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花束プロジェクト

作者: 洋梨
掲載日:2025/09/25

一度枯れてしまった花が二度目の花を咲かせるこはない。


だが、その咲かない花を再び咲かせる人たちがいる。


その人たちを知る者たちは彼らを「餞師(はなむけし)」と呼んだ。


………


 笑顔は花に形容される。その美しさもさることながら、一度消えてしまったら二度と咲くことはないところも理由の一つであろう。


 ここにも一人、二度とその花を咲かせなくなってしまった人がいる。七崎春風(ななさきはるかぜ)、享年42歳。若いうちに夫が事故に遭いこの世を去ってから女手一つ、最愛の娘を育てる為、昼夜問わず働き続けた。その日々の過労が祟り、彼女はある日突然に命を落としてしまった。まだ学生盛りの娘を1人残して。春風が25歳の頃に産んだ17歳のその娘は名前を優夢(ゆめ)と言った。



優夢「お母さん……お母さん……ごめんなさい……ごめんなさい……私が……私が……」



 母の葬式で1人号泣する彼女は高校で運動系の部活に所属していた。それなりにお金もかかるだろう。それを母は工面する為に、昼から晩まで働き、そして倒れ、死に至った。この歳にもなれば、お金を稼ぐ事の大変さを分かるようになってくる。だからこそ、彼女が自分のせいで母が死んでしまったと思うことは致し方無い事なのかもしれない。


 そんな彼女の様子を見て心を痛める者もいれば、もしかしたら非難する人もいるかもしれない。各々の生きてきた世界が違う。価値観が違う。それは当たり前なことなのだろう。ただ少女を見ていた餞師の彼女は、少女の事を憐れんだ。心の底から懺悔するその姿に、酷く心を痛めたのだ。


 そして大人たちが話し合う中、目を盗み、彼女に近づき彼女のポケットに名刺を忍ばせる。そして少女以外に聞こえないよう小さな声で囁いた。



餞師「伝えたい事があったり、立ち直れない場合は49日が来る前にここへ来なさい。もう一度だけ母君に会わせてあげよう」


優夢「……!!!?」



 会わせてあげる、その言葉を聞いた優夢が勢いよく振り向いた先に誰の姿もなかった。ただ確かにあるのはポケットの中の名刺だけ。書かれているのは、餞師・佐々木悠香(ささきゆうか)の文字とその住所。



優夢「……、お母さん……」



 少女の心は揺れ動く。



………


 

 とある日、ピンポンと悠香の事務所のチャイムがなった。悠香の事務所は3階建てのビルになっており、1階はカフェ、2階が悠香の事務所、3階が悠香の家となっている。



悠香「さてと、お客さんだね」



 悠香の事務所は至ってシンプルな作りになっている。扉から見て部屋の右側面には本棚、左側面キッキンシンクがあり、少し背の低いテーブルを挟んだソファが2つ。窓の近くには悠香が事務作業をする為の、机と椅子が置かれていた。



悠香「……、やぁ、いらっしゃい。よく来た、お入り」



 悠香が扉を開けた先には、先日母を失って葬儀の時崩れ落ちていた優夢という名の少女。顔に覇気はなくて、彼女は誰が見てもひどく悲しみに溺れているような様子だった。



優夢「……」


 

 優夢は一言を発す事なく、ただお辞儀をするだけで中に入っていく。



悠香「(あの葬式の時から約10日、存外早いな……、思った以上に彼女の心が限界に近いのだろうか……)。そこのソファに座ってくれ、お茶を淹れようか。あ、若い子は緑茶は苦手かな?紅茶が良いかい?コーヒーもあるよ」


優夢「あの……!!お母さんに合わしてくれるというのは……本当ですか……?」



 突然の大声にギョッとした悠香とは対照的に、優夢は今にも泣きそうで、藁をも縋るような表情をしながら悠香を見つめる。きっと夢物語だと思っているのだろう。ただそれでも、それに縋るしかなかったとも言える状況のようだった。



