「嘘でしょう……こんなことって……」


思わず声が震えた。


「マリアンヌ。わざわざ邪魔しに来たのか?」


レオンが呆れた顔で言う。


しかし、レオンの嫌味も気にならない。

マリアンヌはふらつく足取りで近づいた。女が半歩下がる。


「……あなた達の関係を、認めるわ」


二人の目が同時に見開かれた。


「そのかわり――彼女を貸して!!」


「……え?」

「……正気か?」


レオンが眉を寄せる。


「啖呵を切りに来たと思ったら、それか」


彼女――フランシーヌは、困ったように微笑んでいた。


「私を借りる……どういう意味でしょうか……?」


「私の服のモデルになって!」


レオンは言葉を失う。


「……は?」


「そうよ!あなた、私の理想なの!完璧なのよ!!」


フランシーヌは目を瞬かせた。


「え……あの……」


レオンが口を挟む。


「いや待て。なんでそうなる」


「あら、合理的な話だと思わない?あなたは何も失わないのよ?」


フランシーヌは少し考え、口を開いた。


「……あの、私でよければ……」


レオンが振り向く。


「フランシーヌ?」


彼女は困ったように笑う。


「それで、認めて頂けるのでしたら……」


そしてマリアンヌに視線を戻した。


「でも、私を使う理由は本当にそれだけですか?」


「ええ!もちろん!」


レオンだけが深くため息をついた。


「……面倒なことになったな」



「――どうかしら」


最後のリボンを整え、マリアンヌは一歩下がった。


深い黒の生地に、繊細なレース。

胸元から袖口へ流れる装飾はすべて手縫いだ。

重ねたフリルは軽やかに揺れ、腰のラインを美しく引き締めている。


「……」


フランシーヌは姿見の前で静かに立っていた。

レオンも隣で、間抜けに口を開けている。


「……すごい……」


小さく息をこぼす。


「……綺麗……こんな服、初めて着ました」


フランシーヌが裾を少し持ち上げる。その仕草すら絵になる。


「どうしよう……完璧……好き……!」


「え?」


「似合いすぎよ!理想通りよ!!」


フランシーヌの笑みが固まった。


「本当に素敵な服です。こんな細かい仕事、見たことがありません」


彼女は目を伏せる。


「でも……私が着ていいものなんでしょうか。

 レオン様の婚約者の方が作った服を、

 その……浮気相手(私)が着るなんて……」


少しの沈黙のあと、フランシーヌは振り返る。


「マリアンヌ様は……本当に平気なんですか?」


「ふ……振り返る姿も素晴らしいわ……!」


マリアンヌは勢いよくフランシーヌの手を取った。


「これからもよろしくね!」


フランシーヌは困惑しながらも微笑んだ。


「……変わった方ですね、マリアンヌ様」


マリアンヌはレオンに向かって言った。


「見て!かわいいでしょ!?」


レオンは息を吐く。


「そりゃあ……フランシーヌが着てるんだ。当たり前だろう」


それから腕を組む。


「フランシーヌ、嫌だったら言えよ」


フランシーヌは一瞬目を瞬かせ、苦笑した。


「いえ、私は……嬉しいです」


少しだけ頬を染める。


「こんなに誰かに似合うと言ってもらったこと、ありませんから」


レオンはあきれたように吐き捨てた。


「はぁ……目立つことするんじゃないぞ」


それからというもの、マリアンヌはフランシーヌのために何着も服を仕立てた。


「これ着て」

「これ、新作よ」


最初は戸惑っていたフランシーヌも、


「……少しだけ、楽しみになってきました」

「次はどんな服なんでしょう」

「マリアンヌ様の作る服、好きです」


次第に袖を通すたび、笑うようになった。


ある日、三人で街を歩いていると、通りの向こうから視線が集まるのを感じた。


「あのドレス……」

「綺麗……」


――ふふん、そうでしょう?


