8.「闇が俺に囁くのだ」
「あの……僕、読めるだけで理解できないんですが」
「成程、じゃあおまえはまだその本を扱えるレベルじゃないってことだ」
「はあ……」
「講習で説明しただろう、魔法を習得するには魔術書を読み理解を深める必要がある、つまり、読めるだけで内容がわからないってことは、適正はあるがまだ扱えるだけの力量がないってことだ」
「なる、ほど……」
グレンさんは真面目な顔で説明してくれるけど、僕の懸念はそこではない。だけど、まさか闇魔法の呪文が暗黒ポエムだから理解できないなんて、どう説明すればいいのかわからない。
「あ、それでも口に出して読むなよ、うっかり暴走させる可能性があるからな」
「わかりました」
グレンさんの説明はわかりやすいし信ぴょう性はあるけど、本当にそうなのだろうか。
だいたい、この本の内容を理解できるようになるって、中学生の書いた最強に格好良いポエムに共感する感性を持てってことじゃないか。
だったら、あんまり……レベルを上げたいとは思わないかな。
「しかし、使えないんじゃ鍛えようもないな……」
グレンさんも考え込む。
魔法は使わなければレベルが上がらない。闇魔法の魔術書は使えないこれ一冊しかないというなら、僕の魔法レベルは上げようがないということになる。
僕としては願ったり叶ったりだ。
ハイパーレア魔法には興味はあるけど、魔法が使えないのと感性が中二に戻るの、天秤にかけると前者の方が僅かに傾く。
「いや、あんたはもう魔法が使えるはずだ」
そこでスイルーさんの声を始めて聞いた。
「前に会った闇属性の魔法使いは、誰にも教わらずに基礎魔法は使えたと言っていた」
スイルーさんの言う前が何百年前かはわからないけど、彼女は闇属性の魔法使いに会ったことがあるらしい。だから、明日の引率者としてだけじゃなく、有識者としてここにいるのだろう。
「確かに、レア属性は生まれた時から魔法が使えるって、聞いたことはあるが」
レヴィさんは言いながらも首を傾げている。彼も風魔法が使えるらしいが、魔法はあまり得意ではないという。
「生まれた時からは言い過ぎでしょうが、レア属性はまず教えられる師もいないですからね」
「しかし、どれも伝説だろう、そもそもレア属性が少ねえんだし」
魔法が得意なアルバートさんとグレンさんも懐疑的だ。
「何か使えそうな魔法はないのかい?」
ただ一人、スイルーさんだけは確信があるらしい。彼女の長い人生経験なら、レア属性の魔法使いも何人か会ったことはあるのかもしれない。
それに、レヴィさんも思い出したような顔で聞いてきた。
「おまえ心当たりがあるんじゃないか?」
「どうして……」
「属性知った時に、なるほどって言ってたじゃねえか」
「あ」
言ったわ。でもあれは、神様の言っていた「や」は闇属性のことだったのかー、の成程であって、闇属性について何らかの見識があったわけではない。
だが、しかし、僕には心当たりがあった。
なんだか、これも、暗黒微笑に憧れるタイプの中学生の夢そのまんまみたいで、すごくむずむずして認めたくなかったのだが、スイルーさんに「モタモタすんな」という視線を向けられると答えざるを得ない。
「何故だか……頭の中に勝手に浮かんでくる呪文が、いくつか……」
声に出して言うと現実を突き付けられる。これあれじゃん、「闇が俺に囁くのだ」ってやつじゃんあばばばば……
僕は全身を掻きむしりたい衝動を耐えていたが、プロ冒険者はそんなこととは露知らず、大真面目に話し合いを勧めていた。
「本当にそんなことあるんだな」
「誰にも教わらずに魔法を覚えるとは、興味深いですね」
「あ、いや、でも、呪文がわかるだけで、どんな魔法かはわからなくて」
そうなのだ。呪文はわかる。例によって痛々しいポエミー調だけど、なんとなく理解できている気はする。だが、それで何が起きるのかはわからないのだ。
「だが、使えるんだね?」
「それは……たぶん」
スイルーさんの確信に満ちた問いに、僕は頷くしかない。感覚的なことだけど、なんとなく使える気はする。
「なら、使ってみるしかないね」
「危険はないか?」
「今のレベルで使えるとすれば初級魔法だろう、もしもの場合はあたしが封印術を施すよ」
スイルーさんはなんと封印術が使えるらしい。
僕は魔法知識は乏しいけど、魔法や魔力を封印する術というのは、ものすごく高度で習得に時間がかかる高等技術だということは知っている。
「まあ、使ってみないことには、危険かどうかもわかんねえか」
「明日の引率に、もう一人くらい魔法使いに声かけとくか」
グレンさんとレヴィさんも納得する。ちょっと不安だったけど、この世界ではレア属性への忌避感はないらしい。
でも、わからないから使ってみようって、しかも素人が集まっている初心者講習でも躊躇わずやってみるとは、安全基準がかなり緩いみたいで不安になる。
「ぜひ、実地訓練での様子を詳しく教えてください」
目をキラキラさせているアルバートさんからは、若干、実験用モルモット扱いを感じる。
「とりあえず明日は万能の杖を持っていきな、あれなら全属性の初級魔法に対応しているからね」
スイルーさんの意見は、アドバイスというより決定事項っぽい。
万能の杖とは、大層な名前に聞こえるが、別名は無用の杖だ。
そもそも魔法の杖というのは補助道具でしかない。まだ魔法を扱いきれない見習いや、非常に高度な魔法を使う時に、魔力や技力を補うための道具だ。慣れた魔法なら杖が無くても使える。
それを踏まえた上で、万能の杖とは全属性の初級魔法を補助してくれる杖だ。全属性に対応しているというのはすごいけど、初級魔法しか扱えない。杖のレベルに合わない魔法を使うと杖は壊れる。
初級魔法なら、素人の杖で特訓すれば大抵はすぐに杖無しで使用できるようになるため、万能の杖は活用する機会がほぼないというわけだ。
だが、僕の場合は大変有用な杖だ。
属性に合った素人の杖はないし、初級魔法は使えそうだけどコントロールの仕方は知らない。杖の補助があるなら暴走はある程度防げるだろう。
とりあえず、明日の方針は決まった。
早速、僕は講義室に戻って武器の貸出申請書を書いた。本当にここはファンタジー感のないファンタジー世界だ。
装備の貸し出しは常に冒険者ギルドで行っていますが、有料だし破損した場合は修理費や弁償代がかかるので、利用者はあまりいません。
今回は初心者講習の一環なのでレンタル料はかからないし破損した場合の追加料金もありませんが、選択肢は限られてます。世知辛いので。
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