42.根暗と言われたら、否定できないけど
影に潜り、薄暗い階段を下りていく。
外に声は聞こえないとわかっているのに、無意識に影の中で口を固く引き結ぶ。
まだ開店前の居酒屋、なのに人が集まる店の地下、謎の集会に連れ込まれた同期たち。
なんてことない路地裏が、なんだか不穏に見えてくる。
同期のあいつらが、まさかそんな大それたことなんかするわけがないと信じているけれど、疑っているからこんなところに潜り込んでいるのだと、自分の行動を後ろめたく思う。
地下の集会場は異様な熱気に包まれていた。
集まる人々の向こうに、僕が見たものは……
「こ、これは……」
* * * * *
僕の狩場は専ら第一ダンジョンの一階層になった。
初めて踏み込んだ時はちょっと死にかけたけど、それまでの三倍の儲けを目の当たりにしたら、もう初級ダンジョンには戻れなくなった。
幸い、あれ以来ヒベアに遭遇することはない。
むしろ、薬草採集をしていた森の方でヒベアが出没しているそうで、討伐依頼が出ていたから、僕はしばらく森の方へは近付かないようにしている。広大な森の中でヒベアを探して狩るなんて、新人ソロ冒険者には無縁の仕事だ。
そんなわけで、今日も僕は第一ダンジョンへやって来ていた。
相変わらずのソロなので、人のいない端っこの方でコソコソ小物を狩っている。
今はライトを消して、影に潜って獲物に近付いている。
影の中からなら、僕は黒い景色に白い線で描かれたような対象がよく見えているけれど、影の外は真っ暗闇だ。獲物は誰もいないと思い込んで、通路の真ん中を悠々と歩いていた。
獲物が僕の真上に来る直前で、持ってきた麻袋を広げて地上にいる獲物を掬い取った。
「よしよし、暴れるなって」
袋の口をしっかり押えて影から出る。袋はびょんびょん元気に跳ねまわっている。
ライトを点けて、袋の中にいるやつを掴んでから、慎重に袋の口を開いた。
捕まえたのはカーバンクルだ。僕の片手で掴めるくらいのリスみたいなモンスター、一応モンスターだけど、特に攻撃性もない。すごくすばしっこくて捕まえづらいというだけだから、本当にただのリスと変わりない。
ただ、こいつの頭に付いている宝石が良い値で売れる。
前世のゲームなどで描かれていたカーバンクルは、頭に埋め込まれるように宝石が付いていたけど、ここのは頭の毛の先っぽに、木の実みたいに宝石が一粒生っている。
だから、毛先を切るだけで宝石は手に入る。宝石をとられたからって死んだり弱ったりもしない。放っておけばまた宝石が生るから、カーバンクルはキャッチアンドリリースが基本だ。
一応、毛皮や肉も売れるそうだが、大した値は付かない上に、買取カウンターで何で殺したんだと非難されるらしい。
ちなみに、過去にはカーバンクルを飼育する試みもあったが、ダンジョンなどの魔力の濃い場所でしか宝石は生らなかったそうで、採算が取れないからカーバンクル牧場は未だ実現していない。
おかげで、僕みたいな木端冒険者には良い収入源になっている。
手の中で大暴れするカーバンクルを傷付けないよう、宝石だけ切り取って開放する。リスにしか見えないモンスターは、僕の手を蹴りつけて勢いよく走り去っていった。
カーバンクルを見つけられたのは運がいい。この第一ダンジョンに生息しているモンスターだが、臆病な小動物だから人前には絶対に出てこないのだ。
僕はシャドウウォークを使うためにライトを消していることが多いから、カーバンクルとの遭遇率は高いらしい。
頻繁にカーバンクルの宝石を持ち込んでいるから、ギルド支部の買取カウンターの人に「よっぽど影が薄い、あ、気配を消すのが上手いんですね」と言われたこともある。
こちとら影に潜れる闇属性魔法使いだぞ、影は濃いわ。根暗と言われたら、否定できないけど。
だが、やっぱり主な獲物はファングタートルだ。ブラックホール小を使ったカメ狩りは結構手慣れてきた。
クローラビットの素早さにはまだ慣れない。ネニトスの助言通り、ジャンプは正面に真っ直ぐしか跳ばないから、一番恐い鉤爪のある後ろ足での蹴りを回避することはできる。
でも、僕の攻撃が当たらないから、遭遇してもほぼ逃げるしかできない。
今のところの収穫はファングタートル一匹と、カーバンクルの宝石一個。
「もう一匹か二匹ほしいな、カメ」
初日以降は帰還の輪を買い忘れることもないから、ファングタートル三匹はリュックに入りきらなくても、カメの甲羅を抱えて地上に転移すればいい。
そう思って歩いていたら、通路の向こうから複数の足音が聞こえてきた。曲がり角の先からチラチラとライトが躍っているのも見える。
一階層の右の方は人が少ないとはいえ、他の冒険者がいないわけじゃない。
向こうは走っているようだから、狩りの途中かもしれない。衝突事故を避けるため通り過ぎるのを待とうかと思っていた時、角から人間ではないものが飛び込んできた。
咄嗟に避けられなかったが、向こうも僕がいるのは予想外だったらしい。ライトを点けていても僕は存在感がないのか?
「うわぁ?!」
クローラビットの体当たりを胸に食らって、僕は後ろに引っ繰り返った。
「おっ、ラッキー」
後から駆け込んできた男が、地面に引っ繰り返っている僕とクローラビットを見て、ウサギの方に剣を振り下ろした。
カーバンクルに生る宝石の種類はバラバラです。同じカーバンクルからでも毎回同じ宝石が生るわけじゃないです。
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