悠香「……、あぁ、本当だとも」



 優しく表情をした後、目を瞑りながら悠香はそう言った。



優夢「……え?」


悠香「……先ずは座りなさい。飲み物を淹れよう。何が良い?」


優夢「あ、あの……、じゃあ紅茶を……お願いします……」


悠香「はい分かった。すぐ用意しよう」



 悠香はキッキンシンクからティーバッグとティーポットを取り出してお湯を入れて紅茶の匂いを部屋に漂わせる。それのおかげか、少女の表情は少しだが軽くなったようだ。



悠香「(先程の会話は耳に入っていたようだ。良い兆候だ。行動力のある子なのだろう。早めに来てくれて良かった。一人で塞ぎ込んで1ヶ月も経ってしまうと悲しみに身体を乗っ取られてしまうから)、良い匂いがするだろう?私のお気に入りでね、でもすまないね。あまり若い子が来ることは想定していなかったからジュースとか置いてないんだ。若い子はジュースが良いだろう?あはは」


優夢「い、いえ!そんな……、私……、紅茶好きですよ……、アールグレイとか……、まぁ……、それくらいしか知らないんですけどね……」


悠香「良いじゃないか。私も好きだよ、アールグレイ。定番といえば定番だけれど、皆んなが好きなものを人は定番というからね。はいどうぞ、これもアールグレイだよ」


優夢「あ、ありがとう……ございます……」



 目の前にいる悠香の真似をして優夢は紅茶を一口、口に含む。温かい温度と広がる柔らかな香りに包まれて、彼女の緊張は少しだけだが解れたようだ。



優夢「……ふふ、おいしい」



 か細く独り言のような小さな声だったが、優夢の声は確かに鳴って、その音を悠香は聞き逃さなかった。



悠香「(よし、今は大丈夫そうだ。)、そろそろ話をしようか」


優夢「は、はい……」


悠香「……、先ずは君のお名前を聞こうか」


優夢「七崎……優夢……、と言います」


悠香「……ユメさん、こんな所に来てくれるということは、君が『とても良い子である』あるいは『何か故人に伝えたい何かがある』のどちらかだと思う」


優夢「そ、そうなんです……!私は母に……、言いたい事が……あって……」


悠香「……私が見た所では理由は両方に見えたが、君には伝えたい事があると。なるほど。何を伝えたいのかな?」


優夢「……、ごめんなさいとかありがとうと言いたくて……」


悠香「急だったらしいね。そうか……、生前には伝えきれなかったか」


優夢「……、いつも頑張ってくれていることは知ってたのに……、いつも朝から晩まで働いてくれていることは知ってたのに……、私は……、何もせずに……、気ままに部活して……、母の日に……頑張ってちょっと『ありがと……』って言えるくらいで……、何も母にしてあげられなくて……、母は……、お母さんは……、私のせいで」


悠香「ユメさん、ストップだ。それは違うよ。その先は言っちゃいけない。それは誰にも分からないんだ。ユメさん、気負いすぎる事はない。君は生きていかなくちゃいけないんだからね」



 顔を抑えて声を殺しながら肩を揺らして泣く優夢。人前で大きな声で泣くのは迷惑なのだと感じるその小さな心では、受け止めきれない悲しみを過去を振り返ることで思い出してしまった。そんな優夢を悠香は少し乱暴に、それでも優しさを感じるように、激しくもなくそれでも頭を揺らされている事は分かる程度に、頭を抑えて撫でた。多少の気は揺れるものの、それでも優夢の涙は止まらない。



悠香「泣けば良い、声を出しても構わない。好きにしなさい」


優夢「うぅ……、うぁあああん!!!」


悠香「ん……」



 優夢の涙が止まるまで約30分、その間悠香は優夢の頭を撫で続けた。



優夢「すみません……」


悠香「謝る事はない。さてと……、少し休憩しようか。私は先にお手洗いに行かせてもらおうかな」


優夢「……?はい」


悠香「すぐに戻ってくるよ」



 優夢は悠香がトイレに行ったあと、キョロキョロ辺りを見回した。少し辺りを気にする元気が出てきたようだ。



優夢「(綺麗な部屋……、大きな本棚だな……、読書家さんなのかな?)」


悠香「すまない。待たせたね、君も行ってくると良い」


優夢「……?何処に?」


悠香「……?お手洗い」


優夢「……、あ!いえ!私はまだ大丈夫です!」


悠香「……、若いって良いね」


優夢「(なんかちょっとしょげちゃった……ふふ)」


 

 悠香は心ばかりだが軽い感じで接している。今までは意図的で軽くしていたが、その分、優夢が辛そうにしている時はすぐに大人の対応を見せる事ができた。だが今回ばかりは、本心からの羨望で、素を少しだけ見せている。そんな事が少女の心を軽くしたようだ。そんな様子を見て、少し安堵した様子で悠香はソファに軽く座った。



