57.前世の記憶が昭和レトロと囁いている
人の可能性もあるから、ナイフを持って声のする方へ近づく。剣を構えて近付いたら、僕の方が物取りを疑われるかもしれない。
近付くと、だんだんと調子っ外れな歌詞が大きくなってくる。人の言葉だから人魚でもドライアドでもなさそうだ。
でも、やっぱり聞いたこともない不思議な旋律、いや、この陽気でリズミカルな感じは、中心街の広場で聞くような歌と似ている。
つまり、この世界でのアイドルソングだ。
歌詞もなかなかに奇抜だ。
私は世界で一番の冒険者
世界で一番の剣士じゃないの
世界で一番の魔法使いでもないの
でもでも世界で一番可愛いの
だから世界一の冒険者
あなたといれば、あなたがいれば
私は世界で一番の冒険者
歌詞も曲調もどことなく懐かしい。
聞いたことないけど、前世の記憶が昭和レトロと囁いている。この世界では新しくて斬新と思われるか、変てこでトンチンカンな歌だと思われるかはわからない。
もうモンスターの可能性はかなり下がったから引き返してもいいんだけど、僕は好奇心が抑えられず、引き寄せられるように奥へ進んでしまった。
森で謎の歌をうたう女性と遭遇、何らかのイベントが発生しそうじゃないか。
それほど森の奥に入らずに、一人の人影が見えた。
声で女性だと思っていたけど、本当に女性が一人で森にいた。珍しいことだ。ここはヒベアだって出没するくらいには危険な場所だ。たまに盗賊も出るらしい。
だが、格好からして冒険者だったから、森で一人でいるのも納得した。そう言えばさっき歌で冒険者だって言ってた。
僕が一人で森にいるように、女性だって冒険者なら一人で薬草採集や魔物討伐に来ることはあるだろう。
それにしても、何で歌っているのかはわからない。
僕はなんとなく怖くて、そっと物陰に隠れて様子を見る。
女性は僕に気付かずに調子よく歌っている。振り付けもあるらしい。両手をクルクルしたり、腰をくねくねさせたりするだけの簡単なダンスだが、これもまた懐かしアイドル感が満載だ。
クルッと回ってこちらを向いたから、慌てて茂みに頭を引っ込める。気付かれない、というか、女性は歌うのに夢中で周りをぜんぜん見ていない。
というか、酒瓶抱えている。
ただの酔っ払いのようだ。
どっとアホらしくなった。歌の調子から幻想的な遭遇イベントは期待していなかったけど、ただの酔っ払いの発見じゃイベントにもならない。
なんで僕が警戒感を出すと、こういう間抜けな結果になるのだろうか。
でも、今はハァ~アホらしと言いながら帰れない。
あの酔っ払い女に見つかりたくない。酔っていてもいなくても、一人だと思って調子よく歌っていたのを他人に見られるなんて、ものすごく居た堪れない。
シャドウウォークを発動するにも、ちょっと近付き過ぎたから、彼女が別の方を向いてからの方がいいだろう。
そう思って、もう一度目を向ける。
酔っ払い女は、たぶん僕より年上だろう。歌とダンスはプリプリの可愛らしいやつだけど、可愛い系の顔ではない。まあまあ綺麗だけど、美人というほどでもない普通の女性だ。スタイルはガチガチの冒険者装備だからよくわからない。
まあ、町娘コンテストで優勝狙うような、本気でアイドルする気なら、こんなところで酒飲みながら歌ってないわな。
気持ち良く歌っているとこ申し訳ないが、早く済ませてほしい。そう思って油断したのがいけなかった。
酔っぱらって焦点の合ってなかった目が、僕を見た。
二度見した。
僕はその間動けなかった。
バチッと僕の方を見た女性は、一気に酔いが醒めたように顔を青褪めさせて、それからどんどん剣呑な表情になっていく。
「……み~た~な~」
山姥の台詞ですやん。
僕はツッコミを入れる間もなく走り出していた。第一ダンジョンでヒベアに遭遇した時以来の猛スタートだ。
女性のあまりの形相に思わず逃げ出してしまったけど、走り出してから、別に逃げる必要もないんじゃないかと思った。
僕のしたことはただ、酔っぱらって歌ってた人とたまたま遭遇しただけだ。彼女の恥ずかしさもわかるけど、怒られるようなことじゃないし、そもそも、こんなところで酔っぱらっている方が悪い。
むしろ、逃げる方が後ろ暗いことがあるみたいだ。ここは正面から向き合って、盗み見したことを謝るべきだろう。
「待ちやがれ!! 頭かち割って今の記憶消してやらぁ!!」
無理だ。言ってること恐すぎる。
後ろを追いかけてくる酔っ払い女は、さっきまでの千鳥足はどこへやら、しっかりした足取りと口調でどやしてくる。
つまり、すっかり酔いは醒めて、正気になった上で、僕の頭をかち割ろうとしている。
捕まったら最期だ。人生二度目の死ぬ気の逃走を決めた。
しかし、今回はまだ僕の魔力に余裕がある。
木々の影に隠れた隙に、僕はシャドウウォークを発動した。
「どこ行きやがった、出てこい!! 八つ裂きにすんぞ!!」
地上では完全に山姥と化した酔っ払い女がうろうろしている。もう記憶を消すのではなく、口封じに僕ごと消しさるつもりのようだ。
僕はできるだけ影の中を移動して森から逃げ出した。
どうせ、今日も魔力切れになるまで魔法の練習をするつもりだったからいいけど、森から脱出した時には、すっかり魔力切れになっていた。
「いやキレ過ぎだろ、こわ……」
冒険者ギルド本部が見えてきたころ、ようやく僕はツッコミを入れられた。
歌っているのを見られただけでブチギレ過ぎだ。冒険者のようだったけど、出来れば二度と遭遇しないことを祈る。
まあ、こんな願いは、フラグでしかなかったわけだが。
はい、フラグです。
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