39.ヒベアがひょこっと顔を出した
予想通り、ブラックホール大は十秒も出したら魔力切れになって萎んで消えたが、ダンジョンの壁が大きく抉れる威力だった。
背後にヒベアの姿もない。跡形もなくブラックホールに吸い込まれたんだ。
「やった……」
へとへとだけど、歓声を上げようとした瞬間、抉れた壁の反対側の曲がり角から、ヒベアがひょこっと顔を出した。
無傷である。
僕が魔法を放つと察知して、壁の影に隠れたのである。
また目が合った。
その眼は明らかに僕を獲物として捕らえている。
「僕より頭良いいいいいいい!?」
また全力疾走だ。流石はダンジョンを徘徊しているヒベア、ダンジョンでの狩りの仕方をわかっている。
もう僕は限界突破して、ヒベアにやられる前に酸欠で死にそうだけど、走る以外に生き残る手がない。魔力切れだし、素人剣術でヒベアと対峙する勇気はない。
でも、もう、いくら走ってもヒベアとの距離は広がらない。縮まるばかりだ。
「し、死ぬ……っ、しぬぅ……?!」
ドッスンドッスン重たい足音が真後ろまで近付いていて、グワッと大きなものが上から迫ってくる気配に、恐いのに、僕は振り返ってしまった。
ヒベアが大きな手を振り上げていた。
「ひぃ……っ!!」
無意味なのに、両腕で頭を抱える。できれば楽に殺してくれと思った次の瞬間、悲鳴を上げたのは僕じゃなかった。
「キィイッ?! ぐおおぉぉ!!」
「へ? え? うおわわわ?!」
ヒベアの咆哮に目を開けたら、巨体が降ってきた。
転がるように回避して、巨体の下敷きになるのは免れたけど、ヒベアはまだ生きている。
でも、倒れたヒベアの背中には斧みたいなものが刺さっていた。
「止めを!!」
「え!?」
知らない声に怒鳴りつけられて、僕は混乱しながらも剣を抜き、のた打ち回るヒベアの背中に突き立てた。
「ぐおおおおおおっ!!」
「ひえ!」
それでもヒベアは暴れるから、刺した剣を抜く隙もなく、僕はまた床を転がって距離を取る。
ヒベアは背中に剣と斧が刺さったまましばらく動いていたが、そのうち力尽きて地面に倒れ伏した。
僕は息を詰めて見守っていたけど、逆立っていた毛がしおしおと下がるまでを見守ると、ようやく呼吸を取り戻せた。
「ゼェ、ゼヒ、ゼヒ……死ぬかと、思った……」
死にそうな呼吸を繰り返す。ダンジョンの中では何があっても直ちに立ち上がり戦闘態勢をとれ、と教わったけど、足がガクガク震えて立ち上がれる気がしない。
そこに足音と灯りが近付いてきた。人の足音だ。
「大丈夫か?」
おそらく斧を投げた人だろう。背の高い男性が手を差し伸べてくれる。
「ゼェゼェ、あ、ありがと……」
僕はまだ息も整わなかったけど、手を取って立ち上がる。
ひょいっと軽く引っ張り上げられてしまった。背が高いだけじゃなく、体格もガッシリしているし、装備も揃っているから僕よりもずっと先輩の冒険者のようだ。
だが、他に人影もないから、僕と同じソロ冒険者なのかもしれない。
「ヒベアなんて、一階層で見るのは初めてだな」
先輩は倒れているヒベアから斧を抜き、ついでに僕の剣も抜いて返してくれる。
改めて見れみれば、金髪碧眼でめちゃくちゃイケメンだ。ガッチリ筋肉質な体型だけど、耳が少し尖っているからエルフの血が混ざっているのかもしれない。
エルフは基本的に細身で小柄だと聞くが、多種族と混ざればその限りではないらしい。スイルーさんは純粋なエルフだというけど、かなりムキムキだから、鍛え方や個人差もあるのだろう。
「咄嗟に攻撃しちゃったけど、狩りの邪魔したかな?」
「あ、いえ、助かりました、ありがとうございます」
そうだった。ダンジョン内では獲物の横取りは厳禁だ。
人が戦っているところに乱入すると、後の儲けの分配ですごく揉める。最悪、モンスターの奪い合いで、モンスターより先に人に殺されることもあるらしい。
しかし、明らかに危険な状況ならば助太刀は有りだ。
助けなければいけないという決まりもないけど、助けられる場面で助けないと、業界内での印象が悪くなるから、後々の仕事に支障が出ることもある。
今回の僕は間違いなく危険な状況だった。助けてもらって文句なんかない。
「俺はアードナリエ・レク・ヤ・ジェレン・ジェルノーバ・ジェクス、E級冒険者だ、ネニトスと呼んでくれ」
やっぱりエルフ混じりのようだ。名前が長過ぎるし、略し方がさっぱりわからない。本名はまったく覚えられなかったので、有難く短縮読みの方で呼ばせてもらおう。
「僕はヨナハン、F級冒険者です、本当にありがとうございます、死ぬとこでした」
そう言えば、ネニトスさんすごい先輩かと思ったけど、E級だったら大先輩というわけじゃないのかもしれない。
だが、冒険者の中には、本業が別にあるという人もいるから、ベテランが必ずしもランクが高いとは限らない。
見た目は僕と同じくらいの年齢に見えるけど、エルフ混じりだと長命の可能性もあるから、外見で年齢はわからない。
そんな僕の気持ちがわかったのか、ネニトスさんは困ったように笑って手を振った。
「あ、今期の新人かな、敬語じゃなくていい、俺も半年前に冒険者になったばかりだから、歳も変わらないだろうし」
「え、でも、僕十五歳ですよ、エルフとはかなり違うのでは……」
「エルフ混じりだけどクオーターだから、寿命は人と変わらないんだ、俺は十六歳」
「そうなんだ」
僕より半年先に初心者講習を受けて冒険者になったらしい。それでも先輩だけど、本人がいいというなら敬語は止めよう。
主人公は平均的な村人ですが、現代日本人よりは足が速いです。
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