悠香「……、さて、話を進めようか。」


優夢「は、はい」


悠香「……、先ず君がここに来た理由を教えて欲しいな。私が伝えたい事があるのならここに来なさいと言ったその通りだが、いかんせん、こういう怪しい職業だからね。君の時みたいに手短に済ます事が多い。認識の齟齬が必ずあるんだ。だから先ずは君がしたい事を教えて欲しい」


 

 先ほどとは打って変わった悠香の真剣な顔と声。優夢は少しだけ身体をきゅっと縮ませるものの、視線は離さずにただひらすらに真っ直ぐ悠香を見つめる。



優夢「……、お母さんに『ごめんなさい』と『ありがとう』が言いたくて、ここに来ました。伝えたい事があるなら来なさいとおっしゃってくれたので」



 真っ直ぐに見つめる優夢の、その視線とはまた違う真っ直ぐとした心。おおよそ、その心を気負うには若すぎるきらいもある。それでも彼女は持たざるを得なかったのだ。



悠香「そうか。……、それは可能だよ。それを君の口から母君に伝える事もね。私を媒介して伝えるわけではないよ。母君を此処に呼び寄せるから、君たち同士で言葉を交せる。母君の葬儀は確か仏教で取り行っていたと記憶しているが間違いはないかい?」


優夢「は、はい。仏教の……、なんとか宗派だったんですけど……、覚えてなくて……えっと……」


悠香「……、私もはっきりとは確認してなかったよ。ごめんね、では、そこは賭けになるだろうね」


優夢「賭け?」


悠香「私たち餞師は転生や極楽などに行く前の魂を呼び寄せて顕現させるんだ。仏教なら49日、神道なら50日かな。それが区切りだ。ただし浄土真宗はすぐに極楽に連れて行かれてしまうから、呼び出せないよ。母君の葬式の宗派は確か49日迄は大丈夫だったと記憶しているから、まだ大丈夫だろうね」


優夢「えっと……、ちょっと待ってください?餞師?49日と50日?えっと……」


悠香「あはは、まぁ、そういう反応にもなるだろうね。順を追って説明しようか。とりあえず、餞師からかな。……、餞師は私のような魂を顕現させる能力を持つ人たちさ。数は少なくてね、こういう感じのお仕事を国から仰せつかっている。ただ、そういう能力が現実に有ると広まってしまっては事だから、本当に必要な人たちの前だけに現れるようにしているよ。君のようにね」


優夢「本当に……、必要な……」


悠香「うん。さて、次は49日や50日だったね。……、そうだ。君は極楽や天国は信じるかい?」


優夢「え?えぇっと……、あったらいいなとは思いますけど」


悠香「あはは。だろうね。そうそう、そういう事は信じられないものさ。実はね、存在するよ」



 悠香は少しほくそ笑んだような目で優夢を見つめた。そういうところが実際にあるのだと教える事が彼女に取って少し楽しいイベントになっている。それもそのはずで。



優夢「え!」


 

 優夢は身を乗り出して吃驚した。このように、人が真剣に驚く様は中々見る事はできない。けれど、この事実だけは誰もが身を乗り出してしまうほどに衝撃なのだ。



悠香「くふふ、いや失礼。元気になってくれてよかったよ」


優夢「あ……、すみません……」



 優夢は恥ずかしそうにしながら乗り出した身をソファに引っ込める。



悠香「それで、その行き先はどう決まると思う?」


優夢「行き先?天国とかですか?……、お祈りを捧げていた回数とか?」


悠香「それじゃあ我々日本人は、皆んな天国や極楽に行けなくなってしまうよ」


優夢「……、うーん。信じる度合い?どれだけ心酔してたかみたいな?」


悠香「ほう。なかなか良い線だ。確かに街中で演説しているキリスト教などは信じる事を推し進めているね」


優夢「……違うってこと?」


悠香「ふふ。あぁ、そうとも。誰もが例に漏れず、天国や極楽、六道輪廻などの行き先を決めるのは『供養の仕方』だ。君の母君は仏教のやり方で葬儀を執り行い供養をしたね。だったら仏教の教えに則り行き先が決まる。例え母君が生前にキリスト教信者だとしてもね」


