43.広場の隅っこで小さくなっているしかない
「あ、っぶないな……!!」
モンスターの跳び出しより、人の上で剣を振るう人間の方がよっぽど危険だ。
僕は起き上がって怒鳴りつけてやろうとしたが、相手が三人いるのを見ると、声が萎んでしまった。三人のうち一人は獣人ですごく大きい。
こんなところでクローラビットを追いかけているということは、大したことのない連中なのだろうけど、しかし三人いる。僕も大したことないし一人だ。
「おう、悪かったな」
冒険者三人組は僕に百イェンを放り投げて去っていく。
「っ、気を付けろ」
僕はそれしか言えなかった。
ダンジョン内で他の冒険者の狩りにかち合うことはよくある。それで危害を被っても、避けられない方が間抜けだ。
稀に、故意に他人を巻き込むような狩りをする悪質な冒険者もいるけど、それも証拠を揃えて訴えるのは難しいという。
だから、今回も僕の不注意と言われてしまえばそれまでだけど、三対一じゃなければ、クローラビットの売り上げ半分くらいは分捕れていたはずだ。
「百イェンじゃ、鎧の修理代にもなんねっつーの」
拾うけど。腹が立つから硬貨なんか投げつけてしまいたいくらいだ。投げないけど。
胸当てを見下ろせば、クローラビットの体当たりをくらったところが凹んでしまっている。
クローラビットの脚力を持ってすれば、人の肋骨くらい簡単に折れるというから、防具のおかげで怪我無く済んだわけだが、胸当ては修理しなければ使っていられない状態だ。
こういう時もソロの厳しさを思い知る。
弱いやつが徒党を組んでイキがるなんて格好悪いけど、やっぱり数は力だ。よっぽど腕の立つ冒険者じゃない限り、ソロ冒険者の立場は弱い。
仲間探し、真面目に考えた方がいいかな。
翌日、ダンジョン探索は休んで、僕は中心街に出てきていた。
防具の修理と、細々した消耗品の買い出しのためだ。
冒険者になってから、ほとんど毎日のようにダンジョンに潜っている。
モンスターハントというより害獣駆除みたいな地味な戦闘しかしていないけど、装備は元から中古品だし、毎日使っていればそれなりに傷む。
だから、凹んでしまった胸当て以外もメンテナンスに出そうと思ったのだが。
「修理に出すか……新しいのを買うか……」
僕は中心街の広場をうろうろしながら悩んでいた。
「レストラン青い丘のサラちゃんをよろしくね!」
「あ、どうも」
今日も広場は町娘コンテストで賑わっている。投票日はまだ三ヶ月も先だというけど、このイベントは投票よりも、出場して店の宣伝をする方がメインなのだろう。
僕はビラを受け取るだけ受け取って、人ごみからは離れる。今はイベントを楽しんでいる暇はない。
修理に出すのも、別の中古防具を買うのも、出費は然程変わらないのだ。若干、新たに中古品を買う方が高くつく。
しかし、今使っているのも中古品だから、今回修理してもまたすぐに修理が必要になるだろう。とは言え、新たに買うとしても中古品である。性能は今持っているものと似たり寄ったりだ。
だったら、いっそのこと新品の防具を買おうかとも考えたが、高かった。それに性能も色々あった。
まだ初級ダンジョンと第一ダンジョン一階層しかうろつけないから、自分に必要な性能とか、相性のよさとか、イマイチわからない。奮発するにしても使えないものを買うわけにはいかない。
「お兄さん、誰かのファンクラブ入ってる?」
「あ、いえ……」
「じゃあカント金物店のアンナベルちゃんのファンクラブに入らない?」
「すみませんが……」
「名前だけでもいいから、見ていくだけでも……」
「すみません、すみません」
歩いているだけでも勧誘や宣伝にかち合う。ビラを受け取ってしまったらしつこく追い回されるとわかっているのに、小心な僕は押し付けられたものは受け取ってしまう。
ここじゃおちおち悩んでもいられない。かと言って広場を出ても、人通りの多い道に突っ立っていると邪魔になる。
とにかく広場の端っこの方へ避難しようと思ったが、歩いている間に十枚以上もビラが集まった。いつの間にかポケットに突っ込まれていたりするから恐い。
壁際まで来てやっと一息吐く。ここでもまだ人が多いけど、細い路地なんか入ると、今度はチンピラに遭遇する危険もあるから、広場の隅っこで小さくなっているしかない。
さて、どうしたもんか。
修理をするために防具をリュックに入れてきたから、既に結構な大荷物だ。これで新しい防具を買ったらさらに荷物が増える。
古い方を下取りしてもらおうにも、壊れた中古品なんて大した額にならないだろう。
だからって持ち帰ったところで、ギルド寮の四人部屋では物を増やしても置き場がない。でも捨てるのも勿体なし、中古防具って何ゴミだ?
防具のことだけでいつまでも悩んでいられない。今日は他の買い出しもある。
冒険者は思ったより稼げるけど、思ったより出費も多い。
回復薬や傷薬は消耗品だし、一日潜ろうと思えばちゃんとした携帯食料も持っていきたい。
僕はまだ浅層の雑魚モンスターしか相手にしていないから、剣とナイフだけで行けるけど、深層のモンスターを相手にするなら、閃光弾とか魔物除けとか簡易結界とか、他にも色んな使い捨て魔道具があった方がいいと聞く。
深層に潜れば稼ぎは増えるけど、危険度と必要経費もどんどん上がる。
それでも僕は深層を目指さなければいけない。
何故なら、今の稼ぎのままだとギリ借金は返せても、その後の生活が苦しい。半年後に借金を返せたとしても貯金がないとすると、碌なところに住めない。
深層と言っても、高ランク冒険者を目指しているわけではないから、七階層くらいまで行けるようになればいい。それだけでも、稼ぎは今よりはずっと良くなるはずだ。
ダンジョン内で他人を狩りにまき込んじゃったら、とりあえず金渡して後から訴えられても謝っただろって言い張るのはよくある手です。
ちゃんとしたパーティ同士ならその場で協議して稼ぎを山分けしたりするので、一方的に百イェンで手打ちは完全になめられてます。
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