9.それにしても、もう少し、なんか、こう、それっぽいやつを想像していたから
翌日、僕らはぞろぞろと歩いて街外れの初級ダンジョンへ向かっている。
天気が良いから気分はもう遠足だ。でも、遠足だって帰るまでが遠足だから、気を引き締めてかからねばならない。
講習生十二人はみんな冒険者ギルドのレンタル品を装備しているから、揃いの革鎧だ。外見は使い古されたアメフト防具、不格好だし汗臭いけど最低限の防御力はある。
引率は講習担当だったグレンさんとレヴィさん、他の講習生は今日初顔合わせのスイルーさんと、急遽助っ人に呼ばれたB級冒険者で魔法使いのレッドさんという男性がいた。
そう言えば、この街に来てからはすぐに初心者講習が始まり、毎日講習でへとへとになるから、碌に外を歩いたこともなかった。
周りを見回せば、前世の知識なら中世から近世くらいの石造りの建物が並んでいる。この街は王都への街道の要所だから、色んなところから人が集まっている。行き交う人の服装はバラバラだ。
僕の生まれ育った村は、粗末な小屋みたいな家が畑の中に点在しているだけだった。
だから、この街の三階建ての建物だって大きく見えたのだが、前世を思い出した今だと、素朴な田舎街だと思える。
王都に行けばもっと大きな建物があるらしいし、魔法のある世界だから、ガラスや金属の加工技術は随分と発達しているようだ。
今世は田舎しか知らない僕だから、前世の知識がどれだけ通用するかはサッパリわからない。
だんだんと建物も無くなり、通行人も疎らになった頃、ダンジョンの入り口が見えた。
ダンジョンを見るのは初めての僕でもすぐわかった。
だって、入り口に『ルビウス第二ダンジョン』って看板が付いている。
ルビウスとはこの街の名前だ。周辺に三つのダンジョンがあり、ここは二番目に発見されたダンジョンだから第二ダンジョンだ。
ちなみに、ダンジョンへの入り口自体は街の周辺に五か所あるそうだが、調査の結果、うち三つは中で繋がっている同じダンジョンだということがわかっている。
三つの入り口があるのは第一ダンジョン、第三ダンジョンは山の頂上付近にあるそうだ。
ここ第二ダンジョンは階層が浅く、出てくるモンスターも限られているために、初級ダンジョンという呼び名の方が馴染んでいる。
「なんか、地味……」
講習生のショーンの呟きが聞こえた。彼はリザードマンと人間のハーフだというが、手足にちょっと鱗がある以外はほぼ人間に見える。
この感想は講習生全員が思っただろう。かくいう僕も思った。
初級ダンジョンの入り口は、レンガ造りの小屋に看板が付いているだけだ。隣に受け付けっぽいところはあるけど、それも布で屋根作っただけのテントだ。
「そりゃそうだ、ここは元は地面に下り階段があるだけだったからな、夜なんかに落っこちるやつが多かったから、穴を小屋で囲んだんだ」
レヴィさんの説明はわかるが、それにしても、もう少し、なんか、こう、それっぽいやつを想像していたから、正直言うと期待外れだった。
そんな講習生たちの内心は、きっと毎度恒例なのだろう。グレンさんが苦笑している。
「ここは採れる素材も大したことないし、街の近くだから立派な施設作る必要はねえんだよ、第一ダンジョンの北口には冒険者ギルドの支部がある、第三ダンジョンはまず入り口までが遠いから、入り口近くに宿屋や飯屋が並んでる」
なるほど、ダンジョンも場所に寄るらしい。
「さあ、地味なダンジョンが嫌なら、さっさとランク上げて上級ダンジョンに挑戦できるようになれよ」
レヴィさんの掛け声に、講習生たちはぼちぼち「へーい」と返事をした。
ダンジョンは、まず入るのに冒険者か兵士か騎士の称号がいる。護衛を幾人か連れていれば戦闘職じゃない一般人も入れるそうだけど、危険だし金もかかるから、まず入ろうとするやつはいない。
その上で、ダンジョンの難易度によって入れるランクも決まっている。
僕は兵士や騎士の階級は知らないけど、冒険者のランクなら、ルビウスでF級が入れるのは、この初級ダンジョンと第一ダンジョンの一階層だけだ。
第一ダンジョンの二階層以下はE級以上、第三ダンジョンはD級以上でなければ入れない。ついでに、第一ダンジョンも七階層以下に挑むのはC級以上が推奨とされている。
ダンジョン七階層というのは重要な分岐点だ。
「じゃあ帰還の輪を配るぞ、絶対に首に下げて鎧の下に入れとけよ」
レヴィさんが一人一人にペンダントを配る。紐に陶器のペンダントトップが付いているだけの粗末なものだが、その陶器部分に転移魔法陣が刻まれている。
これを持っていれば、魔法が使えないものでも、「帰る」と強く念じるだけでダンジョンの入り口に転移することができるという、緊急時の脱出装置だ。
この帰還の輪は初心者講習用なので、一回使えば壊れてしまう使い捨てだし、付けている本人だけでなく引率講師が念じれば全員まとめて帰還できるらしい。
ダンジョンに潜る時の必須アイテムだ。ベテランの冒険者ならもっとちゃんとした帰還の輪を持っている。何度も使えて、死んだら自動的に転移魔法が発動するようなやつだ。
転移魔法を使える魔法使いもいるが、その魔法使いが魔法を使えない状況に陥る可能性もあるため、やはりアイテムとして帰還の輪は持つべきだ。
しかし、転移魔法で真っ直ぐダンジョンの入り口に出られる限界は、七階層までとされている。
七階層以下になると、転移魔法は使えるが入り口までは届かない。しかも、ダンジョンは大抵迷路のように入り組んでいるし、モンスターも常に徘徊しているから、ダンジョン内で転移した先が壁の中だったり、モンスターの目の前だったなんてこともあり得る。
もしも、七階層以下で転移魔法を使う場合は、予めマーカーした地点に転移するというのが一般的だ。転移魔方陣を設置して周囲に結界も張っておくのだ。それでも結界を破壊される可能性はあるから、絶対に安全とも言えない。
だから、七階層は分岐点、ダンジョン七階層以下に行けるというのは、上級冒険者の証とされているわけだ。
あと、この第二ダンジョンは七階層までしかない。どこからでも帰還の輪で帰れる。そういうところも初級ダンジョンと呼ばれる所以だ。
帰還の輪で戻ってくる場所も決まっている。第二ダンジョンなら、受付テントの隣の柵で囲まれているところ。
そこはいつ誰が転移してくるかわからないので侵入禁止だし、帰還の輪で転移した後も直ちに柵の外に出なければならない。
というダンジョンからの緊急脱出方法を復習してから、ようやく僕たちはダンジョンへと踏み込んだ。
どうでもいい話しですが、ダンジョンの名前はその地の領主が決めることが多いので、めっちゃカッコイイ名前のダンジョンとかもあります。
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