優夢「ほへぇ……よく分かんないや」


悠香「……はは、さて話を進めようか。おそらく君が執り行った宗派は浄土真宗派ではないと思う。が、もし浄土真宗派なら顕現はできない事は覚悟しておいてくれ」


優夢「は、はい!」


悠香「よし。あぁ、悪いけどこれは何度も使える能力ではないんだ。1人の魂につき1度だけ、それも1、2分が限度だ。それは分かっていて欲しい」


優夢「……、1分もあれば……、伝え切れると思います……!」


悠香「ん……、君は強い子だね。どうしようか。私はいつでも大丈夫だ。今からでも良いし、明日でも良い。49日までならきっと大丈夫だろうけれど、君の心が落ち着いた時にした方が良いならタイミングは君に合わせるよ」


優夢「今からで!」


悠香「今から!?良いの?!」


優夢「はい!ここでクヨクヨしててもどうせずっとクヨクヨしてるだけ!なら!早く……、早く……、伝えなきゃ……、ぐす……」



 強い言葉と強い心で自分を捲し立てたところで、所詮は人生経験の少ない子ども。感情を抑えつける術も持ってはいない。最も、それを抑えつけろという大人も周囲にはいなかっただろう。それは今目の前にいる悠香も同じだった。



悠香「……、そうだね。でも取り敢えず、その涙が止まってからにしようか。紅茶を入れ直そう。あ、お菓子も買ってこようか、何が良い?」



 優夢の頭を再びぐしぐしと撫でて頭を揺らす悠香。きっと届いていない声も無駄ではないと、彼女のためになるのだと、そう思って声を掛ける。



優夢「うぅ……、ひっぐ……」


悠香「(下に洋菓子でも貰ってくるかな)、少し出てくるよ。言いたい言葉を考えておくと良い」


 

 そう言って扉を音が鳴らないように軽く閉めた悠香。それでも扉の音が聞こえなくなる事はない。微かなその音が優夢を動かせ、優夢は徐に鞄から手帳とペンを取り出し、鼻水を垂らしながら、言葉を書き連ね始めた。



優夢「……、お母さん……お母さん……、ひっぐ……」



 伝えたかったごめんなさいやありがとうの言葉。いざ書こうと思っても伝えたい事が多すぎて何を書いて良いかが分からない。必然としてペンは止まる。それでも必死に書いて書いて書いて書いて、優夢は泣きながら、手帳の文字を滲ませながらも、手帳一杯に伝えたい言葉を書き連ねた。

 そしてちょうどその頃、何処かへ行っていた悠香が戻ってくる。



悠香「やぁ、お待たせ。見てくれ!もう要らないからとこんなにもナタデココを貰ってしまったよ!いやぁ、こんなにも食べ切れるかな?」


優夢「……、ぐす……、5缶くらいですか?」


悠香「うん。早速一つ開けよう!ナタデココは好きかい?」


優夢「……、食べた事ないです……」


悠香「なんと!これがジェネレーションギャップか!私が学生の頃は流行っていたんだけどね」



 ケラケラと笑いながらキッチンシンクの上にガラスの受け皿を取り出して、ナタデココを等量に分ける悠香。スプーンはちょっとギザギザになっているものしかなかったが、それがかえって見た目を良く見せているようだ。



優夢「……、美味しいんですか?(食べ物でテンション上がる人なんだ……、スラッとして綺麗な人だからあまり食に興味なさそうに見えたけど……)」


悠香「美味しいよ!何が美味しいかって言えば!……、……、さぁ取り敢えず食べてみると良い!」


優夢「……、言葉出なかった?」


悠香「まさか!……、この食べ物の美味しさを私の語彙力では表現しきれないと思って断念しただけだよ。はいどうぞ」


優夢「ありがとうございます……、あ!美味しいかも!」


悠香「だろう!いやぁ……、久々に食べる事ができて私も満足だよ!」


優夢「……、(本当に好きなんだ……)。お母さんも知ってたかな、この食べ物……」


悠香「……、知ってるかもしれないし知らないかもしれないね。美味しいものはたくさんあるけれど、生きているうちに全ては味わえないから。……、だから人は同じ食卓を大事にするんだよ」


優夢「……、同じ食卓を……」



 優夢が思い出す記憶の一欠片。夕食はまちまちだったが、朝ご飯だけは必ず自分と一緒に食べてくれていたお母さんの姿。記憶に残る大事な風景。



悠香「……、どうする?今日はやめておくかい?それとも呼び寄せるかい?」


優夢「……、呼び寄せてもらえますか?」


悠香「……、良いのかい?」


優夢「はい、お手紙も……、ちゃんと書いたので……」



 優夢は書いた手紙を握り潰しながら悠香の目を真っ直ぐ見つめる。大事な手紙を潰してしまうほどに、そしてそれに気がつかないほどに精神を奮い立たせないと自身を保っていられないだろう目の前の少女の覚悟を無碍にするほど、悠香も大人ではなかった。


