55.マジックテープ式だった
ダンジョンに潜るようになってから、命に関わる危機というものに遭遇するようになった。
当然だ。モンスターとの戦いは常に命懸けだ。弱い僕なら尚更に。
でも、これまでは危機から只管逃げることしかできなかったけど、今は違う。
強敵を前にして、僕もネニトスも武器を失った危機的状況。
しかし、危機的状況とは、少年漫画ならば得てしてレベルアップのチャンスと相場は決まっている。
大きな角を持つモンスターを前にして、僕は封印されし左手を突き出した。
「ここだ!!」
* * * * *
森の中、黒革のベストを睨み付けながら、僕は口をひん曲げていた。
先日、ようやく森の中に出没していたヒベアが討伐されたと報せがあった。まだ他にいないとも限らないが、ヒベアの縄張りは広大だから、一匹いれば周囲数キロメートルは他個体はいないと考えられる。
そんなわけで、僕はダンジョンで手に入れてしまったアイテムの検証に来ていた。
鑑定士さんの見立てでは、完全防御なんてとんでもない魔法が付与されているらしい。
魔法耐性と毒耐性はそこそこだというけど、完全防御と言えば物理耐性最強、ドラゴンの牙でも貫けないという最上級防御魔法だ。
でも、こういうアイテムには落語のネタになりそうなエピソードは良く聞く。
完全防御の付与された腕輪を付けているから大丈夫だと思い、フェンリルに立ち向かったら、無傷の腕輪だけがフェンリルの排泄物から発見されたとか、完全防御の付与された鎧を装備してドラゴンに立ち向かったら、牙も爪も利かないが業火で蒸し焼きにされたとか。
完全防御が付与されているからって、攻撃を全て無効化できるわけじゃない。あくまで物理攻撃のみだし、効果範囲も限定的だ。
このベストは全身完全防御だとか言っていたから、ベストだけ無傷で中身は重傷なんてことにはならないと思うけど、あまり過信し過ぎてもいけない。
それに魔法アイテムは、付与された魔法と使用者の魔法の相性も考えないといけない。
まさか、闇属性専用アイテムが闇属性魔法を阻害するわけはないだろうが、封印術との相性とかもある。相性が悪いと魔法が暴走することだってある。
だから、実戦で使う前に、とりあえずアイテムを身に着けて魔法を使ってみる必要があった。
できれば安全な場所で試したいけど、このアイテムを人前で着用したくなかったので、ギルドの訓練場は除外した。
しかし、一人になれて、魔法を使えて、多少暴れても大丈夫なところなんて、森以外に思いつかなかった。
腹を括って僕はベストを着てみることにする。
人の目に触れないよう服の中に着るという手もあるけど、通気性のない革製だから素肌に着るのはなんか嫌だ。あと、ボンテージっぽい衣装を服の下に着てるって、本当の変態みたいで嫌だ。
「どうしてチャックが斜めなんだよ……」
着脱しづらいだけだ。
そう言えば、この世界にはチャックというものがあった。
チャックの発明は、金属加工の技術がもう少し進んでからだと思うけど、こうやってダンジョンから不思議アイテムが出てくるから、それを真似て作られたらしい。
だが、やっぱり手作業で作るのはすごく時間がかかるから、チャック付きの服や鞄は高級品だ。
そんな高級品をこんな使いづらくするなんて、仕立て屋への冒涜だ。その上こんなバックルまで付けやがって、どっちか一つでいいだろうが。高価な装飾品の無駄遣いだ。
自分の胸元で金具の付け外しするって、かなり見えづらくてやりづらいぞ。バックル表面が無暗に分厚い金属製だから尚更だ。鏡がないと一人で脱ぎ着できないかもしれない。
でも、指ぬきグローブは両手装着しないと効果を発揮しなかったから、このベストもちゃんと着ないと効果を発揮しないかもしれない。
「ボタンとか、もう少し着やすいやつにしてくれないかな」
僕はぼやきつつ、ドラゴンモチーフのバックルを外そうと思ったが、そこで気が付いた。
バックルが外れない。
ベルトに穴があるから一見ピン式バックルに見えるけど、完全に固定されていて外れないのだ。
だったら、これも魔導書と同じく、僕はまだ使用できるレベルに達していないのかと思ったけど、そうでもないらしい。
ベルトの縫い付けられているはずの部分が、微妙に浮いている。
まさか、ダンジョンアイテムが欠陥品なわけもあるまい。拾った場所に戻したら交換できるというなら、僕は返品を選びたい。できないだろうけど。
ならば、この縫い付けられてないのにくっ付いている部分は、まさか、そんな、嘘だろ……
ベリッと剥がれた。
マジックテープ式だった。
僕は信じられない気持ちで、もう一度ベルトをくっ付けてから、ベリッと剥がす。見間違いではなかった。
懸念していた着脱のしづらさは解消された。マジックテープは間違いなくこの世界ではオーパーツだろう。
だからって、これ、この、ドラゴンモチーフのごっついバックルの意味、斜めチャックの意味、無駄に格好付けたデザインの意味、これら全て無意味だというのか。
「だっっっっせぇ!!」
この世界は魔物素材が多く流通しているので、衣料品の素材としては革より布の方が高価です。
貴族などはステータスとして新品の布の服を着ます。
主人公が着ているのも布の服ですが、ボロい古着を繋ぎ合わせたものです。
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