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闇属性の方向性  作者: 稲垣コウ
仲間探し
44/47

44.平和かよ!!

 ルビウスには貧乏人街もあるから、探せば月一万イェン以下の家賃で借りられる部屋もあるという。だが、質は当たり前だが家賃並みだ。


 これまでだって狭くて粗末な部屋で共同生活してきたけど、それでも、虫が湧いていたり、盗人が出入りしていたり、隣室で毎晩娼婦が客とっているような、底辺賃貸に住んだことはない。


 ギルド寮を出る時は、出来ればキッチン付きの部屋に住みたい。広くなくていいから、街中で治安の悪くないところがいい。


 単身者向けの賃貸は、一般的に水場やトイレは共有だという。飯も屋台などで済ますのが普通だというけど、例えば、飯屋などの空き室を借りられれば、営業時間外に店の厨房をちょっと借りたりはできると聞く。

 そういうところを狙っているわけだが、今の稼ぎだと夢のまた夢なわけで。


「やっぱ、一人、厳しい……」

 そんなことを呟いていたら、いつの間にか傍に強面のオッサンが立っていた。


 たまたま隣に立っただけみたいだけど、ちょっとビクッとしてしまった。

 人相が悪いし、ガタイは良いし、喧嘩になったら勝てる気がしない。そもそも恐くて絡まれたら僕は逃げる。喧嘩にもならない。


 何もされていないのにいきなり逃げ出すのも悪いと思ってしまって、なるべく視線を向けないように、そろーっと離れようと思ったけど、何故かツンツン肩を突かれた。


「ん」

「え?」


 声をかけられた。「ん」じゃ何言いたいかわかんないけど、たまたま隣に立ったんじゃなくて、一人でぼんやりしていた僕を狙って近付いてきたようだ。


「ん」


 だから「ん」じゃわかんねーよ、と思ったけど、そんなこと言える度胸もない。オッサンの顔が恐い。

 何故か腕をツンツンされているけど、何かを渡そうとしているようだ。

 相手もそっぽを向いて、周りにはやり取りを気付かれたくないようだ。


「ん」


 いや、明らかにヤバい取り引きじゃん。僕は何に巻き込まれようとしてんの? ヤクか? 運び屋か?

 ガタガタ震えながら逃げる隙を伺っていたら、オッサンは強引に僕の手に何かを捻じ込んできた。

「あ、ちょっと……!」

 引き止める間もなくオッサンは歩き去っていく。


 法に触れるようなものを持たされていたら困ると思い、慌てて手の中の紙切れを開いてみた。

 紙には『ディンクス生花店の最も美しい花リリアーナに投票を!』の文字と、何かの植物の種が包まれていた。


 町娘コンテストの宣伝かよ!? なんであんな紛らわしいことした?!


 僕はビラを握りしめて、安堵するやら悔しいやら、なんかぐったりした気分で天を仰いでいた。

 その時、近くから聞き覚えのある声が聞こえた。


「あれ、えーと……あ、ヨナハン」

「ああ、ネニトス」


 振り返ると、先日ダンジョン内で会ったネニトスが立っていた。防具を着けていないから、彼も今日はオフらしい。


「何してるんだ? なんか顔色悪いぞ」

「なんか、いきなり手に握らされて、意味がわからなくて」


 手の中の紙と種を見せると、ネニトスは納得したようだった。

「投票してもらうために物や金を配るのは禁止されてるからな、それでもこっそり配るやつはいる、花の種かな?」


 コンテスト的には違法取引だったらしいけど、あの強面で、やってることが看板娘の宣伝と花の種を配ることって、平和かよ!!


「あ」

 今のやり取りで唐突に思い出したけど、前に魔法の練習の時に路地裏で見た怪し気な取引、もしかしてあれもアイドルグッズの取引だったのか?

 ファンクラブに加入しているけど違うアイドルにも興味があって……とか、票集めに金銭を渡していたとか、ありそう。


 平和だなこの街!!


「どうした?」

「あ、いや、なんでもない」

「町娘コンテスト、興味あるのか?」


 僕の大量に持っているビラを見て、ネニトスは眉をひそめた。アイドルとかあんまり興味ないタイプなんだろうか。


「いいや、ただ歩いてるとあちこちから押し付けられるから」

「そうか、一人から受け取ると際限なく渡されるから、興味ないなら最初から断った方がいいぞ」


 なるほどな。僕はとりあえず受け取っちゃうから、行く先々でビラを押し付けられてしまうらしい。

 同じく、広場を歩いていたはずのネニトスは一枚も持っていない。


 でも、今も昔も押しに弱い日本人気質の僕は、たぶん今後もビラだらけにされてしまうだろう。


「ほら、あの大きな袋持ってるやついるだろ」

「え、どこ?」


 ネニトスが指さす方を見ても、僕は人ごみの向こうは良く見えない。ネニトスの身長なら見えるらしい。

 それとわかって、ネニトスは人ごみを掻き分けて案内してくれる。


「やっぱり、ああいう大きな袋持ってるやつは屑紙回収屋だ」

 ネニトスに付いて行ったら、確かに、大きな麻袋を持った爺さんが「くずかみ~くずかみはこちらへ~」と声を上げている。そこらに落ちているビラを自分でも拾い集めている。


「この時期はあちこちでビラ配りして屑紙がたくさん出るから、屑紙回収屋もたくさんいるんだ、いらない紙はあいつらに渡すといい」

 資源回収業者ってどこにでもいるんだな。集めた屑紙は溶かしてまた紙にするらしい。


「有難い、前にもいろいろ貰っちゃったの、どうしようかと思ってたんだ」

 僕は思い出して財布を開く。前に貰ったビラとかポートレイトも、捨てるのを忘れて入れっぱなしになっていたんだ。


「それは……!」


 しかし、僕が取り出したものを見て、ネニトスが目を見開いた。


「え、いや、これも押し付けられたもので、興味ないし、別に取っておいたわけじゃなくて……」

 なんとなく言い訳してしまう。アイドルとか興味ねーしみたいな顔をしてしまう。

どうでもいい情報ですが、花の種を配っていたのはディンクス生花店の店主でリリアーナちゃんは愛娘です。彼はこの違法取引が後からバレて嫁と娘にしこたま怒られます。


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