悠香「分かった。では呼び出そう。そうだ、少しお母さんの事を思い出してくれ。呼び寄せるのに魂の反応を見なきゃいけないんだが、君の記憶に反応する事を軸にしたい。辛いかもしれないけれど頑張ってくれ」


優夢「は、はい!」


悠香「古今東西、この者と共鳴せし御魂よ、かえりませ」



 優夢が思い出すのは、母の笑った顔。春風は優夢といる時、いつでも笑っていた。だから優夢の記憶には春風の笑った顔しかない。いや、唯一、中学卒業の時は泣いていた顔を思い出した優夢。その時に、悠香が声を上げた。



悠香「見つけたよ……!さぁ、『今回は2分確保出来た』、母君にも許可を取れたよ……!話したい事を……!話すと良い……!」



 悠香と優夢の間に春風の姿が現れる。春風は少し不思議そうに自身の姿を確認する過程で、優夢の姿を見つけた。優夢にとっては、まさに夢物語。あの日、一緒に朝食を摂った最後の時間、そのままの母が目の前に現れた。



春風「優夢……?」


優夢「……!お母さん……!お母さん……!あっ……!ん……!あっ……!」



 手紙に書き起こした伝えたい言葉。その手紙さえも見られない程に目の前に現れた母から目が離せなくなる。今目を離せば2度と会えなくなるような気がしたからだ。言いたい言葉も、言えなかった言葉も、山ほどある。もし本当に会えるのなら、本当に再開できるのなら。本当に最後の言葉を本人に向かって言えるのなら。彼女から母に向けて言える最後の言葉に必ず言いたかった言葉がある。


 それでも優夢は口に出せなかった。


 そんな優夢を見て春風は待ってると言わんばかりに優しい目で微笑んだ。その微笑みが優夢の口を少しだけ軽くする。



優夢「お母さん……!……!今までありがとう!!一緒にいてくれて!私に部活を楽しませてくれて!私これからもきっと頑張るから!まだこれからも……頑張るから……!今までお母さんがいてくれたから幸せだった……!ありがとう……!!」



 優夢が悠香に伝えたい言葉としてあげたのは「ごめんなさい」と「ありがとう」の二つの言葉。その片方、「ごめんなさい」は出なかった。出せなかった。懺悔の気持ちを覗かせて母に抱えさせる事を、優夢は危惧してしまった。母に抱えさせるくらいなら、自分が全て受け止める。彼女はこの場ですらそういう自己犠牲をしてしまう子だった。


 膝から崩れた優夢に春風は近づき手を優夢の肩に触れる。意外にも直接肩に触れる事が出来ることを知れて驚いた春風と急に肩に手が当たる感覚を覚えて下げていた顔を上げた優夢。必然、彼女たちは目線を合わせることになる。



春風「優夢……、ふふ。私も貴方が私のところへ来てくれて嬉しかった。幸せだった。貴方が部活に励んで青春してくれる事が私の何よりの生き甲斐だった。その為に身を粉にして働いて、そのせいで死んだと言ってしまえばそうなのかも知れない。でも、でもね、優夢!私はそんな貴方が居てくれたから貴方以上に幸せだったと思うよ!貴方が楽しそうな顔を見ている事が何より幸せだった!だからね、こちらこそありがとう!」



 春風は満面の笑みを優夢に向けた。母から向けた娘への最後の言葉。それを笑顔で送り出した。娘の中で燻る後悔と懺悔を消し去るように、彼女は満面の笑みで彼女を支えようとした。幾ら隠そうとしても目や様子を見ればわかる。それが親というものだ。



優夢「お母さん……!お母さん……!!……!ありがとう……!!!」


春風「えぇ……、私こそありがとう!」



 春風は力一杯優夢を抱きしめた。優夢も春風を抱きしめ返す。しかし無情にも、優夢が抱きしめ返した瞬間、春風はその場から消えてしまった。



優夢「うぁあああん!!!お母さぁああん!!!うぁあああん!!!!」



 優夢が顔を地面に突きつけるほどに崩れ落ちて涙を流す横で、悠香は喉が詰まるほどに息を荒げながら天井を見つめていた。汗をダラダラかき、身体が震える。魂を呼び寄せるという事はそれ程に体力を使う魔法なのだ。