少しだけ誇らしくなる。


レオンは満足げに鼻を鳴らした。


「ほらな。言っただろ」


そう言って、フランシーヌの背を軽く押す。

通りの真ん中を歩かせるように。


「やっぱりフランシーヌが着ると映えるな」


――なにその顔。


まるで自分の手柄みたいじゃない。


フランシーヌは足を止め、少し困ったように笑う。


「……そうでしょうか」


レオンは気にした様子もない。


「ほら、見てみろよ。みんな見てる」


どこか誇らしげな声だった。


その様子に、マリアンヌはため息をついた。


三人はそのまま通りを抜け、

近くのカフェテラスに入った。


店内の視線が集まり、女性たちが小声で囁き合う。


「可愛い」

「あの服どこの?」


フランシーヌは少し戸惑いながらも微笑んだ。


「慣れませんね、こういうの」


「仕方がないわ。だって似合うんだもの」


その様子を見ていたレオンは顎に手を当てた。


「……悪くないな」


「なにが?」


「いい商売になるかもしれない」


――何言ってるの、この人。


でも。

そんなことが本当に叶うのかしら。


レオンと別れ、帰り道の馬車で、

マリアンヌはぽつりと話した。


「私ね。本当は仕立て屋になるのが夢だったの」


フランシーヌは目を瞬かせた。


「……そうなのですね」


「でも令嬢でしょう?家同士を繋ぐものでしかないじゃない」


「諦められているのですか?」


マリアンヌが肩をすくめる。


「仕方ないでしょう、令嬢だもの。

 ……でもレオン、いい商売になるって言ってたよね……」


だからといって――

最初は否定していたくせに、世間が認めたら受け入れるなんて。

そんな都合のいい話、どうしても引っかかる。


沈黙の後、フランシーヌが口を開いた。


「……家同士の契約と仰いましたよね」


「え?」


フランシーヌは柔らかく微笑んだ。


「でしたら、契約を変えればよいのではありませんか?」



数日後。


マリアンヌはレオンを呼び出した。


「なんだよ、急に」


レオンは不機嫌そうに立っている。


マリアンヌはまっすぐ言った。


「婚約破棄しましょう。父には話してあるわ」


「……は?」


レオンの表情が止まる。


「フランシーヌの家の商会と契約することになったの。染料を優先してくれるって。しかも、とても質がいいのよ」


「は?」


もう一度、同じ声が出た。


「仕立て屋を立ち上げるのよ」


レオンは眉を寄せた。


「……意味が分からん」


レオンの目がフランシーヌへ向く。


「フランシーヌ……お前本気か?」


取引の席で何度も顔を合わせてきた相手を、

フランシーヌは静かに見据えている。


「ええ。本気です。

 私はマリアンヌ様と共に働きたいと思っています」


「マリアンヌ、分かってるのか?

 婚約がなくなれば、出資も止まるぞ」


「構わないわ」


マリアンヌは即答した。


「最初から、あなたの資金に頼るつもりはないもの」


「……はぁ、勝手にしろ」


レオンは短く吐き捨てた。


 「どうせ続かない」


そして、背を向けた。


レオンが去った後、フランシーヌは小さく息を吐いた。


「……これで、終わりですね」


マリアンヌは静かに頷いた。


「ええ。これからが始まりよ」



店を開いたのは、春の初めだった。


王都の大通りから少し外れた、小さな石畳の通り。

仕立て屋や雑貨店が並ぶ、落ち着いた一角にその店はある。


ショーウィンドウには、深い黒のドレスが一着。


「……来るかしら」


マリアンヌが呟いた、そのとき。


扉の鈴が鳴った。


「ここよね?」

「やっぱりこの店だわ」

「見た?あの黒いドレス」


女性たちが次々に入ってきて、

マリアンヌは目を瞬かせた。


「どうして……」


フランシーヌが笑う。


「街を歩くたびに見られていましたから」


「え?」


「あのドレスを着ている方は誰なのか、

 どこで仕立てているのか。

 皆さん、ずっと気になっていたのだと思います」


皮肉にも、

レオンがフランシーヌに着せて街を歩いたことで、

噂は静かに広がっていた。


「結果としては、一番良い宣伝だったのかもしれませんね」


扉の鈴がまた鳴る。


「注文できますか?」

「ドレスを見せていただけます?」


声が重なる。


マリアンヌは一瞬だけ目を閉じ、

それから顔を上げた。


「いらっしゃいませ」


その声は、迷いなく店に響いた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
なるほど。女だけで稼げるなら男(結婚)は不要と・・w
もしかしてフランシーヌ、契約というか商売のために枕営業でレオンに近づいてた?w
一つだけ疑問が レオンのような何の魅力もなさそうなクズとフランシーヌが親密になった理由がイマイチピンとこない というか、普通に金目当てで近づいたのか?
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