悠香「……、伝えたい事は伝えられたかい?」



 震える身体に鞭を打ち、優夢に寄り添った悠香。優夢の背中を2回軽く叩いた後、すぐにソファに座り込んだ。



 その後優夢は30分以上もう泣きづけた。その間に悠香は身体をよろめかせながらも机の整理をして紅茶を入れ直していた。

 優夢が落ち着いた頃、悠香はソファに寝転がっていた。



悠香「やぁ、見苦しくてすまないね。疲れてしまって」


優夢「いえ!どうぞそのままで!……、ありがとうございました!母に会わせてくれて……」


悠香「……、伝えたい事は伝えられたかい?」


優夢「……、ん」



 優夢は満ち足りたような目で悠香を見て頷いた。そんな優夢の様子を見て悠香も寝転びながら微笑んだ。



悠香「あ、ナタデココが残っているよ。食べて帰ると良い」


優夢「ありがとうございます。……、悠香さん、一つお願いがあるんですけれど……」


悠香「なんだい?あ、ナタデココの缶なら3缶迄なら持って帰って良いよ」


優夢「いえ……それは別に……、あの、私……、此処で雇ってもらえませんか?」


悠香「……、え?」


優夢「此処で働きたいです!!」


 

 真っ直ぐ、ただひたすら真っ直ぐに悠香の目を見つめる優夢。冗談で言っているわけでは無い事は分かる。それに今までのやり取りでこの手の冗談を言う子でないことも肌感で分かっている。



悠香「……本気かい?」


優夢「はい!」


悠香「なんで?」


優夢「えっと、一応高校までは卒業したいんですけど、その為にはお金稼がなきゃだし、でもバイト探すのって大変だって言うし、ここで働いてみたいし、悠香さんちょっとズボラそうだからお客さんに対して失礼働きそうだし」


悠香「今のは私に対して失礼だよ」


優夢「あ!すみません!!……ダメ?」


悠香「……、お勧めはしないよ。こういう職業だ。日の目には絶対に当たらないし、履歴書には書けないよ。それに他の人の辛い人生とも向き合わなきゃ行けないことも多い。よく考える事だ。それでも良いなら、1週間以内に履歴書を持っておいで」


優夢「!良いんですか!?」


悠香「面接はしてあげるだけだよ。雇うか雇わないかはその後だからね」


優夢「構いません!!じゃあ明日持ってきますね!!」



 優夢は急いで荷物をまとめて、笑顔を向けながら悠香の事務所の扉を開けた。その間悠香はずっと寝転んだまま。



優夢「お疲れ様です!!さようなら!!」


悠香「はい、お疲れ様」



 優夢が満面の笑みを悠香に向けて事務所から出ていった。



悠香「2分も顕現出来たのはあの子の才能か……餞師の素質はありそうだ……、さて、下の店主に今どきの子は何が好きか聞いておくかな。その前にお風呂入らなきゃ、汗臭い」



 翌日、優夢は本当に履歴書を持って悠香の元を訪れた。しかし何故か少し罰の悪い顔をしている。



悠香「はい、履歴書はお預かりするよ。一応私は国家公務員だからね。こういうのは厳しいんだ。それと……、どうした?顔色が悪いというか、元気がないとも言えないような顔をしているが」


優夢「あの……、昨日……、お代金払い忘れちゃって……、本当にすみません……、おいくらですか?」


悠香「あぁ、それか。……、幾らだと思う?」


優夢「……!えぇっと……、1万円?」


悠香「……本当に?」


優夢「!に、2万円?」


悠香「ふーん?」


優夢「……!さ、3万円?」


悠香「ほう?」


優夢「じゃ、じゃあ!5万円!!」


悠香「……、あはは!本当の値段は、君の目で確かめると良い。今日はお客さんになりそうな人を探しに行こうか」


優夢「……!それじゃあ!」


悠香「うん。今日からお仕事だよ。優夢、頑張ろうか」


優夢「はい!!」



二人の餞師としての物語は続いていく。



お疲れ様です。

洋梨です。


タイトルの花束は

もう二度と会えない貴方へ、私から送る最後の贈り物

という意味です。

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― 新着の感想 ―
とても素敵なお話で、設定にまず惹かれました。 ファンタジーにふれてしまいそうなところ、実は国家公務員! というギャップが面白かったです(*´ω`*) このあとを感じさせるようなエンディングもすごくいい…
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